蓮池薫の生い立ち&経歴まとめ!拉致問題のプロとして活躍も黒い噂?

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拉致問題プロ!蓮池薫とは?

 

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「蓮池薫さん」という名を皆さんも一度は耳にしたことのあるのではないでしょうか。蓮池薫さんとは、昔から現在の今でも日本で大きな問題とされてている北朝鮮拉致問題の被害者の1人です。

北朝鮮の拉致問題から無事に帰国後、現在では翻訳者として活動しています。そして帰国後も蓮池薫さんは、積極的に北朝鮮拉致問題についても言及し活動しているのです。

ですがそんな蓮池薫さんにも実は黒い噂が存在しているようですね。蓮池薫さんへの世間の評判も気になるところではあります。今回は蓮池薫さんの詳しい生い立ちや経歴、そしてブログやツイッターなどの世間の評判に関しても、詳しくご紹介してきます。

世界でも注目されている北朝鮮拉致問題について、皆さんも改めて考えてみてはいかがでしょう。

 

蓮池薫の生い立ちは?

引用: Pixabay

蓮池薫さんが北朝鮮に拉致されるまでの間や、北朝鮮に拉致されてからの生活はどのようにして過ごしていたのでしょうか。

ここでは、蓮池薫さんが生まれてから今現在までの詳しい生い立ちをご紹介していきます。

 

【1】出身地・学校


蓮池薫さんは、1957年の9月29日に新潟県柏崎市で生まれ育ってきています。

また、1955年に生まれている2つ上の蓮池透さんという実の兄との2人兄弟です。蓮池透さんに関しましては、蓮池薫さんが北朝鮮に拉致されたことをきっかけに、拉致問題と向き合い、拉致被害者家族連絡会の副代表として活動しています。

蓮池薫さんは、出身地である新潟県の小学校・中学校・高校と地元の学校に通っていました。大学に関しましては、とてもエリートだったようで評判のいい偏差値の高い中央大学法学部に合格し通っています。

中央大学法学部に合格してからは、蓮池薫さんは地元である新潟県を離れ生活していました。ツイッターやブログでも蓮池薫さんの出身地については公開され割と有名ですね。

 

【2】北朝鮮に拉致


蓮池薫さんは、評判の高い中央大学法学部の3年生(20歳)まで大学に通われています。

北朝鮮に拉致されたのは1978年の時でした。蓮池薫さんがたまたま地元に帰省していた時に、新潟県柏崎市の海岸で北朝鮮の工作員であるチェ・ソンチョルと共犯者であるハン・クムニョンに拉致されたのです。

さらに、蓮池薫さんが当時交際していた奥土祐木子さんと一緒にいたことをきっかけに、2人揃って北朝鮮に拉致されました。北朝鮮の工作員は「タバコの火を貸してくれないか?」という片言で話かけ、蓮池薫さんの顔を殴り「静かにしなさい」と脅して拉致したそうです。

蓮池薫さんは、奥土祐木子さんが「海外に売りとばされてしまうのではないか」という恐怖心から怖くて声も出なかったと語っています。これが当時、北朝鮮の拉致問題で取り上げられていた出来事だったとは予想もつかなかったことでしょう。

2人が北朝鮮の工作員に拉致されてからは、「招待所」と呼ばれている山の谷間に一軒ずつある家に監禁されていたそうです。もちろん別々に監禁されていたので、奥土祐木子さんの行方は分からないままだったとされています。

蓮池薫さんが拉致されてから、北朝鮮の拉致問題が日本で取り上げられているこ頃、蓮池薫さんは1年9ヶ月のも間に渡り北朝鮮の工作員(スパイ活動)にするため朝鮮語を勉強させれていたそうです。

 

【3】結婚

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北朝鮮に拉致された蓮池薫さんは、しばらくすると「結婚するか?お前の彼女はうちにいる」と突然に北朝鮮の工作員から提案されたと語っています。

蓮池薫さんは、拉致問題から前向きに生活していくためにも「結婚する」という選択を選び奥土祐木子さんと昭和55年に結婚しました。

そのため蓮池薫さんの結婚は突然決まり、拉致問題からようやく流れが少し変わっていったようです。結婚するとすぐに、蓮池薫さんと奥土祐木子さんの間には長女・長男と2人の子供に恵まれてました。

ですが、2人の子供が生まれてからはとても貧しい生活だったようで、一ヶ月30ドル(3000円)で衣服・生活必需品をまかなっていたそうです。食料は配給制だったようで、半分腐りかけの食材やとにかく質の悪いものばかりだったといいます。

