引用: Pixabay
みなさんは加古川小2女児殺害事件をご存知でしょうか。
今から12年前の2007年10月に起きた事件で、帰宅途中の鵜瀬柚希ちゃん(当時7歳)が兵庫県加古川市別府町の自宅前で刺殺された事件のことです。
テレビ番組などでも特集が組まれなんども放送されましたが、事件から12年経った今でも犯人は捕まっておらず、有力な手がかりもないまま未解決事件になっています。今回はそんな加古川小2女児殺害事件の概要と真相についてまとめて行きたいと思います。
またこの事件には勝田州彦と呼ばれる人物の関与が予想されています。なぜ勝田の関与が予測されるのでしょうか?
勝田の経歴や性格、家族関係から、前科と加古川小2女児殺害事件の関連性、そして驚きの性格まで紹介していきたいと思います。勝田の名前まで上がっているのになぜいまだに事件は未解決のままです。今回はそんな謎の多い加古川小2女児殺害事件の真相を暴いていこうと思います。
被害者、鵜瀬柚希ちゃんの情報まとめ!
【1】鵜瀬柚希ちゃんのプロフィール
この勝田州彦、反吐が出そうな悪人だ
2007年に起こった加古川の鵜瀬柚希ちゃん殺害事件もコイツじゃないか?
時期も手口も合致する警察も洗い直していると思うが、勝田は割りと近所に住んでたみたいだしもっと早く逮捕できたんじゃ?
やはり再犯率の高い性犯罪者を野放しにする今の制度は間違いだ pic.twitter.com/s36FCaPuhB
— ♛クロ@侃々諤々♛ (@_KURO_niconico_) May 30, 2018
まずは鵜瀬柚希ちゃんの簡単なプロフィールから確認していきましょう。
名前 | 鵜瀬柚希(うのせゆずき) |
出身 | 兵庫県加古川市 |
生年月日 | 2000年生まれ |
年齢 | 7歳(当時) |
学歴 | 市立別府小学校 |
【2】鵜瀬柚希ちゃんの家族構成・家庭環境
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被害者女児である鵜瀬柚希ちゃんは三姉妹の次女でした。
両親は離婚しており、母親、姉妹と共に母方の祖父母と共に暮らしていました。柚希ちゃん祖父母は20年ほど前から貸家に住んでおり、母親、姉、妹と共に柚希ちゃん家族が住んでいました。
また祖父母の他に母方の叔父と当時高校生、中学生の従兄弟2人も住んでいました。鵜瀬柚希ちゃん一家は当時この9人で暮らしていました。
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引用: Pixabay
鵜瀬柚希ちゃん宅の隣には女性が1人で暮らしていました。
建物の裏側には畑地があり、農道を挟んで隣家との間には大人が十分に隠れることができる高さの生垣がありました。
このことから、鵜瀬柚希ちゃんの家は周囲から切り離されたような景観になっていました。鵜瀬柚希ちゃんとその家族の家は、隣家とは繋がっているものの近隣の住戸とは接しておらず、家そのものが周りの家から浮いているような状態になっていました。
加えて、祖父母はその土地で長いあいだ暮らしているにも関わらず、近隣との交流はほとんどなかったそうです。同様に柚希ちゃんの母も叔父も、近隣住民との関わりは希薄でした。そのため町内会長ですら事件が起こるまで祖父母の家族構成も知らなかったといいます。
加古川小2女児殺害事件の概要
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2007年(平成19年)10月16日午後6時頃、当時7歳で小学二年生だった鵜瀬柚希ちゃんが自宅裏で何者かにナイフで左胸を刺されました。
犯人はいまだに見つかっておらず、未解決2019年8月現在、未解決事件とされています。2018年には母親の依頼でフジテレビにて特番が組まれ、放送されています。
ここでは事件発生前の柚希ちゃんの行動と事件発生時の状況の詳細をまとめ、時系列も合わせて紹介していきたいと思います。
【1】事件発生前の鵜瀬柚希ちゃんの行動
引用: Pixabay
柚希ちゃんはその日、午後3時ごろに小学校から帰宅しました。
帰宅すると柚希ちゃんはすぐにその日学校で出された宿題を済ませます。そして午後3時30分ごろ、妹(当時5歳)とともに自宅の裏に置いてある自転車に乗って自宅から500mほど離れた遊具のある「たけひろ公園」へ向かいました。
