伊藤リオンの現在!海老蔵暴行事件の後も沖縄・旭琉会と乱闘騒ぎ!

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伊藤リオンとは?

伊藤リオンをご存知でしょうか。

市川海老蔵暴行事件で、歌舞伎役者である市川海老蔵に暴行したとされ、その名前は一躍有名になりました。そのほか、凶悪殺人事件の東洋ボール殺人事件に加担したともされており、日頃から喧嘩に明け暮れるなど凶悪な人間です。
伊藤リオンは、暴力団に所属せずに犯罪を繰り返している、いわゆる”半グレ”です。ただ、過去には、暴力団に所属していたこともあり、常に暴力などの喧騒あふれる場所で人生の大半を過ごしています。
伊藤リオンはというと、”黒い狂犬”という異名もあるので、喧嘩っぱやい人間なのでしょう。
ただ、その一方で、地元では、「優しい人だった」「信頼がおける人だった」という証言もあり、不思議の多い人物です。
今回の記事では、伊藤リオンさんの名前が世に知れ渡ったきっかけでもある、市川海老蔵暴行事件をはじめ、伊藤リオンが起こしてきたさまざまな事件をご紹介します。

伊藤リオンの生い立ち、現在どうしているのかや、幸平一家との関わりについても詳しく解説していきますので、ぜひご覧ください。

 

伊藤リオンのプロフィール情報


まず、伊藤リオンの詳しいプロフィールをご紹介します。

引用: Pixabay

  • パナマ人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフ
  • 肌の色は黒く、ぱっと見の印象は黒人に近い
  • 身長は175cm〜180cmと言われる
  • 肩幅が広くガタイが良い
  • スポーツが得意
  • 東京都杉並区在住の実家住み

芸能人ではないので、わかっているプロフィールはこの程度です。生年月日や年収、仕事など、詳しいことはわかりませんが、この生い立ちから見た目を連想するだけでも、怖さが伝わってきます。

 

伊藤リオンの生い立ちと経歴

海老蔵事件についてご紹介する前に、伊藤リオンの生い立ちと経歴についてご紹介していきます。

出生(生い立ち・生まれ・出身)

引用: Pixabay

パナマ人の父親と日本人の母親の間に生まれたハーフですが、生まれは日本です。おそらく、育ちもずっと日本だと言われています。
伊藤リオンは実名です。リオンというと少し変わった名前に感じますが、ハーフゆえ、日本人離れした名前がついているのだと考えられます。
幼い頃から、母親が大好きだったようです。近所では、仲良く買い物に行っていたという証言を得られており、家族仲は良好でした。実は、伊藤リオンは母子家庭だったらしく、母親と二人きりで長い間暮らしていたようです。

家庭が金持ちだったことはなく、質素な暮らしだったみたいです。父親がなぜいないのかについては、わかっていません。

 

サッカーに打ち込んだ小学生・中学生時代

引用: Pixabay

伊藤リオンは、小学生から中学時代までサッカーをやっていました。伊藤リオンの生い立ちを語るうえで欠かせないのがこのサッカーです。

伊藤リオンは中南米系の黒人の血が入ったハーフです。身体能力がずば抜けており、非常に有能な選手だったと言います。

サッカーでさまざまな成績を残しています。小学校5年生のころに、当時のヴェルディ川崎の下部のチームにあたる『ヴェルディ・ジュニア』に入団し、その後、中学生になってからは、そのジュニアユースに所属し、レギュラーとして活躍します。チームの中でも大きな存在感を放つ、優秀な選手でした。

 

中学時代に石本太一と出会い、暴走族・暴力団の道へ

 

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しかし、サッカーで結果を残すと同時に、不良の道へと入り込んでいきます。サッカーの才能があったこともあり、喧嘩っぱやくやんちゃな少年であったのかもしれません。

母親との関係も悪くなり、原チャリをひとりで乗り回すようになります。そして、伊藤リオンが原チャリをノーヘルで走っているという噂が広まります。

そして、後に東洋ボール殺人事件を起こす石元太一が、その噂を耳にするのです。その後、石元太一は、自身が所属する世田谷の暴走族に、伊藤リオンを誘います。

そのころ『暴走族に興味があるのか?』と声をかけてきたのが、今回最初に海老蔵さんに髪の毛を掴まれたと言われているT先輩なんです。それでT先輩の所属していた世田谷を本拠地とする有名チームに入るようになったんです。  出典:週刊文春

