畠山鈴香の経歴&現在!娘を殺した母親の名言【秋田児童連続殺害事件】

  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

秋田児童連続殺害事件とは?

引用: Pixabay

現在でもたびたび凶悪事件として話題にあがるほど有名な事件の1つです。

2006年に秋田県で発生した殺人事件で、2人の児童が殺害されてしまった事件なのです。4月10日に第1の殺人事件が発生しました。行方不明となった小学校4年生の女の子が、自宅から離れた川岸で水死体となって発見されたのです。

さらに続けて5月18日午後に第2の事件が発覚します。1件目に殺害された女の子の自宅の2軒隣に住んでいた男の子が遺体で発見されたのです。1件目の事件が発生後、警察は捜査を開始し事件、事故の両方から捜査を始めると、事件を不慮の事故とはやばやと断定し捜査を切り上げたのです。

そんな中、2件目の事件が発生してしまいます。同じような児童の殺害事件が2件続いた事で、捜査本部は連続する事件として1件目についても再捜査を開始します。

捜査を続けて情報を集めていった結果、6月4日容疑者として、1件目の事件の被害者の母親であった畠山鈴香を連続する2件の事件の容疑者として逮捕したのです。

 

秋田児童連続殺害事件の概要

引用: Pixabay

2006年(平成18年)4月9日、秋田県の町営団地に住んでいた畠山親子は、連れ立って車で自宅から数km離れた大沢橋の欄干に連れてゆき、橋の下を流れる川を覗き込んでいた娘の綾香ちゃんを母親の畠山鈴香は橋の欄干にいた綾香ちゃんを橋から突き落として川に転落させて殺害したのです

川へ落ちた綾香ちゃんは流されて自宅から10km離れた川岸で水死体になって遺体が発見されたのです。警察は捜査した結果、誤って欄干から滑り落ち川に落下してしまったものと断定し、事故死として処理を行いました。

警察が事故死と断定したのに対して、母親の鈴香は「娘の死は事故死ではなく誰かに殺害された」と娘の死が殺人事件であると声を上げていて、駅前で娘を殺した犯人を捜すための情報を求めるビラを配るなど、娘を亡くした不幸な母親像を演出して周囲にアピールしていたのです。

事件当時、不幸な母親像を演じていた畠山鈴香に対して多くの同情する声があがりましたが、時間が経過していくと次第にオーバーな言動や態度が見え隠れするようになり、近所にすむ人々は、畠山鈴香に対する不信感をましていったのです。

綾香ちゃんがなくなってから、1か月あまりたった5月17日、畠山鈴香の近所に住む、米山豪憲くんが小学校から下校する途中に行方不明になったのです。米山豪憲くんの両親は警察に捜索届を出し、近所の人達と一緒に、付近の捜索活動を行ったのだが、行方を掴むことは出来なかったのです。

行方不明になった翌日になって、能代市に住む男性がジョギング中に市道脇に遺棄されていた米山豪憲くんが帰らぬ姿になっているのを発見したのです。通報を受けた警察が死体遺棄現場に駆け付け、現場検証を実施した結果、米山豪憲くんの首に絞められた痕が見つかり、殺人事件と断定されたのです。秋田県警は直ちに捜査本部を設置して捜査を開始しました。

秋田県の比較的穏やかな地域でわずか1か月もの短い期間に2件の児童が死亡するという状況に地元住民は皆、大変ショックを受け動揺が広がったと同時に、綾香ちゃんの死亡以降、その行動や言動に怪しい部分が見え隠れしていた畠山鈴香に疑いの目をむけるようになったのです。

綾香ちゃんの死によって注目を浴びる存在になっていた畠山鈴香に対して、マスコミも注目し、連日の報道合戦をするなど現場は大混乱の状況になったのです。この騒動の間、畠山鈴香は積極的にマスコミの前に出てインタビューに答えており、「自分の娘の綾香も事故死ではなく誰かに殺された」、「警察は、もう一度娘の事件を捜査してほしい」と発言を行っていたのです。

