飯田怜(プリンセス駅伝)の現在!店頭で骨折するも最後まで走る姿に感動 | ToraTora[トラトラ] – Part 2

マラソンや駅伝などのテレビ観戦好きな人ならきっとご覧になったのではないでしょうか、昨年の2018年10月21日に開催された「プリンス駅伝in宗像・福津」での感動のハプニング!

涙なくしては語れない、岩谷産業の飯田怜選手の四つん這い走行。飯田怜選手の足の膝はかなり痛そうな様子で、観戦している人はハラハラ、ドキドキしたのではないでしょうか。

飯田怜選手は走っていて故障でもあったのでしょうか、四つん這いになってしまっても前へと進んでいました。

飯田怜選手の膝は血だらけになっていたようですが、何と!飯田怜選手は根性と気合でハイハイするように走り続け、次の選手へとタスキを手渡すことができたのです。

見ていた人は感動していましたが、こんな状態になっている飯田怜選手を走らせるなんて、残酷ではありませんか?

スポーツと言えば、根性!しかし、近年はスポーツの世界でもやり過ぎはスポーツハラスメントでは?という感じがしないでもありません。

プリンセス駅伝のハプニング後の岩谷産業の広瀬監督は「これは美談ではない」と指摘した上で、今後のアスリートファーストを考えると違うのではないかと思ったということです。そんなこと言われても頑張るっきゃなかった飯田怜選手が可哀想ですよね。

いったいなぜ、飯田怜選手はこんなに頑張れたのでしょう。飯田怜選手はどんな気持ちでハイハイしながらも、タスキを手渡すことができたのでしょう。

駅伝は個人プレイではありません、チームプレイです。それまで、チームで厳しい練習を乗り越えて、やっとの思いでこのプリンセス駅伝に参加することができたそうです。

それなのに、自分のせいで棄権してしまうことは許されないと思ったのでしょうか。飯田怜選手の持つ強い責任感が、今回のハイハイ走行となってしまったようです。

今日は、そんな素晴らしいプリンセス駅伝の飯田怜選手の魅力とプリンセス駅伝でのハプニングに迫ってみました。

飯田怜のプリンセス駅伝での走りが話題!

2018年10月21日に行われた「プリンセス駅伝in宗像・福津」

この駅伝に参加した岩谷産業の飯田怜選手の走りが話題になっています。飯田怜選手はいったい、どんな走りだったのでしょう。

ご覧になった人はご存知かもしれませんが、感動を呼ぶハプニングだったことは間違いありません。

しかし、その感動のハプニングは痛いハプニングでもあったようです。いったい、飯田怜選手に何があったというのでしょう。

飯田怜選手は、次にタスキを手渡すまで、あと少しといったどころではなく、かなり手前の200メートル位前からハイハイのように這って走行したのでした。

回りの観覧者や関係者は、「もういい!もういいから!」「誰か、支えてあげて!」という思いだったでしょう。

飯田怜選手の走行区間は2区でしたが、残り180~200メートル前で転倒してしまいます。怪我でもしたのかと思いきや、体調不良に陥ってしまったようです。飯田怜選手はそれでも、フラフラしながら走ろうとしますが転倒。

でも、飯田怜選手は諦めません!何と言う根性でしょう、何と言う頑張りでしょう。

飯田怜選手は痛い思いをしながらも歯を食いしばって、頑張って頑張って、どうにか3区の今田麻理絵選手にタスキを手渡すことに成功したのです!素晴らしいことですね、涙、涙です。

ところで、飯田怜選手の体調不良の原因は何だったのでしょう。飯田怜選手はこのプリンセス駅伝の前から足を痛めていたようです。陸上の選手ってそうですよね、常にどこか故障、怪我しているような人が多くないですか?

この駅伝の解説は、あの増田明美さんだったのですが、飯田怜選手の様子を見ていて涙していたようです。自分の過去とかぶってしまったのではないでしょうか。プリンセス駅伝のような、マラソンや長距離走は何と言っても、やり遂げた時の達成感がタマラナイと言います。

きっと、飯田怜選手もそう思ったのではないでしょうか。だから、どんなに苦しくても頑張れることができるのですね。

そんな想いを知っている増田明美さんも、感動が蘇ってきたのだと思います。

飯田怜に対するみんなの反応は?

