マシコ・ピロ族とは?ペルーの非接触部族の特徴や生活様式を紹介!

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マシコ・ピロ族とは?【非接触部族】

引用: Pixabay

世界には、まだ現代文明と接触をせずに、昔ながらの姿で暮らしている「非接触部族」が実はたくさん存在しています。

ペルーのアマゾンの森の奥深くに、現代文明と接触せずに古来の姿のまま生息してきたある「非接触部族」がいました。

「マシコ・ピロ族」と呼ばれる彼らの部族は、これまで極端に他の部族や外部との接触や交流を嫌って森の中奥深くで生息してきました。そのため、近年までその存在はあまり知られていませんでした。そして彼らの姿は、昔ながらの姿で今も存在しているのです。

しかし近年になって、様々な要因が重なってマシコ・ピロ族のその姿が私達にも確認されることが多くなってきたのです。その様子は少ないながらも画像や映像に残っているものもあります。

どうして今この時期に彼らが私達に姿を見せるようになったのか、いったい今彼らに何が起こっているのかを詳しく説明していきます。

 

マシコ・ピロ族の概要【非接触部族】

引用: Pixabay

マシコ・ピロ族は「非接触部族」として約1世紀もの間、アンデス山沿いに広がるペルーのアマゾンの森の奥深くに孤立して暮らしてきたと言われています。

実際には「非接触部族」ではあるものの、同じくペルー南東部の近隣に住む先住民族との接触はこれまでも幾度かはあったそうです。マシコ・ピロ族のその総数は推定600~800人と言われています。

 

マシコ・ピロ族の名前の由来

引用: Pixabay

ちなみにマシコ・ピロ部族の「マシコ」は「野蛮人・野生人」を意味し、彼らもこの名前で呼ばれると怒るとのことです。

なので、「ノモレ(兄弟、同郷人)」という風に呼ぶようにしているとのことです。

 

マシコ・ピロ族の言語



引用: Pixabay

マシコ・ピロ族の言語はディアマンテ地方に住むイネ族やそのほかの先住民族と同じ言語を持っているとのことです。

ただ、彼らの話す言葉は古い世代の言葉のため、現在のイネ族や先住民族では80%ぐらいが理解でき、分からないことがあると村の長老などに通訳をして貰うと分かるそうです。アマゾンの森の中で隔離された生活を送ってきた彼らの言語は、1世紀近く変わらずそのままだと言われています。

ディアマンテ地方に住むイネ族や先住民族たちは共通の言語と民族性を持つマシコ・ピロ族を「ノモレ(兄弟)」と呼び、親近感を持ってるようです。

 

マシコ・ピロ族の特徴を解説【非接触部族】

引用: Pixabay

2010年ごろから、頻繁にマシコ・ピロ族がディアマンテ地方に定期的に出没し目撃されるようになったそうです。そしてだんだんと、その姿が写真などの画像で残されていたりビデオで撮影されることも少なくなくなってきたとのことです。

それによって、これまであまり知らなかったマシコ・ピロ族についての話題が上がるようになってきたようです。

 

画像で見るマシコ・ピロ族

近年撮られた写真の画像や動画などから、彼らの多くは裸で、男性は下半身を覆うふんどし上のものを身に付けている姿のようです。

また、女性も下半身を覆うものを身に付けているように思われます。

 

マシコ・ピロ族の日常


引用: Pixabay

マシコ・ピロ族は前述のように、ディアマンテ地方のイネ族や近隣の先住民族たちと共通言語を持っています。

彼らの名前は、森の動物や植物、鳥の名前などにちなんでつけていると言われています。例えば、「プトナガ(クモ)」「ヨマコ(キヌバネドリ)」「クナイ(タンガラナの木)」「コカ(キツツキ)」と言ったように、身近な個別の名前を持っているのが確認されています。

その他には、竹筒の中に果物を発行させてお酒を造る風習があるとのことです。

巨大なげっ歯類の歯を研いで尖らせたらしい鋭い矢じりを使い、狩りを行ってアマゾンのジャングルの中を移動する生活をしているようです。

 

マシコ・ピロ族の性格

引用: Pixabay

マシコ・ピロ族は、好奇心からか恐怖心からかは不明ですが、とても好戦的で、初めて接触する場合や無抵抗な人に対しても槍を投げたりするため、地元の人は極力接触をしないようにして来たようです。

また、多く質問をされることを嫌い、欲しいものをもらえないと怒って殺す、という事も言われています。

アマゾンの森の中で隔離された生活を送ってきているため、外部に対しての興味はあるようですが、必要以上の接触はこれまであまりなかったため、「非接触部族」となっていたのだそうです。

 

マシコ・ピロ族の少年は定住を選んだ?