秋田県警の捜査本部は綾香ちゃんの事件も含めて、秋田連続児童殺害事件として2件の事件の捜査を開始しました。捜査を時手行く中で情報が集まり、証言が2転3転してはっきりとした供述をしていなかったり、事件当日のアリバイが不明確になっていた事から、畠山鈴香を秋田児童連続殺害事件の重要参考人として捜査を畠山鈴香の周辺を重点的に捜査し始めました。

6月5日、捜査本部は捜査で積み上げた証拠を元に、米山豪憲くんの死体遺棄容疑で逮捕状を取り容疑者として畠山鈴香を逮捕し、畠山鈴香宅を家宅捜索を実施しました。

家宅捜索の結果、畠山鈴香宅から米山豪憲くんのものとみられる、体液や血液痕などを発見。取り調べでも畠山鈴香が米山豪憲くんの殺害をほのめかす発言をしたため、同月25日、米山豪憲くんを殺害した事件の容疑者として畠山鈴香を再逮捕しました。

取り調べが続けられるなか、7月18日自分の娘である畠山綾香ちゃんを橋の上から突き落とした事も自供したため、殺害の容疑でも再逮捕されたのです。

 

犯人、畠山鈴香【秋田児童連続殺害事件】

秋田児童連続殺害事件の犯人である畠山鈴香とはどういう人物なんでしょうか?ここからはそのプロフィールについて紹介していきたいと思います。

名前        :畠山鈴香

生年月日:1973年2月2日

最終学歴:秋田県立二ツ井高等学校卒業

経歴          :高校卒業後、栃木県の温泉ホテルで仲居として働く。

地元で結婚し退職。

1996年11月 綾香ちゃん出産。

出産してから5か月後に離婚。

綾香ちゃんを能代市の実家に預け、釣具店やパチンコ店などを転々として働くも長続きせず退職。

裁判において一般的には理解できない名言を多数発言、その名言が世間で話題になる。

現在は無期懲役で服役中

 

畠山鈴香の生い立ち【秋田児童連続殺害事件】

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件で自らの娘と近所の児童を殺害した犯人である畠山鈴香はどのようにしてあのような人物になってしまったのでしょうか。

畠山鈴香の人格を形作ったであろうその生い立ちについて詳しく見ていきます。

 

【1】畠山鈴香の生い立ち:父親からの家庭内暴力


引用: Pixabay

畠山鈴香は幼少期から家庭内暴力に晒されてきていました。畠山鈴香の父親は酒癖が悪く、飲むたびに暴力を振るう人でした。

畠山鈴香の父親の暴力は畠山鈴香が小学校高学年の時から始まり、中学生になると畠山鈴香の父親の暴力はよりエスカレートしていき、殴るけるは当たり前のごとく行われ、時には髪の毛を引っ張って引きずり回すなど、度を越えた暴力が振るわれていたのです。

畠山鈴香の母親は、自分に暴力が向けられるのを恐れて、娘の畠山鈴香を庇って守ろうとはしなかったのです。

 

【2】畠山鈴香の生い立ち:中学、高校での壮絶ないじめ


引用: Pixabay

畠山鈴香は学生時代の中学、高校といじめにあっていました。特に高校時代に受けたいじめは学校全体からというとても酷いものだったと言います。高校時代に畠山鈴香につけられていたあだ名は、「心霊写真」「ばい菌」でした。

中学生の時には周りからほとんど無視され、孤独な存在だったと言います。友達がいないことを苦にした畠山鈴香は友達欲しさに万引きした文房具を周りのみんなに配って自分に気を引こうとしたことすらあるのです。

畠山鈴香は高校生の時には、学校の中でまとめ役となるようなリーダー的存在に接近し使い走りになる事で、いじめの対象になるのを避けようとしていたと言います。

畠山鈴香が受けていたいじめを象徴する証拠が存在します。それは、畠山鈴香の高校の卒業文集です。

 

【3】畠山鈴香の生い立ち:卒業文集が酷い

Array

畠山鈴香がいじめを受けていた証拠として残されているのが、高校時代の卒業文集です。そこに寄せられた畠山鈴香に対するクラスメートからの言葉を紹介します。

・今までいじめられた分、強くなったべ。俺に感謝しなさい。

・秋田から永久追放。

・会ったら殺す。

・小学生のころからあんたとは馬が合わないらしい。それはそれでいい思い出だけどな。

等々、畠山鈴香に対する酷い良いようがそのまま書かれている酷い内容の卒業文集でした。また、卒業文集では色々なランキングなどが書かれていることがありますが、その中でも畠山鈴香に関する部分があります。