プリンセス駅伝の岩谷産業の飯田怜選手や三井住友海上の岡本春美選手はすぐに周りが止めろ。実業団とか駅伝とか関係なく選手の体の事一番に考えろ。これがラストレースじゃないんだろ? 将来あるんだろ? 岡本選手に至っては他の選手の邪魔になってるし危ない。よくこれを感動とか涙とか言えるな(呆)

— あたり (@sanokuen) 2018年10月21日

プリンセス駅伝で這いながらも次の走者にタスキをつなげた飯田怜選手。回りは感動の嵐かと思うのですが、どうでしょう。

2018年10月21日に行われたプリンセス駅伝で飯田怜選手は走行中に体調が悪くなりますが、根性で這いながら、怪我をしながらも、次の今田真理恵選手にタスキを手渡すことを成し遂げました。

感動した人がほとんどだと思われますが、中にはなぜ止めなかったのかと、批判的な声もあるようです。

それは、もちろん飯田怜選手を批判しているのではなく、飯田怜選手を支える運営側、監督等にです。やはり、こういったスポーツには根性論や精神論などのパワハラ?的なものが存在するのでしょうか。

体調不良に陥ったのも、脱水症状だったのではという声もあります。棄権やドクターストップも選択肢にあるといいます。

これは美談なんかじゃない、こんなことを続けていたら駅伝で人が死んでもおかしくない状況だとさえ言う人もいます。これはまさしく、賛否両論じゃないですか?

飯田怜選手はまだ19歳と若く、将来を期待されている選手でもあります。だからこそ、今無理をしてはいけないんだ、反対に今だからこそ、頑張れるんだということもあります。

それにしても、ハプニングに負けず最後まで走り続けた飯田怜選手は日本のアスリート達に勇気と元気をつなげてくれたプリンセス駅伝のプリンセスですね。

ところで、みなさんはこのプリンセス駅伝ではもう1つのドラマがあったことをご存知ですか?

飯田怜選手は脱水症状で体調不良に陥ってしまったということですが、実はもう1人の選手も脱水症状でもうろうとしてしまい、逆相してしまったらしいのです。その選手が、三井住友海上の岡本選手です。

それまで、三井住友海上は先頭で走っていたようですが、3区の岡本選手の意識がもうろうとしてしまい逆走してしまったのでした。意識がもうろうとしているのに、いくら逆走とはいえ、走ろうとしていたのです。

意識はもうろうでも、走ろうという意識はしっかりしていたのです。残念ながら、岡本選手は棄権となってしまいましたが、根性は飯田怜選手と同じです。

誰もが認める、スポ根です!

ここまでする選手達には同情の声があがっているようで、プリンセス駅伝は怖い、恐怖映像を見ているようだなんて言う声もあったようです。

それにしても、運営側はなぜ、ここまでやらせてしまうのか疑問に思うのですが。YouTubeで当時の様子を見てみると後ろにいた係のおじさんが「これはやらせてあげたい、最後まで走らせてあげたいんだよ」というようなことを言っています。

その時には、監督の指示は届いてなかったのでしょうか。そして長い距離を這って3区の今田真理恵選手にタスキを手渡すのです。

待っていた今田真理恵選手の目にも涙が、今にでも泣きそうになっているのを必死にこらえているようでした。やっぱり、駅伝はドラマですね。

今回のプリンセス駅伝は女子ばかりの駅伝ですが、男子たちの駅伝ファンが多いのもこのようなドラマがあるからではないでしょうか。

飯田怜のその後は?

2018年10月21日のプリンセス駅伝で話題になった飯田怜選手ですが、その後の経過が気になります。

世間では、美談と批判の賛否両論があったようですが、飯田怜選手の行動は素晴らしいことだったことに変わりはありません。

走行中に体調を崩したということですが、脱水症状だったのでしょうか。怪我は骨折?手術は?と色々疑問に思います。

プリンセス駅伝で這って完走して、膝あたりからは血が出ていました。

もちろん、アスファルトの地面をハイハイするように走行したのですから、擦り剝けて血が出てしまいます。ばい菌は入らなかったのでしょうか。

やはり、骨折してしまい、全治3~4か月だとういうことです。

回りからは、「もういいから!もうやめて!」という声もあったようですが、この声は届かなかったのです。と言うのも、このプリンセス駅伝は箱根駅伝などとは違い、監督等は走者の近くにはいないようです。今回の場合も、岩谷産業の監督等は中止を指示したようですが、大会運営側に上手く連絡が伝わらなかったという経緯があるようです。

骨折までしてしまった、飯田怜選手ですが自分の意思で最後まで諦めずに走ってタスキを手渡すことができたのですから、後悔はないようです。

飯田選手の現在!