自宅より近い公園はあるのですが、この日遊具で遊びたかった柚希ちゃんは自宅よりも近い公園ではなく遊具のあるたけひろ公園へ行ったと言います。
そして公園に到着した柚希ちゃんは、友達たち複数人や妹と公園内で自転車に乗ったり遊具を使ったりして遊びました。午後5時30分ごろ、幼い妹が先に帰宅します。その後柚希ちゃんは友達の住むマンションの近くで、かくれんぼなどをして遊んでいたそうです。
そして6時ごろ、自宅に帰宅しました。幹線道路沿いの防犯カメラが、公園から自転車で帰宅中の柚希ちゃんの姿を録画していました。
事件発生時、柚希ちゃんはショートカットヘアーで、白い長袖のシャツに青いスカートを履いていました。そしてカゴ付きの赤い自転車に乗っていたといいます。
このように柚希ちゃんの服装はとりたてて特徴もなく、この年頃の女の子としてはごく普通の格好であったことがわかります。逆に考えれば犯人はこのようなごく普通の女の子を狙って、柚希ちゃんに狙いを定めたとも考えられます。
【2】事件発生
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引用: Pixabay
自宅の玄関先で姉(当時8歳)と先に自宅についていた妹に迎えられた柚希ちゃんは、自転車置き場となっている自宅裏に自転車を置きに向かいます。
再び玄関先に現れた際には、すでに腹部と胸部を刺されたあとでした。家にいた家族4人(母親、祖母、姉、妹)が柚希ちゃんの悲鳴を聞いて駆けつけるも、犯人の姿すでになく、柚希ちゃんは血まみれで倒れていたそうです。この時はまだ柚希ちゃんは息があり、倒れる途中だったといいます。
母親の連絡ですぐに救急隊員が駆けつけ、すぐに病院に搬送されますが、救命のかいも虚しく柚希ちゃんは午後7時45分に息を引き取ります。搬送中の救急隊員の呼びかけに、薄れゆく意識の中で柚希ちゃんは犯人について「大人の男の人」と答えています。
このダイイング・メッセージから警察は「犯人が女児の顔見知りであればこのような言い方はしない。よって犯人は顔見知りではない可能性がある」と分析しています。
ちなみに柚希ちゃんは胸と腹をナイフで刺されたのみで、衣服も乱れておらず、性的ないたずらはされていなかったと言います。
【3】事件現場周辺
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事件現場となったのは鵜瀬柚希ちゃんの自宅で、大通りからおよそ70m入ったところにあります。その横には砂利道があり、裏の畑と繋がっていました。畑の奥にはフェンスがあり、その先に幼稚園があります。自宅の北側30mの場所には当時工事中だった公園があります。
自宅周辺には大人が十分に隠れることができる高さの生垣があり、見落としはあまりよくありません。犯行前、犯行後にほとぼりが冷めるまでこの生垣に犯人が潜んでいたものと考えられます。さらに事件当時、自宅までの街灯は1つのみで、あたりは薄暗かったそうです。このように事件発生時、自宅周辺は非常に見渡すことが困難な状況でした。
姉や妹に出迎えられた自宅の玄関は生活道路に面しています。道路の道幅は4mと広くはないですが、東西に直進しているので見通しは悪くはありません。大人の男1人が歩く場合、また凶器のナイフなどを持ってうろつくには、人目を避けるのは難しいと思われます。
また現場の西側に住む女性が犯行時間に路上を見ていましたが、不審者は目撃していないと言います。さらに、母親や姉妹の悲鳴は聞いたものの他の声や物音は聞いていません。
現場から柚希ちゃん宅までに抜け道はありませんが、自宅の東側には北に抜ける路地があります。また、その途中にしばらく身を隠せるような空き地などもところどころにあります。
近所に住む女性を含め、事件前後に外へ出た柚希ちゃんの家族や近隣住民は車やバイクの音を聞いていないため、犯人は徒歩や自転車で東方向に逃げたのちに路地に沿って東か北に逃げたものと思われます。また自宅南にある空き地や田端には不審な足跡は発見されていません。
【4】事件発生前後の目撃情報
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この加古川小2女児殺害事件では、解決に繋がる有力な目撃情報は見つかっていませんが、前後には周辺で怪しい男の目撃情報が報告されています。
