木島英登はクズ?プロクレーマー障害者として炎上した理由とは? | ToraTora[トラトラ] – Part 2

皆さまは、木島英登という人物をご存知でしょうか。今回はこの木島英登氏についてご紹介していきます。

木島英登氏を知らない方も多くいらっしゃると思いますので、簡単に木島英登氏のことについてご説明致します。この木島英登氏は車いす生活を送る障害者の方で、これまで世界各国を周ったその経歴等を生かし、講演会などを行ったりして生計を立てておられるようです。

その一方で、木島英登氏は、ネット上でプロクレーマー障害者としても知られています。また、TwitterなどのSNSでは、その「プロクレーマー」行為を受け、「クズ」、「死ね」などと罵詈雑言を浴びせられるような人物でもあります。

なぜ彼はネット上でその名前が知れ渡ることになってしまったのでしょうか。後述で詳細を記載するので、本項では、簡単にだけ記載いたしますが、木島英登氏をプロクレーマー障害者として有名にした事件が、航空機搭乗拒否事件という事件です。

その他にも、航空機内のトイレに関する言及などもあり、ネットは大炎上し、木島英登氏は先述の「クズ」「死ね」といった内容の罵詈雑言を浴びせられ、叩かれてしまうことになりました。

それでは、次から、木島英登氏の経歴や、彼をプロクレーマーとして有名にした航空機搭乗拒否事件の詳細、それに対する世間の反応、また、木島英登氏がプロクレーマー障害者と呼ばれる理由や現在に至るまで、余すところなく徹底調査致しましたのでご覧ください。

木島英登の経歴を紹介!

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引用: Pixabay

それでは、ここからは、木島英登氏の経歴についてご紹介していこうと思います。

木島英登氏は1973年に大阪で誕生します。ですので、現在46歳になります。そしてこの時点では、五体満足の健常者でした。

その後、成長し、大阪府立池田高等学校に進学します。池田高校は昔から現在に至るまで大阪の中では進学校に位置しており、木島英登氏もその学力は高かったのではないかと思われます。

そして彼は、同校ラグビー部に入部することになります。しかし、この選択が後の彼の人生に大きな変化をもたらすことになってしまうのです。

事件が起こったのは木島英登氏が高校3年の部活動の練習中においてでした。彼は、他の選手の下敷きとなってしまいます。その後、病院に運ばれ、第11胸椎脱臼圧迫骨折という診断が下され、生涯半身不随となり、車いす生活を余儀なくされてしまいます。

この事件後から、木島英登氏は車いす生活を送るようになったのです。

そして、その後猛勉強の甲斐もあり、神戸大学発達科学部人間環境学科に入学します。ここまでの経歴を見ると、木島英登氏は不屈の根性を持った素晴らしい人物に見え、とてもプロクレーマー障害者と後に呼ばれる人には見えないです。

そして、神戸大学入学後、アメリカへのホームステイをきっかけに、世界を飛び回ることを決意し、それをどんどん実行に移していき、世界各国を旅するようになります。

卒業後は、株式会社電通に入社し、関西支社で勤務します。そして木島英登氏は10年余り同社で勤務し、2004年にフリーランスとして退職し、翌年の2005年にバリアフリー研究所を設立します。

余談ですが、このバリアフリー研究所とは木島英登氏が自身の考えるバリアフリーの理念をベースに講演、研修またコンサルティングを行う会社のようです。

そして、その後も、2011年にNPO法人である、Japan Accessible Tourism Centerを設立したりと現在に至るまでその活躍は留まるところを知らないようです。

ここまで木島英登氏のその華々しい経歴をご覧いただきましたが、到底、プロクレーマー障害者や「死ね」「クズ」などとネット上で叩かれる人物には見えないです。

では、なぜ、木島英登氏がプロクレーマー障害者として悪名を馳せてしまうことになってしまったのか、その原因とも言われている航空機搭乗拒否事件について、次項で見ていきたいと思います。

木島英登の航空機搭乗拒否事件まとめ!

