名古屋アベック殺人事件の概要!犯人たちの現在(実名)&被害者まとめ!

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名古屋アベック殺人事件とは?

引用: Pixabay

過去から現在までに発生した日本における犯罪の中でも、もっとも凶悪で残酷な少年犯罪として世間を騒がせることになった名古屋アベック殺人事件をご存知でしょうか。

現在の少年法を見直すきっかけとなったクズのような事件としても有名な名古屋アベック事件について、事件の概要からその被害者、犯人などその真相について徹底的に見ていきたいと思います。

 

名古屋アベック殺人事件の概要【凶悪事件】

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まずはじめに、現在でも記憶に残っている方も多い、名古屋アベック殺人事件の概要について触れておきたいと思います。

名古屋アベック殺人事件の犯行内容やその犯罪現場に触れていきたいと思います。

【1】名古屋アベック殺人事件とは

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今から遡ること約30年前、1988年の2月に発生した事件です。カップルが突然何者かに襲撃に遭い、集団で暴行を加えられた後、金品を強奪されます。その後もカップルは暴行を加えた犯人らに連れ回され、最後は殺害されてしまいます。

若いカップル2名が殺害されることとなった名古屋アベック殺人事件ですが、世間を大きく騒がせることとなったのには理由がありました。それはこのクズのような犯行に及んだのが、まだ未成年の少年少女だったからです。

若者による非常に残虐な少年犯罪として、当時世間を震撼させることとなりました。

【2】名古屋アベック事件現場

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名古屋アベック殺人事件が発生したのは、愛知県名古屋市にある、公園の駐車場でした。被害者となったカップルはこの日ドライブデートを楽しんでいたとされています。

日頃は人通りも多い公園でしたが、カップルがデートを楽しんでいたのは、午前4時半頃と早朝でしたので、不幸なことに車や人通りも少ない時間でした。そのため、金品強奪を目的とした犯人らのターゲットになってしまったのです。

【3】名古屋アベック事件の犯人およびその被害者

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名古屋アベック殺人事件の犯人と被害者についても触れておきたいと思います。まず、被害者となったカップルは、当時19歳だった男性と20歳の女性です。いずれも理容師、理容師の見習いをしており、夢を追いながら休日のひと時を二人で楽しんでいました。

一方、名古屋アベック殺人事件の犯人グループは全員で6名いました。うち、5名が未成年で、成人している1名も当時20歳と成人したばかりの男性でした。具体的な犯人の情報についてはこの後記載していきますが、主犯格は小島茂夫と呼ばれる当時19歳の男性で、小島茂夫率いる犯人らは小島茂夫と同年齢の近藤浩之など4名の男性と2名の女性から成り立ったグループでした。

【4】アベックとは

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ちなみに、現在はアベックという言葉をそもそも知らない方も多いのではないでしょうか。

アベックとはいわゆる、カップルという意味を表しており、現在は使わなくなりましたが、バブル崩壊前まではよく使用されていた単語です。名古屋アベック殺人事件は、カップルに対する殺人事件という意味を表しています。

 

名古屋アベック殺人事件の犯行内容が酷い。

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ここからは、名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之らの犯行内容を詳細に見ていきたいと思います。

非常に残虐でクズのような事件ですので、当時、日本中が恐怖とショックに包まれました。

【1】カップルを集団リンチ

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小島茂夫を主犯格とした犯人グループは、日頃からカップルに対するクズのような金品強奪を繰り返しておりました。

この日も小島茂夫らは名古屋アベック殺人事件の被害者となったカップルから金品を強奪する目的で、名古屋市の公園に駐車していた被害者の車を、小島茂夫ら犯人グループの車で挟み込み、襲撃に入りました。

被害者が車を動かせない状態にしたところで、小島茂夫や近藤浩之らはフロントガラスや窓ガラスを叩き割り、被害者カップルを車から無理やり引きずり降ろします。鉄パイプなどを使い、小島茂夫や近藤浩之らは被害者カップルの顔頭を何度も何度も殴打し、意識が朦朧とした被害者らから数万円を奪いました。