岡本佳奈絵さん(@ka_okmt723)がシェアした投稿 – 2018年 5月月20日午前2時08分PDT

2018年10月21日のプリンス駅伝で日本中の駅伝ファンに感動を与えてくれた、飯田怜選手。

いったい、飯田怜選手とはどんな人物、女性なのでしょう。

あまり、情報がないようですが飯田怜選手の経歴を調べてみました。

・名前 飯田怜

・年齢 誕生日は不明ですが、昨年2018年10月21日現在では19歳ということでした。

・出身 熊本県

・出身校 ルーテル学院高校卒業

・趣味 ドラマ・映画鑑賞 YouTubeを見ること

・職歴 2018年4月 岩谷産業入社

・身長 165㎝ 体重は不明

趣味はドラマや映画を観ることのようですが、陸上はいつごろから始めたのでしょう。

小学生のころはバスケットボールをやっていたようです。

身長も高い方ですよね。

そして、陸上を始めたのは初めてのロードレースに出場して優勝したことがきっかけのようです。昔から根性があったのですね。

飯田怜選手も気になるところですが、そもそもプリンセス駅伝とはどんな駅伝だったのでしょう。プリンス駅伝とは、「実業団女子駅伝西日本大会」の別名だったのです。

そして、実業団女子駅伝西日本大会というのは、全日本実業団対抗女子駅伝競走大会の関西・中国・九州地方の合同ブロック予選大会として2009年~開催された駅伝大会だということです。随分と格式高い駅伝のようですね。

そんな格式高い女子駅伝に参加した飯田怜選手はきっと凄い実績の持ち主なのでしょうね。

主な記録としては

1500メートルを4分34秒84 2017年6月

3000メートルを9分35秒69 2018年5月

という記録をだしています。

スライドとして、このような記録を出していることは、きっと得意分野でもあるのですね。

さらには、社会人1年目としての目標に5キロメートルや10キロメートルなどの長めの距離にも目を向けているようです。

ところで、プリンセス駅伝での怪我、骨折はもう治ったのでしょうか。

プリンセス駅伝が行われたのが去年2018年の10月ということですから、あれからすぐに手術したとして、8か月経った現在(2019年6月)はきっと回復していることと思われます。

ということは、復帰もしているようですが、どうなのでしょう。それにしても、やっぱりスポーツに怪我ってつきものですよね。どんなに軽そうなスポーツでも、やっている本人でさえ気が付かない複雑骨折なんかもあるくらいですからね。

手術や骨折とは縁が切れないようです。特に陸上選手に多い怪我が脛骨(けいこつ)の疲労性骨膜炎、筋肉や腱の炎症といったものだそうです。

もちろん、今回のような骨折で手術なんていうこともあるわけです。そうなると、なかなか復帰するのも難しくなりますよね。

今回のような場合は、学生のころと違って社会人、会社の代表として走るわけで、選手生命に関わると大変なことです。陸上で就職したのですから走れなくなったら、どうなるのでしょう。

現在の飯田怜選手の活躍はあるのでしょうか。

手術は無事成功したようなので、まだリハビリに励んでいるのかもしれません。何しろ、歩ければいいという問題ではありません、人より早く、人より長く走らなくてはいけないのです。

それが、仕事なのです、使命なのですから。その後の飯田怜選手のことを調べてみましたが、詳細を知ることは不可能でした。

飯田怜選手は可愛いことでも有名になりました。特別、陸上ファン、駅伝ファンじゃなくても飯田怜選手のように可愛い女の子が走るということで知っている人もいるはずです。

飯田怜選手の私生活や彼氏のことも知りたいのですが、なぜか情報がありません。きっと、プリンセス駅伝で頑張ったとは言え、世間をあれだけ騒がしてしまったので自粛ムードなのではないかと思います。

それに、結果として賛否両論になってしまい、飯田怜選手のメンタルも気になるところです。

プリンセス駅伝でのルールはあの後、監督会議により改正されたようです。その改正後の内容としては、審判員の判断による「走行不能となった場合は中止させるもの」ということです。

プリンセス駅伝での飯田怜選手や岡本選手、今田選手達のの頑張りが監督や関係者の心を動かしたのですね。

これからも、この若くて可愛い選手達の活躍を期待して応援していきましょう!

前の記事

主な疑似科学20選!心理学からマイナスイオンまで幅広く紹介! …

次の記事