寺内樺風の現在!千葉大学卒で実家住所特定!奇声はフェイクだった!

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寺内樺風とは?【埼玉県少女誘拐事件】

引用: Pixabay

寺内樺風とは、現在でも忘れもしない世間を騒がせた埼玉少女誘拐事件の犯人。最後に少女を救ったのは実家で帰りをひたすら待っていた大切な家族でした。

2014年3月に女子中学生を拉致誘拐し、監禁した埼玉少女誘拐事件の容疑者が寺内樺風。寺内樺風は当時千葉大学に通う普通のイケメン大学生かと思うも、巧妙で計画的な手口で少女を誘拐し2年も渡って監禁し続けた卑劣な大学生。

現在は服役中ですが、当時実家の家族とは離れ、千葉県と東京都中野区と一人暮らしをしていた寺内樺風。

寺内樺風は、監禁している間もなに食わぬ顔で、平気で千葉大学に通っていたそうです。さらには就職活動もしており、内定をもらい将来を約束された状態での埼玉少女誘拐事件だったのです。

一体寺内樺風に何があったのでしょうか。

埼玉少女誘拐事件を起こす動機がまた、今現在の世間を震わせた事になったのですが「監禁し、観察したい」と捕まった当時弁護士や警察に話していたそうです。

現在の今でもこの犯行動機を聞くと震えあがります。

さらには「女子中学生か女子高校生を誘拐・監禁して社会から離脱し、その変化を観察したい」と話し、この身勝手な寺内樺風の思いから埼玉少女誘拐事件が起こったのでした。

そして寺内樺風は、平成24年頃からそのようなおかしな発想をするようになり、過去の誘拐事件・監禁事件・洗脳術などの関連記事や本を熟読するようになり、犯行へのイメージを膨らませ実現化させる計画を目論んでいったそうです。

犯行決行前には、車での犯行の発覚を避けるために神奈川県でナンバープレートを盗み備えて、新座両市の中学校行事をインターネットで検索してから、一人下校の現在の被害者だった少女にターゲットを絞り埼玉少女誘拐事件を決行させました。

このように寺内樺風は、かなりの用意周到で慎重な計画性の高い千葉大学の学生だったことが分かりますね。

そして犯行当日、現在の少女の拉致誘拐に成功すると寺内樺風は「私は捨てられた。帰る場所はない」と繰り返し少女に復唱させ、または書かせたりと精神的に追い詰めていったそうです。

さらにはアサガオの種から、ドラックに似た合成麻薬成分を抽出し、それを少女の食事に混ぜるなどとしてマインドコントロールしていったのです。

そして現在の埼玉少女誘拐事件が起きて判決が下されてからは、寺内樺風の実家の住所や家族が特定され、さらに妊娠騒動の疑惑まで浮上してきました。

さらには判決を下す裁判中には弁護士や裁判官に「森の妖精」「からあげクン倍増」などと謎の発言が飛び交い、奇声をあげるなど現在は世間の注目を浴びるとになったのです。

そこで今回は寺内樺風の埼玉少女誘拐事件の概要を含め、現在の実家住所や家族の特定・寺内樺風の過去の生い立ちなど深く掘り下げていきたいと思います。

また今現在、被害者の少女はどうなっているのかど現在の最新情報にも触れていきます。

 

寺内樺風の生い立ち【埼玉県少女誘拐事件】


実は寺内樺風の実家の家族は本人含め華麗なる一族のです。現在の平均一般家庭よりも裕福な実家で家族に大切に育てられてきたのです。顔はイケメンの部類になるのでしょうかね。

そんな寺内樺風はなぜ埼玉少女誘拐事件など起こすことになったのでしょうか?家族との闇があったのか、実家で育っていく家庭で心の変化があったのでしょうか?