【2】被害者女性をレイプ

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小島茂夫ら犯人グループは、被害者の男性が気絶するまで殴り続けました。

しかし、小島茂夫らのクズのような犯行はそれだけに終わりませんでした。男性が気絶した後は、被害者女性に裸になるように小島茂夫らが命じます。そして、公園近くの藪の中に連れ込み、被害者女性を集団でレイプしたのです。

さらには、女性の体にタバコを体に押し付けたり、局部にシンナーを掛けたりと、小島茂夫らによる非人道的なクズみたいな仕打ちが明け方まで続けられました。

【3】被害者の首を絞め殺害

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クズのような集団リンチにより心身ともにボロボロな状態の被害者たちでしたが、それでも命はありました。しかし、小島茂夫らは被害者らが警察に通報することを恐れ、彼らを自身の車に連れ込み、公園を離れることとします。

被害者らは小島茂夫らに1日連れまわされた後、カーホテルに連れ込まれます。実は小島茂夫らは1日連れまわす間に被害者らの処遇を相談していたのです。そしてその結果は、残酷なものとなります。すでに顔を見られていたため、殺害しようというクズの選択をしたのです。

まず小島茂夫らは被害者の男性を車の外に連れ出し、ビニールロープを首に巻きつけます。そして犯人のうち二人が両サイドからロープを引っ張る形で絞め殺します。その際女性は殺さず、遺体となった男性をトランクに乗せ、犯人の一人の自宅に向かい、そこでまた女性をレイプしたと言います。

そして翌日、小島茂夫らは隣県の三重県上野市まで足を運びます。人気の少ない森に移動し、そこで同様の手口で女性も絞め殺し、二人を埋めました。女性は二度にも及ぶレイプ、そして何より愛する人が殺害される様子を目の当たりにしたのですから、最後は衰弱しきった様子で殺してくれ、と小島茂夫ら犯人グループに言っていたといいます。

まるで二人の人間がゴミクズの用に扱われた残虐な殺人事件。これが名古屋アベック殺人事件の一連の内容です。

 

名古屋アベック殺人事件の被害者情報まとめ!

 

【1】被害者の情報は少ない

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冒頭でも記載しましたが、名古屋アベック殺人事件の被害者らはそれぞれ理容師、理容師の見習いとしてごく普通の人生を歩んでいました。

当時男性側は未成年だったこともあり、被害者に関する情報は多くはありません。ネットで調べると顔写真は公開されておりましたが、彼らの詳細の情報は現在調べてみてもでてきませんでした。

【2】被害者女性の車で出掛けていた

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名古屋アベック殺人事件前夜、被害者女性は仕事終わりに一度帰宅し、「友達と出かけてくる」と家族に声をかけ、被害者父の車で出かけて行きました。そしてその足で彼氏であった被害者男性を迎えに行ったとされています。

その後、二人はドライブデートを楽しみながら、名古屋アベック殺人事件犯行現場となった名古屋市内にある公園に車を停車させます。被害者らが公園に着いたのは午前4時ごろだったと言われております。事件が起こったのが午前4時半ごろとされていますから、被害者らが到着して比較的すぐにターゲットとされたことがわかります。

【3】被害者の家族

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名古屋アベック殺人事件発生時、比較的早い段階で、被害者の家族らは捜査届けを警察に届けておりました。そのため、警察も事件との関係性を疑い、すぐに捜査を始めておりました。

現在、被害者家族がどのように暮らしているかは不明ですが、元気に生活されていることを祈るばかりです。

 

名古屋アベック殺人事件への捜査開始

【1】名古屋アベック殺人事件の警察による捜査

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名古屋アベック殺人事件が発生してからほんの数時間後には、警察による捜査が開始されていたと言います。そこまで早い段階で警察が名古屋アベック殺人事件についつ捜査を開始した理由はなんだったのでしょうか。

実は、小島茂夫や近藤浩之ら犯人グループは被害者の車を公園に放置していました。そのため、 被害者のボロボロになった車を発見した通りすがりの方が、警察に通報していたのです。そして警察が車内を確認したところ、血痕を発見。事件性が高いとされ、捜査が開始されました。

