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「茨城県女子大生殺人事件(原田実里さん殺害事件)」をご存知でしょうか。
原田実里さん殺害事件は2004年に起きた事件で、当時、茨城大学の女子大生だった原田実里さんが何者かによって殺害された事件です。原田実里さんの死因は窒息死でした。原田実里さんを殺害した犯人であるランパノ・ジェリコ・モリが、事件からおよそ13年も後になって逮捕されたことも話題となりました。
この記事では、原田実里さんが殺害された「茨城県女子大生殺人事件」の概要、被害者の原田実里さんの出身高校・顔写真などの詳細情報、原田実里さんの死因、犯人のランパノ・ジェリコ・モリの詳細情報や、ランパノ・ジェリコ・モリの犯行動機などを詳しくご紹介します。
原田実里さん殺害事件の概要!【茨城県女子大生殺人事件】
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ここでは、原田実里さん殺害事件(茨城県女子大生殺人事件)の概要をご紹介します。
原田実里さんの遺体発見から、遺体の状態、原田実里さんの死因、原田実里さんのとった不思議な行動など、詳しく解説していきます。
【1】原田実里さんの遺体が発見される
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2004年1月31日の深夜から翌日の早朝にかけて、女性の遺体が茨城県三浦村船子の清明川に浮いているのを、散歩中の男性によって発見され、通報されました。遺体で見つかったこの女性は、原田実里さんという21歳の女子大生でした。
原田実里さんの遺体が見つかった清明川は、原田実里さんの自宅から6kmも離れた場所でした。また、近くの河岸では血のあとが発見されています。
【2】原田実里さんの遺体の状態
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原田実里さんの遺体の状態についてですが、発見されたときは、うつ伏せの状態で川に浮いていました。
原田実里さんの首や左の肩など、上半身に3ヶ所の刺し傷がありました。そのうち、左胸からお腹の傷はおよそ20cmもあり、大きな傷だったそうです。
また、両方の手と太ももには、打撲のあとがありました。加えて、原田実里さんの遺体は衣服・靴を着用していませんでした。
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原田実里さんの死因についてですが、死因は窒息死(絞殺)でした。
上述の遺体の状態でご紹介した通り、原田実里さんは上半身に3ヶ所も大きな刺し傷を負っている状態で発見されました。ですが、刺し傷が直接的な死因ではなかったと断定されています。
原田実里さんに死因に関係ない刺し傷が付けられていたのは、犯人が遺体をバラバラにして発覚を遅らせようとしたのではないかと考えられています。
【4】原田実里さんの不思議な行動
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遺体が発見される前日の1月30日・夜(21時頃)、原田実里さんと元彼は、原田実里さんのアパートの自室で、一緒に夕食を食べお酒を飲んでいたとのことです。お酒を飲んでから寝てしまった元彼が明朝に気付いた時には、既に原田実里さんは外出して居なくなっていたといいます。
テーブルには”知り合いに会ってくる”という内容の、原田実里さんが書き残した、乱れた筆跡のメモだけが残されていました。
このときの原田実里さんの行動に関して、不思議な点がありました。
・携帯電話と財布を持たずに外出している
・視力が0.1しかなかったのに、コンタクトレンズやメガネをせずに外出している
突然いなくなってしまったことや、これらの不思議な行動により、原田実里さん殺害事件は謎が多い事件とされてきました。
茨城県女子大生殺人事件の犯人逮捕まで!
