ドラム缶女性焼殺事件の概要!なぜ女性は生きたまま焼き殺されたのか?

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ドラム缶女性焼殺事件とは?

引用: Pixabay

現在、「ドラム缶女性焼殺事件」という事件をご存じの方はどれくらいいらっしゃるのでしょうか。

約19年前、2000年(平成12年)に発生した殺人事件であり、何の罪もない女性2人をドラム缶の中で生きたまま焼くという現在も類を見ない史上最悪の事件が、「ドラム缶女性焼殺事件」です。

余りにも凄惨な事件であったため、この事件について記載した記事では犯人の実名が伏せられるほどでした。理由としては、犯人の実名を目にするだけで気分が悪くなるという人が多かったためだとされています。

今回は、この現在でも有名なドラム缶女性焼殺事件についての概要や、そのドラム缶女性焼殺事件の犯人の実名、そして被害者の実名などについて詳しく解説していきます。

 

ドラム缶女性焼殺事件の始まり〜約束手形〜

引用: Pixabay

まず、このドラム缶女性焼殺事件の主犯の2人の実名を記載します。

ドラム缶女性焼殺事件の主犯となったのは、中古車販売業の川村幸也(当時36歳)と、同じ場所で勤務していた野村哲也(当時30歳)という2人の男でした。

この2人が中心となり、4人の共犯とともにこのドラム缶女性焼殺事件を起こしていくのですが、その経緯と、被害者の実名、そして4人の共犯の実名について詳しく解説していきます。

 

【1】全てはここから始まった!約束手形の取り立ての依頼


引用: Pixabay

ドラム缶女性焼殺事件の始まりは、野村哲也が実父(暴力団関係者)の経営する貸金業者から約束手形の取り立てを依頼されたことからでした。

その時、野村哲也と川村幸也は取り込み詐欺を目的とした会社を立ち上げており、相談の結果この取り立てを会社の仕事として行うことに決めたのです。

この約束手形を振り出したのが喫茶店経営をしていた深谷茂樹さん(当時56歳)であり、彼のもとには頻繁に取り立てが来るようになりました。

 

【2】主犯の2人のいいなりだった4人の共犯者の存在


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取り立てを会社の業務として行うことに決めた2人は、同じく会社のメンバーであった4人に取り立てを命じます。

この4人の実名はそれぞれ牧田晃和、佐藤光希、白沢秀樹、池田浩市といいます。

主犯の2人は日ごろから自分を「元暴力団員だ」「実父は現在暴力団関係者だ」などと4人を脅しており、4人は主犯の2人に頭が上がらない状態でした。

こうして、4人は深谷茂樹さんのもとに取り立てに行くようになりますが、深谷茂樹さんはお金に余裕がないといった理由から支払いを断り続けていました。

 

【3】進展がない取り立てに苛立つ2人は遂に・・

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このように、一向に取り立てが進展しないことに川村幸也と野村哲也は苛立ち、共犯の4人に暴行や脅迫を加えるなどして、取り立てを急ぐよう促しました。

しかしそれ以降も状況は進まず、やがて野村哲也の実父からも「どうなっているんだ」と強く叱責されてしまいます。

このことに対して「深谷茂樹のせいで自分のメンツが台無しになった」と考え、ついに我慢ができなくなった主犯の2人は、深谷茂樹さんを自宅前で待ち伏せして殺害し、金品などを強奪しようと計画を立てます。

これがドラム缶女性焼殺事件の始まりでした。支払いをしなかったからとはいえ、非常に身勝手な動機としか言えません。

 

深谷茂樹さんを待ち伏せする川村幸也と野村哲也【ドラム缶女性焼殺事件】

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そして、この川村幸也と野村哲也の2人はあまりにも非人間的な計画に沿って、ドラム缶女性焼殺事件の発生に向けて行動を進めていくのです。

事件概要の続きを見ていきましょう。

 

【1】共犯の4人を脅し、計画に参加させる

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深谷茂樹の殺害を決めた野村哲也と川村幸也は、他の4人に対してもドラム缶女性焼殺事件の計画に参加するよう強要します。

これに対して何名かは拒否したそうですが、そのメンバーに対しては「おまえの分のドラム缶も用意することになる」と脅迫し、強制的に加担させています。

 