【2】警察は捜査開始とともに犯人グループを特定していた

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実は、警察は名古屋アベック殺人事件に対する捜査を開始してすぐに小島茂夫や近藤浩之ら犯人グループを特定していたといいます。見つかったものはボロクソになった車一つでしたが、何故すぐに犯人グループを突き止めることができていたのでしょうか。

その理由として、小島茂夫を主犯格とした犯人グループは、実は名古屋アベック殺人事件以前から同様の金品強奪を繰り返していたのです。幸い、ほかの被害者の中で殺害された者はいませんでしたが、酷い怪我を負った者はいました。

名古屋アベック殺人事件以前に小島茂夫や近藤浩之らが犯していたクズのような犯罪の捜査から、すでに警察は犯人を突き止めており、逮捕に向け動いていたのです。そのため、名古屋アベック殺人事件の現場の状況も、それまでの小島茂夫や近藤浩之らによる他のクズのような犯行と類似しており、すぐに小島茂夫ら犯人グループによる犯行であるとわかったのでした。

また、最大の証拠となったのが、小島茂夫や近藤浩之らが運転していた車の一台が名古屋市内に放置されており、そこから被害者の車の塗料が検出されたことにあります。このことから、警察は犯人を小島茂夫らグループと断定しました。

【3】名古屋アベック殺人事件犯人の逮捕

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小島茂夫や近藤浩之らは、被害者の遺体を三重県内の山林に埋めた後、名古屋市内の自宅に戻ります。

自宅で今後の逃走計画を皆で考えていたといいます。しかしながら、すでに愛知県警による捜査は開始されておりましたので、警察が自宅を突き止め、その場で小島茂夫や近藤浩之らの逮捕に至りました。

名古屋アベック殺人事件翌日には逮捕に至ったことからも、捜査自体は非常にスムーズに進んでいたのだと考えられます。しかしながら、被害者の命はすでに奪われた後であり、名古屋アベック殺人事件は非常に悲しい形で幕を閉じることとなりました。

 

当時、犯人の実名報道は無かった?【名古屋アベック殺人事件】

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名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之は犯人グループは、ほとんどが未成年であったと記載しましたが、小島茂夫や近藤浩之の実名での報道はなかったのでしょうか?

 

【1】少年法が適用される?

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20歳未満の少年少女が犯罪を犯したとき、日本では現在も少年法が認められるようになっています。未成人の彼らには更生の余地があることなどから、一般的な判決とは異なり、保護処分が行われるようになっております。

たとえば、17歳未満の場合、死刑求刑ができない、そもそも未成年には死刑ほど重い求刑が言い渡すこともないなど、さまざまな定めがあります。

その中のひとつとして、実名など個人を特定できる情報の公開を現在も禁止としております。名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之らもこれに該当していたのでしょうか?詳しく見ていきましょう。

【2】当初は実名は公表されていなかった

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上述した通り、未成年の犯罪の多くは更生の余地があるとされ、保護対象となり実名を公表されることはありません。

名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之らもその例外でなく、名古屋アベック殺人事件の犯人6名のうち、当時未成年であった小島茂夫や近藤浩之含む5名の実名は、最初メディアで実名を報道されることはありませんでした。

しかしながら、メディアは諦めませんでした。未成年だから、という理由だけでは収まらないその残虐性、人の命をおもちゃのように弄ぶクズのような精神状態、それらを見ても小島茂夫らの年齢問わず、名古屋アベック殺人事件は史上最悪の犯罪であったことは間違いありません。

そのことからも、少年だからと言って許されるものではない、そしてきちんとした罪に見合った罰、つまり小島茂夫や近藤浩之らは死刑を受けるべきだという議論が世間でも多くなされる結果となりました。

【3】後日実名報道がされた

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名古屋アベック殺人事件犯人への少年法の適用が問われておりましたが、小島茂夫や近藤浩之らのクズのような犯罪行為を受け、結局犯人全員の実名が公表されることとなりました。