子供達の栄養摂取の面が非常に心配だったことや、貧しくしばられた生活に生きがいもなかったそうです。

ですが、蓮池薫さんが日本人であることや北朝鮮の拉致問題の被害者であることは子供たちには隠しています。それは子供を守るためであったことだったのです。

また、他のツイッターやブログでは、日本に帰れる前提で子供を育てることはできず、しっかり食べる・仕事をする・結婚するということができるようにするのが親の責任だとも語っています。

 

【4】日本に帰国

2002年にしてようやく、蓮池薫さんと奥土祐木子さんは小泉純一郎元首相の再訪によって日本に無事帰国することができました。子供達は一緒ではなかったですが、一年半年後に無事帰国しています。

蓮池薫さんは拉致問題から24年間、北朝鮮での生活を余儀なくされましたが、ようやく縛られた生活から解放されたのです。拉致問題から解放されて真っ先に感じたのは、生活の豊かさ便利さ言論の自由だったそうです。

そして蓮池薫さんが日本に帰国してからは、世間のツイッターやブログなどでの噂として言われていたのが「離婚しているのではないか」ということでした。ですが、蓮池薫さんが離婚しているという情報はツイッターやブログからも見つかりません。

というのも、蓮池薫の兄である蓮池透さんが、拉致問題の被害者の会の副代表だったことから家族のことが疎かになったことが原因で離婚をしています。ツイッターやブログで囁かれていたのは、蓮池透さんの離婚と情報と混合されてしまったということではないでしょうか。

 

蓮池薫の経歴まとめ!

引用: Pixabay

蓮池薫さんは北朝鮮の拉致問題の被害者として、青春時代から北朝鮮で生活を送っていました。

今現在は、ツイッターやブログを初めとするSNSなどで情報が多く記載されていますが、改めて蓮池薫さんの現在にいたるまでの経歴を詳しくご紹介していきます。

 

【1】高校から大学を卒業するまで

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引用: Pixabay

蓮池薫さんは出身地でもある新潟県の柏崎市の高校を卒業しています。

学校は、新潟県立柏崎高等学校という地元の高校を受験。無事に卒業してからは、評判の高い中央大学法学部に合格し、地元を離れて大学生活を送っていました。

ですが、夏休みのため帰省した1978年に北朝鮮の工作員から拉致され、2002年まで拉致問題の被害者として北朝鮮で生活を送ってきたのです。2002年には無事に日本に帰国することができまして、2004年に卒業できなかった評判の高い中央大学法学部に復学します。

2005年には学校法人柏専学院嘱託職員となりました。新潟産業大学で韓国語の教育に携わりながら、中央大学と並行して活動していたようですね。2008年には無事に中央大学法学部を卒業できました。

 

【2】大学を卒業後

引用: Pixabay

2008年に評判の高い中央大学法学部を卒業してからは、新潟県産業大学国際センター特任講師として活動開始します。

一年後の2009年には、新潟産業大学経済学部特任講師、2010年には新潟県産業大学経済学部専任講師として一年ずつ勤めました。とても評判も高かったようです。

同じ2010年、新潟大学大学院現代社会文化研究科社会文化論専攻博士前期課程入学し、修士の学位を取得しました。蓮池薫さんはとても優秀で評判も高く、2013年には准教授にまで昇格しているのです。

 

【3】帰国後の活動

帰国してからは勉学に励み、とても評判が高く優秀な成績をおさめた経歴となっています。勉学に励む一方では、日本のあちこちで北朝鮮の拉致問題に関する講演も行なっているのです。

自分自身に起きた拉致についてや、帰国後の出来事を主に語りブログやツイッターなどでも大きく取り上げられています。また2005年には、翻訳者として活動し「孤将」という初訳書をはじめとし、様々な著書を刊行しているのです。

これらの著書はとても評判も高く、多くの人々が拉致問題に関して関心を寄せています。

蓮池薫さんは、自分の母校である中央大学にも講演を開き、政策や日本への想いについて自ら拉致問題を語っています。ツイッターやブログでは拉致問題について耳を傾ける人が多く、蓮池薫さんの講演の評判に高く関心を持っている人が大勢いるのです。

 

蓮池薫の北朝鮮に関する持論は?

