御殿場事件の真相!井上さゆりの矛盾供述&その後現在まとめ!

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御殿場事件とは?

引用: Pixabay

『御殿場事件』をご存知でしょうか。

御殿場事件とは、静岡県御殿場市の御殿場駅周辺で、2001年9月に起きたとされる集団強姦未遂事件です。

御殿場事件では、被疑者として、少年たち・計10人が逮捕されました。しかし、被害者の女性・井上さゆりの証言が嘘で、冤罪ではないかと噂されています。テレビ局の取材・報道で、井上さゆりの証言に矛盾があることや、少年たちのアリバイが立証されるなどしています。

今回は、狂言・冤罪疑惑が噂される事件『御殿場事件』の概要や、被害者女性・井上さゆりの経歴、井上さゆりの証言の矛盾、少年たちのアリバイや自白強要疑惑、井上さゆりのその後・現在や、少年たちのその後・現在について、詳しくまとめました。

 

御殿場事件の概要

引用: Pixabay

現在までに発覚している『御殿場事件』の概要はどのようなものなのでしょうか。

ここでは、2001年9月に起きたという集団強姦未遂事件『御殿場事件』の概要をご紹介します。

 

【1】事件発覚


引用: Pixabay

2001年9月16日、この日井上さゆりは23時すぎに帰宅しました。

当時15歳の学生だった井上さゆり。家に帰るのがいつもより遅くなったのは、井上さゆりが母親の知らない相手と出かけていたからです。具体的にいえば、出会系サイトで知り合った男の人と会っていました。

ですが、素性を知らない異性の相手と遊んでいたことや、出かけていたことをきちんと親に言えなかった井上さゆりは、言い訳に『家に帰る途中で、とつぜん少年たちに声をかけられた。公園に連れ込まれ、強姦のようなことをされた』と母親に説明しました。

強姦のようなことされたという話を聞いた井上さゆりの親は、事件性があると考えて、静岡県の御殿場警察署に被害届を提出しました。井上さゆりが強姦されたとするこの刑事事件は、その後「御殿場事件」と呼ばれるようになります。

 

【2】井上さゆりの証言内容


引用: Pixabay

井上さゆりが御殿場事件に関して、最初に証言した内容は、次のようなものです。

「9月16日の20時ごろ、井上さゆりはクラブ活動から帰宅していた。駅前で、中学生の頃の同級生(少年たち)に、無理やり手首を掴まれた。そして、御殿場駅から公園まで連れていかれた。連れていかれた井上さゆりは、公園内で1時間ほど話をした。そのあと、少年たち10人に強姦された。」

当初は遊びに行っていたはずなのに、なぜかクラブ活動の帰り道ということに変更されているのですが、井上さゆりの上記の証言に基づいて被害届が受理されて、捜査がおこなわれることになりました。

しかしその後に行なわれた「御殿場事件」の裁判中、井上さゆりは上述の証言の内容を変更することになります。

 

【3】井上さゆりの証言内容を変更

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引用: Pixabay

その後井上さゆりは、御殿場事件の裁判中、”本当は出会系サイトで知り合った男と会っていた”という疑惑をつきつけられました。すると彼女は泣きながら事実を認めました。

次に、御殿場事件が起こった日付を「2001年9月9日」だったと、証言の主張を変更しました。強姦されたのは、本当は約1週間も前のことだったと言い始めたのですね。

そして出会系の男と会ったのは「9月16日」だったとして、暴行されたにも関わらずなぜ男の人と会っていたのか?という問いに対して『強姦されたことを忘れたかった』、『男の人に優しくされたかった』といった内容の供述を始めました。

それだけでなく、井上さゆりが御殿場事件で被害内容として届けていた「強姦」という主張を「強姦未遂」に変更しました。

次に井上さゆりは、御殿場事件時、中学生の頃の同級生少年たちに声をかけられてついていったのは「同意の下だった」と主張を変えました。

信ぴょう性を揺るがすような、大きな変更点が多数あったことがわかります。供述を変えたことによって、最初に出した御殿場事件の被害届が成立しないことになりました。しかし、裁判中に主張の変更をしたことについては、なぜか認められることになりました。

 

【4】矛盾が多い証言

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御殿場事件の唯一の手がかりとも言える井上さゆりの証言ですが、上述の通り、裁判の途中で変更され、変更が認められてしまいました。この時点で、御殿場事件の処理の方法そのものを不自然に感じる方も多いかと思います。

やはり、井上さゆりの御殿場事件の証言内容には矛盾点が多くあるようです。御殿場事件の矛盾については、その後マスコミ・報道機関によって指摘されています。

一方で、被告人とされる少年たち10人には、とても固いアリバイがあったようです。少年によっては『御殿場事件が起きたとされる該当時刻は両親と外食に行っていた』、『御殿場事件が起きたとされる日はアルバイトをしていてタイムカードが記録されている』など、周囲の人々によってきちんと証明できる、強固なアリバイを持つ人も複数いました。

 

【5】冤罪・虚言の可能性?