・色々な意味で有名になりそうな人

畠山鈴香・・・自殺、詐欺、強盗、全国指名手配、変人大賞、殺人、野生化

というようなことが書かれていました。この卒業文集に残された畠山鈴香自身の言葉は

「1年間、長く一緒だった人は3年間どうもでした。すぐに仕事を辞めてこないけれど、二ツ井に帰った時は遊んでやってください」

との言葉を残しています。いじめられてい状況を考えるとすごく痛々しい文章です。畠山鈴香に向けられた言葉は卒業文集に書いて良い内容ではないですよね、卒業文集を編集した学校側にも非常に問題のあるものだと思います。

現在よりも、いじめ問題に対する考え方が甘かったのだとは思いますが、これ、学校の担任先生はなにもしなかったのでしょうか、この問題を放置した学校側もいじめに加担していたと言っても過言でもないと思います。現在ではこのようないじめがあったことが公になれば学校全体が問題のある学校として大バッシングの対象になっていると思います。

このように、畠山鈴香は高校時代は学校の先生も含めた、学校全体から現在においては考えられないようないじめの対象とされていたのだといえるのです。畠山鈴香の性格が歪んでしまったのは、畠山鈴香の成長期に取り巻く周囲の悪意によるものと言ってもいいと思います。

人を育てるのはその人の周りの環境に左右されると言います。まさに、畠山鈴香を取り巻く環境が秋田児童連続殺害事件を起こし、名言と呼ばれるような発言をすることになる、犯罪者畠山鈴香を作りあげたのだと言う事ができるのです。

 

【4】畠山鈴香の生い立ち:未来の犯罪を同級生が予想

引用: Pixabay

畠山鈴香は高校時代の卒業文集の有名になりそうな人のコーナーに名前が挙がっていました。

畠山鈴香の将来は、「自殺、詐欺、強盗、全国指名手配、変人大賞、女優、殺人、野生化」などと同級生が声が挙げられています。畠山鈴香が学校全体からいじめれてていてからこそのこの言葉なのかもしれませんが、結果として畠山鈴香の未来を予測したような内容の卒業文集になっているのです。

畠山鈴香は、自分の娘を含む2人の児童を殺害した後、マスコミや駅前で女優のように悲劇のヒロイン像を演じていました。時には、娘を殺された悲劇の母親、時には変人のようなふるまいを周囲に対して演じていたのです。

その演技で捜査をかく乱しようとしていたのかもしれませんが、結局の所その奇行により注目を浴びる結果となり、怪しいと黙された挙句逮捕されてしまいました。

また、裁判の中で、畠山鈴香の過去について明らかになり、高校時代に学校内で盗難騒ぎを起こし、停学処分を受けていたことが明らかにされています。この窃盗行為がいじめによるものなのか、畠山鈴香自身の意志によるものなのかは定かではありませんが、高校時代から普通の生活とはかけ離れた行動をおこなっていたのかもしれません。

 

畠山鈴香の経歴【秋田児童連続殺害事件】

 

【1】高校卒業後の畠山鈴香

Array

引用: Pixabay

高校を卒業した彼女は、父親の暴力から逃れたいという思いもあり、秋田をはなれた栃木県鬼怒川温泉のホテルの仲居として就職したのです。

父親の暴力や周囲のいじめの環境から解き放たれた畠山鈴香は、自由な生活を手に入れるとそれまでとは打って変わった明るい生活を楽しみました。仕事仲間との飲み会やバーベキューといった事に積極的に参加し楽しんでいたとのことです。

しかし、畠山鈴香の自由な生活は長く続きませんでした。父親の健康状態が悪化し実家に戻らざるを得ない状況になってしまったのです。秋田に戻った畠山鈴香はその後も不定期で温泉の仲居やコンパニオンの仕事を続けていました。

この時期に畠山鈴香は1歳年下の男性と知り合いになります。やがて2人は同棲を始めました。同棲を始めると畠山鈴香の父親は自分の運送会社の社員にすると言い、それを受けた2人は結婚することとなります。実家近くの町営団地に居住し、やがては長女の綾香ちゃんが誕生します。