寺内樺風の実家は大阪にあり、大阪で生まれ大阪の家族と大学生になるまで過ごしてきました。両親と妹との4人暮らしだったそうです。

父親は防犯グッツの会社を経営しており、実家は裕福で何一つ不自由なく家族に育てられてきました。さらに、祖父は大学教授という家族みんなが高学歴のようです。

寺内樺風は実家の家族の中でも特に、妹と仲がよく、一泊旅行に出かけるほど大切な存在でいいお兄さんだったのです。

ただ、その旅行に行った時の妹の年齢が15歳という思春期の時で、埼玉少女誘拐事件の被害者も当時13歳ということもあり、妹と年代が変わらないため、シスコン気質だったのではという意見も多かったようですね。

この頃から元々シスコン気味ではあったので、埼玉少女誘拐事件を引き起こす可能性はすでにあったのでしょうか。あるとすれば、仲のよさから闇の心がどんどん蓄積されていったのでしょうか。

ただ、実家の家族を見ると環境も仲の良さも、現在に存在する素敵な一般家族家庭と変わらないですし、かなり恵まれてるようです。

また学生時代も、友達も多く、付き合いは悪くなくコミニュケーションも全く違和感やおかしな部分はなかったと友人からは思われていました。

小学校の時は年下の面倒をよく見る、現在でいえばスクールカーストの一軍のようなリーダー的存在だったようです。

中学生になった頃は頭もずば抜けてよく、今現在でも偏差値73という進学校に入学しました。しかし高校生の頃はパソコンにが得意なアニオタのような存在となった寺内樺風。

この頃にはロリコン気質が現れていたのかもしれません。

さらに大学生になってからはお酒もタバコも吸っていて、現在の大学生のように過ごしていて、どこにいでもいる普通の男の子だったみたいですね。

一度友人が彼女についてきてみたところ、匂わせていたのかそれが当時の埼玉少女誘拐事件の被害者だったのかもしれなかったと。

さらには監禁生活を送っていたころも、学校のすぐ近くのアパートに中学生を監禁していたことも、友人から見たらそのようなそぶりが微塵もなく、ごく普通に生活をしていたそうです。

ゼミ合宿も携帯やパソコンを気にすることなく、真面目に勉強も取り組んでいました。

ただ、寺内樺風の家で遊ぼうとしてもいつも流れてしまい実現が中々しなかったようですが、不自然な様子ではなかったので、寺内樺風はかなり冷静でプライドの高い人間像だということは明らかですね。

現在の友人たちもまだ驚きを隠せないままです。

寺内樺風の親友でさえ裏の顔があったことには一切気づかず、実家の家族ももちろん誰も寺内樺風の裏表の顔の存在は分からなかったようです。

当時は現在を生きるためにかなりのプライドを持っていたのだろうと考えられます。

 

寺内樺風の経歴【埼玉県少女誘拐事件】


先程の説明にはありましたが、実家の家族に現在まで大事に育てられてきたので、寺内樺風の経歴もとても華やかで優等生の経歴でした。

大阪の実家に生まれてから学校に入るまでは、現在の実家の家族に妹と仲良く育てられ、中学からは寺内樺風の地元の名門の付属中学・高校と通っています。

大阪教育大学付属池田中学校に入学し、そのままエスカレーター式に付属池田高校と進学し晴れて卒業しました。祖父が大学教授なだけあって、このころから実家の家族に大切にされ期待されていたのも見えてきますね。

そして地元の実家の家族と離れ、埼玉少女誘拐事件が起こった千葉へと引越し、千葉大学に工学部へと進学したのです。そして2年になる頃には自分から休学し、さらに実家の家族と離れたカナダへと語学留学するほどの恵まれた優等生の人生を歩むのでした。

しかし実はカナダ留学の時に寺内樺風の何かが変わって、帰国後直後に埼玉少女誘拐事件を起こす引き金になったと言われています。

それは、2013年の埼玉少女誘拐事件が起こる1年前に起きた、現在でも米国を震えさせてるカナダのグリーンランド監禁事件です。

この悍ましい犯行内容が、女性3人を監禁強姦して5回妊娠させていて、妊娠するたびに腹部を蹴ったり、食事を抜いたりとひどい虐待をかさねて死産させたという恐ろしい内容でした。