【2】殺害計画の詳細!焼き殺すに至った衝撃の理由

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こうして、6人での殺害計画が始まりました。

詳しい計画を立てる中で、疑問が上がったのは殺害後の死体の始末についてでした。

当初はチェーンソーを使い死体を切断して始末する予定でしたが、そこで主犯の1人である川村幸也が、「血が飛び散って嫌だ」と言い出したのです。

それに対し、野村哲也が衝撃の提案をします。

生きたまま焼き殺せばいい。そうすれば切断するときに血はつかない。

こうした気分が悪くなるほどの身勝手な理由によって、「拉致・監禁後、ドラム缶で生きたまま焼く」というおぞましいドラム缶女性焼殺事件が発生したのです。

 

【3】計画の始まり・・家で待ち伏せを行う

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そして2000年4月4日、ドラム缶女性焼殺事件の計画は実行されます。

6人の犯人達は深谷茂樹さんが帰宅してきたところを襲撃するべく、深谷茂樹さんの自宅前にて車の中で待機します。そして深谷茂樹さんが車で帰宅した時、それぞれが手に持った武器(角材、タイヤレンチなど)で襲撃を行ったのです。

こうして、ドラム缶女性焼殺事件の幕が上がりました。

 

不運にも居合わせた深谷洋子さんと深谷勝子さん【ドラム缶女性焼殺事件】

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この後はいよいよ、女性を生きたまま焼くというドラム缶女性焼殺事件の犯行計画が実行された際の状況について、ドラム缶女性焼殺事件の被害者の女性の実名も含め、解説していきます。

 

【1】事件に巻き込まれてしまった不運な2人の女性

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襲撃を受けた深谷茂樹さんですが、その時深谷茂樹さんが運転する車に乗っていたのは、本人だけではありませんでした。

妻の深谷洋子さん(当時64歳)と、洋子さんの妹の深谷勝子さん(当時59歳)も乗っていたのです。この2人が、ドラム缶女性焼殺事件の被害者となります。

襲撃を受けた際、深谷茂樹さんは数回殴打されながらも近くの知人宅に逃げ込むことができましたが、この2人の女性は捕まってしまい、ドラム缶女性焼殺事件の犯人達が乗る車に監禁されてしまいます。

 

【2】深谷茂樹さんにより警察に通報。事件が発覚する

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この後、深谷茂樹さんにより午前1時17分頃に110番通報が行われ、警察が緊急配備を行いました。このとき、初めてドラム缶女性焼殺事件が発覚するのです。

一方の犯人グループは、共犯の白沢と池田の2人が深谷さんから奪った車に給油するために別行動を取り、深谷茂樹さんの車を運転していました。

しかし、この時既にドラム缶女性焼殺事件の緊急配備は行われていたため、深谷茂樹さんの車のナンバーを確認した警察官により、犯人の2人は逮捕されてしまいます。

しかし、この時2人は他4人の犯人の存在を隠し、2人の被害者の行方についても黙秘していました。

 

【3】殺害場所に連れていかれる女性たち

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前もって決めていた待ち合わせ場所に2人が来なかったため、深谷茂樹と野村哲也は残った4人でドラム缶女性焼殺事件の計画を続行することを決めます。

そして、人気のない殺害場所を見つける中で、愛知県内にある東京大学大学院農学部の演習林内に入ったところで車を止められる空き地があったため、そこをドラム缶女性焼殺事件の殺害場所とすることに決定します。

 

川村幸也と野村哲也の犯行内容とは?【ドラム缶女性焼殺事件】

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この後はいよいよ被害者の2人を生きたまま焼くという残虐な行為について、解説していきます。

【1】ドラム缶に2人を入れさせる

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ドラム缶女性焼殺事件の殺害場所に着いた犯人達は、早速女性達を焼く準備に入ります。

まず、車に載せていたドラム缶2缶を車から下ろし空き地に並べると、「風呂にでも入ってもらえ」と言いながら洋子さんと勝子さんをドラム缶の中に入れて座らせました。その後、2人の上からガソリンを大量にかけたのです。

この際2人は必死に助けを求めたそうです。しかし、ドラム缶女性焼殺事件の犯人達は「恨むなら旦那を恨め」と非情な言葉を吐き捨て、生きたまま焼くという残虐な行為を全くためらうことはなかったようです。