 

【2】売春行為をしていた畠山鈴香

引用: Pixabay

長女の彩花ちゃんが生まれてから5か月後、畠山鈴香は離婚することになりました。離婚の原因は畠山鈴香の生活態度にありました。

家事を一切せず、パチンコ三昧の日々を繰り返し、夜遊びも続け、借金まみれの生活態度だった鈴香は愛想を尽かされ離婚へと至ったのです。

畠山鈴香は離婚後、スーパーの店員やパチンコ店の店員、スナックの保栖哲やコンパニオンなど職につくも長続きせず、職を転々としながら彩花ちゃんを育てていました。

仕事を転々として長続きしない状況と、それにも関わらずパチンコ三昧の日々を相変わらず続けていたため、やがては借金で首が回らなくなり、自己破産に至ってしまいます。秋田児童連続殺害事件を起こす前まで、畠山鈴香は能代市内にある風俗店で働き、顔なじみの客は自宅に連れ込み、売春行為を行っていたとわかっています。

 

【3】畠山鈴香は在日?

引用: Pixabay

現在において畠山鈴香は在日朝鮮人だという噂が流れた事があります。

その噂によると、秋田連続児童殺害事件や和歌山毒入りカレー事件や酒鬼薔薇聖斗事件などの凶悪事件は全て在日朝鮮人の仕業ということらしいです。マスコミの報道では匿名報道がなされるので犯罪者が日本人か在日朝鮮人かなどの区別はつきませんがそれにしても凶悪事件の犯人が全て在日朝鮮人というのは馬鹿げた考え方です。

現在でも在日朝鮮人に対する人種差別的な考え方があるのはわかりますが、全ての凶悪事件を在日朝鮮人の仕業と決めつけるのはどうかしてると思います。

日本人は善人で在日朝鮮人は悪人がいるという差別思想自体に問題があるといえます。日本人とか在日朝鮮人とかではなく、犯罪を犯す人はその人自身に問題があるのであって、人種で分ける問題ではないのです。

現在でも根強く残る誤った思想や思い込みで在日朝鮮人を悪く言うのは間違っていると思います。

 

畠山鈴香の犯行動機は?【秋田児童連続殺害事件】

引用: Pixabay

ここでは秋田児童連続殺害事件の犯行動機について調べていきたいと思います。

 

【1】事件の背景には人格障害があった?

引用: Pixabay

事件で2人の児童を殺害した彼女は、警察により逮捕された後も死体遺棄については認めても、殺害については認めようとしていませんでした。また、事件を起こした犯行動機についてもなかなか語ろうとはしませんでした。

これは、犯行をごまかすためではなく、畠山鈴香自身が秋田児童連続殺害事件を起こした動機がよくわかっていなかった事が想定されます。秋田児童連続殺害事件発生当初に娘の死亡原因を警察に調べてもらいたいという証言を行っていました。

彼女は人格障害を患っている可能性があります。その言動が不安定であった逮捕前のマスコミへの対応や、駅前で行っていた言動や名言として取りはやされる言動から推測されるのは、人格障害B群と呼ばれる人格障害を患っている可能性がみられるのです。

人格障害B群は反社会性人格障害、境界性人格障害、自己愛性人格障害、演技性人格障害があり、これらの障害の傾向が感じられるのです。

こんな人格障害を生んでしまったのは、畠山鈴香の成長過程の生い立ちに原因があると思われます。

 

【2】娘への思い

引用: Pixabay

人格障害B群の傾向が感じられる彼女の言動について述べていきたいと思います。

意識としては一生懸命やっているのですが、なにか困ったことが起きるとその場しのぎで嘘をつくことが多く、その言動がどこか芝居じみたものになりがちで、衝動性が高く、他人を傷つけるのですが、人間関係を作るのが不器用で、自分自身もとても傷つきやすい人間なのです。このような畠山鈴香の人格を形成してしまった過去の生い立ちは悲しいものだったと感じさせられます。