引用: Pixabay

実は、1970年代に一人のマシコ・ピロ族の少年が保護されました。

ディアマンテ地方で当時マシコ・ピロ族の集団に遭遇した際に逃げ遅れてしまった少年を保護し、ディアマンテに連れ帰り、バナナとマサト(キャッサバを発行させて作ったビール)を与えたそうです。

その8か月後にその少年に元の部族に戻るチャンスを与えたところ、アマゾンの森での生活よりも「こちらのコミュニティがいい」という事で、少年はマシコ・ピロ族に戻らずに残ることを希望したそうです。

その少年は、現在のアルベルト・フローレス氏で、彼はイネ語・マチゲンガ語・スペイン語を話し、数少ないマシコ・ピロ族の姿を知る者として、今も様々なインタビューにも答えたりしているようです。

 

マシコ・ピロ族に接触しようとすると…?【非接触部族】

引用: Pixabay

前述したように、マシコ・ピロ族と接触した時、向こうから攻撃された例が多いため、「危険な部族」として現地では認識されているようです。

 

マシコ・ピロ族が人里に現れるようになったワケ

引用: Pixabay

実は最近、違法な農場を作るなどの目的でアマゾンのジャングル内の違法乱獲・違法伐採・違法開墾が進んでいます。因みにそれらを行っているのは、麻薬組織から普通の企業や個人の農家まで、様々です。

そのため、マシコ・ピロ族が行動範囲のテリトリーとしていたジャングルの場所が狭まり、それに押し出されるように、近隣の今まで接触の無かった村などを襲う、といった事が推測されています。

またある時は部族間での争いや、食糧難といった場合もあるのではとも推測されています。

 

村を襲ったマシコ・ピロ族

引用: Pixabay

ペルーののどかな村の一つであるシペチアリ村では、ある日突然マシコ・ピロ族が現れて、山道で出会った副村長を襲ったり、村を歩いていた老婆に矢を放ったり、村に侵入して農作物や農具を奪ったり…という被害が相次いでいるそうです。実際には既に子供から老人までの何人かの村人がマシコ・ピロ族の攻撃によって亡くなってしまいました。

因みにこのシペチアリ村は多くの住人が「マチゲンガ族」という、マシコ・ピロ族とは別言語の部族のため、マシコ・ピロ族を「ノモレ(兄弟)」とは思えないことから、これまでも極力接触をしたくない、といった状況だったのだそうです。

その中で、シャコ・フローレス氏はこれまで森でマシコ・ピロ族に遭遇した事があったことから、ある時から接触したマシコ・ピロ族にナタを渡し、自分の農場に連れて行って農作物を渡していたそうです。その後しばらく農具やバナナを渡していたそうですが「何故か」急に止めてしまったそうです。

そうしたら、2011年後半からマシコ・ピロ族は急にフローレス氏を狙うようになり何度か失敗したのちに、とうとう彼はマシコ・ピロ族の矢で心臓を撃ち抜かれてしまったとのことです。このことから、「マシコ・ピロ族が何かを欲しがった時に断ると、殺される」という事を学んだとのことです。

こういった背景から、シペチアリ村ではますますマシコ・ピロ族を恐れるようになったようです。

ただ、フローレス氏の復讐をする機会は村人側に何度もあったのですが誰も何もしませんでした。なぜなら最終的には「彼らも同胞だから」という気持ちからだったようです。

 

マシコ・ピロ族に対して政府の対応は?【非接触部族】

引用: Pixabay

本来、こういった「非接触部族」に対しては、政府や専門機関はその部族を尊重するのと同時に、現代文明からのウィルスや病原体などの罹患を防ぐ意味でも、できるだけ接触しないという姿勢を取ってきました。

なぜなら、マシコ・ピロ族の持っている免疫システムでは、インフルエンザだけではなく単なる普通の風邪にも立ち向かえないだろうと言われているからです。アマゾンの森の中に長く隔離された状態では、現代社会人が持っている様々な病気に対する免疫が全くない状態だからです。

ペルー政府としては、「先住民の命・健康・自決の権利を守る」ことを最優先としていました。

 

シペチアリ村の事件がペルー政府の対応を変えた

引用: Pixabay

しかし、このシペチアリ村でのフローレス氏殺害の事件が起こった頃と前後して、シペチアリ村では住民が外に出ることも危険な状況が続いたため、ペルー政府として急遽の対策が急がれました。

元々シペチアリ村では収入の多くを担っていたエコツーリズムのロッジがあったのですが、この危険な状況下に施設を閉鎖せざるを得なかったため、そこにいたガイドやコックは急遽別の収入減を探すのに奔走しなければならなく、村はマシコ・ピロ族によって経済的に打撃を受けてしまいました。