前項では、木島英登氏が素晴らしい経歴の持ち主だということがお分かりいただけたと思いますが、そんな彼が、ネット上で「死ね」「クズ」と言われるに至る原因となった航空機搭乗拒否事件についてまとめていきました。

それでは、本編をご覧ください。

航空機搭乗拒否事件:【1】事件前

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引用: Pixabay

木島英登氏を全国区にした、この事件の始まりは、友人5人と出かけた奄美大島へのバカンスでした。木島英登氏が使ったのは、関西国際空港発、奄美大島行きへのバニラ・エア便という飛行機でした。

その往路で、木島氏はまず、「奄美空港は階段式タラップがあるので歩けない人は乗れません」と宣告されてしまいますが、その際は、友人などの手を借り、「同行者に手伝ってもらう」という旨を伝え、強制的に搭乗します。この際には特段問題は発生しませんでした。

この時点でも、航空会社の宣告を無視しているのですから、立派なプロクレーマーだと思いますが、それはさて置き、奄美大島へ到着後、降りるときには同乗者に手伝ってもらい、問題なく、木島英登氏は奄美空港を後にします。

航空機搭乗拒否事件:【2】事件発生

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引用: Pixabay

問題は上記の往路ではなく、復路で起きました。木島英登一行は奄美大島でのバカンスを十分に楽しんだ後、帰阪の為、もう一度、バニラ・エア便に搭乗します。その際に事件は起こります。

木島英登氏が往路と同様に友人に手伝ってもらい、階段式タラップを登ろうとすると、それを同空港の委託職員が規約違反だということで、木島英登氏を制止します。

しかし、木島英登氏はその静止を振り切り、何と、車いすから降り、自身の力をもってお尻を着き、匍匐前進、またはハイハイにに近い姿勢でタラップを登りました

この事件を機に木島英登氏は激高し、何とこの詳細を記事にしてしまったのです。本人的には、こういった考えが念頭にあったようです。

「何百回も航空機に乗って外国へ旅を重ねていて、当然自身の状態から搭乗拒否にも何度もあったことはある。しかし、今回の事件はバリアフリーの観点からは芳しくない」

そういった考えの下、木島英登氏は、この出来事を記事にしてしまいました。

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引用: Pixabay

この事件の記事が公になるや否や、バニラ・エア社は公の場での謝罪を余儀なくされてしまいます。

と同時に、木島英登氏にも、賛否両論の声が挙がります。賛否両論とは言えども初期状態ではほとんどが「否」だったと思います。

この事件はネット上で大炎上してしまうこととなります。木島英登氏は「死ね」「クズ」など多数の罵詈雑言に加え、プロクレーマー障害者などの不名誉な称号までもらうこととなってしまいます。

その後の発言なども火に油を注ぐ結果となってしまい。この事件をめぐる騒動はしばらく収束する様相を見せることはありませんでした。

木島英登に対してみんなの反応は?

次はこの航空機搭乗拒否事件を受け、木島英登氏が実際に受けた社会的反応について調べました。

それではご覧ください。

否定的な意見

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引用: Pixabay

当初、木島英登氏が受けたのは、ほとんどが木島英登氏の行った行為に対する否定的な意見でした。

中には、否定的というよりも「死ね」「クズ」など中傷的な意見も多く見られました。その意見に木島英登氏は、「深く傷ついた」「白髪が増えた」など、憔悴し、辟易した様子を見せていました。

それでは木島英登氏に集まった批判的意見をいくつか抜粋したのでご覧ください。

「航空会社からお金をもらった」

「告発するために、わざと騒ぎを起こした」

「プロクレーマー障害者。人間のクズ。死ね」

こういった意見でした。確かに一連の行動を見れば、そう取られても仕方ない部分も無きにしも非ずですが「死ね」や「クズ」などの意見はもはや意見とは呼べず、ただの罵詈雑言かと思います。

また、木島英登氏の航空機内のトイレ事情に関する言及についても同時に批判を集めました。トイレ事情に関する言及とは、2017年に同氏が「トイレに移動するのが面倒なので座席で用を足す」と発言したものとなります。