ここで指しているT先輩が、石元太一です。下の名前の”太一”から、イニシャルをとったと考えられます。この石本太一との出会いが、伊藤リオンの生い立ちを大きく左右します。

その後、伊藤リオンは、暴走族に所属します。

ハーフであることや、サッカーをやっていたことなどがあり、体格が良かったからでしょう。伊藤リオンは、暴走族の中でも、一際存在感のある”ワル”でした。

身長は175cmと、小柄ですが、筋肉質で格闘家のようだったと言います。また、何と言っても、特徴的なのが、首の太さです。非常にゴツく、視線も相手を威嚇するようだったそうです。

結果、伊藤リオンは、中学時代から喧嘩に滅法強く、”黒い狂犬”という異名で地元で有名な存在となります。黒い、という部分は肌の色からとったものと考えられます。

 

近所の評判は良い

引用: Pixabay

ただ、興味深いのは、伊藤リオンは、”黒い狂犬”という異名を持つ極悪人でありながらも、近所から優しい人として知られていたことです。

実は、性格的な面では、筋が通っていて論理的な”ワル”だったと言われています。暴走族内から、また、地元からも、一目置かれる存在でした。面倒見が良く、一部の人からは、”お兄ちゃん”のような存在として親しまれていたみたいです。

その理由は、一般人には決して理由のない喧嘩を売らず、人の迷惑になるようなことは一切しなかったからでしょう。本当は、人道的で、心は優しい人間だったと言います。もとより、母子家庭で育っているため、人に優しい人間だったのかもしれません。

伊藤リオンが暴力をふるう際は、常に自分たちと同じアウトロー達に向けられたものだったそうです。弱いものいじめはしない性格だったとうことでしょう。

“不合理な喧嘩はしなかった”と言われており、この点も、伊藤リオンが現在でも伝説的に語られる理由なのだと考えられます。

 

被害者の父親からも人間性が認められていた

引用: Pixabay

また、驚くべきことに、リオンが暴行に関わった東洋ボール殺人事件の被害者の父親もリオンには一目置いているかの様な発言をしています。

『申し訳ないことをした』『(亡くなったAさんが)毎晩夢に出てくる』っていって、とても反省してるといっているって聞いたよ。

彼はそんなに芯から悪い人間じゃないと思いますよ。ワルはワルなんだけども、筋は通っている。警察や検事の供述書類を見ても、きっちりと事件のことを振り返って正直に話している。他の暴行犯の証言と比べてもあの男だけは正直だった。素直な感想もいっていたしね。(出典:女性セブン)

東洋ボール殺人事件とは、関東連合と呼ばれる暴走族のメンバーが、寿司職人の仕事を目指す少年・小笠原一也さんを殺害した事件です。

石元太一らが、被害者である小笠原一也さんを、敵対している暴走族のメンバーと勘違いして、一般人の小笠原一也さんを殺してしまったのです。

実は、この事件に、伊藤リオンも暴走族側として、関与しています。このため、実は、市川海老蔵暴行事件の以前に、この殺人事件で伊藤リオンは逮捕されているのです。しかし、当時は未成年だったため名前は報道されませんでした。

最終的に、被害者である小笠原一也さんは、事件翌日に、脳挫傷とクモ膜下出血で死亡してしまい、被害者の父親は、犯人グループの一人一人に、一律500万円の損害賠償請求をします。

この時にしっかり500万円を払ったのは、リーダーと伊藤リオンの2名のみでした。他のメンバーは未成年が多かったこともあり、「いずれ払う」「出所したら稼ぎ始めます」などと言っていたそうです。

伊藤リオンは、警察の調べにも、全てを包み隠さず正直に供述していたため、被害者の父親も、伊藤リオンに好印象を抱いたようです。

自分の息子を殺害した犯人グループを好印象に思うのは、すこしおかしな感じがしますが、伊藤リオンはきちんと反省し、誠意を見せようとしていたということでしょう。

 

海老蔵暴行事件の概要

 

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それでは、市川海老蔵暴行事件についてを詳しく説明していきます。
伊藤リオンは、先ほどの東洋ボール殺人事件にも加担していますが、当時は未成年だったため、実名報道はされませんでした。
ですが、市川海老蔵暴行事件では成人していたため、伊藤リオンの名は、実名報道されます。ここではじめて、伊藤リオンの名が、世間に知れ渡るのです。
この市川海老蔵暴行事件で、伊藤リオンは歌舞伎俳優である市川海老蔵さんに全治2ヶ月の重傷を負わせました。そんな、知らない人はいないと言われるほどに有名な市川海老蔵暴行事件について、詳細を紹介していきます。

