大川隆法の経歴&現在!年収情報や息子と喧嘩騒動の結末まとめ! | ToraTora[トラトラ] – Part 2

mitan0525さん(@mitan0525)がシェアした投稿 – 2019年 3月月5日午後2時40分PST

現在、日本の新興宗教の中でも、幸福の科学は一番勢いのある宗教といえます。

しかし、幸福の科学の歴史はまだ浅く、現在まで急成長を成し得たのには、創立者である大川隆法の頭の良さや、社会経験で培ったビジネス法が活かされているからです。

その一方で、大川隆法はマスコミとトラブルを起こしたり、有名女優の出家騒動や、妻との離婚や再婚、息子との確執などで、度々世間の注目を集める騒ぎを起こしています。現在、幸福の科学の総裁を務めてる創設者の大川隆法について、ご紹介していきます。

幸福の科学について解説!

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幸福の科学の名前は聞いたことがある人も多いと思われますが、実際にどのような宗教なのかと問われると、その実態を知らない人も多いのではないでしょうか。

幸福の科学の創立者である大川隆法は、現在までにどうやって幸福の科学を発展させ、現在どのような布教活動を行っているのか、まとめてみました。

【1】発展

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幸福の科学は、1986年に大川隆法とその父親とで立ち上げられました。幸福の科学は、創設当初「人間は肉体に霊を宿している」と霊と人間の肉体に関する考えを唱えた啓蒙思想の活動がメインで、宗教的な活動は見られていませんでした。

しかし、幸福の科学の中で組織が出来上がってきます。幸福の科学を立ち上げた大川隆法の啓蒙思想に、宗教思想が加わるようになります。

恐らく、幸福の科学内で拡大した組織の中で、大川隆法自身が幸福の科学のトップであることを象徴する為に、さまざまな宗教・思想・哲学から抜粋した教えを基に、現在の幸福の科学へと進化していったと考えられます。

【2】信仰

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幸福の科学の根源には、世界3大宗教である仏教・キリスト教・イスラム教があります。

幸福の科学は、この3大宗教に、中国の思想家である孔子の教えや、ギリシャの哲学者であり思想研究家でもあったソクラテスなどの考えを基に、幸福の科学の創立者である大川隆法が独自にまとめた教えを掲げる宗教になります。

大川隆法は、幸福の科学の信仰対象を、幸福の科学から誕生した神「エル・カンターレ」としました。エル・タカーレは地球の一番の神、所謂神様の中でも一番偉い神様として信仰しています。

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幸福の科学のコンセプトは、とにかく世界中の人が幸福になるにはどうしたらいいか?を提案し続けることが目的のようです。幸福の科学は1986年に誕生しているので、割と現代的な宗教でもあります。

大川隆法率いる幸福の科学の宣教活動もかなり現代的です。大川隆法が所持している会社は、多岐に渡ります。出版関係では、幸福の科学オリジナルの会社「幸福の科学出版」があります。

宗教関連のプロモーションは、古くから教えや思想をまとめた書籍が主流です。それは、世界3代宗教である仏経・キリスト教・イスラム教も同じで、古代から教えや思想をまとめた書物を残し、現代まで受け継がれています。現在でも宗教においても、自身の宗教に関する書籍を刊行することは、特別な意味があるようです。

しかし、幸福の科学は他の宗教とは異なり、宗教内で出版会社を所持している為、関連書籍の出版数も他の新興宗教とは桁違いに多く、現在までに国内だけでも2300書も出版しています。海外を含めれば、もっと出版数も増えると思われます。

また、幸福の科学は書籍を出版するスピードも速く、年間の発行点数がギネスに登録されたこともあります。幸福の科学は、それだけ世界に発信したい教えや思想が多いのでしょう。