自転車を押して自宅裏に入っていく柚希ちゃんの数メートル後ろで、大人用の自転車に手を添え立っていた男の姿を目撃されています。警察は事件解決に繋がると見て男の特定に急ぎましたが、結局犯人に結びつく証拠は見つかりませんでした。この男が柚希ちゃん殺しの犯人としてかなり有力でしょう。
また、この男と同一人物であるという確認は取れていませんが、事件発生直後に自転車に乗った覆面姿の男が目撃されています。男は鵜瀬柚希ちゃん殺害現場から西へ80mほどの離れた幹線道路沿いで、大声をあげた男が自転車に乗って走りすぎていくのを複数人が目撃しています。
【5】事件の時系列まとめ
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それでは事件発生時の時系列をまとめていきます。
この時系列を見ることで事件の詳細を知ることができ、また事件がいかに短時間に行われたのかということもわかります。柚希ちゃんの行動の一部を犯人が把握していた可能性もあります。
16日午後6時ごろ:鵜瀬柚希ちゃんは1人で自転車で帰宅します。自宅前で出迎えた小3の姉と会話をしました。
16日午後6時5分ごろ:自転車を置いて家の中に入ろうとしたところを、家の前の路上で何者かに正面から右胸と腹部を刺されます。
16日午後6時6分ごろ:柚希ちゃん母親が119番に通報します。
16日午後6時8分:通報を受けた救急隊員3名が柚希ちゃん宅に到着、自宅の玄関前で倒れている柚希ちゃんを発見し、右胸と腹部の刺し傷を確認します。
16日午後6時12分:災害医療センターのドクターカーを要請します。
16日午後6時14分:柚希ちゃんの搬送を開始します。搬送中に柚希ちゃんは救急隊員の「誰に刺されたのか?」という問いかけに「大人の人」「男」と答えます。
16日午後6時30分:柚希ちゃんの容体が悪化します。
16日午後6時36分:柚希ちゃんが意識不明の状態に陥ります。
16日午後6時38分:大蔵谷インターでドクターカーと合流し、応急処置を開始します。
16日午後6時39分:心肺停止状態になります。
16日午後6時51分:県立こども病院に搬送されます。
16日午後6時58分:同病院に収容されます。
16日午後7時46分:病院で死亡が確認されます。
【6】周辺での動物虐待と類似する事件
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加古川小2女児殺害事件と直接の関わりがあるとは断定されていませんが、動物の虐待死事件や幼い女児が狙われた事件が複数報告されています。
鵜瀬柚希ちゃんが刺殺された自宅周辺の空き家や民家のガレージで、事件発生前の23日、首をナイフや包丁などで切断されたネコやハトの死骸が相次いで発見されました。この死骸が見つかった現場は、22日にニワトリの死骸二羽が放置された現場にも近いです。
これらの動物の虐待死事件は同一犯の犯行の可能性があるとみて、加古川署は器物破損の容疑で操作をしていました。いずれの動物の虐待死事件は、加古川小2女児殺害事件が起きた現場を中心に半径2キロ以内に起きていることから、警察は柚希ちゃん殺害との関連性も疑っています。
動物殺害事件の時系列まとめ
2006年 | 日時不明別府町新野辺空き地
首を切られた猫の死骸 |
2007年 10月22日 | 加古沢町友沢加古川南高校の中庭
首のないニワトリ2羽の死骸 |
2007年 10月23日 | 尾上町長田空き地
首を切断された猫の死骸 |
2007年 10月23日 | 別府町新野辺浜の宮グラウンド北側の民家の駐車場
首のないハトの死骸を |
また、兵庫県加古川市尾上町池田の路上で、周辺に住む柚希ちゃんと同じ小学2年生の女児2人が、突然見知らぬ男に叩かれるなどしています。
この女児2人はひざや頭に軽い怪我を負い、女児の父親から警察へ通報がありました。女児の目撃証言によると、女児に暴行を加えた男は身長約175センチメートルで、年齢は30歳から40歳前後とみられています。口とアゴにヒゲを生やし、黒っぽいサングラスをかけ、茶色のジャンパーとジーンズを着用していました。
このように現場周辺で動物虐待事件や女児を狙った暴行事件が起き、証言があるにも関わらず、この事件はいまだに解決していません。加古川小2女児殺害事件は、2008年7月30日に捜査特別報奨金制度に指定されています。
【7】たつの市女児殺害未遂事件との関わりは?