事件当日の詳細

引用: Pixabay

2010年11月24日、市川海老蔵は23時頃、歌舞伎役者の仲間らと、ある飲食店でお酒を飲んでいました。
その後日付が変わり、25日明け方になると、海老蔵は歌舞伎役者の知人たちと別れて独りで、他の飲食店で飲み始めます。
その後、暴走族グループ・関東連合元リーダーの石元太一と合流し、西麻布の会員制の飲食店で飲んでいたところ、些細なことから喧嘩が発生します。
もとより、市川海老蔵は、酒癖が非常に悪かったと言います。大物芸能人とお酒を飲むと必ず年収を聞いていました。俳優を仕事にしている伊藤英明さんも、都内の飲食店で一緒にお酒を飲んだときに、「年収は?」「年収は?」と激しく年収を聞かれたそうです。
金にこだわり、金持ちの情報が好きだったみたいです。また、人間国宝に指定されると、国から特別助成金がもらえるため、それを豪語し、金持ちアピールをしていたと言います。
ですが、実際の市川海老蔵は人間国宝ではないため、国からのお金はもらっていません。もちろん、歌舞伎からの収入はあるので、お金持ちだったかもしれませんが、根拠ない発言をしていたことは事実です。
少し話がそれましたが、そんな市川海老蔵の酒癖の悪さもあり、市川海老蔵の知人・石元太一が連れてきた伊藤リオンと喧嘩を始めます。そして、伊藤リオンは、市川海老蔵を殴るなどして、暴行します。
当時、伊藤リオンは、26歳の元暴走族でした。喧嘩自体はそれほど大掛かりなものだったようではないようで、飲食店側も、警察に通報などはしていません。ただ、飲食店も、会員制の芸能人御用達のバーだったというので、何らかの反社会的な勢力が関係していて、わざと通報しなかったとも考えられます。
結果、市川海老蔵は、左頬を陥没骨折、さらに前歯の損傷、鼻の腫れ、顔面全体に大ケガを負います。
後の警察の見解では、海老蔵が手を下していないということはなく、石元ら数人とトラブルになったようです。双方が暴行していたのでしょう。

引用: Pixabay

最終的には、市川海老蔵は伊藤リオンに殴られたと言われていますが、お酒の場だったこともあり、誰が誰をどう殴ったのか、詳細までの真実はわかりません。
市川海老蔵の話によると、「飲食店で知り合った仲間と飲んでいただけである。その後酔いつぶれた人を介抱していたらいきなり殴られて喧嘩になった」とされていますが、その発言と矛盾する発言が多く、信憑性は低いと考えられます。
実際に、『海老蔵が、テキーラを灰皿に注ぎ、飲ませようとしていた。』『髪を引っ張っていた。』『頭を叩かれた。』
などの発言が、その場にいた人間からなされています。また、海老蔵が「俺は人間国宝だ」と豪語していたという証言もありますが、海老蔵は否定しているため、真偽はわかりません。
ただ、海老蔵が泥酔していたことは確かですので、証言は、確実性のあるものとは言えないでしょう。今現在も、海老蔵本人は否定しています。
おそらく、市川海老蔵の何らかの証言が、石本太一や伊藤リオンを刺激し、伊藤リオンを筆頭に乱闘になったのでしょう。
市川海老蔵は、暴行の後に、朝7時ごろに自宅へ戻り、妻・真央が110番通報しています。その後、救急車で虎ノ門病院に搬送され、数日後に手術を受けています。

市川海老蔵の怪我の程度について

引用: Pixabay

市川海老蔵の負った怪我は、
  • 左頬陥没骨折
  • 前歯の損傷
  • 左目内出血
  • 顔全体の腫れなど顔面の大けが
  • 血尿が出る
と言われています。
事件の4日後には、顔面整復手術を受けており、怪我は非常に重体だったと言えます。
その後、会見に臨んだ際には、既に整復の痕はほとんど見られませんでした。
会見では、骨が5つに割れしびれがあると語り、左目は充血していました。会見では自身の症状について、医師から全治2カ月と診断されていることを明かしています。