【4】プロモーション

大川隆法率いる幸福の科学のプロモーションは、新興宗教の中でもかなり最先端です。大川隆法率いる幸福の科学は、独自の芸能プロダクションを2社所持しています。

幸福の科学の教えや思想の築きとなった宗教をモチーフした作品を、アニメや実写映画で制作してきました。幸福の科学が所持している芸能プロダクションには、俳優・声優・歌手・文化人と多分野に渡る人たちが所属しています。

特に、2017年に突然幸福の科学へ入信し、芸能プロダクションを移籍した清水冨美加こと千眼美子といえば、幸福の科学と芸能界の繋がりについてピンとくるかもしれません。

千眼美子は、もともとレプロエンターテイメントに所属していましたが、幸福の科学に入信したことをきっかけに、幸福の科学の新たな芸能プロダクションであるARIProduction株式会社を設立しました。

千眼美子の華々しい経歴を活かした宣教活動を行うために、大川隆法率いる幸福の科学が万全な体制を整えたことがよくわかります。

当時は、幸福の科学への出家問題やレプロエンターテイメントとの契約問題で、お騒がせ女優の印象が強くなった千眼美子でしたが、現在は当時と変わらぬ可愛らしい笑顔でますます人気となっています。

大川隆法率いる幸福の科学は千眼美子を主演として、現在では実写映画を次々と制作・発表しています。また、幸福の科学の実写映画に千眼美子が出演するとメディアでも注目されるなど、効率よくプロモーションが行えているようです。

大川隆法率いる幸福の科学では、現在ネットサービスに力を入れています。特に、千眼美子のLINELIVEなどは人気が高いようです。

【5】政治活動

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大川隆法率いる幸福の科学といえば、政治活動にも積極的に参加しています。大川隆法率いる幸福の科学が立ち上げた幸福実現党は、2009年に発足しました。

大川隆法は以前、自分たちは支持する候補者を応援するだけであり、直接的に政治活動はしないと公言していました。

しかし、新興宗教は母体が発展し大きくなると、政治活動に参加したがる傾向が見られます。大川隆法は支持する政治家がいないとの理由から、幸福実現党を発足しました。

大川隆法が立ち上げた幸福実現党は、現在では各都道府県に拠点を持っているそうです。それだけ、幸福の科学の信者が全ての都道府県にいることを表しているといえます。

現在、幸福の科学は積極的な選挙活動を行っていますが、国会に議席を持っていない為、幸福の科学が国の政策へ影響をもたらしている可能性は、極めて低いとされています。

大川隆法の経歴!

幸福の科学の創立者である大川隆法は、幼いころから政治や宗教思想に関する英才教育を受けていたことがわかっています。生まれながらに、宗教家の道へと進むような運命を辿っています。

幸福の科学の創立者である大川隆法の生い立ちから、幸福の科学を立ち上げる前や幸福の科学での活動経歴などを、ご紹介します。

【1】環境

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幸福の科学の創立者であり、幸福の科学の現在の総裁を務めている男性こそ大川隆法になります。本名は、中川隆、1956年7月7日生まれで現在63歳です。

幸福の科学の創立者である大川隆法の父親・中川忠義は、畜産関係でコンサルト業務をしていました。もともと、父親は共産党の熱心な支持者だったようです。経緯はわかりませんが、大川隆法の幼少期の頃に宗教思想へのめり込んでいったようです。

幸福の科学の創立者である大川隆法は、父親の影響で政治や宗教に関する英才教育を受けてきたことがわかっています。幸福の科学の創立者である大川隆法は、幼い頃から新興宗教に異常な関心を示していたことから、父親の影響力の強さが伺えます。

現在、幸福の科学の創立者である大川隆法の父親も幸福の科学で名誉顧問を務めており、母親(中川君子)は秘書役として席を置いているようです。

【2】進路

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幸福の科学の創立者である大川隆法は、幼い頃は将来外交官や学者になりたかったと語っています。

実際、一浪はしましたが、1976年に東京大学で文科一類の政治コースに進んでいます。大学在学中の経緯は不明ですが、1981年に東京大学を5年かけて卒業し、入学時とは異なる法学部で卒業しています。