そしてその監禁は10年にも及び、今回の寺内樺風が監禁を行って逃げられた埼玉少女誘拐事件の時と同様に、南京錠のつけ忘れで女性が逃げたことにより事件の発覚があったのです。

この妊娠させた監禁事件と現在の寺内樺風の埼玉少女誘拐事件ととても似ていることから、この事件を目にしていたのでははいかという可能性が浮上しました。

というのも、妊娠させた事件と寺内樺風の埼玉少女誘拐事件には共通点が多数あるため、この妊娠事件が寺内樺風の現在の犯行にいたる心を動かし、そしてその妊娠事件があり帰国してすぐの犯行だったことから妊娠事件をモチーフにしていたという説も納得がいきます。

そして千葉大学卒業し留学が終わり、就職先も決まっていたにもかかわず当時の現在に埼玉少女誘拐事件が起こったという、実家の家族に大切に育てられた華麗な経歴も事件が起こった現在には一気に地獄となりました。

 

埼玉県少女誘拐事件の概要

 

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埼玉県朝霞市で起きた埼玉少女誘拐事件。今現在から5年前、寺内樺風は2014年に女子中学生を誘拐し行方不明となった少女は当時13歳でした。

巧妙な手口と用意周到な計画を練って、一人下校途中の少女に「両親が離婚することになった。弁護士から話がある」と家族を餌に声をかけ、無理やり車へと連れ込み誘拐を実行しました。

そして実家の家族に「ちょっと休みたいです。しばらく友達の家です。探さないでください。」と手紙をかかせてポストに投函させたのです。

しかし誘拐をすると、さっきの話は嘘の情報だと告げ「本当はあなたの家族に借金があり、あなたの臓器を売ってお金をつくろうと家族は考えてる」という音声合成ソフトをあらかじめ作っておいて信憑性を高めます。

それからというもの、監禁中は「私は捨てられた。帰る場所はない」など書かせたり、アサガオの種からドラックと作り投与させたりとしてマインドコントロールする生活が始まりました。

そしてドア外には南京錠をかけ、逃げられないように監禁していましたが少女は一度脱出に成功したものの、誰にも話を聞いてもらえず、邪険にされたことにより絶望を抱いたまま寺内樺風の自宅へと戻ることにまります。

この時はすでにマインドコントロールされた状態だったのでしょう。当時も現在も世間の無関心さには考えさせられるものがあります。

しかし2年の監禁生活を続けていると、ついに寺内樺風が南京錠をつけていなかったため最後の逃げるチャンスが少女に訪れ、逃げたあとは公衆電話から信じていた実家の家族へと電話し無事に警察の元保護され実家の家族とも感動の再会を果たすことができたのです。

もちろん実家の家族と再会できたわけですから、寺内樺風はそのまま逮捕され裁判の判決では弁護士・裁判官のもと懲役9年が言い渡され今現在もなお服役中となります。

しかし、この寺内樺風の埼玉少女誘拐事件の裁判の判決を下す過程では、おかしな言動が目立ち弁護士や裁判官、現在の世間も大変驚くことになりました。

それも、判定をゆるくする為の計画なのか、裁判中に奇妙な奇声をあげたり「オオタニケンジ」と名乗り、生年月日や実家の本籍まで虚偽を言い出し、しまいには「日本語がわからない」といありさま。

さらには職業を聞かれると、寺内樺風は千葉大学までが経歴のはずなのに対し「森の妖精です」と答え、ここはどこかと聞かれると「トイレです。私はお腹が空いています。今なら一個からあげクン倍増中」と答え弁護士も裁判長もお手上げ状態となり、家族を初めとする会場や世間も驚きを隠せませんでした。

このからあげクン・森の妖精・奇声などの寺内樺風の奇妙な言動で判決を下す裁判では延期になるなど、とても信じがたい裁判となり判決も難しいものになりました。

しかしその後での裁判では寺内樺風は埼玉少女誘拐事件の全貌を「間違いない」と全て認め、懲役15年に対し懲役9年という判決が下りました。

埼玉少女誘拐事件の被害者とその家族は寺内樺風に「10年以上入っててほしい。一生刑務所から出て来れない無期懲役にしてほしい」と心のうちを訴えるも残念な結果となりました。