「13年前、茨城大学の女子大学生が殺害されているのが見つかった事件で、きのう、フィリピン人の男が逮捕されました。~殺人などの疑いで逮捕されたフィリピン人の工員、ランパノ・ジェリコ・モリ容疑者。」#nhk #ニュース7 pic.twitter.com/itktrxkEgK
— きやすめ。椿事件ってなぁに? (@ZeroE13A1) September 3, 2017
原田実里さん殺害事件(茨城県女子大生殺人事件)は謎が多く、このまま時効になってしまうかと思われていました。
その矢先、フィリピン国籍の男、ランパノ・ジェリコ・モリが逮捕されました。ランパノ・ジェリコ・モリが逮捕されたのは2017年9月で、事件からおよそ13年が経過していたため、大きな話題となりました。
ここでは、原田実里さん殺害事件(茨城県女子大生殺人事件)の犯人逮捕に至るまでを順にご紹介します。
【1】疑われていた元彼・今彼の2人
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原田実里さんの殺害に関し、一番最初に疑われていたのが、事件前日に原田実里さんの自室で共に過ごしていた元彼でした。元彼の男性は、原田実里さんとは事件の1ヶ月前に別れていました。
『既に別れていた男女がなぜ宅飲みをしていたのか?』ということで、あらぬ疑いをかけられることになってしまったのですね。元彼は、原田実里さんのアパートから2kmほど離れた場所に住んでいました。
原田実里さんの殺害に関し、次に疑われていたのが、原田実里さんの今彼(当時の彼氏)でした。事件後の2月2日、今彼の男性が元彼宅を訪問していたという情報があります。これもまた謂れのない疑いをかけられる要因となってしまいました。
結論から言えば、元彼・今彼の2人とも、原田実里さん殺害事件にはまったく関与していませんでした。
【2】DNA鑑定で犯人が浮上
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2007年には原田実里さんのご両親が懸賞金200万円を提示して情報を求めましたが、手がかりが掴めないままでした。
そんな中、事件は突然進展することになります。原田実里さんの遺体に残されていたDNAを鑑定したところ、それまで疑われていなかった男が犯人であることがわかったのです。
原田実里さんの遺体に付いていたDNAと、その男のDNAが一致。当時、茨城県土浦市に住んでいたフィリピン国籍の男が容疑者として浮上したのです。
【3】ランパノ・ジェリコ・モリを逮捕
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2017年9月2日、事件後フィリピンに逃亡していたフィリピン国籍の男、ランパノ・ジェリコ・モリが逮捕されました。ランパノ・ジェリコ・モリは事件当時22歳で、逮捕時は35歳になっていました。
ランパノ・ジェリコ・モリは、事件後2004年にフィリピンに逃亡しましたが、その後も日本に出入国を繰り返していました。2017年1月時点では、岐阜県の自動車工場で職を得て、妻、娘、息子、義母などを連れて7人で居住していました。
ランパノ・ジェリコ・モリが逮捕されるまでに投入された捜査員の数は、34000人にも上ります。事件が起きてから逮捕までの捜査期間は4185日で、それまでに寄せられた情報はおよそ360件にも上っていたそうです。
【4】ランパノ・ジェリコ・モリと共犯者2人?
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原田実里さん殺害事件は、ランパノ・ジェリコ・モリの他に、2人の共犯者がいるとされています。
1人はランパノ・ジェリコ・モリよりも先に逮捕されていて、一審・二審ともに無期懲役の判決が出ています。
共犯のもう1人の男は、原田実里さん殺害事件の後にフィリピンに帰国しています。この男は原田実里さん殺害事件の件で国際手配されていますが、逮捕の見通しは現在ないとのことです。
日本とフィリピンの間には犯人引き渡しの協定などがないために、一度国外逃亡されると容易には逮捕できなくなってしまうようです。原田実里さんのご冥福のために、1日でも早い逮捕を願うばかりです。
原田実里さんの経歴まとめ【顔画像・高校】
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ここでは、被害者の原田実里さんの経歴、顔画像、出身高校などについてご紹介します。
原田実里さんの経歴
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原田実里さんの経歴は、次のようになっています。
名前:原田実里
年齢:21歳(当時)
住所:茨城県美浦村
出身高校:不明(山口県立防府高等学校?)
