横浜港バラバラ殺人事件の概要!池田容之の生きたまま首切断がヤバい。 | ToraTora[トラトラ]

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神奈川県横浜市で起きた横浜港バラバラ殺人事件をご存じでしょうか。

事件は2009年の6月に起きました。事件に関与したのは覚せい剤の密輸グループで、実行犯は被害者を生きたままバラバラに殺害するという残虐な事件を起こしたのです。

さて、そんな残虐な横浜港バラバラ殺人事件についてご紹介していきます。犯人はどのような人物だったのか、そして事件の内容とはどのようなものなのか。決して二度と起きてはならない悲惨な事件を風化させず、今一度振り返って再発防止に努めるべきだと真摯に受け止めなければなりません。

横浜港バラバラ殺人事件の概要

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初めに、横浜港バラバラ殺人事件についての概要をご説明していきます。

ここからは残虐な犯行の手口が見えてくるため、気分を損ねてしまう方も大勢いらっしゃると思いますので細心の注意を払って読んでいただきたく思います。

【1】 事件の被害者は2人の男性

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事件が発覚したのは2009年6月24日のことです。

神奈川県横浜市の岸壁で、男性のバラバラになった遺体が発見されました。発見された現場では、男性の下半身の遺体が見つかります。

翌日の25日には、同現場において新たに男性のものとみられる頭部が2つ、そしてバラバラに切断されたものと見られる下半身と、拘束されていたとみられる結束バンドで縛られた両手首などの遺体が見つかります。

被害者は神奈川県在住の会社員、高倉純一さん(当時36歳)と、東京都在住のマージャン店経営をしていた水本大輔さん(当時28歳)の男性2人であることが判明されます。2人とも、同年6月20日ごろから行方不明となっていたのです。

【2】 事件に関与していたのは、覚せい剤を密輸していた

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遺体発見後、県警が事件の捜査をする中で、死体損壊。遺棄容疑で滋賀県在住の宮原直樹、伊吹真吾、三田恭志郎の3人を逮捕します。

この3人は遺体を運んだことは認めたものの「損壊には関与していない」と一部容疑を否認します。男3人は被害者と面識がなく、遺体の運搬を頼まれたと供述をします。

その後、横浜市在住の池田容之が逮捕されます。共犯者として近藤剛郎を強盗札銀容疑で国際指名手配するのです。現在も逮捕はされておらず、タイに国外逃亡をしていると考えられています。

この横浜港バラバラ殺人事件は、ほかに共犯者として五黄系8人が逮捕されます。そしてこの犯行グループは、ベトナムに営利目的で覚せい剤を密輸していたグループでもあったことがわかります。

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横浜港バラバラ殺人事件は、マージャン店経営のトラブルから発展し、店舗の前経営者である近藤剛之から殺害を依頼されたことがきっかけでした。

当時の経営者であった被害者の水本さんを千葉県の船橋市内のホテルに監禁し、現金およそ1340万円をうばいます。

そして、被害者である2人を生きたままの状態でナイフや電動のこぎりを使用して切断し殺害に至ったのです。その後、遺体を横浜港や東京湾などに遺棄します。

横浜港バラバラ殺人事件の犯行内容がやばい。

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なんとも惨い事件ですが、この事件のむごさは事件の詳細や殺害方法でも明らかとなります。

【1】 被害者が懇願しているのに

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この横浜港バラバラ殺人事件が残虐である最も大きな理由の一つは、被害者を生きたままバラバラに切断してしまったというところです。

被害者である2人は、犯人グループによって生きたままバラバラに殺害されてしまいます。被害者は、殺害される直前も必死の命乞いを犯人にしていたというのです。

「家族と電話をさせてほしい」「首を切断するのは殺してからにしてほしい」
このようなセリフを犯人に懇願していたのにも関わらず、無念にも生きたまま殺害されてしまいます。殺害した道具は主にナイフと電動ノコギリ(チェーンソー)だったといいます。

殺害直前まで必死に抵抗していた被害者に対して生きたまま殺害をしてしまうという何とも残虐な事件です。

生きたまま切断をした池田容之は、被害者にわざと痛みを与えるかのように犯行に及んだように見えます。その殺害方法は、まさに殺害をすることを楽しんでいるように読み取れてしまいます。

実際に池田容之の裁判では、殺害する際の被害者のやり取りが文面等で公表されますが、必死に被害者2人が命乞いをしているのに笑みを浮かべながら切断し殺害に至ったことも判明してます。

【2】 殺害を実行した池田容之は、被害者と面識がなかった

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命乞いする人の首をチェーンソーで切った男「池田容之」とは pic.twitter.com/49w7QLeThZ

