2025年7月、アメリカでステーブルコインを対象とした包括的な規制法が成立しました。この法案は「GENIUS法(Guiding and Establishing National Innovation for US Stablecoins Act)」と呼ばれ、連邦議会の上下両院を通過したのち、ドナルド・トランプ大統領の署名により正式に発効しました。これまで米国ではステーブルコインに関する法制度が整っておらず、発行や流通は各州の規制や民間企業の自主ルールに委ねられていました。そのような中での法制化は、米国内外の仮想通貨業界にとって極めて重要な転換点といえます。さらにはステーブルコインだけでなく、今後高騰が予想されるような新規仮想通貨の最新情報を追う投資家や企業の間でもこの法案の内容は大きな関心を集めています。
法案成立の背景には、ここ数年のステーブルコイン市場の急成長とそれに伴うリスクの顕在化があります。ステーブルコインは価格の安定性を特徴として主に米ドルなどの法定通貨に価値を連動させたデジタル資産ですが、2019年頃から2024年にかけていくつかのステーブルコインで準備資産の不透明さや運営上の問題が露呈しました。特にアルゴリズム型のトークンは市場の信頼を失い、価格崩壊を引き起こす例も見られました。こうした不安定要素を払拭し、金融システムにおける安定した基盤としてステーブルコインを取り込むためには、明確な規制枠組みが不可欠とされてきました。
GENIUS法の主な内容と特徴
この新法では、ステーブルコインの発行体に対していくつかの重要な義務が課されることになりました。第一に、裏付け資産の厳格な管理が求められます。具体的には、発行したステーブルコインの総額と同等以上の法定通貨や国債など、高い流動性を持つ資産を保有し、常時その準備状況を明示することが義務付けられています。これにより、万一の換金リスクや価格乖離といった問題を未然に防ぐ効果が期待されています。
第二に、発行体に対する認可制度が導入されました。米国でステーブルコインを発行する企業は、連邦準備制度(FRB)または州の銀行監督当局からの認可を得る必要があります。これにより、運営体制、ガバナンス、資金洗浄対策(AML)などが審査され、信頼性の高い事業者のみが市場に参加できる仕組みが整いました。
第三の特徴として、財務報告の義務化があります。発行体は毎月の資産状況の報告を行い、さらに年間監査を実施したうえで監査済み財務諸表を公開しなければなりません。特に資産規模が大きい企業に対してはより厳格な監査基準が適用される見込みで、投資家保護や市場の健全性維持に貢献するとされています。
国内外への影響と戦略的意味合い
今回の規制法は単なる業界の監視強化にとどまらず、米国の国家戦略におけるデジタル金融の立ち位置を大きく左右するものでもあります。米ドルを基軸とする国際金融システムにおいて、ドル建てステーブルコインの普及はドルの地位をさらに強化する効果を持ちます。近年ではアジアや中東諸国を中心に国境を越えたデジタル決済が急速に広がっていて、そうした流れの中で安定性と信頼性を備えた米国発のステーブルコインは国際的な決済手段としての有効性を発揮しています。
一方でトランプ政権は中央銀行発行デジタル通貨(CBDC)に対して慎重な姿勢を取っていて、今回のGENIUS法でも民間によるステーブルコイン発行を制度の中心に据えています。これは政府が直接発行するCBDCによる個人監視のリスクを回避し、民間主導のイノベーションを尊重する立場を示したものといえます。トランプ氏自身も演説の中で「デジタルドルではなく、自由な選択肢こそがアメリカ経済の力だ」と述べていて、政治的にも重要な布石とされます。
市場と企業の反応
GENIUS法の成立を受けて、米国内の仮想通貨市場は一時的に活況を呈しました。特にCoinbaseやCircleなど既に大手として事業展開している企業の株価は大幅に上昇し、投資家の期待感が明確に現れました。また、仮想通貨全体の時価総額も一時4兆ドルを突破し、市場にとってこの法案がいかに好意的に受け止められたかがうかがえます。
企業側からも明確な規制枠組みの導入は歓迎されていて、「グレーゾーンが解消されたことで安心してビジネス拡大ができる」との声が多く聞かれます。ステーブルコインを利用した新たな送金サービスやデジタル決済インフラの整備など、今後の展開に弾みがつくと期待されています。
一方で、規制に対する懸念の声も一部にあります。特に中小規模の仮想通貨事業者にとっては認可取得のハードルが高く、新規参入が難しくなるという指摘があります。また、海外発行のステーブルコインについても、米国内での提供には米財務省の認可や規制相当性の判断が必要となるため、国際的なサービス展開にも一定の影響が出る可能性があります。
日本を含む国際社会への波及効果
今回のGENIUS法成立はアメリカ国内にとどまらず、国際社会に対しても大きな影響を及ぼします。日本でも金融庁による暗号資産交換業者の登録制度が存在する一方で、ステーブルコインについてはまだ十分に整備された制度があるとは言えません。今回の米国の事例は、今後の日本の制度設計にとっても重要な参考材料となるでしょう。
また、国際送金やクロスボーダー決済にステーブルコインを活用する動きが活発になる中で、国際的な規制調和の必要性も高まっています。米国がいち早く規制の枠組みを整備したことで、欧州連合(EU)やシンガポールなど他の先進国にも同様の動きが波及することが見込まれています。国際的な基準づくりにおいて、アメリカが主導的な立場を築くことになる可能性も否定できません。
今後の課題と展望
今後の課題としてまず挙げられるのは、規制の実効性をどのように確保するかという点です。GENIUS法により発行体には資産の開示や監査が義務付けられましたが、それが現実の運用においてどれほど厳格かつ透明に行われるかが信頼性の要となります。また、規制を厳格にしすぎることで中小企業やスタートアップが参入しにくくなる懸念もあり、イノベーションを阻害しない柔軟な枠組みとのバランスが求められます。
技術の進化とともに市場の姿は刻々と変化しており、それに対応するためには制度も常にアップデートされなければなりません。国際的な協調体制の構築も含め、継続的な法制度の改善が求められる局面に入ったと言えるでしょう。