綾香ちゃんへの対応は虐待があったとも報道がありますが、一方で溺愛していたとも報道されています。

これは可能性の話ですが、彼女は娘の綾香ちゃんを愛していたと思います。しかし、その愛情表現を上手く表すことが出来ず不器用だったのです。それと同時に育てるだけの力を持ち合わせていませんでした。人格障害を患っていると思われるため、精神的に不安定であり、また料理をすることもできません。そんな良い子育てが出来ない自分自身を責めていた部分もあったのだと思われます。

そんな不安定な状況で娘の綾香ちゃんが死亡します。現場でどんなことが起こったのか詳細はわかりませんが、綾香ちゃんが亡くなった事実だけは畠山鈴香に突き付けられ、激しい悲しみにとらわれます。

亡くなった娘への愛と激しい悲しみ、そんな感情が渦巻いているのに周囲の人間は、自分の期待しているように動いてくれず、娘は事故死という扱いになっているのです。

焦りや怒り、悲しみといった色々な感情が重なりあって、彼女は自分の気持ちをどう処理すればいいのかわからなくなり混乱を重ねていったのかもしれません。

 

【3】米山豪憲くん殺害動機

畠山鈴香は娘の綾香ちゃんと米山豪憲くんが遊ぶ時には、綾香ちゃんに「お前の方がお姉さんなんだから、待っていてあげるんだよ」と話しをしていたそうです。

綾香ちゃんの49日の法要においても、綾香ちゃんに「待っていてね」と語りかけています。ひょっとしたら「綾香ちゃんに寂しくならないように米山豪憲くんが来るまで待っていてね」という意味だったのかもしれません。娘の綾香ちゃんのためにという思いが米山豪憲くん殺害の動機になっていたと考えられます。

娘の綾香ちゃんが亡くなり、近所で仲良くしていた米山豪憲くんだけが元気でいる。そのことを感じてしまった時の何とも言えない悔しく切ない思い、米山豪憲くんが娘の綾香ちゃんと一緒に言ってくれたらという思い。この母親としての綾香ちゃんへの激しく歪んだ愛情表現が米山豪憲くんの殺害につながった犯行動機だったのかもしれません。

この歪んだ愛情表現と持っていた人格障害による衝動性が合わさった結果、秋田児童連続殺害事件につながってしまったのかもしれません。

 

畠山鈴香が残した名言が話題【秋田児童連続殺害事件】

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件の犯人である畠山鈴香はこの事件において数々の名言とも言うべきとんでも発言をしています。ここではそんな名言についていくつか紹介していきたいと思います。

まず最初の名言は「私の命が尽きるまで謝りますが、償い方がわかりません」です。この明言は米山豪憲くんの遺族に向けて発せられた名言です。謝罪するという行為自体には理解を示しているがどうやって償っていいかわからないという精神の不安定さが出ている名言だと言えます。

幼少期よりの暴力やいじめに晒されてきた畠山鈴香の生い立ちが精神を侵食し、償うという感覚が抜け落ちてしまっているからこそこのような名言が生まれたのかもしれません。

続いて紹介する名言は「どの国も一般常識で人を殺害する事は悪い事なのは認識して理解していますが、なぜ人を殺す事が悪い事になるのですか?」との名言です。

この名言からは畠山鈴香の死に関する感覚の薄さが見えてきます。自らの生い立ちが幼少期より激しい暴力にさらされて死を常に感じとっいた畠山鈴香にとっては死は忌避すべき感覚ではなくなっていたのかもしれません。

普通に周りから愛や思いやりを受けて成長すれば、命に対する重要性を心の底に認識します。しかし、幼少期より暴力に晒される生い立ちを持つ人間なその感覚が抜け落ちてしまいこのような名言を発してしまうのです。

その生い立ちゆえにこの名言は紡がれたのかもしれません。畠山鈴香はその不幸な生い立ちによって生みだされてしまったといっても過言ではないと言えるでしょう。

世間の一般的な感覚とかけ離れた感覚を持ってしまった事から、名言とよばれる言葉が紡ぎだされているのだとしたら、その名言を生む土壌を作ったのは畠山鈴香の生い立ちであり、その生い立ちがあるからこを秋田児童連続殺害事件がおき、これらのとんでもない名言が生みだされたのです。

本来ならこの名言については、おかしな名言としてとらえるのではなく、こんな名言を生みだしてしまった生い立ちについてきちんと考えて、名言とならない感覚をもった人間になるようにしなければならないのだと言えます。