 

【2】そしてついにその瞬間が・・

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ガソリンをかけた後、ドラム缶女性焼殺事件の犯人達は必死に抵抗する被害者の上から蓋をかぶせ、更に上から石を載せ、焼く際に蓋が開かないようにしました。

そしてついに犯人達によって、ドラム缶女性焼殺事件の犯行が行われます。

ライターで新聞紙に点火し、その新聞紙をドラム缶に近づけると、一気にドラム缶が燃え上がります。被害者の2人はうめき声をあげていましたが、やがてうめき声が聞こえなくなったため、ドラム缶女性焼殺事件の犯人達は2人の死亡を確認しました。

この時、川村幸也は「人を殺すというのはこんなもんだ」と言い、野村哲也は「興奮してアドレナリンがいっぱい出てきた。精子が出てきたらどうしよう」と冗談交じりに言ったということです。

とても正気の沙汰とは思えない、残虐な犯行にもかかわらず、気が咎めるような発言は全く出てこなかったのです。このことからも、ドラム缶女性焼殺事件を起こした主犯の川村幸也と野村哲也の異常性が垣間見られます。

 

【3】犯行の後始末

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うめき声が聞こえなくなってからも、ドラム缶女性焼殺事件の犯人達はしばらく火を燃やし続けました。

そして、しばらく経った後に消火を行い、ドラム缶女性焼殺事件の後始末をします。

川村幸也と野村哲也は共犯の2名に命じてチェーンソーで遺体を切断させ、その後自分達が遺体を周囲に投げ捨てるなどして遺体を遺棄したのです。同様にチェーンソーなどの犯行に使用した道具も、投棄するなどして証拠隠滅を行いました。

後始末を終えたとき、既に日は昇っていました。午前7時頃、こうして犯人達はドラム缶女性焼殺事件の殺害現場を後にし、自分達の事務所へ戻ってきたのです。

いかがでしょうか。ここまで、ドラム缶女性焼殺事件の一部始終を記載してきました。

あまりの凄惨さに、筆者もドラム缶女性焼殺事件の記事を執筆しながら吐き気を覚えたほどでした。ここまで残虐な事件は現在も含め、史上初めてではないでしょうか。

 

生きたまま焼かれるのはどれぐらいツラい?【ドラム缶女性焼殺事件】

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この後はいよいよ被害者の2人を生きたまま焼くという残虐な行為について、解説していきます。

 

【1】ドラム缶の温度はどれくらいになる?

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数多くある死因の中で、現在最も苦痛を伴うと言われているのがこの「焼死」です。では、今回のようなドラム缶で生きたまま焼かれた場合、内部温度はどれくらいになるのでしょうか。

現在これについて正確なデータはありませんが、2,000度を軽く超えると言われています。

その温度の中で、数分もの間身体を焼かれることになるのです。その苦痛はまさに想像を絶するものだと思われます。

 

【2】どのようにして死に至るのか?

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人を生きたまま焼くとまず全身の皮膚が焼かれ、激しい痛みに襲われます。人によってはやがて痛覚すらもなくなりますが、それでもそのまま死ぬまで、壮絶な痛みが続く場合が多いようです。

焼かれる際には皮膚がただれ、まるで液体のように垂れ下がってくると言われているので、肉体的・精神的にかなり辛い状況です。

そして、直接的な死因は焼かれることによるものより、火から生じる有毒ガスを吸い込むか、窒息して死ぬ場合がほとんどです。窒息死も苦しみが大きいものだと言われているので、その面でも苦痛が大きそうです。

 

【3】今回の事件の被害者の状況は?

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このように、現在死因の中で苦痛が最も大きいと言われる焼死ですが、今回のドラム缶女性焼殺事件の被害者も大変な苦痛を味わったようです。

ドラム缶女性焼殺事件の犯行時、被害者たちの口にはガムテープがされていましたが、それにもかかわらず彼女達のうめき声は壮絶なものでした。

ドラム缶女性焼殺事件の犯人達の供述によれば、耳を塞いでいても聞こえるほどのものであったと語っています。

 

川村幸也と野村哲也の逮捕【ドラム缶女性焼殺事件】

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何の罪もない女性達を生きたまま焼くという、現在でも前代未聞である史上最悪の事件。