今現在もなお寺内樺風に苦しめられた埼玉少女誘拐事件の被害者と家族は一生忘れられず苦しんで戦っていることでしょう。

 

寺内樺風の実家住所が特定?【埼玉県少女誘拐事件】


実はこの埼玉少女誘拐事件をきっかけに寺内樺風の現在の実家の住所が特定されます。元々ネット上では、寺内樺風の生い立ちや実家の家族・妹などに注目が集まっていて一気に現在の情報として拡散され広がりました。

先程もご紹介しましたが、寺内樺風の実家は大阪の池田市に存在します。寺内樺風が小学校の時に家賃18万円の一軒家に実家の家族全員で引っ越してきたそうです。

その時の実家の家族は父親・母親・妹そして埼玉少女誘拐事件を引き起こした寺内樺風との4人暮らしだそうですね。父親は防犯グッツの経営者をしており、母親は教育熱心な専業主婦といった絵に書いたような家族です。


この上記にあるように、ツイッター上では過去の寺内樺風の顔画像から家族の職業、そして実家の住所までが特定されています。写真を見る限りだと、学生時代のときの寺内樺風でしょうか、わりと好青年でイケメンの顔だちをしています。

さらにe防犯.com」というホームページが寺内樺風の実家で経営している防犯グッツの会社だということも特定されました。

そして防犯グッツを経営する寺内樺風の実家の父親が、埼玉少女誘拐事件の後に謝罪文を提出し、さらに実家周辺ではボヤ騒ぎがあり救急車が出動するなど一時大騒ぎになったと噂もありました。

ネット上や世間の噂では、寺内樺風の家族である父親が自ら自殺を図ったとまでされていますが今現在その情報は定かではありません。

そしてにわかに信じがたいのが、寺内樺風は埼玉少女誘拐事件の被害者に使ったとされる、南京錠や防犯カメラなど、実家の家族の父親の経営する防犯グッツを使用していたとされているのです。

ネットでは本来防犯グッツとして販売していても、寺内樺風のように逆に監禁グッツとして使用されてしまうケースもあるから怖いという声も現在も広がっています。

実家の妹の情報に関しては、埼玉少女誘拐事件の被害者と同い年だったという年齢しか分かっておらず、現在の情報も出回ってはおらずゆえは分かりません。

しかし、寺内樺風の起こした埼玉少女誘拐事件によって実家の住所から家族の職業まで特定され家族全員に多大な迷惑をかけたことは明白です。現在のネット拡散情報はテレビや記者よりも早い時代ですからね。

寺内樺風が埼玉少女誘拐事件を起こさなければ、実家の父親の会社を継いでたのかも分かりません。

 

寺内樺風は千葉大学卒業【埼玉県少女誘拐事件】


寺内樺風は関東の国立千葉大学・工学部情報画像学科を卒業しています。

大阪の実家の家族の元を離れ一人暮らしを希望していた寺内樺風は、第一志望であった千葉大学に予定どうりに合格し、千葉大学のすぐ近くの千葉県内で一人暮らしをはじめました。

千葉大学に入学した寺内樺風は、1年・2年と20歳までは現在の大学生と同じように進級しています。そして3年生になった時に自家用飛行機のライセンスを取るために、自分から希望を出して一旦ここでアメリカのカルフォルニアの航空学校に留学をしたのです。

そして無事に自家用飛行機のライセンスを取得した寺内樺風は、再び千葉大学へ戻ってきて、千葉大学に隣接している稲毛区のマンションに入居していました。

その矢先すぐに、ここで千葉大学に戻ってきた寺内樺風は、埼玉少女誘拐事件を起こし女子中学生を誘拐し監禁を行い、後に今現在の人々に衝撃的を与える事件となるわけです。

監禁を行なってから寺内樺風は、誰にも怪しまれずバレることなくそのまま千葉大学の4年生へと進学。そして大学5年生になる頃には女子中学生を監禁して2年目になります。実家の家族や現在の寺内樺風の友達が誰も訪れなかったのが本当に驚きです。