職業:大学生(茨城大学 農学部 2年)
サークル:トライアスロン部
原田実里さんは茨城大学のトライアスロン部入部し、積極的に活動していたとのことです。大学の同級生によれば、明るくて真面目な性格だったといいます。
出身高校については不明ですが、山口県の防府高等学校ではないかと考えられます(下記で詳しく書いています)。
また、原田実里さんの死因は絞殺による窒息死とのことです。
原田実里さんの顔画像
13年前殺害された原田実里さんの犯人が逮捕されたそうだ!13年、良く見つけたよね! pic.twitter.com/d4D6fWSZuo
— 美元民 (@meiyuanmin) September 2, 2017
こちらが原田実里さんの顔画像になります。当時の報道でご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。
原田実里さんの出身高校は?
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次に、被害者となってしまった原田実里さんの出身高校についてです。原田実里さんの出身高校はどちらなのでしょうか?
調査しましたが、残念ながら出身高校について明確な情報は得られませんでした。
しかし、原田実里さんの出身は山口県防府市であることがわかっています。このことから推測すると、出身高校は山口県立防府高等学校ではないかと考えられます。
原田さんの出身高校と考えられる防府高等学校は、創立135年を超える県立高校です。原田さんの出身高校・防府高等学校のレベルは、山口県内にある高校53校中10位ということで、比較的上位レベルの出身高校であることがわかりました。
山口県立防府高等学校が出身高校の有名人には、伊集院静さん(小説家)、種田山頭火(俳人)、宮坂学さん(ヤフー代表取締役社長)などがいらっしゃいます。様々な分野で活躍する有名人を排出しているので、原田実里さんの出身高校・防府高等学校は、県内でも優秀な高校であることがわかります。
防府高等学校が出身高校の方の口コミによれば『山口大学に進学したい人におすすめ』とのことでした。
犯人のランパノ・ジェリコ・モリまとめ!
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原田実里さん殺害事件は、DNA鑑定によってランパノ・ジェリコ・モリという犯人特定に結びつきました。
原田実里さん殺害事件からおよそ13年が経過していたこと、ランパノ・ジェリコ・モリと原田実里さんの間に面識がまったくなかったことを考えると、まさに悲願の逮捕ということになります。
原田実里さん殺害事件の犯人である、ランパノ・ジェリコ・モリはどのような男だったのでしょうか。ここではランパノ・ジェリコ・モリの経歴、犯行動機、判決と現在、余罪疑惑について解説します。
ランパノ・ジェリコ・モリの経歴
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ランパノ・ジェリコ・モリの経歴は、次のようになっています。
名前:ランパノ・ジェリコ・モリ
年齢:当時22歳(逮捕時35歳)
住所:当時は茨城県土浦市( 逮捕時は岐阜県瑞穂市)
国籍:フィリピン
職業:自動車工場の工員
家族:逮捕時は妻、こども、義母などと同居
ランパノ・ジェリコ・モリの人物像について、逮捕時に近所に住んでいた人によれば『子煩悩な父親だった』と言われていたようです。
一方で職場の工場での評判はあまりよくなかったと見られ、職場の同僚によれば『短気』『すぐ激怒する』『ランパノ・ジェリコ・モリのせいで退職してしまった人もいる』とのこと。短気なトラブルメーカーだったようです。
ランパノ・ジェリコ・モリの犯行動機
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次に、ランパノ・ジェリコ・モリの犯行動機です。原田実里さん殺害事件を起こした動機は、どのようなものだったのでしょうか。
ランパノ・ジェリコ・モリの口から明確な犯行動機は語られていないものの、裁判では『強姦目的だったことが動機』ということがわかっています。
強姦が動機であることに加えて、「誰かに話されては困る」という身勝手な動機で、犯行を行う前から殺害を予定していたこともわかっています。