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加古川小2女児殺害事件で鵜瀬柚希ちゃんが殺害された2007年の約1年前に、類似の事件が兵庫県たつの市で起きています。
この事件もまた未解決事件となっています。2006年9月28日、午後6時22分に、たつの市の新宮町新宮の学習塾前の路上で、当時小学4年生の女児が男に刃物で左胸の下二ヶ所を刺され、左腕を切られたという事件です。女児は死亡には至らず一命をとりとめましたが、殺害未遂事件として捜査が進められていました。
この事件も兵庫県内にて女児がナイフによって狙われており、左胸を刺されています。近くの防犯カメラには路上を走って逃げる男の姿が捉えられています。この事件の男は30歳〜40歳で、身長は170センチメートルぐらいでした。
犯人の足取りは未だ掴めていない?
引用: Pixabay
加古川小2女児殺害事件はいまだ犯人が捕まっておらず、未解決事件になっています。
母親や家族がなんども情報提供を呼びかけていますが、いまだに犯人に繋がる有力な手がかりは見つかっていません。その理由としていくつか予測されているものがあるので、見ていこうと思います。
【1】犯行当時の周辺状況の悪さ
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犯行当時、家の前には人通りは車通りはなく、加えて周辺も大人が隠れるには十分な生垣が並んでいたため、犯人の影はおろか不審者の影も目撃されていません。
また時間帯も夕方で、周辺の道路にも街灯は1つしかなかったため、見通しも悪かったものと考えられます。周辺状況の悪さは目撃情報の少なさに影響し、事件の解決に際して非常に問題になります。
このために捜査に十分な手がかりが集まらず、捜査は難航したものと考えられます。
【2】犯行時間の短さ
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犯行は夕暮れの薄暗い中、鵜瀬柚希ちゃんが自転車を置いて玄関に戻るまでのほんのわずかな間に行われました。犯人は柚希ちゃんを帰宅途中から狙ってつけていたと考えられます。
犯人は短時間で計画的に犯行におよび、そのため目撃情報の少なくなったと考えられます。あまりに短時間であったことも、犯人の手がかりを掴むことができない要因の1つになったと考えられています。
【3】周辺住民との関わりの薄さ
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柚希ちゃん家族とその周辺の住民はもともと近所づきあいがなく、関わりが薄かったことがわかっています。
町内会長ですら柚希ちゃん一家の家族構成を完璧には把握していなかったことから、柚希ちゃんとその家族は周囲から浮いた存在であったことがわかります。周囲の大人が十分に子供を見守れる状況を生み出せていなかったようです。
このような要素も、犯人特定に至らなかった要素の1つと考えられています。
加古川小2女児殺害事件の犯人は勝田州彦?
【加古川の事件】=柚希ちゃんには胸と腹部に刃物で刺された傷あり。
【岡山の事件】=侑子ちゃんの胸や腹を刃物で複数回突き刺す。
加古川の鵜瀬柚希ちゃんは当時(2007)小学2年生。
岡山の筒塩侑子ちゃんは当時(2004)小学3年生。2009年には姫路で中3女子に殺人未遂。
限りなく黒に近い。 pic.twitter.com/6GsBo98fqH
— KOH (@koh0270) May 30, 2018
加古川小2女児殺害事件の犯人として有力なのが勝田州彦という人物です。
なぜ勝田州彦が柚希ちゃん殺しの犯人として名前が上がっているのかというと、勝田の性癖や過去の犯罪歴(いずれも幼い女児を殺害していること)などが挙げられています。
また、加古川小2女児殺害事件の起きた場所が勝田の家からすぐ近くだったことも有力な情報で、ネットでは勝田が殺したのではないかという噂が広まっていました。また殺害の手口も過去の殺害事件と極似しており、勝田が柚希ちゃんを殺害したという説がまことしやかにささやかれています。
勝田州彦という人物とは?