トイレが面倒というのはズボラではなく、車いすの木島英登氏がトイレで用を足す際には搭乗員の介助が必要で、そうした経緯から、トイレを座席で済ますと発言し、また、木島英登氏は「隣の人が席を立った際にする」などある程度気を使っている旨の発言も同様に行いました。

しかし、ネット上では「トイレを座席で済ます」の部分だけが抜粋されたためこちらにも多くの批判が集まる結果となりました。

「トイレに行くのが面倒だから座席で小便とかこんなクズが飛行機で隣の席になったと思うとゾッとするわ」

「容器に取り損ねて尿をこぼすこともあるはず」

「機内に匂いが充満するだろうトイレ行けやクズ。死ね」

等の否定的意見が現在までに寄せられ、木島英登氏は弁解していましたが、それもむなしく、航空機搭乗拒否事件に対し、火に油を注ぐ結果となってしまったのは否めないと思います。

中立及び肯定的な意見

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引用: Pixabay

それでは、木島英登氏に対する意見は否定的なものばかりだったのでしょうか。実は、少数ながら中立及び肯定的な意見も存在します。

それは、木島英登氏が、「障害者だからと言って、バニラ・エアのように頭ごなしに搭乗拒否するのは悲しく感じ、繰り返して欲しくない。その思いからだった」との考えを示したことに端を発したものでした。

中立及び、肯定的な意見としてはこちらです。

「記事公開後、「事前連絡しないのが悪い」と批判されたが、確かにその通り。しかし事前連絡したら設備がないことを理由に断られていた。実際に断られた方もいる」

「いっそのこと航空券の購入時に「この飛行機は階段昇降が出来ない人は乗れません」と書いてくれれば、余計なもめ事はなくなるのではないか」

「奄美空港にはJALが鹿児島線を運行しており、こちらも階段のみだが、歩けない人でも乗れるし、手伝ってくれる」等の意見でした。

これを見ると「確かに」と思わされることも多いと思います。障害者だからと言って頭ごなしに搭乗を拒否するのはヒドイ。そう思われる方も一定数いらっしゃると思います。

そして、この意見の多くは木島英登氏と同じく、移動に対し不自由している障害者の方々によるものでした。

木島英登がプロクレーマー障害者と呼ばれる理由は?

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引用: Pixabay

上記から、木島英登氏に対する「死ね」「クズ」。プロクレーマー障害者という否定的な意見も多くありましたが、少なからず、中立及び肯定的な意見も存在することはお分かりいただけたのではないかと思います。

しかしながら、現在に至るまで、木島英登氏がプロクレーマー障害者だと言われてしまう原因は何なのでしょうか。本項ではその理由を探っていきたいと思います。

まず、木島英登氏が現在もプロクレーマー障害者と呼ばれてしまう一番の理由として「航空会社に対しての事前連絡がなかったこと」が挙げられると思います。

ネット上で、木島英登氏を叩いている多くの人が、航空会社に自分自身が車いすに乗っているが搭乗できるかを確認すべきだろうと述べています。

確かに、自身の状況を鑑みれば、航空会社に事前連絡をし、車いすでも搭乗できるのかどうかは確認すべきだったと思います。

それをしないで、一方的に被害者サイドとしての立場から記事を挙げてしまったことが、炎上に拍車をかけ、後にプロクレーマー障害者と呼ばれたり、「死ね」「クズ」などの罵詈雑言を浴びせられる原因の一端を作ってしまったことは否定できないと思います。

また、先述で挙げた「航空機内でのトイレ」についてもプロクレーマー障害者として悪名を馳せることになってしまった原因の一端になってしまっています。

やはり、常識的な考えからすると、トイレで用を足してほしいものです。木島英登氏にも言い分はあるでしょうが、「障害者という立場を使って自分の意見を押し通そうとするクレーマーのクズ」という印象がついてしまうのも致し方ないと思います。

最後に挙げたいのが、木島英登氏が「この事件をそもそも記事に挙げてしまったことかつ、自身の意見を押し通そうとすることだと思います」

木島英登氏からすると、何で自分は普通の人と同じことをしようとしているのに叩かれているのか?そして、トイレ事情の件にも表れていますが、自分が正しいのになぜ?と思っていると思います。