ここでまた実家の父親が上京し寺内樺風と2人でセミナーに参加し、就職活動を開始。そしてこの時も監禁状態は続いていて、千葉大学から離れた中野区に引っ越したそうです。

それからすぐに消防設備関連の会社に就職内定がきまり、寺内樺風はそのまま千葉大学を卒業していたということになります。監禁しながら千葉大学をのうのうと卒業してるわけですから、知れば知るほど寺内樺風の行動が異常で恐ろしく震え上がりますね。


この写真は、当時の寺内樺風が実家の家族を離れ千葉大学に進学して留学をしていた時の、実際に寺内樺風がSNSに投稿していた飛行機ライセンスの写真になります。今現在のこの画像はネット上に拡散されている状態です。

写真に写る寺内樺風は、飛行機とのアングルも様になっていて普通のイケメン男性に見えますね。しかしなぜか寺内樺風は監禁事件を起こす前に頻繁にSNSを更新していて、それがある日ぱったりと更新をやめていたそうです。

ここには記載されていませんが、寺内樺風のSNSにはイケメンでかっこいい経歴がほしかったのか、こうなりたいという願望からなのか、自称プロフィールが載ってあり職業は自称パイロット・勤務先はNiceAirAviationと書かれ更新が止まっています。

千葉大学のときは相当な飛行機オタクだったようですが、事件を起こす前に更新が途絶え、自称パイロットの夢を捨てて千葉大学を卒業後の現在は判決により服役をしているということですね。

情報によると、千葉大学側も埼玉少女監禁事件が現在のように表沙汰になると、千葉大学の名に傷がつくこともあり、寺内樺風は千葉大学を卒業はしているものの、現在は千葉大学卒業取り消しになったようですね。

 

公判中の奇声・奇行のキチガイ行動はフェイク?【埼玉県少女誘拐事件】


寺内樺風の起こした埼玉少女誘拐事件は、今現在でも驚きが隠せませんが、最も騒がせたのが「森の妖精」「今ならからあげクン倍増中」「奇妙な奇声」の謎の行動の数々です。

この森の妖精やからあげクン、奇声をあげるなどイケメンの顔から想像もつきませんが、実際は寺内樺風の行動で一時判決・裁判が延期されました。

未成年者誘拐・監禁致傷・窃盗の罪に問われていた寺内樺風の判決を決めるために重要な裁判となっていたのにも関わらず、寺内樺風は奇声をあげながら入廷してきたのです。

奇声をあげながら答えたのは実在するパチンコ店の名前や、わけのわからない英語を話しながら奇声をあげていたそうです。

名前を聞かれても「オオタニケンジ」と答えたり、実家の本籍も和歌山県那智の滝と虚偽をするありさま。しまいには「日本語が分からない」と裁判が困惑しました。

そもそも、元々は検察側は懲役15年を求刑しているのに対し、弁護士側は統合失調症と責任能力について争っていたのです。寺内樺風は責任能力がないと罪を軽くしたかったのか、次々と謎の奇妙な行動を繰り返します。

職業は「森の妖精」で、お腹が空いているから「からあげクン倍増中」という答えに裁判官も弁護士にいつもこの調子なのかと追求する場面も。弁護士はというと「今朝からこの調子」と答えたそうです。

そして一時裁判官により休廷しましたが、結局は再開してもそのまま延期とい流れになってしまいます。これは寺内樺風の罪を逃れるための自作自演なのか、それとも病気のせいなのか現在の人々に困惑と疑問がながれ話題となりました。

しかし、この森の妖精やからあげクンと奇声の謎の言動については、すぐに弁護士に嘘の自作自演だとバレてしまい寺内樺風の一人の無駄な努力という結果になりましたね。

結果は奇声や森の妖精騒動は寺内樺風のフェイクということになり、判決は「被害者は心身とも成長する上で貴重な期間が失われ、大切な思春期を過ごす機会を失った」ということで懲役9年という判決が寺内樺風に下りました。