【殺人容疑】 兵庫県県加古川市平岡町新在家(当時)・無職
勝田州彦受刑者(39)
※平成16年9月、岡山県津山市で小3女子児童・筒塩侑子さん(当時9)の胸や腹などを刺して殺害した
平成27年5月、兵庫県姫路市で中3女子生徒(当時14)を刺して重傷を負わせた事件で服役中(懲役12年) pic.twitter.com/L0YFHEyHAU— 田中由美子 (@uggo_tanaka_y) May 29, 2018
勝田州彦とは14年前、岡山県津山市の事件で女児を殺害したとして逮捕、現在も服役中の人物です。
その他にも小学生や中学生を狙った複数の事件を起こしています。勝田州彦の家が当時、柚希ちゃん宅からわずか3kmほどの距離だったことも、勝田州彦がこの事件の犯人だと疑われる要素の1つです。
2018年、別の容疑で服役中だった勝田州彦は岡山県津山市の事件で女児を殺した疑いで再逮捕されています。当時、両親が警察官ということでも話題になったので、記憶が残っている人も多いでしょう。ここでは勝田州彦という人物について、家族構成や経歴、犯罪歴などをご紹介していきたいと思います。
【1】勝田州彦のプロフィール
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名前 | 勝田州彦 |
年齢 | 40歳(2019年8月時点) |
出身 | 兵庫県加古川市平岡町新在 |
出身高校 | 兵庫県私立市川高校 |
最終学歴 | 大阪外語専門学校 |
職歴 | 海上自衛隊、郵便局、運送会社など
(いずれも短期間で退職) |
現在 | 法務省矯正局 広島矯正管区 岡山刑務所 |
【2】経歴
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勝田州彦は学生時代は推薦で私立高校に入学するほどに水泳が得意でした。
高校を卒業した勝田は、まず海上自衛隊に入隊します。海上自衛隊入隊前にはアメリカへ短期の留学もしていたそうです。しかし、職場でのいじめが原因で半年で退職します。この時のいじめが勝田の人格を大きく歪ませるきっかけとなりました。勝田は、中学時代にも壮絶ないじめを受けています。
その後勝田は郵便局に勤めますが郵便局以外にもパチンコ台を組み立てる仕事、運送会社の運送員、現金輸送車の運転手など、さまざまな職を転々としました。
当時の同じ職場で働いていた人の証言によると、どの職についても勤務態度は真面目で、とりたてて変わったところはなかったといいます。しかしこの職を転々としていた不安な時期に、勝田はいくつも事件を起こしています。いずれも女児の暴行に関わるものです。
小さい頃は「くにちゃん」と呼ばれ、母親の後ろにくっついて歩いているような子供だったと、自宅近くの住民が話しています。30年経った現在、勝田州彦には「くにちゃん」の面影はありません。
【3】家族構成
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驚くべきことに勝田州彦の両親は警察関係者です。
父は警察OB、捜査一課で働く刑事でした。同様に、母は警察職員だったそうです。そんな堅い職についている真面目な両親でしたから、勝田の逮捕は耳を疑ったのではないでしょうか。警察内にも衝撃が走ったことが想像できます。刑事であった父の同僚の証言によると、2000年に勝田が一度目の犯罪を犯して逮捕されたのちも、父は変わらず勤務を続けていたというのです。
母親は、息子が逮捕された際に記者の質問に対して謝罪の前に「私、ドキドキしてしまって……そんなん言われても……」と事件に対して無関心とも捉えられるようなコメントを残しています。
母親として息子が凄惨な事件を起こしてしまったことに対する放心状態だったのか、それともまだ気持ちの整理がついていなかったのかは定かでありませんが、このようなコメントに対して多くの批判が集まりました。
しかし母親は実際には、勝田州彦が逮捕されたのちに「ほんまに迷惑かけてすみません。ほんまにごめんなさい」と近所を回っていたと実家近所の人が語っています。この発言からわかるように母親は勝田の起こした事件に対して責任を感じていると思われます。