伊藤リオン・石本太一らの主張

引用: Pixabay

果たして、市川海老蔵暴行事件の真相はどんなものだったのでしょうか。伊藤リオンは、「海老蔵が石元にした頭突きに対応しただけである。」と発言しており、あくまで防衛的な意味での反抗だったと述べています。
もとより、人道的で優しい面もあるとされる伊藤リオンなので、親しい先輩である石本太一に頭突きをした市川海老蔵が気に入らなかったのかもしれません。そうでなければ、突然、知り合ったばかりの市川海老蔵を暴行する意味がわかりません。
また、市川海老蔵は、泥酔すると必ず年収を聞いてくるとされているので、伊藤リオンらにも「年収は?」と聞いたのかもしれません。
伊藤リオンは当時26歳ですから、歌舞伎役者である市川海老蔵の年収とは程遠いでしょう。そういった点も何か、伊藤リオンを刺激したのかもしれません。

裁判所が出した見解とは

引用: Pixabay

裁判所は「被害者の行動が犯行を誘引したことも否定できない」としています。市川海老蔵が誘発することによって、伊藤リオンを刺激したというのは、認められたのです。
市川海老蔵の落ち度を認めている状況ではありますが、「状況から(被害者による)頭突きを認めることは困難」とした上で「仮に頭突きされたためだったとしても、被害者がさらに攻撃を加えようとした事実はない」として過剰防衛は否定しています。
この時点で、伊藤リオンの暴行が明らかになっているということです。もとより、伊藤リオンは半グレの人間ですから、喧嘩慣れしていることは間違いないでしょう。
市川海老蔵に過剰なほどの暴行を加えていたと考えられます。また、裁判所は暴行の程度についても言及しています。「被害者に相当量の出血があり、意識不明に陥った場合は窒息死する可能性もある、危険な犯行だった」としており、結果、伊藤リオンはこの事件で逮捕されます。
1年4ヶ月の実刑判決を受け、結果1年間、服役しました。

 

伊藤リオンが沖縄の旭琉会と乱闘?


出所後、伊藤リオンは、しばらくおとなしくしていたため、「東京から離れたのではないか?」「海外で暮らしているのでは?」など、さまざまな噂が飛び交いました。

また、噂の中には、「沖縄で暮らしているのではないか」というものもあり、後にその沖縄の見解が正しかったとわかります。

2018年05月30日に、沖縄県那覇市の路上で、伊藤リオンは友人と一緒に暴行事件を起こすのです。

ただ、明確に言うと、沖縄に在住していたわけではありませんでした。東京では、警察のマークが厳しく、派手な行動ができなかったため、警察に目をつけられない沖縄によく訪れていただけでした。

そのため、出先である沖縄で事件を起こしていることになります。

沖縄の事情に詳しい人によると、

『その頃には、俗な言い方をすれば、グレーなビジネスで財を成した元関東連合の関係者らは、都内で派手に飲み歩くとサツ(警察)に目をつけられるということなどの理由から、ススキノ(札幌)や沖縄にまで行き派手に遊んでいたと耳にしたことがある。

現にススキノでは、関東方面からやってきている若者がなぜそんな大金を持っているのかと訝しみ、サツが内偵を入れ始めたなんて話もあった。』出典:https://biz-journal.jp/2018/06/post_23591.html

と言われており、やはり、警察の目をくぐるためにも、沖縄によく来ていたことが明らかになっています。市川海老蔵暴行事件の後は、住まいは東京にありながらも、おそらく頻繁に沖縄で生活していたのでしょう。

 

事件の詳細

引用: Pixabay

暴行を行ったのは、元関東連合の伊藤リオンら男女6人です。

2018年05月30日未明、沖縄県那覇市松山の路上で飲食店を出た直後に沖縄の有名暴力団である『旭琉会』に襲撃され、乱闘になりました。

乱闘は、飲食店の前の路上で行われたため、多くの人の目に留まり、YouTubeをはじめとするSNSで拡散されます。

 

沖縄での暴行の動画(YouTubeより)

この旭琉会の事件は銃撃だったため、旭琉会が先行して、伊藤リオン側を挑発したことは間違いありません。

沖縄の旭琉会は、おそらく、急に沖縄にやってきた伊藤リオンが、生意気に暴れているため、気に入らなかったのだと考えられます。

ですが、伊藤リオン側の男性の1人が、乱闘に牛刀を所持していたこともあり、結果、旭琉会側は3人、伊藤リオン側が1人逮捕されてしまいます。

相手側である旭琉会からは、42歳の男性(沖縄県那覇市在住)、33歳の男性(沖縄県那覇市在住)、30歳の男性(沖縄県那覇市在住)の3人が、凶器準備集合と傷害の疑いで逮捕されました。