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その後御殿場事件は、井上さゆりの証言を元に捜査が進められました。

あまりにも信頼できない内容の供述だったにも関わらず、井上さゆりの供述が全面的に支持された結果、10人の少年たちが次々と逮捕される事態となりました。

アリバイを持っていたはずの少年たちがなぜ逮捕されたのか、不思議に思う方も多いと思います。実は御殿場事件の取り調べでは、警察官による自白の強要があったのではないかと噂されているのです。

未成年の少年に対して、取調官は「これからあなたは御殿場事件の裁判にかけられることになる」などと不安を煽るようなことを言って、自白を強要したのではないかと言われているのです。

そして更に、「御殿場事件」という事件そのものが、存在しない架空の事件ではないかとも現在は言われています。

御殿場事件で逮捕された少年たちと、少年たちの家族は、冤罪を訴え続けました。冤罪事件などを救済する団体「日本国民救援会」も、御殿場事件で逮捕された少年たちを支援したほか、テレビでは御殿場事件で逮捕された少年たちのアリバイを実証するドキュメンタリー番組が放送されるまでになりました。

 

被害者?井上さゆりの経歴まとめ【御殿場事件】

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御殿場事件の被害者である女・井上さゆりの経歴についてご紹介します。

「井上さゆり」の経歴は次のようなものになります。

名前:井上さゆり

年齢:15歳(当時)

職業:高校生(当時)

住所:静岡県御殿場市

御殿場事件が発生した当時、被害者は15歳の少女ということで、実名での報道はされませんでした。井上さゆりという名前は、その後インターネット上で発覚した名前です。

そのため、実は「井上さゆり」という名前が実名かどうかは定かではないのですが、この記事では「井上さゆり」を実名として話を進めていきたいと思います。

井上さゆりの性格・人柄についてですが、井上さゆりを知っている人によれば『出会系などを使って男遊びをしていた』、『御殿場事件だけでなく、常日頃から嘘をつくことが多かった』、『虚言癖があった』と言われているそうです。

また、出会系サイトで井上さゆりと会ったという男性によれば、井上さゆりは『帰宅が遅くなった場合、母親には誰かのせいということで話す』と語っていたと言います。これは、井上さゆりが常日頃から嘘をついていたということを裏付ける証言ではないでしょうか。

井上さゆりの母親についてですが、井上さゆりの素行の悪さとは裏腹に、男性関係に厳しく、門限時間にもうるさいタイプだったことが伺えます。とはいえ、井上さゆりが、このとき15歳の少女だったことを考えれば、家庭内にルールがあっても当然ですし、帰りが遅いのであれば、理由を問い詰めること自体は不自然じゃありませんよね。

また、御殿場事件が発生した2001年当時の井上さゆりの年齢が15歳ということで、2019年現在の井上さゆりの年齢は30歳を過ぎているということになります。上述のような性格の少女だった井上さゆりが、その後どうなったのか、現在どのような暮らしをしているのか、気になりますね。

 

井上さゆりの被害説明に矛盾が。【御殿場事件】

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御殿場事件の被害者とされる女・井上さゆりは、10人もの少年たちに強姦されたという被害を主張していました。

容疑者の少年たち10人が自白したことで、御殿場事件の判決は有罪となる運びと思われましたが、不自然なことが何点もありました。井上さゆりの証言には矛盾が多々あることが、その後わかってきたのです。

 

コンビニ証言

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井上さゆりは当初『御殿場事件が起こったその後、少年たちから逃げて、近くのコンビニで電話を借りて母親に連絡をした』と証言していました。

しかし、当該のコンビニの店員によれば『御殿場事件の日、そのような客は来なかった』、『井上さゆりが電話をしている姿は見ていない』と証言されています。

このことで、御殿場事件の日、井上さゆりがコンビニには立ち寄っていないことがわかりました。

 