勝田は両親にとって待望の長男で、特に母親の溺愛ぶりがすごかったといいます。その反面警察関係者家族であるという厳格な家庭で育ったため、厳しい教育を行っていたともいいます。家庭内での厳しいしつけが嗜虐的な性壁を産んだとも言われていました。
そのような心労のかかる家庭、そして学生時代と社会人時代の二度に渡るいじめによって、勝田は次第に歪んで行ったのではないでしょうか。
自らの家庭環境について勝田は「いじめを受けたと父に話すと強く叩かれた。母親は取り合ってくれない。自分は寂しかった」と証言しています。両親が勝田の行動や心理状態を、把握することができていればこのような事件は起こらなかったのかもしれません。
息子の逮捕に対して、警察関係者であった両親の本心はどのような気持ちだったのでしょうか。
【4】精神鑑定の結果
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精神鑑定の結果、勝田州彦は女性に対して暴力的な行為を働くことによって性的興奮を覚える「性的なサディズム」や特に幼い女児や中高生などの未発達な女性に対して性的な興奮を覚える「サディズム型ペドフィリア」と診断されています。
このような歪んだ性壁を持つようになったきっかけは、中学生時代に起きたいじめ、そして海上自衛隊時代に受けたいじめだとも言われているそうです。凄惨ないじめを経験した勝田は精神が歪み、結果としてこのような犯罪の数々を生み出すようになってしまったと考えらえています。
精神鑑定は日々進歩していますが、このような性格を持つ犯罪者がこれ以上増えないようにするにはどうしたらいいのでしょうか。
【5】勝田州彦は自傷行為をしていた?
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幼い女の子の苦痛に歪む顔に性的興奮を覚える勝田は、刃物で女児を刺すことで性的興奮を覚えています。
その一方で勝田は、自分の腹部をナイフで刺すといった自傷行為を中学三年生の頃から繰り返していたことも明らかになっています。いじめなどのストレスが自傷行為に留まっていたものの、この自傷行為を医師に止められたことで、女児の腹を刺したいという考えられるようになったことが明らかになっています。
勝田は中学生の頃から、このように自分の腹を刺して自傷行為をすることで、自分の歪んだ欲望を満足させていたようです。また「自分の腹を刺して血が出るのを見ていると落ち着く」との供述しており、「腹を刺すという行為」そして「血が出てくるという現象」に固執していたということが伺えます。
また高校時代からアニメビデオに熱中するようになり、実際に自宅からは女児が登場するSMもののアニメビデオが押収されています。高校時代にはすでに美少女が登場するアニメで、血を流して苦しんでいる姿を想像して性的興奮を得ていたといいます。
【6】勝田州彦の前科
「今日、逮捕された39歳の勝田州彦容疑者。こちら、高校時代の写真です。勝田容疑者は小学生や中学生の面識のない女の子の腹を殴ったり胸を刃物で刺したりという同じような事件を繰り返し起こしていました。」#tvasahi #報ST pic.twitter.com/75pWTaHlcE
— きやすめ。椿事件ってなぁに? (@ZeroE13A1) May 30, 2018
勝田州彦には複数の前科があります。どれも幼い女の子に対する凄惨な事件です。加古川小2女児殺害事件との関連性も推測することができます。
2000年 複数の女児へ暴行およびわいせつ行為 勝田は2000年に複数人の女児へ暴行、わいせつ行為を繰り返していたとして逮捕されています。その際に警察は、勝田は精神的異常があったと判断しています。2000年前後、職を転々としていた勝田は、その不安定さから異常性壁が爆発し、犯行に及んで行ったのではないかと考えられます。