以上から、原田実里さん殺害事件の動機は暴行・強姦・殺害であったことがわかります。
ランパノ・ジェリコ・モリの判決
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原田実里さん殺害事件の裁判で、ランパノ・ジェリコ・モリは『フィリピン国籍の男2人と共謀して、茨城県阿見町の路上で、原田実里さんを車に連れ込んで強姦、車内で首を絞めて殺害した』とされました。
第一審では、裁判員裁判がおこなわれました。ここでランパノ・ジェリコ・モリは原田実里さん殺害の動機を「警察に話されたら困るため」と語りました。
ランパノ・ジェリコ・モリに対する判決は『無期懲役』で、求刑通りとなりました。裁判長はランパノ・ジェリコ・モリに対し「殺害に大きく関わっている」「執拗で残虐、殺意が強いことも明らか」と指摘しています。
ランパノ・ジェリコ・モリは判決を不服として控訴しました。控訴審で検察側は、控訴棄却を求め即日結審。量刑が重すぎることはないとして控訴は棄却され、無期懲役が支持されました。
ランパノ・ジェリコ・モリの現在
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身勝手な動機で、原田実里さんを窒息死という死因に追いやったランパノ・ジェリコ・モリ。2019年1月16日に最終的な判決が言い渡され、無期懲役となりました。
刑事事件の実刑判決ということで、2019年現在、刑務所で受刑者として生活していると考えられます。どちらの刑務所にいるのか情報がありませんが、日本のどこかの刑務所に収監されているものと見られます。
ランパノ・ジェリコ・モリには余罪がある?
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原田実里さん殺害事件の犯人であるランパノ・ジェリコ・モリですが、余罪があるのではないかとも言われています。
原田実里さん殺害事件が起きてから半年以内に、同じ茨城県の半径15km圏内で、若い女性が、同じ死因で発見される事件が3件も連続して起こっているためです。
①2004年1月・原田実里さん殺害事件(当時21歳・死因:絞殺)
②2004年6月・平田恵里奈さん殺害事件(当時16歳・死因:絞殺)
③2004年7月・佐藤麻衣さん殺害事件(当時15歳・死因:絞殺)
これら3件の事件で、被害者の女性たちの死因はすべて絞殺でした。なおかつ、被害者全員が靴を履いていない状態で発見されています。また、若い女性だけが狙われていることからも、同犯人ではないかと思われます。以上から、ランパノ・ジェリコ・モリには余罪があるのではないかと言われているのです。
犯行動機についてですが、若い女性ばかりが被害者になっていることを鑑みて、犯行動機はいずれも暴行目的であることが推測されます。ですが、余罪が追究されていない以上、詳しい犯行動機は現在もわかりません。
茨城県女子大生殺人事件まとめ!
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今回は、2004年1月に起きた『原田実里さん殺害事件(茨城県女子大生殺人事件)』の詳細や、被害者の死因、原田実里さんの経歴や出身高校、犯人ランパノ・ジェリコ・モリの経歴や動機についてまとめました。
この事件は、2004年に原田実里さんが殺害され、約13年後の2017年に犯人が逮捕されたというもので、長い年月をかけて解決に至った事件です。
事件が解決するまでかなりの時間がかかることとなり、その間、無実の男性(元彼・今彼)2人に対する憶測報道や、勝手に犯人扱いするインターネット上の書き込みが多くありました。
謂れのない疑いをかけられたことで、何年も心を痛めていたのではないかと思われますが、ようやく真犯人が逮捕されたことで、平穏な日々を取り戻せていることを願います。
また、茨城県女子大生殺人事件のカギはやはり『DNA鑑定』ではないでしょうか。DNAという科学的な証拠がなければ、今も未解決事件となっていたかもしれません。そして、なんとしても被害者のために解決したいという、捜査員の執念が実を結んだのではないでしょうか。
事件の被害者となってしまった原田実里さんのご冥福をお祈りするとともに、犯人のランパノ・ジェリコ・モリは、一生をかけて反省と償いをしてほしいものです。