みなさんも名言をただの言葉として受け取るのではなく、名言がなぜ生まれたのかを考えてみてください。名言の見方が変わってくると思います。

秋田児童連続殺害事件で本当に追及して考えるべき問題は畠山鈴香を生み出した生い立ちにあると言えるのです。

 

畠山鈴香の判決は?【秋田児童連続殺害事件】

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件の裁判についてここでは紹介していきます。

 

【1】秋田児童連続殺害事件の裁判

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件では犯人の畠山鈴香に検察からは死刑が求刑されていましたが、裁判官の判決では無期懲役の判決が下されました。

裁判では藤井敏郎裁判長は「凶悪、卑劣な犯行で、その刑事責任は重大」とし、検察側が求めた死刑の求刑に対し、無期懲役の判決を言い渡したのです。この裁判において、争点とされたのは、殺意の有無と殺害時の責任能力でした。

判決内容によると、娘への殺意は認めたが、米山豪憲くんの事件の両方で、殺害に至る計画性は否定、その結果極刑は回避された形になりました。藤井裁判長の言葉によると「死刑の適用も十分考えられる案件だが、酌量するべき点も少なからず認められる案件であり、死刑を宣言するには戸惑いを感じる事から簡単には結論を出す訳にはいかない」と語った。

しかし、この判決には補足があり、畠山鈴香には「反省が表面的にな物で本心から反省出来ていない」とし、心からの反省は見られず、仮釈放は慎重にするように注釈をつけた。

 

【2】秋田児童連続殺害事件の背景

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件の裁判では殺害時の状況についても明らかにされてきました。

綾香ちゃんの殺害について、畠山鈴香は次のように語っています。

綾香ちゃんが駄々をこねる態度に日々いらだち、娘を愛せない事に悩み、離婚により新しい生活を送る上での足かせになると感じていて、橋の上にいる綾香ちゃんを見て、とっさにいなくなってしまえばいいとの思いから衝動的に娘を橋から突き落としたとしています。

また、この時橋で綾香ちゃんが怖がって抱き着かれるまで突き落としていない事から、積極的な殺意をもって殺害に至ったとは言えないと判断された。

米山豪憲くんの殺害についての証言によると、綾香ちゃんの死を事件だと言う自分の主張を意識させるために、とっさの衝動による殺害だと判断され、豪憲くんの殺害には計画性はなかったとし、綾香ちゃん事件の容疑者として自分に疑いの目が向けられるのをそらすための犯行という検察側の主張は退けられたのです。

初公判において、鈴香は「1年半前は嘘つき、卑怯でした。心を入れ替えて反省するように変わった自分の様子見てほしい」「極刑にしてほしい」と口にして反省の意志を示したこともあったのですが、裁判で審議をされている間、自分に都合の悪い質問には黙秘を繰り返すという。言葉と態度に大きな隔たりが見られたのです。

畠山鈴香の口にした名言の通り、この時の精神的な状態では罪悪感がほとんどなく、心からの反省は見られなかったそうです。

弁護側は意見として「更正の可能性は失われていない」として無期懲役ではなく有限の懲役刑を求めていました。その根拠として、綾香ちゃんの事件では、橋の欄干で「お母さん怖い」と急に抱き着いてきた綾香ちゃんを払いのけたための転落事故だとして、過失事件であると主張。その時のショックで綾香ちゃんが転落した際の記憶を失っていたと弁護をおこなった。

米山豪憲くんの事件についても、娘を亡くした事による衝動的な殺害事件だとして偶発性な事だという訴えを行った。また、事件当時は娘の死亡により、心身耗弱状態であったとの主張をしていました。

 

【3】米山豪憲くんの両親への謝罪

引用: Pixabay

畠山鈴香は裁判の閉廷間際になって突然、裁判長に「ひとついいですか」と声をかけ、米山豪憲くんの両親へ謝罪の意を申し出たのです。

傍聴席で裁判の模様を傍聴していた、米山豪憲くんの両親に対して向かいあうと、サンダルを脱いで膝をつき土下座をして、「大事なお子さんを奪ってしまい、申し訳ありませんでした」と泣きながら謝罪を行ったのです。

その謝罪に対して、米山豪憲くんの父親である勝弘さんは表情を変えることなく、母親の智子さんは目を閉じたまま涙をこらえていたといいます。

 

【4】秋田児童連続殺害事件はなぜ起きたのか?