小島茂夫らはこれほどまでにクズのような犯罪を犯したわけですから、実名を隠し世間の目をかいくぐって現在も生きていく、というのはやはりおかしな話です。

警察や裁判による判決の結果、小島茂夫や近藤浩之らの実名を公表することを決定しました。もともと仮名で報道されていた小島茂夫含め、全員の名前が世にでることとなります。これは日本のこれまでの犯罪の中でも例外的なことでした。

そのため冒頭でも記載したように、名古屋アベック殺人事件は現在の少年法の見直しのきっかけとなったとも言われています。

 

名古屋アベック殺人事件の犯人たちの経歴&事件時の行動まとめ!

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では、ここからは名古屋アベック殺人事件の犯人たちについて、詳細に見ていきます。

なお、小島茂夫ら犯人の現在など、一人一人の詳細については次の見出しで紹介していきます。

 

【1】小島茂夫ら犯人グループの関係性

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小島茂夫含む名古屋アベック殺人事件の犯人グループは17歳から20歳と、世代こそ近いものの、同じ年齢ではありませんでした。同級生というわけでもなさそうですが、小島茂夫らの関係性はどういったものだったのでしょうか?

実は、小島茂夫らはもともとある暴力団の組員でした。組員が住む集合住宅があり、小島茂夫らはそこに住んでいたとされています。それがきっかけで、知り合うこととなりました。

ちなみに、小島茂夫率いる犯人グループには女性がいましたが、彼女らは組員ではありません。小島茂夫らと男女の関係にあった者とされています。

【2】小島茂夫らの過去の犯罪

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前の見出しでも少し触れましたが、小島茂夫ら犯人グループは、過去にもいくつかクズのような犯罪を犯しております。

小島茂夫らはカップルを見つけては、お金欲しさになんども強奪を繰り返しておりました。幸いにも、被害者らは怪我を負うだけに終わりましたが、車のガラスを木刀で叩き割り金を出せと脅す、さらには木刀で殴るなど、そのクズのような犯行内容は恐ろしいものでした。

小島茂夫らに10万円近く強奪されたり、足腰を殴られ重軽傷を負った者もいたといいます。これらすべてが、名古屋アベック殺人事件の数日前に発生したものですので、残念ながら警察もまだ逮捕には至っておりませんでした。

その結果、簡単に金を奪えることに味をしめた小島茂夫ら犯人グループは、名古屋アベック殺人事件という悲惨で悲しい事件を起こすこととなったのです。

【3】小島茂夫らの名古屋アベック殺人事件当日の動向

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名古屋アベック殺人事件の直前にも、カップル襲撃を働いていたと言います。

名古屋アベック殺人事件が発生する数時間前、午前2時頃に、若いカップルが乗車した車を襲撃します。窓ガラスを割るなどしましたが、この時は幸い被害者が車を発進させ逃げることができました。

次に、その1時間ほど後、午前3時ごろにもカップルが乗った車が襲撃されました。この時は、被害者らは逃げることができず、窓ガラスを割られ、金を強奪、さらには殴るなど暴行も加えられたと言います。

そして、小島茂夫ら犯人グループは、名古屋アベック殺人事件の発生現場、名古屋市内にある公園に向かいターゲットを探します。そこで、デートをしていた被害者カップルに目をつけ、名古屋アベック殺人事件に至ったというわけです。

しかしながら、これまでの犯罪を見ていても、小島茂夫らの目的は金の強奪だったはずですが、何故名古屋アベック殺人事件の被害者らは殺害されることになったのでしょうか。実は、小島茂夫ら犯人グループに車で挟み込まれた際、慌てて逃げようとした被害者が、小島茂夫らの車に衝突し傷をつけたそうです。

そのことに逆上した小島茂夫達は、容赦なく殴る蹴るなどの暴力を繰り返し、その結果、被害者らの命が奪われることとなってしまいました。

 

少年A:小島茂夫【名古屋アベック殺人事件】

ここからは、名古屋アベック殺人事件の犯人一人一人の詳細について見ていきます。

まず、名古屋アベック殺人事件の主犯格、小島茂夫について見ていきましょう。

 