— ゆんゆん (@yunyun1577) June 29, 2017

被害者と面識があったのは国際指名手配をされている近藤剛郎で、犯行に及んだ池田容之は被害者2人と面識がなかったのにも関わらずためらうことなく殺害をします。

初対面であり、池田自身に恨みはなかったものの、殺害をすることにチェーンソーをためらいなく使用するあたり、犯人の異常性が垣間見えてきます。ほかの実行犯メンバーも、被害者とは面識がなかったといいます。

被害者と面識が唯一あったのが近藤剛郎のみという状態であったのにもかかわらず、面識のない被害者を残忍な方法によって殺害してしまう池田容之の心情は理解しがたいものがあります。

【3】 殺害後も、ためらうことなく平然と会話をする

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殺害後、遺体をバラバラにした池田容之は、バラバラになった遺体を見てこんなことを言います。

「人形みたいだろ」人格の欠如ともいえるべき発言と取れます。

そして殺害をした後に遺体をバラバラに切断することも異常ですが、その遺体を見て平然と会話ができるということに疑念を抱くばかりです。

【4】 異常な発言は殺害前後にも

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殺害を決行する池田容之は、被害者との会話からも読み取ることができます。

殺害をするために監禁したホテルでは、被害者を風呂場に連れて行くのですが、その際に被害者から命乞いを求められます。その際に「溺死なんて甘ったれた殺し方されるとでも思っているのか?」と、殺害方法をちらつかせるような脅しをしたといいます。

被害者が懇願している中でも、被害者の指をハサミで切り落としていき、最後に首を切断して殺害をするのですが、切断している最中も笑いながら実行していたというのです。

池田容之の生い立ち&経歴【横浜港バラバラ殺人事件】

池田容之「動いちゃダメだろ、切れないじゃないか」
サウジの軍医「こういう時俺は音楽を聴く」 pic.twitter.com/PbdGjLEENo

— マリ好き (@mariko_sUKI277y) October 18, 2018

あまりにも異常性の高い犯行を実行した池田容之は、どのような生い立ちの人物なのでしょうか。

ここからは、横浜バラバラ殺人事件の実行犯、池田容之の生い立ちについてご紹介していきます。

【1】 兵庫県で生まれる。育ちは神奈川県横浜市

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池田容之は、兵庫県で生まれます。

父親は銀行員で働いているなど、家庭も問題のない裕福な家で育ったのです。幼少期はとても明るい性格だったといわれています。そして神奈川県横浜市で育ちます。

【2】 生徒会長を務めるほどの人物だった

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池田容之は、中学生のころに生徒会長を務めているほどの優秀な生徒であったといいます。素行も悪い生徒ではなかったようで、高校も卒業しています。

卒業後は工場に勤めていたといいますが、長くは続かずに体側。そして別の工事現場の会社やホストなど、職を転々としていたようです。

【3】 結婚

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池田容之は22歳の時に結婚をしています。事件が発覚した当初はすでに離婚をしていたそうですが、証言によると、養育費はしっかりと払っていたようです。

この時、養育費を稼ぐために指名手配犯の近藤剛郎に勧誘されて覚せい剤の密輸に手を染めます。

【4】 麻薬王

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池田容之は、当時「アメリカン・ギャングスタ―」という麻薬売買で成功した人物を描く映画に影響を受けていたようです。そのため、麻薬王と呼ばれる存在にあこがれを抱き、勧誘に応じたといわれています。

勧誘された際にも、ほかの人に「神に選ばれた」と供述していたといいます。近藤剛郎が加入した覚せい剤の密輸組織に選んでもらえたことに池田容之はあこがれを抱いていた世界に足を踏み入れた感動が起きたのかと感じられます。

横浜港バラバラ殺人事件の判決は?

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そして、犯行グループ含事件の実行犯が逮捕されますが、悲惨な事件を起こした池田容之は裁判でどのような判決が下されたのでしょうか。

【1】 池田容疑の逮捕は、事件が起きてから約4か月ほどかかった

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事件が起きてから4か月ほどたった2009年10月15日に池田容之は逮捕されます。

事件の経過から4か月も経つのは襲い気がしますが、こうして逮捕されることにより残虐性の高い事件が起きないことや再発防止につながります。

【2】 強盗殺人を含んだ9つの罪状を課せられる

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池田容之が逮捕され、裁判が始まるのですが、池田容之の問われる罪状は全部で9つあります。