これが、ネットでプロクレーマー障害者として認知されてしまう大きな原因だと思います。しかし、これはその記事を読み取り、批判する側にも原因があるような気がします。

やはり、ネットで木島英登氏を叩いておられる多くの方が健常者であると認識していますが、障害者である木島英登氏を「見下してしまっている」要は、「お前普通にできないんならやめろよ」的な思考が働いていて、そのことも隠れた原因の一端であるような気がします。

日本人は普通であることを非常に好みます。そして普通でないものを排除しようとする動きを取る傾向にあります。

もちろん、どちらが正しいかなんて言うのは答えはなく、それぞれ歩みよりが少し足りないような気もします。

木島英登の現在!

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引用: Pixabay

ここまで、木島英登氏が、どんな問題を起こし、なぜ「死ね」「クズ」などと批判を浴び、プロクレーマー障害者と呼ばれるようになってしまったのかを調べていきました。

では、木島英登氏は現在、どのような人生を歩んでいるのか少し見ていき、その後、まとめていきたいと思います。

木島英登氏は現在も、バリアフリー研究所を存続させ、結婚し、3人のお子さんにも囲まれ、幸せな現在を送っているようです。

また、仕事の方も、講演会や研修を中心に、コンサルティング業務を行って生計を立てているようでした。一方、ライフワークである外国への渡航も行っているようで、2019年現在もその様子がブログに記載されています。

現在においても非常に充実した人生を過ごされているようです。では、ここで今回の記事をまとめさせて頂きます。

●木島英登氏とは、航空機搭乗拒否事件を起こし、その為ネット上で「死ね」「クズ」などの罵詈雑言を浴びせられることとなり、果てはプロクレーマー障害者として世に知れ渡った人物である。

●木島英登氏は高校時代の部活中に事故を起こしたせいで現在の車いす生活を余儀なくされたが、その後大学進学、就職に成功し、独立し現在に至る。

●航空機搭乗拒否事件とは、事前連絡なしに搭乗しようとした行為を航空会社に咎められ、それを記事にしたせいで発生してしまった事件である。その後、ネット上で「死ね」「クズ」などの罵詈雑言を浴びせられることとなり、大炎上してしまった。

●基本的に「死ね」「クズ」等罵詈雑言が多く寄せられ否定的な意見が多いものの、少数意見ではあるが、中立・肯定的な意見もある。

●木島英登氏がプロクレーマーと呼ばれる所以は、「事前連絡が航空会社になかったこと」「航空機内のトイレ事情に関するもの」「自分の意見を押し通そうとするもの」等が挙げられるが、この事件を読み取る側に、彼を見下す思想があることも原因の一端かと思われる。

今回は木島英登氏についていろいろと調べてみましたが、確かに彼にもかなり批判されるなりの原因はあると思います。それは、航空機内のトイレだったり、航空機搭乗拒否の一連の流れだったり、我を押し通そうとすることだったりいろいろあります。

しかし、叩いている側に一切否はないのでしょうか。筆者はそうは思いません。

この問題は「障害者」対「健常者」の縮図だと思っています。お互いに意見があり、お互いに「正義」と「悪」が存在するが故にこの問題は起こってしまったのではないでしょうか。現在までに類似のもめ事は数多あることでしょう。

では、この問題を解決する術はあるのでしょうか。そう簡単にはいかないでしょうが、「お互いに少しだけ歩み寄る」ことで解決とまではいかなくとも、妥協案や折衷案は生まれるものではないでしょうか。

先述に「障害者」対「健常者」の縮図と記載しましたが、それだけではなく、小さなもめ事から大きなもめ事まで例えば、それが国家間であったり、夫婦間であったり、規模は様々ありますが、お互いが歩み寄る姿勢を見せれば解決することは多くあるのではないかと思います。

今回の記事から、そういったことが教訓めいたものとして皆さんに伝われば幸いかと思います。

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