【1】小島茂夫のプロフィール

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事件当時、少年Aや、仮名「石田磁」などとメディアでも紹介された、名古屋アベック殺人事件の主犯格、小島茂夫。名古屋アベック殺人事件当時は、19歳と彼も未成年でした。

もともとは長野県出身でしたが、その後名古屋に移住、名古屋アベック殺人事件当時、名古屋市港区にて生活をしておりました。名古屋アベック殺人事件当時はとび職として働いていたとされています。

【2】暴力団の元組員だった

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名古屋アベック殺人事件の犯人グループはもともと暴力団を通して知り合ったと上述しましたが、小島茂夫も元組員だったそうです。小島茂夫が暴力団に入るきっかけとなったのは、彼の弟でした。

小島茂夫の弟が暴力団とトラブルを起こし、ある時連れ去られてしまいました。兄である小島茂夫が弟を助けにいったところ、暴力団員に気に入られ、そのまま組員となったと言われております。これは小島茂夫が17歳か18歳くらいの頃だったようです。

組員となってからは、窃盗容疑などで度々警察に検挙されています。

【3】小島茂夫の性格

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名古屋アベック殺人事件というクズのような事件の主犯格となった小島茂夫ですが、彼はどのような人物だったのでしょうか。

学生時代を知る者による証言では、中学入学あたりから徐々に小島茂夫の非行は目立つようになっていたと言います。学生時代から窃盗や、教師への暴力などクズ行動を幾度となく繰り返しており、警察のお世話になったこともあるようです。

家庭環境の結果だったのか、理由はわかりませんが若い頃から小島茂夫は犯罪的思考を持っていたようです。

 

少年B:高志健一【名古屋アベック殺人事件】

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続いて、名古屋アベック殺人事件の犯人として、メディアでは少年Bと表記されることが多い、高志健一についても見ていきます。

 

【1】高志健一は唯一の成人であった

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小島茂夫率いる名古屋アベック殺人事件の犯人グループ6名のうち、1名のみが成人していたと報道されていましたが、その1名が高志健一です。高志健一は名古屋アベック殺人事件当時、最年長の20歳でした。

高志健一は、1968年に鹿児島で生まれましたが、両親の離婚により幼い頃に名古屋市に移住しています。ちなみに、高志健一は名古屋アベック殺人事件当時成人しておりましたので、写真も世間に公開されております。

【2】高志健一は小学生の頃は不登校に

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高志健一の両親が離婚した後、高志健一は名古屋市にある祖母宅に引き取られます。その後高志健一は名古屋市にある小学校に通っていましたが、なんらかの理由で小学3年生より不登校になりました。

高志健一は学校に通わない間、小学生という幼い頃から窃盗などのクズ行動を繰り返し行っていたと言います。そのため、高志健一は祖母と離れ情緒障害児短期治療施設と呼ばれる施設に収容され、中学に入ってからも自宅に帰ることはなく、児童養護施設におりました。

【3】高志健一と小島茂夫らとの出会い

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中学卒業後は仕事を頑張っていた高志健一でしたが、高志健一の親が原因で仕事を辞めることになり、やがて母と姉と暮らすようになります。しかしながら、高志健一の母が再婚してからはその関係性も悪くなり、またもや高志健一は非行に走ることとなります。

さらに、高志健一の母や姉にも問題があり、高志健一の所持品を勝手に売りさばき金にするというクズ行動をしていたそうです。このクズな出来事からも高志健一はひねくれ、ますます悪に染まっていくことになりました。

その頃に高志健一は暴力団の組員となり、犯人グループの小島茂夫らと知り合いました。また、犯人の一人、筒井良枝ともこの頃に交際をしていたようです。

 

少年C:徳丸信久【名古屋アベック殺人事件】

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続いて、名古屋アベック殺人事件の犯人、少年Cと記載されることも多い、名古屋アベック殺人事件の犯人のひとり、徳丸信久についても見ていきます。

 