大川隆法は東京大学に進んだものの、思い描く人生の波に乗り切れなかったようで、国家公務員上級試験、司法試験共に不合格となりました。

幸福の科学の創立者である大川隆法は、東京大学卒業後の進路は、総合商社に就職します。ニューヨークにある本社に研修生として勤めていた時期があり、ニューヨークでの生活を経験しています。

大川隆法はニューヨークで、語学や世界金融に関する勉強の為、仕事の傍ら学校や大学院にも通っており、勉強家だったようです。大川隆法は会社側から大きな期待を持たれており、将来の出世は間違いないはずでした。

【3】パートナー

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幸福の科学の創立者である大川隆法は、もともとサラリーマンタイプではなかったようです。1986年に約5年で総合商社を退職しています。

退職の理由は、大川隆法はニューヨークにいる頃に、再度世界の宗教・哲学者・思想家について異常な関心を見せるようになったのです。

これらの思想に関する研究を行うには、大川隆法の傍にベストパートナーがいました。それは、大川隆法の父親です。大川隆法と父親は共に研究した資料を、2人で出版することになります。そして、次第に思想を深め合いつつ、のめり込んでいきました。

【4】始まり

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大川隆法は、1986年に西荻窪に幸福の科学の事務所を設置します。この時点で、既に80名以上の会員がいたことがわかっています。そして、翌年には会員数は激増し400名を超えていました。

大川隆法率いる幸福の科学が急成長をした理由には、会員登録に秘められていたようです。幸福の科学は、当初会員になるには試験を受ける必要があったのです。入会試験の意図はよくわかっていませんが、大川隆法が試験に落ちた過去からくる恨みの行動のように感じてしまいます。

しかし、大川隆法の入会試験が功を奏したようで、次々と入信者が押し寄せたのです。現在でいえば、メンサの会員に入れることがステータスとされていることと、同じような感覚だったのかもしれません。

【5】進化

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幸福の科学の創立者である大川隆法は、幸福の科学の会員が増加していく中で、徐々に宗教色を強めていきました。幸福の科学は講演会がセミナーへと変わっていき、東京ドームで行った自身の誕生祭では大川隆法が「神」であることを宣言しています。

幸福の科学の創立者である大川隆法は、日本国内に限らず世界中で信者を増やしていき、現在でも講演会の為に世界中を飛び回っているようです。

あまり新興宗教は、目立った布教活動を行うことは少ないのですが、幸福の科学は雑誌・広告・映画・インターネットを柔軟に活用したオープンな布教活動や宣伝活動を行っていきます。

やはり、このようなマーケティング戦略を見ると、幸福の科学の創立者である大川隆法がサラリーマン時代に培ってきたビジネス法の素晴らしさを感じます。

一方で、大川隆法はマスコミが報じた自身の過去を巡って訴訟やデモを起こすなど、世間を騒がせることもありました。この訴訟に関しては、後に「講談社フライデー事件」と呼ばれるようになります。

講談社フライデー事件後には、メディアの露出を減らしていった大川隆法でしたが、2009年5月にとうとう政治活動を行う為「幸福実現党」を立ち上げ、参院選に出馬しましたが落選しています。以降は、信者の方々が精力的に政治活動を行っています。

大川隆法の現在!

幸福の科学の創立者である大川隆法は、現在幸福の科学の総裁という立場にあります。

現在、大川隆法は63歳で、まだまだ現役で仕事を熟しています。現在も、講演活動を月に2回ほどのペースで行っています。また、現在もハイペースで書籍の出版を行っています。

現在、大川隆法率いる幸福の科学は、多くの事業も展開してます。現在では、出版・芸能・映画制作・インターネットコンテンツの展開・学校経営と多岐に渡る分野で広く展開している為、幸福の科学の総裁である大川隆法も非常に忙しいことがよくわかります。