寺内樺風もさすがに演技がばれて無駄だったと悟ったのか、判決がくだってからは、落ち着いた様子だったそうです。

これには、被害者家族の「一生刑務所に入っててほしい」という願いが叶わず残念な結果となりました。当然現在の世間もこの判決結果には心底納得がいきませんでした。

寺内樺風の実家の家族はこの結果にどのように思ったのでしょうね。

 

寺内樺風のキチガイプレイに対するネットの反応は?【埼玉県少女誘拐事件】


この寺内樺風の奇声や森の妖精、からあげクン騒動は被害者家族はもちろんのことネットではかなりの炎上なりました。

判決結果からもそうですが、寺内樺風の奇声がフェイクだったと知った現在のネットユーザーは、全く反省をしていない寺内樺風を許すはずがありません。

このように寺内樺風の奇声には許しがたいネットユーザーで溢れています。

寺内樺風のキチガイプレイに怒りを隠せない現在のネットユーザーには、「死刑でいい」「精神病院に入院させて本当のキチガイになれ」「下手な演技とかバカ」「銃で撃ってやれば正気に戻るだろ」など、かなりきつい声も多かったようですね。

そしてネット民の中で特に一番反響を呼んだのが弁護士と裁判官のやりとりでした。

寺内樺風が裁判中に奇声・森の妖精・からあげクンと答えているのに対し、裁判官が弁護士に「いつもこの調子なんですか?」という問いに、弁護士は「今朝からです」というシーンがありました。

それについてのネットの声も反響を呼びました。弁護士とは被害者、加害者関わらず担当した方の弁護を少しでも本人の利害に沿えるよう法廷で争います。

本来は寺内樺風は総合失調症のため、責任能力について争っていたわけですが、寺内樺風の奇声をあげるような用意周到のフェイクには、流石の弁護士も付き合いきれなかったようです。

弁護士の「今朝から」という発言に対し「弁護士は素直だな」「裏切りの弁護士」「犯罪者の弁護をするのも大変だな」など弁護士に同情するネットユーザーも多くみられました。

今現在でも誰もが寺内樺風の判決結果には納得いかず、怒りがおさまりませんが、自作自演のキチガイプレイがすぐに見抜かれたことや、弁護士の真っ当な弁護のおかげで少しは世間もホッとしたのではないでしょうか。

 

被害にあった少女の現在【埼玉県少女誘拐事件】

引用: Pixabay

埼玉少女監禁事件を起こした寺内樺風の、驚きがか隠せない行動と奇声をあげるフェイク裁判でしたが、無事に判決が下り現在は服役中です。

寺内樺風が捕まってから被害者の少女の今現在はどのようになっているのでしょう。

今現在の少女についてふれていきます。

まず、埼玉少女誘拐事件の被害者である少女の名前は斎藤杏花さん。誘拐・監禁された時は中学一年生でした。そして警察と実家の家族によって保護されたときは中学3年生という2年間の監禁生活だったわけです。

上記の写真は埼玉少女誘拐事件の被害者である斎藤杏花さんの中学生時代の写真になります。残念ながら今現在の写真はありませんでした。

寺内樺風に監禁・誘拐されて2年もの間の中学校生活は奪われていしまいましたが、実家の家族の支えのもと、現在の中学校はきちんと卒業しているようです。最後の1年間は無事に通ったみたいですね。

引用: Pixabay

しかし卒業証書を受け取っていいのかという悩みがあったそうで、中学校に通ってはいたものの、現在の中学校の同級生とは一緒に卒業式にでることはなかったそうです。

ですが、現在の校長先生がギリギリまで斎藤杏花さんを待ったそうで、無事に卒業証書はきちんと受け取り、卒業した形になっています。

そして寺内樺風に判決がくだり、逮捕はされて現在の世間も一安心はできましたが、被害者の斎藤杏花さんは事件が終わった現在でもPDSD(心外的ストレス障害)に悩まされているそうです。