【1】徳丸信久は名古屋アベック殺人事件の準主犯格

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少年Cこと、徳丸信久は事件当時17歳と犯人グループの中で最年少でした。しかしながら、徳丸信久は小島茂夫とともに名古屋アベック殺人事件を主導した準主犯格でありました。

名古屋アベック殺人事件の被害者らの殺害に手を出したのも徳丸信久だったと言われています。徳丸信久は17歳という若さながら、殺人をも簡単にしてしまう恐ろしいクズだったのでしょうか。

【2】徳丸信久はどんな人物か

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徳丸信久は名古屋市で生まれ、育ちました。徳丸信久が生まれ育った環境は決して裕福なものではなく、徳丸信久の小学生時代は給食費が払えないこともあったと言います。そのことが原因で徳丸信久がいじめられていた過去もあります。

いじめに対し、徳丸信久の父親は、売られた喧嘩は買え、とむしろ徳丸信久の暴力的なクズ行動を容認しておりました。そのため、徳丸信久は小学生の頃から同級生らに暴力を振るうことがあったと言います。

中学生に入ってからも徳丸信久の問題行動はなくなることなく、むしろひどくなっていきました。バイクを窃盗したり、シンナーを吸ったりと素行が悪い人物としても徳丸信久は地元でも有名でした。

【3】徳丸信久が暴力団組員になったわけ

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上述した通り、小島茂夫ら犯人グループはもともとある暴力団の組員であり、それがきっかけで知り合っております。徳丸信久もその一人で、暴力団組員でした。

徳丸信久が暴力団の組員となったのは、徳丸信久の友人のある一言がきっかけだったと言います。彼女と別れたばかりの徳丸信久に対し、友人は暴力団に入れば女にも金にも困らない、と徳丸信久に言ったそうです。

その一言がきっかけで、徳丸信久は暴力団組員に、そして小島茂夫らに出会うこととなります。

 

少年D:龍造寺リエ【名古屋アベック殺人事件】

 

【1】龍造寺リエの人物像

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龍造寺リエについての情報はそこまで多くはありません。龍造寺リエは名古屋アベック殺人事件の主犯格というわけて話もありませんでしたし、事件当時18歳でしたので世に龍造寺リエの写真なども出回っておりません。

龍造寺リエの経歴ですが、龍造寺リエは名古屋市に生まれます。龍造寺リエが中学生の頃に両親は離婚し、父に引き取られることになります。しかしながら、父が再婚した義母と上手くいかず、結局は龍造寺リエは養護施設に預けられました。

それでも龍造寺リエは中学卒業までは大きな問題もなく過ごしておりました。しかし、龍造寺リエが中学を卒業し美容師の見習いとして働き出す頃には、少しずつ龍造寺リエの非行が目立ち出したと言います。公園で平気でシンナーをすったり、道路交通法違反で補導されたこともあったそうです。

【2】龍造寺リエは暴力団の組員と付き合っていた

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龍造寺リエは暴力団の組員というわけではありませんでしたが、暴力団の組員と龍造寺リエは男女の関係にあったと言います。そのため、小島茂夫らが住むアパートなどにも龍造寺リエは出入りをしており、彼らと知り合うこととなりました。

ちなみに、犯人のひとりである近藤浩之と龍造寺リエは、組員と男女の関係になる以前から知り合いでした。龍造寺リエが家出をした際に知り合った仲であり、同棲していた時期もあったと言います。

【3】龍造寺リエの現在

引用: Pixabay

龍造寺リエに対する名古屋アベック殺人事件による判決はこの後具体的に見ていきますが、龍造寺リエが現在どのように過ごしているかも見ておきたいと思います。まず、龍造寺リエは現在は雪丸リエになっているそうです。

なんと龍造寺リエは名古屋アベック殺人事件による服役の後出所しており、結婚、さらには妊娠までしていたのです。しかも、龍造寺リエは3度も結婚していると言いますから、出所後もかなり波乱万丈な人生を送っているようです。

龍造寺リエは、現在は子供と一緒にひっそりと生活を送っていると言われています。

 