旭琉会の人間は、乱闘の際に、金属バットやスタンガンのようなものも所持していたようで、伊藤リオンらにそれらを利用したに暴行を加えています。その結果、伊藤リオンらは、頭や腕などに打撲の怪我を負いました。

元関東連合の伊藤リオンは2010年に市川海老蔵暴行事件を起こした後、出所後に、山口組に所属していました。この事件の時には、もう破門されていますが、市川海老蔵暴行事件の時の伊藤リオンよりも、この事件時の方が、喧嘩っぱやく、凶悪な人間だったのではないかと考えられます。

 

伊藤リオンと海老蔵の現在の関係は?

 

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伊藤リオンと海老蔵の現在の関係についてですが、明らかになっている資料はありません。

もとより、市川海老蔵と知り合いだったのは、石本太一のみです。伊藤リオンと市川海老蔵は、暴行事件当日その場ではじめて知り合った間柄なので、元から親しいことは一切なかったでしょう。

ただ、世間に多く名をとどろかせているワルである伊藤リオンですので、出所後、被害届を取り下げなかった市川海老蔵に対して「報復を行うのではないか?」とは世間では言われていました。

ただ、結局、伊藤リオンは特に報復するようなことはなく、この事件は幕を閉じました。

市川海老蔵は歌舞伎を仕事にしている人なので、関わりもなかったのでしょう。

 

石元太一のブログで反省を表明

引用: Pixabay

その後、伊藤リオンの先輩にあたる石元太一のブログを通じて、反省の気持ちを表明しています。

予定よりも約4ヶ月も早かったです。こんな短い刑期で、これだけの仮釈がもらえるのはやっぱり珍しいのかな。あの事件であんなにも世間を騒がしてしまった事、リオン共々反省をし、今後二度とないように心掛けたいと思います。

ちなみに、石元太一のブログは、サイバーエージェントのサービスであるアメーバブログを使って書かれています。アメーバブログというと、人気ブロガーランキングに常に上位にいるのが、市川海老蔵です。

同じサービスを使って発信しているのは、今も険悪な関係でない証拠かもしれません。

ちなみに、石川さんは、2019年現在も、同じブログを更新し続けており、刑務所からの獄中手記として、自分の主張を発信し続けています。

 

伊藤リオンと沖縄の旭琉会の現在の関係は?

引用: Pixabay

伊藤リオンと沖縄の旭琉会の現在の関係についてですが、こちらも詳細はわかっていません。ただ、和解していないことは確かでしょう。

沖縄の事情に詳しい人によると、伊藤リオンは、市川海老蔵暴行事件の出所後から長く沖縄にいて、関東連合の頃の知り合いとさまざまな悪いことをしていたようです。当然、沖縄の旭琉会は良く思わなかったでしょう。

沖縄というと、離島ということもあり、本州の力関係は通用しません。沖縄の旭琉会をはじめ、沖縄の暴力団・暴走族は、真っ当からぶつかり合うような凶暴さを持ち合わせています。

簡単に和解できるとは到底思えないため、おそらく今後も何かしら乱闘事件は起こる可能性は高いと考えられます。

ちなみに、沖縄の旭琉会との乱闘事件が起こったのは2018年5月ですが、逮捕に至らなかっただけで、2017年頃から、沖縄で乱闘は起こしていたようです。

多くの沖縄の飲食店から目撃情報があり、また、YouTubeなどにも動画がアップされています。

 

伊藤リオンは山口組とも知り合い?

引用: Pixabay

伊藤リオンは、山口組とも知り合いです。

伊藤リオンは、市川海老蔵暴行事件後、山口組の中の『大同会』傘下『笹原会』に在籍していました。このため、もとは、山口組の一員なのです。

しかし、2014年11月に、山口組からの破門状が出ます。そして、伊藤リオンは、山口組から脱退し、孤立してしまいます。

「この破門のせいで、アウトローとして非常に立場が悪くなるのでは?」と噂されていましたが、実は2018年7月にこの破門は取り消されています。

 

今は除籍状態?