井上さゆりの母親の着信履歴

引用: Pixabay

次に調査されたのが、井上さゆりの母親の着信履歴です。

御殿場事件当日、井上さゆりがコンビニからではなく、どこかしらから電話をかけていたとするならば、母親の電話には着信履歴が残ります。しかし調査の結果、御殿場事件の後に井上さゆりから電話があった形跡は見られませんでした。

このことで、御殿場事件のその後、井上さゆりがコンビニには立ち寄っていない上、母親に電話もかけていないことがわかり、井上さゆりの虚言が明らかになった形です。

この虚言が明らかになると、井上さゆりはなんとその後『御殿場事件が起きたのは、9月16日ではなく9月9日だった』と、大きく証言を変更しました。そしてその変更が法廷で認められてしまったのです。

 

天候の証言がおかしい

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御殿場事件が起きたとされる日、御殿場市には台風が接近していて、御殿場駅周辺の天候は大雨の荒れ模様でした。

大雨洪水注意報が発令されるほどで、1日に45mm程度の降雨量だったことがわかっています。年に数度しかない天候ですので、この日のことは当然印象に残るはずです。井上さゆりのように、外出していたならよっぽどですよね。

それなのに井上さゆりは、御殿場事件当日の天候を『ちゃんと覚えていない』、『風はあった気がする』、『傘をさした覚えがない』などと証言しています。雨天に関しては『噴水の霧か、雨の霧かわからないが、霧状のものが顔面に降り掛かっていた覚えがある』といったあいまいな供述に留まりました。

確かに御殿場市といえば、県内の他の土地と比べても”山の天気”になりやすいと言われています。天気が変わりやすく、霧が多いといった特徴があるので、局所的に天候が違ってもおかしくはないのです。

その後の調査で、御殿場事件の事件現場からたった550m離れた場所に設置された雨量計の記録を確認したところ、確かに降水していたことがわかっています。

被告人側は当然ながら、井上さゆりが雨天に関する証言ができない事が不自然だと主張しましたが、裁判では『雨が降っていない場所もあった』などと判断され、天候に関する証言は結果的に退けられてしまいました。

 

ウソがきっかけ?

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御殿場事件に関する証言に矛盾が生じているのは、井上さゆりが母親にウソをついたことがきっかけだと考えられます。

帰宅が遅くなった理由を素直に言えず、ウソをついてしまったのでしょう。そのウソを説明するために更にウソをついてしまい、引っ込みがつかなくなってしまったのが、御殿場事件での井上さゆりの証言に矛盾が生じている、根本的な理由だと現在は考えられています。

 

食い違う、少年と井上さゆりの主張。【御殿場事件】

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ここまで、御殿場事件の井上さゆりの証言に多数の矛盾があることをご紹介しました。

また、御殿場事件そのものや井上さゆりの証言の矛盾は、井上さゆりの母親についたウソがきっかけで、引っ込みがつかなくなってしまったのではないかということもわかってきました。

現在では、御殿場事件で逮捕された少年たち10人と、井上さゆりの主張は食い違う部分が多くあることがわかっています。

 

逮捕された根拠が薄い

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御殿場事件は、井上さゆりの証言を元に容疑者が特定されたと言われています。

方法としては、井上さゆりが名前を挙げた、中学生時代の同級生の少年1人の事情聴取を行い、取調官が少年に『仲の良いやつを挙げろ』などと命令。その少年が、仲が良い友人として挙げた9人が、そのまま容疑者になって逮捕されてしまったとされています。

また、御殿場事件で井上さゆりが名前を挙げた少年1人以外は、井上さゆりとの面識がまったくなかったということもその後明らかになっています。

 

固いアリバイを持つ少年が複数いる

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井上さゆりの証言によって、10人もの少年たちが逮捕された御殿場事件ですが、その後の取り調べで、極めて固いアリバイを持つ少年が複数いることもわかってきました。

特にK.Yさん、K.Tさん、H.Sさん、K.Sさんの4人に関しては、御殿場事件が起きた時刻に確固たるアリバイを持っています。

例えば、御殿場事件発生時、K.Yさんはアルバイトをしていたことがわかっています。勤務先のタイムカードも残っていて、かなり固い証拠と言えるのですが、検察はこれを『ねつ造した証拠だ』などと主張。K.Yさんのタイムカードは、御殿場事件の証拠にはならないと却下されてしまいました。