では、現在の幸福の科学の創立者である大川隆法を支えてきた人とは、誰なのでしょうか。幸福の科学の創立者である大川隆法の結婚・離婚・再婚について、調査しました。

【1】家族

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大川隆法は、1988年に木村恭子と結婚しました。木村恭子も東京大学を卒業している才女で、非常に美しい女性でした。

幸福の科学の創立者である大川隆法とは21歳も年が離れていましたが、大川隆法から「君は、前世の僕の妻だった」「君は現代のユダだ」などと口説かれて、結婚したそうです。

結婚して妻は、息子2人と娘3人を出産し、自身も幸福の科学の発展や活動に尽力してきた良き妻であり母親でした。また、現在の幸福の科学を築き上げた重要人物になります。

幸福の科学が政界へ進出した際にも妻として選挙活動を支えたり、過去には党首も勤めていました。妻も数々の重要なポストを任されてきたようです。

しかし、2012年に離婚しています。離婚前から、大川隆法と元妻との喧嘩が絶えなくなっていたそうです。長年の積み重ねてきた夫婦関係も、破綻しました。

元妻である木村恭子は、離婚後に多くのメディアで幸福の科学に関するバッシングを繰り広げました。もちろん、元妻は幸福の科学を破門されています。元妻である木村恭子は、離婚後の現在は子供たちとも会えなくなったそうです。

また、元妻である木村恭子は、離婚時に億単位で慰謝料を受け取っているとも噂されていました。

【2】再出発

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幸福の科学の創立者である大川隆法は、離婚後にすぐ再婚しました。

現在の妻は、大川紫央という女性です。現在の妻である大川紫央は1985年生まれで、大川隆法とは29歳差の年の差婚です。この女性もかなりの美人です。大川隆法は、年下の美人女性が好みなようです。

現在の妻である大川紫央は、早稲田大学を卒業し日本銀行に入社しましたが1年で退職し、幸福の科学に奉職しました。現在の妻である大川紫央は、もともと幸福の科学内でも、かなり良いポジションにいたようです。現在は、大川隆法との結婚を機に、総裁補佐として幸福の科学を支えているようです。

現在の妻である大川紫央は、幸福の科学の創立者である大川隆法の活動をサポートしたり、自身も広告塔として精力的に活動を行っています。

大川隆法が息子を勘当?

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幸福の科学の創立者である大川隆法には、離婚した前妻との間に2人の息子と3人の娘を儲けています。その長男である息子は、かなりのイケメンで、現在はフリーで俳優業や脚本家などの芸能にまつわる分野で活動をしているそうです。

現在、大川隆法の長男である息子の、幸福の科学内での活動があまり見えてきません。その背景には、長男である息子と大川隆法との親子喧嘩が原因と噂されています。幸福の科学内で巻き起こった親子喧嘩騒動について、調べてみました。

【1】成長

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幸福の科学の創立者である大川隆法の長男である息子(大川宏洋)の成長と共に、幸福の科学も大きく成長していきました。

生まれた時は、東京都練馬区に住んでおり、栃木県や品川区に引っ越しを繰り返していましたが、最終的に高級住宅地である白金台区に建てられた施設内の住居へと家族で引っ越しています。

大川隆法の長男である息子は、高校は早稲田大学高等学院へ進学するも男子校に嫌気が差し1年で中退しました。その後、息子は青山学院高等学部を再受験して入学し直し、大学は青山学院大学法学部へ進みました。

大川隆法の長男である息子は、学生時代には友人たちとバンド活動を行っていたり、映画の脚本を執筆するなど、成長と共に芸能に関する興味関心が大きくなっていったようです。息子は、大学在学中に幸福の科学で手掛ける映画の企画や制作など、プロデューサー業も勤めた経験があります。

【2】大人

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大川隆法の長男である息子は、大学卒業後には大手ゼネコンへ就職し、3年間社会勉強をしていたようです。当時、就職した経緯について「自分が未熟だったから」と語っていました。しかし、この時点で父親と息子の間で確執が生まれていた可能性も示唆できます。