更に、子供でも老人でも容赦なく襲われるため、学校や幼稚園に通う子供たちの警備や、マシコ・ピロ族が村を襲ってきた時の緊急時の避難場所を確保するために、コンクリート製の幼稚園を準備したそうです。

ペルーの政府の保護官と職員は毎日、アマゾンの森からの来訪者の痕跡を折れた木々の様子から監視して、川を何度もわたってパトロールし、各家族に配られたトランシーバーで常にマシコ・ピロ族の情報を共有しているそうです。

 

ペルー政府の現在のマシコ・ピロ族への対応

引用: Pixabay

シペチアリ村とディアマンテ地方に挟まれたアルト・マドレ・デ・ディオス川の下流にある管理棟には、現在常にペルー政府の保護官が常駐し、高台からマシコ・ピロ族の動向を常にチェックしています。

やむを得なくマシコ・ピロ族と接触する場合には、一定のルールを設けているそうです。

欲しがるもの(バナナ)を与えること、あまり長く話しかけすぎないこと、会う場所を変えること、マシコ・ピロ族の関わった事件についてあまり尋ねないこと、などを心掛けて、マシコ・ピロ族に接触する場合もペルー政府の保護官や政府職員などの限られた人が行うようにしているようです。

マシコ・ピロ族と接触をする人は接触前に複数のワクチンを受けており、マシコ・ピロ族と接触した際に風邪や伝染病などの病を移さないようにしているとのことです。また万が一、病に罹患したマシコ・ピロ族が現れた場合にはすぐ治療できるように近くに医師も常に待機して準備しているそうです。

 

ペルー政府のマシコ・ピロ族への対応方針

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今後も、まずは根気良く少しずつマシコ・ピロ族との信頼関係を築いていくことに、ペルー政府は注力していくとのことです。まずは接触する保護官や一部の職員がマシコ・ピロ族の信頼を勝ち取ることが、この地域の平和に大きく関わってくるためです。

今後もしマシコ・ピロ族が、食糧難や病気、部族間の争いや外部の人間による影響などの何らかの理由で現状のアマゾンの森での隔離された生活から変えたいと行動した時には、ペルー政府としてはワクチン接種やどこかに定住するなどの提案を彼らにしなければならないことがあるかもしれないと考えてもいるようです。

が、あくまでもマシコ・ピロ族の今後の動向を逐次見ながら対応していくしない現状のようです。

 

マシコ・ピロ族の現在【非接触部族】

引用: Pixabay

近年ではマシコ・ピロ族の数人が3日に一回程度の間隔で、管理棟の対岸に現れて、バナナを要求してくるとのことです。

現在はその要求を受け入れてバナナを与え、いつも決まったペルー政府の保護官や職員が接触し、「シペチアリ村には行かないように」と繰り返し、根気強く警告を与え続けているそうです。

まだマシコ・ピロ族がシペチアリ村に戻らない、という確約はありません。現在は”不安定な停戦”ともいえる状態なのだそうです。

「マシコ・ピロ族がシペチアリ村に戻ってこないなら、こちらからは探したりはしない。が、もしシペチアリ村に戻ってきた時は、自分たちの身を守るだろう。そしてその後彼らを探しに行くだろう。」とペルー政府の保護官の一人が話していたそうです。

 

マシコ・ピロ族まとめ【非接触部族】

引用: Pixabay

マシコ・ピロ族は、これまでも今も彼らのルールの中で生きてきたため、そのルールを知らない現代社会に接している人には「異様」に思えるでしょう。

ただ、昔ながらの生活を営む彼らの存在は尊重されるべきだという、ペルー政府の姿勢には納得できます。が、実際に村を襲ったり無実の人を殺したりという事件が起こってしまった今、現代社会のルールが通じない相手との交渉は難航を極めています。

その一方で、マシコ・ピロ族を森から押し出そうとしている、アマゾンの奥地の違法な乱獲や伐採・開墾ということにも大きな不安と恐怖を覚えます。アマゾンを挟んで反対側のブラジルでも同様に、近年の違法な伐採や開墾が問題となっており、まさに最近起こって世界中から注目を浴びている「アマゾンの大火事」も、実は違法な開墾のために仕掛けられたもの、と言われています。

違法な悔恨は、南米の貧しさから来る麻薬組織やマフィアなどの犯罪組織とも絡んでくるため、こういった問題は一刀両断できない複雑さをはらんでいます。

このマシコ・ピロ族の問題を通して、広く南米やその周辺の様子に常に世界中が注目していくことで、少しでもそういった悪い循環を抑制できることを願ってやみません。

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