H.Sさんは、御殿場事件発生時、ご両親のお仕事の手伝いをしていたことがわかっています。実際に働くH.Sさんを見たというお客さんも多数いたとされていて、疑いようのない証拠のように思えます。しかし、検察は『御殿場事件の関係者と口裏合わせをしている可能性が高い』などと主張。H.Sさんのアリバイもまた、証拠として全く認められなかったのです。

このような事が続いたため、第三者の証言が必要となりました。そこで御殿場事件と関わりのない、御殿場事件発生時に少年たちを目撃した方たちが証言台に立つことになったのですが、これも叶いませんでした。検察が第三者に圧力をかけて証言を阻止し、御殿場事件が無罪判決になるのを防いだのではないかと言われています。

御殿場事件の日に固いアリバイを持っている4人は、その後のテレビ局の取材で実名報道に応じています。また、顔も隠すことなく取材に応じています。父親・母親も顔出しで取材に応じ、無実を訴え続けました。

数ある犯罪の中でも『強姦』というあまりにも不名誉な罪を負ってしまった少年たち。ですが、このように自信を持って抗議している姿勢こそが、御殿場事件が冤罪であることの何よりの証拠ではないかと考える人も多く居ます。

 

少年たちに有罪判決【御殿場事件】

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御殿場事件に関する井上さゆりの証言は、あいまいで不明確、虚言の可能性すらあることを指摘してきました。当然、少年たちとの主張の食い違いが多数あり、少年たちが提出したアリバイや証言も一方的に却下されてしまったこともご紹介しました。

御殿場事件の裁判で、少年たちはどうなってしまったのでしょうか。

結果的に、御殿場事件の裁判では、被害者の女・井上さゆりと検察の主張が全面的に認められました。犯人とされる少年たちの処分は、それぞれ以下の通り下されました。

・高校2年(御殿場事件当時)の4人…検察官送致(その後、裁判で懲役刑が確定)

・高校1年(御殿場事件当時)の4人…少年院へ送致

・中学3年(御殿場事件当時)の1人…保護観察処分(その後取り消し)

・残る一人…不処分(無罪)となった後、検察の抗告で不処分取り消し、起訴される

井上さゆりの証言が転じたことで、犯行日がその後変更されるなどした御殿場事件。御殿場事件の裁判での争点は”少年たちと井上さゆりの供述の信用性”でした。結果的に、井上さゆりの不明瞭な証言が全面的に支持されました。井上さゆりの証言が信用に値する、と裁判官には判断されたのです。

少年たちの弁護士を担当した方は「井上さゆりの証言の変更が認められるなど、最初から厳しい戦いだった」と語っています。それでも、判決を聞いた少年たちは落ち着いた様子で、懲役刑に向けたこころがまえを話し合うなどしながら「ここで終わりじゃない」と声をかけて励まし合っていたと言います。

もし少年たちが無実であったとするならば、彼らは冤罪で収監され、人生の大切な時期を受刑者として過ごしたということになります。「ここで終わりじゃない」という言葉には、冤罪でも判決を受け入れるしかなかった少年たちの悔しさが込められているように思え、10代の少年たちにとってあまりにも重すぎる出来事だと言えます。

誰の目にも不自然な判決となってしまった御殿場事件ですが、なぜこのようなことになってしまったのでしょうか。その原因に、少年たちの”自白”があったとされています。

 

少年たちは自白を強要されていた?【御殿場事件】

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被害者の女・井上さゆりの証言が全面的に支持された御殿場事件の裁判。御殿場事件に関して少年たちが有罪判決を受けた原因に、少年たちの”自白供述”があったとされています。

御殿場事件で事情聴取されている当初、少年たちは犯行を否定していたと言います。そんな少年たちに、警察の取調官は『自白しなければ少年院に行くだけでは済まなくなる』、『自白すると罪が軽くなる』、『自白して示談にすれば告訴を取り下げてもらえることもある』などと言ったと言われています。

御殿場事件の取調官は、法律知識や社会経験があまりない少年たちに、一方的に「自白強要」を行なったと噂されているのです。

それだけでなく、取調べ中に髪を引っ張られたり、脅されたり、足を蹴られたりと、暴行を受けた少年もいるといいます。そして『お前みたいな人間は刑務所に送ってやる!』、『一生刑務所から出てくるな!』といった人間性の否定や『御殿場事件を否定し続けると、多額の裁判費用がかかる』といった、未成年の少年には判断しづらい脅しなども行なわれたと言われています。