少年E:筒井良枝【名古屋アベック殺人事件】

【1】筒井良枝の人物像

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名古屋アベック殺人事件当時、筒井良枝は17歳でした。

筒井良枝も名古屋市に生まれ両親の元で暮らしておりましたが、筒井良枝が10歳になる頃に両親は離婚、筒井良枝は父親に引き取られることになります。

しかしながら、筒井良枝の父親はなんと当時17歳であった女性を妊娠させ、再婚します。筒井良枝とも年齢の近い女が母になるということで、もちろん関係性もうまくいくはずかありません。やがて筒井良枝は叔母の元に預けられますが、そこでもうまく馴染むことが出来ず、結局施設に預けられました。

中学卒業後は社会人として働き出しますが、筒井良枝自身に前科もなく、問題となるような行動はなかったようです。

【2】筒井良枝と犯人グループの出会い

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筒井良枝は中学卒業後に、ホステスとして働き始めます。そこで、お客であった高志健一と筒井良枝は知り合います。やがて筒井良枝と高志健一は男女の関係にもなっておりました。

高志健一は筒井良枝と知り合う頃にはすでに暴力団の組員をしておりましたので、高志健一と一緒に筒井良枝も暴力団に顔を出すようになります。そこで、筒井良枝は小島茂夫らにも知り合いました。後に、筒井良枝は小島茂夫とも男女の関係になっており、小島茂夫とは結婚まで考えていたそうです。

【3】筒井良枝の現在

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筒井良枝も名古屋アベック殺人事件による服役の後、出所しております。そして龍造寺リエ同様、出所後に知り合った男性と筒井良枝は結婚しております。しかしながら、筒井良枝の現在の名前などは明らかにされておりません。

現在は夫と筒井良枝は別居しているという情報がありますが、現在筒井良枝が離婚しているのかなどは不明です。誰にも見つからない場所で現在もひっそりと暮らしているのでしょうか。

ちなみに、犯人の一人である近藤浩之については、他の犯人と違い、育児放棄をされたりといった過去はありませんので、ここでは大きく取り上げておりません。

 

名古屋アベック殺人事件の犯人たちへの判決は?

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名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之ら犯人たちへの判決はどのようなものだったのでしょうか。

かつてないクズのような犯罪ですが、小島茂夫や近藤浩之らは未成年であったこともあり、死刑になることはあるのか、その判決に世間からの注目があつまりました。

 

【1】名古屋アベック殺人事件の判決の争点

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名古屋アベック殺人事件の判決の争点となったのは、小島茂夫や近藤浩之ら犯人のほとんどが未成年であったことでした。要は、少年法の存在がネックだったわけです。少年法とは、簡単に言えば未成年の者が犯した犯罪は、成人した場合と比べ、求刑が軽くなるというものです。

そのため、死刑同等の犯罪を犯しても、未成年の場合死刑にはならないことがあるのです。死刑ではなく、生きて償う、更生の余地があるとされているのです。

特に名古屋アベック殺人事件が起こった時代は、現在よりも「未成年だから裁かれない」というようなクズな思考を持った者が多くいたことも事実です。

このことから、小島茂夫らが成人をしていた場合間違いなく死刑を言い渡されますが、小島茂夫や近藤浩之らに少年法が適用された場合も死刑になるのか、ということが大きな争点となったのです。

【2】第一審は死刑を求刑

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名古屋アベック殺人事件の裁判、第一審では、小島茂夫に対し検察は死刑を求刑しました。減刑が認められる未成年ですので、死刑判決などほぼありまけん。少年犯罪においての死刑求刑というのは、前代未聞の出来事でした。

名古屋アベック殺人事件の残虐性に対し、小島茂夫には更生の余地がなく、死刑で償うべしとされたのです。また、徳丸信久に対しても、死刑の次に重い無期懲役が求刑されます。徳丸信久は事件の準主犯格でしたし、犯罪の重さは小島茂夫と変わらないため死刑求刑でもおかしくないのですが、当時また徳丸信久は最年少の17歳であったことを考慮してこの求刑でした。

そのほか、高志健一は当時成人しておりましたが、主犯格ではなかったことから高志健一の求刑は死刑ではありませんでした。近藤浩之、筒井良枝、そして龍造寺リエも死刑ではなく、懲役が求刑されています。

【3】名古屋アベック殺人事件の判決は死刑?