蓮池薫さんは、北朝鮮の拉致問題の被害者として長い間北朝鮮で生活を送ってきました。

北朝鮮に拉致された被害者は、蓮池薫さんの他にも多数います。北朝鮮で生活を送り、日本に無事に帰国したからこそ北朝鮮の拉致問題に対して想うことがあるそうです。

蓮池薫さんは安倍首相が無条件で金正恩委員長と会う、という方針を全面的に支持しています。拉致問題について家族と会い、今後力を合わせていくのはとても意味のあることだと語っています。

ですが、日米首脳会談の意義の評判を高評価するとともに、拉致問題についてのみ話をしても解決策にはならないと言及もしているのです。というのも、過去の清算・核ミサイルの問題は拉致問題と全て関連しているため、拉致問題についてだけ取り出しても意味はないと語られています。

大きな流れの中で、拉致問題の解決を目指すべきだと考えているようです。北朝鮮が拉致問題についてを解決させるためにも、北朝鮮側にとって「メリットやプラスになる要素」を用意しなくてはならないと指摘しています。

実際問題、日本で帰りを待っている拉致被害者の家族の高齢化が進む中、のんびり進められる話ではなく深刻な問題であると考えているのです。ですが、慌てて短期間で失敗してしまうよりは、確実に帰国させてもらえるようにしてもらいたいと想っているそうです。

 

蓮池薫に黒い噂がある?

引用: Pixabay

蓮池薫さんは北朝鮮の拉致問題の被害者として、帰国後も積極的に講演を行ったり著書を出版するなど、世間からも被害者家族からも評判が高い人です。

ですが、中には蓮池薫さんの評判に関わる黒い噂もツイッターやブログで囁かれているのです。

 

【1】北朝鮮の工作員

蓮池薫さんは北朝鮮に拉致されてから、北朝鮮に洗脳されて工作員になって日本に潜入(密入国)していたと言われています。

それも、拉致被害者である蓮池薫さんが自ら、実際に日本人を拉致していた事実があったとされているのです。

拉致家族も拉致実行犯であったことを隠し、安倍内閣は世論操作までしていたと2007年・週刊現代のスクープとなっています。実際に、社会主義労働者党を結成していた「横井邦彦さん」が、1986年・名古屋市の鴨田小教論だった当時、卒業式予行演習後に蓮池薫さんと複数の工作員が体育館に侵入し、拉致されそうになったと証言しているのです。

ツイッターやブログでは、蓮池薫さんが工作員だった・エリートスパイだとかなり噂にもなっています。ツイッターやブログの中には、朝鮮由来の高麗神社奉納板に蓮池薫さんの名前が存在しているそうです。日本人の被害者ならそれはあり得ないと批判する声も多く見られます。

 

【2】核兵器の横流し

先程、蓮池薫さんはエリート工作員だったといわれていることをご紹介しましたが、それに続き日本で開発した核兵器技術なども横流ししているのではないのかとツイッターやブログでもいわれています。

というのも、蓮池薫さんの実の兄である蓮池透さんは、東電の社員であり、東京電力原子燃料サイクル部の部長を務めているのです。同時にプルサーマル計画の中心人物でもありました。

日本は今まで極秘裏に核兵器の開発を行っているので、北朝鮮に横流しする可能性は非常に高いとされているのです。蓮池透さんが北朝鮮との連絡を取り合う状況を作るために、蓮池薫さんを拉致したのではないのかともいわれています。

また、核兵器が何なのかも、技術者が誰なのかも不明のままです。これはプルサーマル計画に行きつくのではないのか、とツイッターやブログでも噂されています。蓮池薫さんは実際、謎が多い人物として世間が認識しているのも事実なのです。

 

蓮池薫の現在

引用: Pixabay

蓮池薫さんは帰国後、卒業できなかった大学を復学して卒業し、長年にわたり勉学に励み大学の講師として活躍されてきました。また翻訳者としても活動し、著書を出版、日本中で講演会を開き拉致問題について携わっています。

そして今現在は、学生委員長・国際センター長を務め、兄の蓮池透さんとは違った形で拉致問題や政治について関わり対談も行なっているようです。また、北朝鮮ではできなかった自由な生活を過ごせる喜びを感じながら過ごしているようですね。

実際に謎が多い蓮池薫さんの黒い噂もありますが、拉致位問題について解決に近づくためにも政府にとって蓮池薫さんは必要不可欠な存在でしょう。北朝鮮での過酷な生活を振り返ると、帰国した日本では幸せに穏やかに過ごしていただきたいですね。

蓮池薫さんの拉致工作員の噂は実在しているといわれていますが、日本と北朝鮮との真実の関係性が明らかになる日はくるのでしょうか。今現在でも北朝鮮に取り残されている被害者たちのためにも、一刻もはやい拉致問題の解決ができることを皆さんもご一緒に願いましょう。

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