2004年 津山女児殺害事件(逮捕は2018年) 2004年9月3日、岡山県津山市で起こった殺害事件です。筒塩侑子ちゃん(当時9歳)が自宅で何者かに胸や腹など複数箇所を刺されて殺害されていました。被害者女児の遺体は、学校から帰ってきた女児の姉が発見、母親と警察に連絡しました。勝田は犯行に及んだ経緯に対し、「侑子ちゃんが可愛かった。だからついていった」と述べています。
玄関付近で勝田は、時間を尋ねるフリをして侑子ちゃんに接触、時間を確認するために家に入った所についていき、一緒に家に入りました。その後まず侑子ちゃんの首を締め、その後ナイフで刺したものと思われますが、勝田は「首は締めたが、ナイフでは刺していない」「殺すつもりはなかった」と一部容疑を否認しています。
14年間未解決事件として扱われてきましたが、2018年に勝田容疑者が逮捕されます。勝田容疑者は被害者女児を刺したのち、正面から何度も繰り返し女児を刺していることから、その残虐性や異常性がわかります。また時系列を見てみると、加古川小2女児殺害事件と同様にごく短い時間で犯行が行われたと推測することができます。
事件当時、警察6万人によって捜査をされていました。目撃情報は少なく、凶器などの遺留品も見つからなかったため捜査は難航しました。このように被害者が幼い女児であったこと、目撃情報の少なさなども、加古川小2女児殺害事件と似ているといえます。
2009年 5人の女児への暴行 2009年には女児ばかりに対して暴行を行っています。勝田は女児に対する小児性愛と女性に暴行することで性的興奮を覚えるという性癖があると言われています。このことから勝田は繰り返し女児へ暴行していたと考えられます。
5人の女児のうち1人は肝臓が出血するほどの大怪我を負い、全治するのに一ヶ月かかりました。この時勝田州彦は逮捕され、懲役5年の判決が出ています。
2015年 女子中学生3人をナイフで刺す 2015年には兵庫県内で3人の女子中学生を刺しています。通り魔的犯行で、勝田州彦は人気のない細道で少女を待ち伏せし、ナイフで犯行におよびました。通り過ぎる女子中学生の腕を掴み、ナイフで女子中学生の腹を刺しました。
少なくとも5回以上、少女を刺して快感を得ていたと法廷で話しています。犯行後勝田は変装し自転車で逃走しました。
被害者の女子中学生は一命はとりとめましたが重傷を負い、勝田州彦は殺人未遂として懲役10年の判決が言い渡されました。
その他の余罪 勝田州彦はそのほかにも余罪があると言われています。勝田が次々と事件を起こしていたのと同じ時期に、勝田の自宅がある兵庫県加古川周辺で女の子が刺される事件が起こっています。加古川小2女児殺害事件もその1つです。警察は今後勝田から話を聞くことも視野に入れて捜査を進めています。
このように勝田は女児や女子学生のみを狙って犯行に当たっています。犯行動機としては「女の子の苦しむ顔が見たかった」「腹部から流れる血を見ると性的興奮を覚える」と供述しており、自らの性的興奮のために被害者を襲ったことがわかります
柚希ちゃんが女児であること、犯行場所に人気がない場所を選んでいること、凶器にナイフを選んでいることなどから、柚希ちゃん殺害も勝田の犯行なのではないかと推測することができますが、いまだに逮捕には至っていません。
加古川小2女児殺害事件は未解決で終わってしまうのか?
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いかがでしたでしょうか。
加古川小2女児殺害事件の詳細から、勝田州彦の経歴や前科、加古川小2女児殺害事件との関わりまでご紹介してきました。この事件は、このまま未解決事件で終わってしまうのでしょうか? 勝田の前科やたつの市の未解決事件の手口や狙われた被害者の特徴が非常に似ていることからも、勝田の犯行が疑われます。
勝田が2018年に再逮捕されたことで、余罪として加古川小2女児殺害事件が出てきてもおかしくないですね。しかし真実はいまだに明らかになっていません。加古川小2女児殺害事件を含め、勝田の他の余罪についても今後の展開に注目が集まりますね。
このような残虐な事件ですから、被害者家族の無念のためにも一刻も早い解決を祈らずにはいられません。