大川隆法の長男である息子は、2016年に幸福の科学へ奉職しています。長男である息子は、幸福の科学で副理事長を務める他、幸福の科学が所持する芸能プロダクションのニュースタープロダクション株式会社の社長へ就任し、芸能関係の仕事に取り組みました。

大川隆法の長男である息子は、ニュースタープロダクション株式会社で、自身も俳優や歌手活動を精力的に熟し、自身がプロデュースする劇団も立ち上げていました。

また、大川隆法の長男である息子には、清水富美加こと千眼美子と結婚報道も出たことがあります。大川隆法の長男である息子の外見は大川隆法の前妻によく似ており美形ですが、性格的なものは父親にそっくりなようで、かなり目立つことが好きなタイプだったようです。

【3】離別

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2018年1月1日に、大川隆法の長男である息子のインスタグラムで衝撃の発表が行われました。

それは、2017年12月31日で幸福の科学で勤めていた全ての役職から降り、ニュースタープロダクション株式会社と結んでいたタレント契約も解除となったことを発表したのです。その文面からは、自分の意思ではなく事実上「首」になったようなニアンスが含まれていました。

大川隆法の長男である息子のはっきりとした退位の真相は報じられていません。しかし、以前からニュースタープロダクション株式会社の運営を巡って、父親と息子の間で対立があったようです。

純粋に芸能事務所として運営したいと意見する息子に、幸福の科学の宣伝を中心とするよう求めた父親との間には、大きな溝が生まれていったようでした。

大川隆法が息子と喧嘩騒動の結末は?

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大川隆法の長男である息子は、現在は幸福の科学から離れ、ユーチューバーとして活動しているようです。大川隆法の長男である息子が投稿したYouTube動画では、幸福の科学や父親である大川隆法の批判などを繰り広げているようです。

大川隆法の前妻であり、大川宏洋の母親である木村恭子は雑誌のインタビューで、息子や娘たちの中で自分は死んだ存在になっている。一切連絡を取っていない為、騒動を知らないと述べる中、大川隆法の長男である息子について、昔から芸術肌であり宗教への関心が持てなかったのではないかと語っていました。

大川隆法の息子である長男が脱会したと騒動になっている最中、幸福の科学は長男である息子は退会していないと主張していました。しかし、2019年6月に長男である息子の懲戒解雇を発表し、実の息子に2000万円の請求を求める訴訟を起こしています。

恐らく、幸福の科学の創立者である大川隆法は、自分に意見をするような人間を許せないのかもしれません。前妻も長男である息子も、大川隆法に意見や反論したことがきっかけで、排除されたのかもしれません。

大川隆法の年収は?

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現在、大川隆法の総資産は2000億円以上に上るといわれており、年収は8億円と噂されています。

年収8億円の財源となるのは、幸福の科学の信者から回収しているお布施・幸福の科学で行われている研修代・幸福の科学が出版している本の印税などから得られているようです。

国内で1100万人・国外で100万人からなる信者を抱えている幸福の科学の財源が枯れる日は、まだまだ来ないようです。

大川隆法の今後に期待!

幸福の科学の創立者である大川隆法は、幼い頃から父親の影響で、政治や宗教思想に関した教育を受けて育ちました。現在の幸福の科学を一緒に立ち上げたのも、父親だったのです。父親と息子の強い結びつきを感じます。

その一方で、大川隆法が築こうとした家庭は破綻しています。しかし、前妻と離婚した直後に29歳も年の離れた女性と再婚しています。前妻との間に儲けた子供たちも幸福の科学へ奉職し、重要ポストを任されている中、長男である息子がいきなり幸福の科学から追放され、現在幸福の科学から訴えを起こされています。

今後の親子喧嘩の行方も気になります。

幸福の科学は、現代的な手腕で優れた宣教活動を行っていることで、今後も信者を増やしていくことが予想されます。今後どのような宗教活動を行うのか、また国政へ入り込むことができるのか、ますます幸福の科学から目が離せません。

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