なぜ少年たちが一方的に悪者扱いされたのか?という事に関して、御殿場事件が起きた当時、少年たちの素行があまりよくなかったことが原因として考えられます。

少年たちは未成年にも関わらず、喫煙や飲酒などの問題行動を行なっていたので、御殿場事件のような事件を起こして当然という風に思われていたようです。

しかし、未成年飲酒や喫煙をしていたからといって、御殿場事件のような強姦事件を犯したと決めつけることはできませんよね。そして取り調べ中に暴力を振るわれたり、暴言を吐かれても良いという理由には、絶対になりません。

井上さゆりの証言が全面的に信じられていたのは、このような少年たちの素行に背景がありました。また、少年たちが最初から先入観ありきで取り調べされていたということもわかりました。

このような執拗な取り調べが行なわれた結果、少年たちは冤罪も認めざるを得なかったと言われているのです。

執拗・暴力的な取り調べが行なわれると、被疑者が疲弊して「早く開放されたい」と思うようになり、ウソの自白を言ってしまうというのは、御殿場事件以外にも見られた現象です。身に覚えがない人ほど陥りやすい現象とも言われていて、とても悪質な捜査手法です。

2019年現在、取り調べはすべて録音・録画されるようになり、御殿場事件の自白強要疑惑のような問題は起こらなくなっているとされています。しかし御殿場事件が起きた当時は、録音・録画の義務はなく、完全に密室での取り調べでしたので、こういった強引な取り調べの手法を取る取調官も少なからずいたと考えられます。

少年たちはテレビの取材に応じた際に「確かに不良だったが、御殿場事件のような強姦事件に関しては、人として絶対にやっていないと誓える」と、実名・顔出しで無実を訴えました。

ウソの証言を行なった挙げ句、裁判以降は音沙汰のない井上さゆりと、現在も実名・顔出しで無実を訴える少年たち。どちらを信じる人が多いかは明白です。

 

少年たちのその後【御殿場事件】

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ここまで、御殿場事件では、井上さゆりの証言が全面的に支持されていた上、少年たちに対する”自白の強要”が疑われているという説をご紹介しました。では、御殿場事件で逮捕された10人の少年たちは、その後どうなってしまったのでしょうか。

上述した通り、少年たちのその後は

・高校2年(御殿場事件当時)の4人…検察官送致(その後、裁判で懲役刑が確定)

・高校1年(御殿場事件当時)の4人…少年院へ送致

・中学3年(御殿場事件当時)の1人…保護観察処分(その後取り消し)

となっています。懲役刑が確定した高校2年(御殿場事件当時)の4人に関しては、その後の服役期間が1年6ヶ月にも及びました。また、御殿場事件は裁判が長引いた関係で、2002年に逮捕、2009年に服役開始、2010年に出所と、全てが解決するまでにかなりの期間がかかってしまいました。

少年たちは服役する際に「御殿場事件について、何も反省する事柄は無い」と言っていたそうです。自らが無実であるという強い自信が感じられます。また、服役中も少年たちは自らの家族と共に、冤罪を訴え続けました。

そして、事件発生から10年以上経った今現在でも無実を訴え続けています。冤罪で人生の大事な時期を裁判・服役に費やしてしまったのであれば、これほど悔しいことはないのではないでしょうか。

御殿場事件に関しては、冤罪を支援する団体が支援を続けてきました。また、地元・御殿場の住人たちによる、少年たちの無実を信じる会も発足されています。周囲の人々による支援があったことや、現在も支援を受けていることが、唯一の救いと言えるのかもしれません。

 

井上さゆりのその後は?【御殿場事件】

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ここまで御殿場事件の犯人とされる少年たちのその後や、現在も冤罪を訴え続けていることをご紹介しました。

御殿場事件の裁判では、井上さゆりの証言が全面的に支持されていました。犯行日時が途中で変更されるなど不都合な点も見逃され、井上さゆりに有利な裁判だったと言えます。それでは、被害者とされる女・井上さゆりは、御殿場事件のその後どうなってしまったのでしょうか。

御殿場事件の裁判のあと、井上さゆりは、その後公の場に姿を現すことはありませんでした。御殿場事件が冤罪事件と疑われているのであれば、あらためて正しい証言をしても良いものだと思いますが、井上さゆりがその後行動に出ることは一切ありませんでした。

 