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実はこれには、沖縄で伊藤リオンの起こした乱闘事件が関係しているとされています。

詳細はわかっていませんが、伊藤リオンが、幸平一家の中越の口添えにより、笹原会に謝罪したそうです。そうして、許しを得たこともあり、波紋は取り消されました。

幸平一家は、東京都板橋区大山金井町を本拠地とする暴力団です。伊藤リオンがよく行っている沖縄ではありませんが、伊藤リオン自身、もとは関東の人間なので、親しくしていたのでしょう。

山口組破門後も、幸平一家の人間と伊藤リオンは交友があったそうです。

伊藤リオンが笹原会に謝罪する時には、頭を丸めていたようです。こういった謝罪もあり、今後は様子を見るためにも、破門から除籍に切り替えられています。今後は、笹原会の下で新たに活動するとの噂もあります。

 

伊藤リオンは山口破門後も暴力団関係者と交友があった

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こういった経緯から推察すると、伊藤リオンは破門状態にあったとはいえ、それ以降にも多くの暴力団関係者との交友関係を続けていた可能性が高いと見て良いでしょう。

そうであるとすれば、伊藤リオンの立場が悪いとの噂は全くの見当違いの噂です。むしろ、市川海老蔵暴行事件で世に名前が知られていることもあり、暴力団界隈では、ビッグな人間なのかもしれません。

山口組破門後も、幸平一家をはじめ、暴力団関係者と親しくしていた、だからこそ、謝罪で破門を取り消してもらえたのだと考えられます。

伊藤リオンという人間は暴力団社会には向いていなかったのかも知れませんが、不良としての人望は厚いという事でしょう。

実際に、伊藤リオンの生い立ちを見ても、周囲にとって影響力のある存在だったと考えられます。

 

伊藤リオンの現在

さて、さまざまな暴行事件を起こしてきた伊藤リオンですが、現在は、どうしているのでしょうか。

 

まさか死んだ?『死亡説』が囁かれていたのは本当?


一時期、伊藤リオンは死亡したのではないかというニュースが誤って流れていました。

そんな死亡説も出ていた伊藤リオンですが、あくまでインターネット上の噂にすぎなかったようです。市川海老蔵暴行事件の出所後に、しばらく事件を起こさずにおとなしくしていたため、「死んだのでは?」と囁かれていました。

その後、2018年に沖縄の事件が起きているので、嘘だったことがわかります。

実際に、Twitterで伊藤リオンが死んだのではないかという噂が飛び交っていたのは、2017年までのようです。

 

家族とともに国内で暮らしている?

引用: Pixabay

あくまで噂でありますが、現在も、国内で生活していると言われています。2018年に沖縄に頻繁に出入りしていることもあり、沖縄にいる可能性が高いのではないでしょうか。

市川海老蔵暴行事件があった際から結婚していた妻と現在も生活を続けているようです。妻との間には双子の子供がいます。

伊藤リオンは、経歴上、非常に自分の周りの人を大切にする人間でしょう。

実際に、市川海老蔵暴行事件の裁判で、妻が証人としてした発言の中には、弁護人からの『結婚しても問題ないと思いましたか』という問いに、『私に対する接し方から、問題ないと思いました。人見知りしますが、仲良くなったら優しく、面倒見がいいです。』と述べています。

仁義ある人間であることは間違いありません。

伊藤リオンは、現在、きっと、一家の父として、家族を支えているのでしょう。仕事は何をしているのかわかりませんが、暴力団関係者との繋がりが今もあるとすれば、ビジネスの世界でも居場所があるように思います。

何かしらの仕事をして、一家を支えていると考えて良さそうです。今後は大切な家族のためにも、これ以上、犯罪行為に手を染めない人生を歩んで欲しいと願うばかりですが、今後も活動する噂もあるため、詳細はわかりません。

 

暴力で一躍有名に。伊藤リオンの今後


今回の記事では、伊藤リオンの名を一躍有名にした市川海老蔵暴行事件をはじめ、伊藤リオンについてをご紹介してきました。

“黒い狂犬”という異名をもつなど、喧嘩っぱやい印象が先行してきた伊藤リオンでしたが、これまでの生い立ちや経歴、不良としての伝説を振り返ると、意外にも心優しい面もあることがわかりました。

面倒見が良く、人から憧れられる存在であった伊藤リオンですので、もしかしたら、複数の事件を経て、改心している可能もあるのではないでしょうか。

今後は、犯罪や傷害事件を起こさずに、真っ当な人生を歩むよう、願うばかりです。

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