引用: Pixabay

殺意や責任能力を問う以前に、この秋田児童連続殺害事件はなぜ起きたのか曖昧なままの謎の多いこの事件。

畠山鈴香の生い立ちが問題になってくるのです。幼少期時代に陰湿ないじめや暴力にさらされていた生い立ちなどが、裁判の場で明らかにされたにも関わらず、その生い立ちゆえに「いじめによる心の闇が原因で」といった生い立ち由来の論調を、この秋田児童連続殺害事件では多く語られないのです。

死刑判決に刑が重すぎるという周囲の声があがらない背景には、いじめられていたという生い立ちには同情する余地があるにしても、その生い立ちとはまったく関係ない児童を、自らの気分と衝動によって殺害に至ったことは、やはり理解することは出来ず、残酷で浅はかな犯行であり、決してその罪を許すことはできないからでしょう。

2転3転すつ主張、人格障害を患ってると言われる不安定な精神状態をまざまざと見せつけ露呈する様子は、演技なのか、ただの気分のムラによるものなのか、はっきりとせず、畠山鈴香という人物像が全然見えてこないのです。

 

畠山鈴香の現在!【秋田児童連続殺害事件】

秋田児童連続殺害事件で無期懲役の判決を受けた畠山鈴香は現在どのような生活を送っているのでしょうか。

ここでは現在畠山鈴香の様子について紹介していきたいと思います。

 

【1】現在服役している刑務所は何処?

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件で無期懲役刑が確定した畠山鈴香が現在収監されている刑務所は明らかにされていませんが、女子受刑者を収監する施設は少なく、おそらく現在は「福島刑務支所」で服役しているとの情報があります。

 

【2】現在刑務所で何をしているの?

引用: Pixabay

現在、福島刑務支所では生産作業や職業訓練を日々行っています。

この刑務所の受刑者のほぼ半数が再犯を犯して逮捕された人間ばかりです。一旦更正を誓って出所したものの、社会復帰できずに再び犯罪行為に手を染めたり、薬物を止められず再犯を犯した人たちで半数近くの人間が戻って来てしまうのだそうです。

懲役刑の10年以上になる長期受刑者は生産活動に従事しています。無期懲役である畠山鈴香もここに配役されていて、現在は帯を縫う作業をしているそうです。

 

【3】現在は仮病?

引用: Pixabay

生産活動に従事した当日の畠山鈴香は、秋田児童連続殺害事件で報道されていた頃とはまったくの別人のようになっていて、やつれ果て青白い顔色をしていたといいます。現在も体調はすぐれずにいるようです。

最初の頃はその様子に心配されていましたが、現在ではあまりにも頻繁に倒れるので仮病ではないかと噂されています。

 

【4】現在は受刑者からも一目置かれる存在に

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件は世間でも有名な事件だったので、その犯人である畠山鈴香も受刑者の中でも注目される存在でした。入所した当初は距離があった受刑者間の距離感ですが、その存在感からしばらくすると一目置かれる存在感を示すようになります。

明言を吐くような畠山鈴香の精神状態を示すような事象として刑務所内であるエピソードがありました。畠山鈴香は綾香ちゃんの写真を周囲の受刑者たちに見せてまわり、可愛い娘と自慢して回ったあと、でも死んでしまったとまるで自分の手で殺害してしまったことを認識していないような発言をしていたのです。

 

【5】現在はリーダー的存在?