「強盗殺人」「殺人」「死体損壊」「死体遺棄」「逮捕監禁」「覚せい剤取締法違反」「関税法違反」「公務執行妨害」「傷害」となります。殺害をした池田容之は、罪状が重くなります。

【3】 死刑

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現在も近藤剛郎は国外逃亡中です。

そして逮捕された池田容之は、裁判より「死刑」を宣告されます。この死刑の判決は後に注目を集める判決となります。詳細は最後のまとめでご紹介します。

【4】 母親の手紙

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池田容之は裁判中も終始毅然とした態度でいたといいます。しかし、池田容之の母親からの手紙により、今までの表情が一変し泣き崩れたといいます。

母親の手紙は遺族に宛てたものでした。「池田容之の母親で同じDNAを持っている、自分も息子が犯した罪の中にいる」「寝ても覚めても今後事件をどう背負って生きていくか考えている」そして、判決が出た際には「生きて償ってほしい」という趣旨の上申書に記載されていたといいます。

しかし、遺族は「遺族にとって無期懲役は無罪も同然」だという趣旨を裁判の際に提言しています。

横浜港バラバラ殺人事件まとめ!

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現在もすべての容疑者が捕まっていないという未解決の事件ですが、この横浜港バラバラ殺人事件が注目されている理由として、事件の残虐性以外にも様々な要因があるのです。

横浜港バラバラ殺人事件の殺害した犯人である池田容之の裁判は、裁判員裁判によって判決が下されています。その裁判員裁判で、検察側が裁判員裁判で2例目となる死刑求刑をしたのです。

この事件の裁判員裁判では、選定された裁判員も全国で初めての補充裁判員を取り、法律上の上限となる6人で男女各3人が選ばれたのです。そこに補充裁判員が1名加わるという形になります。

そして、全国で初めて裁判員裁判での死刑判決が下されます。裁判員は無作為に選定された裁判員の構成のため、本来なら死刑判決を言い渡す審議党は精神的負担が大きいこともあり、なおかつ今回の横浜港バラバラ事件の残虐性を受け止めることができるのかと各メディアでは話題となりました。

そして、判決が降りた後に裁判長が池田容之に対して「控訴することを進めたい」という、判決後の言い渡し後に裁判長が控訴を進めることを促す極めて異例な事例が発生します。この事例も、判決を決めた裁判員への配慮ではないかという見解があります。

この判決について、裁判員6人と補充裁判員1人が記者会見に対し、「すごく悩み、何度も涙を流した」と胸の内を語っていました。裁判員にとっても死刑判決を選択することはかなりの精神的負担があったということがわかります。

池田容之は死刑判決後、死刑囚として刑務所に拘留されていますが、現在も死刑が執行されないまま東京拘置所に収監されています。その理由は定かではありませんが、共犯で国際指名手配犯となっている近藤剛郎が現在も逃亡しているからという理由で執行が延期になっているのではないかという見方があります。

別の事件の一例の中では、共犯者が逃亡していることから死刑が執行されないという事例もあることから、池田容之が死刑執行されない理由もこうしたことが原因ではないかと言われています。

藤剛郎は、事件当初早稲田大学に在籍していましたが、2008年に除籍になり現在はタイに逃亡しているとみられていますが、はっきりとした行方はわかっていません。

被害者が殺害された経緯として、被害者の一人であるマージャン経営者の水本さんは、覚醒剤の密輸グループと関係があったといいます。

さらに、実行犯が覚せい剤の密輸グループであることは上記でもご紹介しましたが、密輸グループ自体は総勢30人前後所属していたこともあるといい、規模の大きいグループであったと推察されます。その売り上げも億単位を稼いでいたということで、そのお金を使って池田容之容疑者は生活していたといいます。

そして、近藤剛郎と池田容之は主従関係にあったということもわかり、殺害を実行した池田容之が初対面の被害者をためらいなく殺害したのも、こうした主従関係があったからこそ実行できたといわれています。池田容之は、近藤剛郎を慕っていたことから、近藤剛郎に殺害を依頼され実行したといわれています。

横浜港バラバラ殺人事件を紐解くと、被害者の2人が元暴力団組員だったことも判明しています。被害者同士は知人だったことも判明しています。

しかし、殺害された2人には婚約者や家族がいたといいます。こうして無念にも殺害されてしまったことに、ご遺族はどのような心情なのかと胸が苦しくなります。

こうした悲惨な殺人事件が二度と起きないことを願うばかりです。残虐性の高い横浜港バラバラ殺人事件は、犯人が逮捕されるまで未解決のままでしょう。

いずれ捕まることを祈り、被害者や被害者遺族の無念を少しでも晴らせるときがくることを願います。