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第一審の死刑、懲役求刑を受け、名古屋アベック殺人事件に対する最後の判決はどのようになったのでしょうか。

まず、第一審で死刑を求刑された小島茂夫ですが、小島茂夫に対する判決は死刑ではなく、無期懲役でした。また、無期懲役を求刑をされていた徳丸信久も無期懲役の判決が下っています。

高志健一と近藤浩之には懲役13年、筒井良枝と龍造寺リエには5年以上10年以下の不定期刑とされました。死刑になった者はいませんでした。小島茂夫と徳丸信久は現在も服役中、そして高志健一、近藤浩之、筒井良枝、龍造寺リエはすでに服役を終え外の世界で現在は生活していることになります。

 

名古屋アベック殺人事件は集団心理の怖さを暴き出した?

【1】集団心理とは

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集団心理とは、言葉のままですが、集団に所属することによる心理的状況の変化のことを表します。

もっと端的に言うと、集団に所属することにより、普段の自分よりも少し気が大きくなる、といった心理状態を表します。

【2】集団犯罪心理が働いた

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名古屋アベック殺人事件では、集団犯罪心理が働いたと言われています。つまり、小島茂夫や近藤浩之ら犯人グループは6名と非常に大人数でしたので、大人数で犯罪を犯した場合、その責任も分散されるという心理が働いたということです。

名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之らの弁護人は、この集団犯罪心理を主張し、小島茂夫らのクズのような殺人は計画的なものではなく、集団心理が働いた結果、殺害に及んでしまった、といいます。しかしながら、小島茂夫らのクズ犯行がたとえ計画的なものでなかったとしても、殺意があったことは間違いのない事実です。

犯罪心理という主張により、小島茂夫らを死刑にできない、彼らの罪が軽くなるなど、あってはならないことでした。

【3】判決には大きな影響はなかった

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名古屋アベック殺人事件の小島茂夫や近藤浩之らの弁護人は集団心理を訴えておりましたが、小島茂夫が死刑を求刑されたことを見てもこれらの主張は判決に大きな影響はなかったようです。しかしながら、世間一般的な事実として、犯罪心理が働く場面というのは、悪い意味で多くあります。

例えばいじめもその一つです。自分だけじゃないからいいや、と気が大きくなることで、醜いいじめが発生することは現在もあるのです。人間の心理とは複雑で、そしてまた恐ろしいものであると感じざるを得ません。

 

名古屋アベック殺人事件から学ぶこと。

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未成年による、クズのような犯罪となった名古屋アベック殺人事件ですが、このクズ事件により少年法を見直すきっかけとなったのも事実です。

求刑では死刑だった小島茂夫が成人していれば、間違いなく死刑判決がでていたはずです。そして、死刑同等の罪を犯した徳丸信久に対しても、17歳だから死刑が求刑できないという、犯罪の重さを考慮できない法のシステムもやはり見直すべきでした。

名古屋アベック殺人事件がきっかけで、現在の少年法も見直され、現在では未成年だから罰することができない、死刑にできない、という考えを持つ者が減ってきたのも事実です。

一方で、名古屋アベック殺人事件を通し、考えさせられることもあります。小島茂夫らの過去の経歴を見てもわかるように、犯人のほとんどが両親との関係性がうまくいっていなかったり、育児放棄されていたりしました。親の愛を、そして教育をきちんと受けることができていたら、名古屋アベック殺人事件のようなクズのような犯罪を犯すことはなかったのでしょうか。

現在でも虐待や育児放棄が後を絶たない世の中ですが、現在世の中から犯罪をなくすための第一歩として、子供の教育のあり方の再検討、そして育つ環境作り、それらが現在の社会では大変大事な役割を担っているのではと思います。

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