引用: Pixabay

畠山鈴香は工場での生産活動以外の時間は現在、雑居房で生活を行っています。雑居房では6人が同じ場所で生活をしていて、現在ではその中で古株のリーダー的存在になっているようです。

実際の所、畠山鈴香の気分を害するような事を周りが行うと、不機嫌になるそうです。秋田児童連続殺害事件で無期懲役刑をうけていので、今後はさらに影響力を増していくと考えられます。

 

【6】現在でも有名な心霊写真

秋田児童連続殺害事件発生当時、有名になった心霊写真騒動があります。畠山鈴香の家を撮った写真に米山豪憲くんの幽霊が映っていると話題になったのです。

米山豪憲くんの父親がこの幽霊の件で週刊誌の取材を受け、心霊写真に映った米山豪憲くんの幽霊を見て、「この幽霊は息子だ」と確認したと言われています。

幽霊が映り込んでいる心霊写真は、技術的な問題により背景やおいてある物などが幽霊に見えるというものが多いのだが、そういう偶然映り込んでしまった幽霊と本物の幽霊を見分けるのは非常に困難です。カメラの特性は光の状態や撮影時のミスなどによる幽霊のようなものについては、すぐに幽霊ではないとわかるのだそうです。

米山豪憲くんの幽霊が映っているとされる心霊写真はカメラの特性や撮影ミスによる幽霊というたぐいのものではなく、現実にありえない本物の米山豪憲くんの幽霊が写された心霊写真とされているのです。

この米山豪憲くんの幽霊を写した写真を2chやオカルト掲示板による鑑定したところによると、この秋田児童連続殺害事件に関してはリアルタイムの報道がされていただけに、写真画像を加工して幽霊を映り込ませた人造幽霊写真の可能性は低いとされているのです。

すなわち、この米山豪憲くんの幽霊が写された心霊写真は、ほぼ確実に、米山豪憲くんの幽霊の顔が映し出された本物の幽霊をとらえた心霊写真だと言われています。

現在でも心霊特集とか幽霊を見に行くロケとかが夏場に行われますが、幽霊病院とか幽霊がみられる心霊スポットにいって様々な行為を行う企画があったりしますが、ロケ終わりに霊視をすると幽霊がうごめいている場所に普通に歩いていって幽霊に取りつかれて帰っていくなんてよくある話ですよね。

 

秋田児童連続殺害事件まとめ!

引用: Pixabay

秋田児童連続殺害事件と犯人の畠山鈴香の現在の様子まで紹介してきましたがいかがだったでしょ7うか。

畠山鈴香という人間を形作ってしまった生い立ちは考えさせられる部分が多々あります。この秋田児童連続殺害事件はあの生い立ちがなければ起きていなかったのかもしれません。ひょっとしたらあの生い立ちにあるようないじめを苦にした畠山鈴香が自殺していた未来が存在していたのかもしれません。

秋田児童連続殺害事件は間接的に考えるとあの生い立ちのようないじめをしていた周りの人たち全てに責任があるのかもしれませえん。酷いいじめを受けた生い立ちがなければ現在も鈴香ちゃんも米山豪憲くんも生きていて素晴らしい未来がまっていたのかもしれないと考えると、過去のいじめられていた生い立ちは可哀想になってきます。

現在でもいじめの問題はなくなっていません。畠山鈴香と同じような生い立ちを持っている人が存在しているかもしれないのです。いじめられていた生い立ちを持つ子たちをなくすような努力は現在でも継続していかなければなりません。

畠山鈴香のような生い立ちを持つと成長した後、精神が歪んだ状態になり死という概念に対する忌避観がなくなり名言として残されてしまうような一般人には理解できない名言を生むような土壌ができてしまうかもしれません。

本人は名言など吐いているつもりなく、普通の感覚で話をしているだけなのに、その発言が名言としてとらえられてしまうという状況が出来上がってしまうのかもしれません。

本物の幽霊が映った心霊写真として認識されている。米山豪憲くんの幽霊が映った心霊写真は、米山豪憲くんの生きたいという思いや残された両親への思いが幽霊という形になって現れたのかもしれませんね。急に未来を奪われた米山豪憲くんはまだまだ生きて楽しい事を経験できたはずなのです。

この心霊写真は本物の幽霊が写された写真とされています。幽霊を信じない現実主義者の方は幽霊の存在を否定するかもしれませんが、米山豪憲くんは幽霊として現れてでも自分の思いを残したかったのではないかと思います。

秋田児童連続殺害事件は畠山鈴香の生い立ちによる歪んだ人格や米山豪憲くんの幽霊が映った心霊写真と様々な様相を呈した事件となってしまいましたが、秋田児童連続殺害事件のような悲劇は2度と起こらないようにしてもらいたいと思います。

人気の記事