それもそのはず、生死に関わる強烈すぎる恐怖心と戦いぬいたわけですから、その埼玉少女誘拐事件が記憶から消えることなく、今現在でもトラウマとしてのこります。

現在も実家の家族の支えや、周りの人の力を借りながら乗り越えていると思われますが、PTSDは当時の怖い体験が何どもフラッシュバックしてきます。その度に寺内樺風の事件当時に戻ったような感覚になり、同じ恐怖を今現在でも感じつづけていくことになりました。

少女本人はもちろんのこと、実家の家族もこれには一生の恨みと怒りがおさまることはないでしょう。

少女の通っていた現在の中学校の校長は「ストレスがなく穏やかな気持ちで勉強できるよう母校としてサポートしていきたい。本人や実家の家族が希望するなら、法的に難しいかもしれないが見学や体験としての授業参観も検討したい」と現在の少女や実家の家族の大きな助けとなることも話していたそうです。

そして今現在の最近の斎藤杏花さんの生活の様子や現在何をしているのかという細かな詳細は現在は分かっていません。

中学校を卒業していたことや、PTSD障害に悩まされていることは分かりましたが、今現在も寺内樺風の事件のことを忘れることはないでしょう。

実家の家族の支えと助けで少女本人もPTSDと戦いながらも前向きに、自分の人生を現在も歩いてると願いたいですね。

 

寺内樺風の今後は?

引用: Pixabay

いかがだったでしょうか。

イケメン大学生寺内樺風の身勝手な理由により、今現在の世間や被害者、そして被害者家族ならび自分の実家の家族に絶望と恐怖を与えることになった埼玉少女誘拐事件。

普通のイケメン大学生のままでいれば、将来も約束された輝かしいものになるはずでした。

中学生時代から名門校に通い、顔は普通にイケメン、大学は国立千葉大学に通う将来を期待せるエリートだった寺内樺風は人生を棒にふり、現在では一生かけて償っていかなければならない大きな罪を犯しました。

一人のまだ幼ない少女に「実家の家族が離婚するから弁護士に会わせる」など家族を餌に誘拐し2年にも及び監禁生活を送らせました。そして被害者少女には、マインドコントロールして恐怖心や絶望を植え付けさせる、今現在も決して許してはならない卑劣な犯行でした。

ネットを使わせていたために、少女は実家の家族が自分を探していると知ったことをきっかけに、飛び出し公衆電話から現在の家族の元へとSOSを発信して無事に保護され、ようやく事件が寺内樺風の犯行と、何とか発覚したどり着けた事件でしたね。

裁判では、奇声や森の妖精などキチガイプレイを演じるも弁護士には裏切られ、フェイクと悟られた判決は懲役9年という被害者家族や現在の世間も中々納得のいくものではありませんでした。

寺内樺風は埼玉少女誘拐事件を通して、被害者少女へはもちろん被害者家族にも懲役9年以上の罪の重さを感じ、息苦しく現在を生きていってほしいものです。

裁判でも奇声をあげ、からあげクン倍増中など自作自演のキチガイ発言をした寺内樺風の行動を今現在の世間含め、家族を持つ親も決して許すはずがありません。

寺内樺風は判決が懲役9年という短い服役ですが、釈放されてからは白い目で見られ、後ろ指を指されながら「埼玉少女誘拐事件を起こした悪質な犯罪者」として今現在を生きることとなるでしょう。

千葉大学卒業は取り消され、再就職は愚か、これからの寺内樺風には現在を生きていくには相当厳しいものになるはずです。

寺内樺風の残された実家の家族も、犯罪者の親として肩身の狭い思いで現在を生きていくことになるでしょう。家族の大黒柱である父親の「防犯グッツ」の会社にも大きな影響が与えられこれまでのようにはいかないでしょう。

大学教授である祖父の肩書きも、寺内樺風の起こした事件で現在も続けられるとは思えませんね。

そして今回の、埼玉少女誘拐事件の被害者である斎藤杏花さんや実家の家族には、PTSDをきちんと乗り越えて今現在を強く、期待のある輝かしい未来にして生きていってほしいですね。

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