井上さゆりの現在【御殿場事件】

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御殿場事件の被害者とされる女・井上さゆり。井上さゆりの現在が気になる方も多いかと思います。現在、井上さゆりはどうなってしまったのでしょうか。

井上さゆりは現在、御殿場に住んでいないと言われています。御殿場事件の裁判後、井上さゆりの家族と一緒に引っ越したという説が濃厚であり、井上さゆりは現在はどこか他の土地で暮らしていることが予想できます。

井上さゆりの地元である御殿場では、犯人とされる少年たちの無実を信じる市民の会などが発足しています。このことが、現在、井上さゆりが御殿場に住んでいないと言われる理由の一つです。

また、裁判をすすめる上で、井上さゆりは出会い系サイトを使用していたこと、見知らぬ男性と会っていたことが明らかになってしまいました。このことが明らかになったとき、井上さゆりは「ウソをついていてごめんなさい」、「周りの人とかに迷惑をかけてしまいすみません」と泣いていたと言います。

井上さゆりの男性関係については、出会い系サイトを使用していた他にも「援助交際をしていた」という噂もあります。これらは井上さゆりにとって”ウソにウソを塗り固めてもバレたくなかった事実”と考えられます。事実が公の場で明らかになってしまい、御殿場の地元の人にも知れ渡ってしまったので、井上さゆりにとって相当苦痛だったのではないでしょうか。

このような状況から見て、現在は御殿場に居づらくなって引っ越したのではないか?と考えられます。

また、井上さゆりの弟について、現在は「自殺した」という噂も流れています。この噂の真偽はわかりかねますが、姉である井上さゆりの虚言が公の場で明らかになるなどした関係で、井上さゆりの弟が心に深い傷を負っていることは十分に考えられます。

井上さゆりが現在も「井上さゆり」という名前で生きているのか、現在井上さゆりがどのような暮らしをしているのかは、調査しましたが不明でした。

井上さゆりの証言で逮捕された少年たちの現在についても調査しました。御殿場事件で有罪判決が下された4人の少年たちは、2010年8月に懲役を終えているので、現在は出所して暮らしていると考えられます。

出所後の2011年、少年たちは井上さゆりに対して、損害賠償2000万円を求めて民事訴訟を起こしています。しかし2013年に棄却されていて、現在も再審などは行なわれていない状況のようです。

現在の少年たちについてですが、現在も就職の際に偏見の目で見られることや、大学に進学したくても周りの目が気になって難しいといった問題を抱えていると言われています。もし冤罪であるならば、現在の状況はとてもつらいものではないでしょうか。

 

罪深き少女の嘘【御殿場事件】

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今回の記事では、2001年に起きたとされる集団強姦未遂事件『御殿場事件』についてご紹介しました。被害者の女・井上さゆりについてや、井上さゆりの虚言証言疑惑のほか、逮捕された少年たちの冤罪疑惑や、井上さゆりと少年たちの現在についてなど詳しくまとめましたが、いかがだったでしょうか。

御殿場事件の発端は、井上さゆりの証言でした。帰宅が遅くなったことの言い訳に「強姦された」と言った事自体も驚きですが、その後もウソをウソで塗り固めていくように、整合性の取れない証言を重ねていったと考えられています。井上さゆりの証言の信ぴょう性に疑問が残ることは明白です。

井上さゆりの証言が、そのように不確かなものであるにも関わらず、逮捕された少年たちのアリバイが、証拠としてまったく機能しなかったことにも驚きを禁じえません。

確かに10人もの被疑者がいる事件ともなれば、口裏合わせの心配も少なからずあると言えます。しかし、タイムカードなどの簡単に捏造できない証拠を、10代の少年が自主的に捏造できるとは思えない方が大多数ではないでしょうか?

それだけでなく、御殿場事件では”自白の強要”があったという疑惑も残されています。10代の少年に対して『自白すれば罪が軽くなる』といった助言が、精神的にどのような影響を与えるかは推して知るべきです。あまつさえ長時間の取り調べによって疲弊させた後に、暴言・暴力などで自白を強要したというのが事実であれば、これほどアンフェアな取り調べもないのではないでしょうか。

一方で、少年たちに懲役刑が与えられたこと、井上さゆりに対する民事訴訟が棄却されたこと、これらが事実を物語っているという意見もあります。

御殿場事件の真実は、当事者たちにしかわからないものとなってしまいました。現在も謎な点が多い事件ですが、今後もすべてが明らかになることはないのかもしれません。

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