この後は、ドラム缶女性焼殺事件の主犯である川村幸也と野村哲也が逮捕されるまでについて説明していきます。

 

【1】共犯の4人に罪をなすりつける川村と野村

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川村と野村は事務所に戻るなり、なんと共犯2人に対し、「犯行はお前ら4人だけでやったことにしろ」と言い、ドラム缶女性焼殺事件の罪をなすりつけようとするのです。

どこまで身勝手な男たちなのでしょうか。

そして、共犯2人に対して自分達が現在着ている衣服などを処分するように命じます。

 

【2】主犯の川村と野村の指名手配に

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そのうちに、共犯の2人も警察に逮捕されてしまいます。

この時点では洋子さんと勝子さんを殺したという事実は語られていなかったため、捜査本部は女性2人の実名、当時の服装などの特徴を公開し、公開捜査を開始しました。

最初のうちは川村と野村の存在と実名を黙秘していた4人でしたが、警察からの追及に嘘をつき通すことができなくなり、遂に川村と野村の存在と実名を自供したのです。

そして、洋子さんと勝子さんについて、ドラム缶で生きたまま焼くという強盗殺人の事実も併せて自供しました。

これによって、捜査本部は川村幸也と野村哲也をドラム缶女性焼殺事件の強盗致傷容疑で指名手配するに至り、実名と写真を公開しました。

 

【3】ついに主犯の2人の逮捕へ

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川村幸也と野村哲也の2人は、野村の実父の知人を頼って関東地方を逃げ回り続けましたが、現在の実名と写真が出回っている状況下でとうとう逃げ切れないと判断し、2000年4月10日に2人合わせて愛知県の警察署に出頭しました。

 

川村幸也と野村哲也への判決は?【ドラム缶女性焼殺事件】

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こうして、ドラム缶女性焼殺事件の犯人全員がようやく捕まったのです。

この後は、ドラム缶女性焼殺事件の主犯である2人に下った判決について解説していきます。

 

【1】第一審の判決は「死刑」

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ドラム缶女性焼殺事件の第一審、検察は川村・野村両被告に対して

「私利私欲に基づく犯行で、酌量の余地はない」

「阿鼻叫喚のうちに無関係な女性2人を生きたまま焼くという、現在の犯罪史上類のない残酷な犯行だ」

として痛烈に批判し、死刑を求刑しました。

一方で川村幸也と深谷茂樹の2人の弁護人は「矯正の可能性が高い」と死刑回避を求めましたが、判決は検察の意見が認められ、死刑が下されました。

このドラム缶女性焼殺事件の判決に対し、野村は控訴をせずに死刑を受け入れる意志を示しましたが、弁護士により単独で控訴がなされました。

 

【2】第二審、最高裁でも死刑が確定

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その結果、ドラム缶女性焼殺事件の第二審でも死刑が宣告されて審理は最高裁までもつれましたが、その最高裁でも2006年7月6日に死刑判決が下され、野村と川村の死刑がこれで確定されたのです。

判決の中で裁判長は「女性2人をドラム缶に押し込んで生きたまま焼くという殺害の態様は極めて冷酷、非情かつ残虐というほかない」と断じ、ドラム缶女性焼殺事件を起こした2人の行為を激しく非難しました。

 

【3】そして死刑へ・・残虐な犯罪者に下る正義の鉄槌!

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死刑執行までの間、川村幸也と深谷茂樹の2人は「ドラム缶女性焼殺事件の被害者や、遺族の現在の気持ちを考えれば、自分は死刑を受け入れるべきだ」などと語っており、意外にも反省の意を示していました。

そして、ドラム缶女性焼殺事件発生から約9年たった2009年1月29日、2人に死刑が執行されたのです。当時野村哲也は39歳、川村幸也は44歳でした。

こうして、生きたまま女性を焼くと言う史上最悪の事件、ドラム缶女性焼殺事件が終わりを迎えたのです。

 

ドラム缶女性焼殺事件まとめ

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以上、ドラム缶女性焼殺事件と犯人達の実名についてまとめました。

生きたまま女性を焼くという、現在まで類を見ない衝撃の事件。犠牲者となった女性が味わった苦痛を思うと、かわいそうでなりません。

犠牲者となった2人のご冥福を心より祈りつつ、現在以降、同じような事件が起こらないように願うばかりです。

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