重信房子(日本赤軍)の経歴&現在!ハーグ事件&重信メイとの関係は?

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重信房子(日本赤軍)とは?

 

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日本赤軍」という団体をご存じでしょうか。

その団体の元最高幹部を務めていたのが、日本の新左翼活動家であり、テロリストと言われている革命家の重信房子さんです。

さて、この重信房子さんはどのような方なのでしょうか。重信房子さんという人物像から、日本赤軍としてどのような活動を行い、逮捕されてしまうまでの生い立ちなどをご紹介していきます。

また、現在も存命の資源部房子さんですが、過去の写真も話題になっています。悲惨な事件を起こした活動家として逮捕されてしまった女性、重信房子さんはいったいどのような人物なのでしょうか。

数々の事件についてもご紹介しつつ、日本赤軍がどのような活動を行って生きたかについてもご説明できればと思います。

 

重信房子(日本赤軍)の生い立ち

引用: Pixabay

では、初めに重道房子さんの生い立ちについてご紹介していきます。

 

【1】4人兄弟の次女として誕生する


引用: Pixabay

東京都の世田谷区で、重信房子さんは誕生しました。

4人兄弟のうち、次女として誕生しました。生年月日は1945年9月28日で、現在もご存命です。

 

【2】父親は右翼の活動家であった


引用: Pixabay

重信房子さんの父親は、重信末夫さんで、この方は第二次世界大戦の前から血盟団事件に関与されたとされている右翼団体の門下生だったといいます。

しかしこの父親が所属していたという金鶏院門下生であったということから、実際に事件に関与していません。

ですが、こうした活動家の父親の正義感を後に重信道子さんは受け継ぐ形となって活動を行います。父から娘に受け継がれたようにも思えます。

 

【3】在学中に学生運動との出会い

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引用: Pixabay

明治大学の在学中に、重信道子さんは学生運動とかかわるようになります。

当時で有名だったのが、重信道子さんも参加し活動されたという「明大闘争」という学生運動で、遠山道子さんという方に出会います。

 

重信房子(日本赤軍)の経歴

ここからは、重道房子さんの日本赤軍の経歴についてご紹介していきます。

 

【1】 大菩薩峠事件

1969年の11月5日に、首相官邸を狙った共産主義者同盟赤軍派が逮捕される事件がありました。

この事件は、事件が発生する前に武装訓練等を大菩薩峠の周辺で執り行っている最中に逮捕されたという事件です。この事件をきっかけに事件を日本国内で起こして革命を起こすことは無理であると判断され、この時に日本赤軍を結成します。

 

【2】 ハイジャックよど号事件

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引用: Pixabay

1970年3月31日に。国内で初の事件を日本赤軍が起こします。

この事件の木庭は朝鮮民主主義人民共和国の亡命を目的としていました。そのため、飛行機は同国へ向かうよう要求しますが、到着してすぐに、日本赤軍はそのまま亡命したといわれてます。

 

【3】 あさま山荘事件

聞いたことがある事件として最も有名なのが「あさま山荘事件」です。

長野県の北佐久郡軽井沢町に存在する「浅間山荘」で日本赤軍が人質とともに立てこもった事件です。この事件では死者や重軽傷者が出ています。

 

【4】 テルアビブ空港乱射事件

この事件は1972年5月30日に起きました。イスラエルのロッド国際空港という場所で起きたテロ事件です。

今事件では死者が出ています。この事件も日本赤軍が関与しているといわれています。

 

重信房子(日本赤軍)と学生運動

引用: Pixabay

重信房子さんと学生運動の関係性は深く、後に患部となる日本赤軍の革命的思想に大きな影響を与えているといっても良いでしょう。

では、重信房子さんと学生運動はどのような関係を持っているのでしょうか。

 

【1】 大学入学後に夜学連に参加する

引用: Pixabay

重信房子さんは、明治大学を入学後に夜学連に参加します。

大学2年生のころには、文学研究会という研究会が属している研究部連合会の事務局長を務められています。この時、遠山美枝子さんと出会います。

 

【2】 共産主義者同盟(第二次ブント)に参加

引用: Pixabay

連合会に所属していた重信房子さんは、学費の値上げに対しての明大闘争に参加していました。

その時、遠山美枝子さんから共産主義者同盟(第二ブント)の再建を頼まれ、加入します。

 

【3】 明大現代思想研究科などの責任者として活動に参加

引用: Pixabay

重信房子さんは、この活動から明大現代思想研究科や社会主義学生同盟に参加します。責任者として参加する重信房子さんは、その後も様々な闘争に参加しています。

後にまた分裂した共産主義者同盟の赤軍の創立メンバーとして加わりますが、主導権を握った森恒夫と対立していたといいます。

 

重信房子(日本赤軍)と奥平剛士の関係

ここで重信房子さんと関わりが深いといわれる人物が、奥平剛士という人物です。

この奥平剛士という人物はどのような人なのでしょうか。

 

【1】 奥平剛士さんとは

引用: Pixabay

奥平剛士さんは、1945年生まれで、重信房子さんと同様で新左翼活動家です。

日本赤軍創設メンバーで最高幹部に所属している方です。日本赤軍の創設メンバーであると同時に、重信房子さんと共同で日本赤軍の幹部を担っていた人物でもあります。

 

【2】重信房子さんと奥平剛士さんは戸籍上の夫婦

引用: Pixabay

奥平剛士さんと重信房子さんは戸籍上の夫婦です。

そして、同じ日本赤軍に所属する革命家で、すでに亡くなっています。重信房子さんとは、戸籍上の夫婦です偽装結婚であることがわかっています。

その理由は革命をするにあたっての対策でもあるといわれています。

 

【3】テルアビブ空港乱射事件を起こす

引用: Pixabay

そして奥平剛士さんは、多数の死者を出したテルアビブ空港乱射事件を起こした人物です。同じ日本赤軍の岡本公三さんと安田安之さんと一緒に事件を起こします。

死因は、銃撃戦で射殺されたともいわれている一方、自殺ではないかという説もあります。事件の概要については詳しく明記されておらず、事件の概要等が未確定であることから、このテルアビブ空港乱射事件は未解決事件ともいわれています。

 

ハーグ事件と重信房子(日本赤軍)

「バーグ事件」とは、1974年9月14位置にオランダで起きたフランス大使館を立てこもった人質事件です。

 

【1】 日本赤軍のメンバーを開放する目的として決行

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フランス大使館を占拠して、人質の代わりにフランスで逮捕されている山田義昭さんを解放するための事件だったといわれています。

重信房子さんは、当時の異本赤軍の首謀者だといわれておりますが、このバーグ事件に関しては直接関与がないという主張が本人から言われています。

 

【2】 事件をきっかけに逃亡

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重信房子さんは、バーグ事件に関与した疑いがあり国際指名手配を受けますが、逃亡を続けます。

のちの裁判ではバーグ事件の関与を否定しますが、構成員の証言から、事件に関しての準備不足を指摘する発言があったことや、開放する山田義昭さんを受け入れるよう対策を講じていたなどの関与していた可能性が強い証言があります。

 

【3】 大阪で逮捕

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逃亡した重信房子さんは、不死に入手した旅券を使用して日本に入国します。日本国内で逃亡をしている間は、大阪のマンションに潜伏していたといわれています。

2000年になり、重信房子に似た人物を接触していたのを確認した後に、重信房子さんが使用していたコーヒーカップなどから検出された指紋と一致したことにより同一人物であることが判明され、逮捕されます。

 

重信房子(日本赤軍)の判決

引用: Pixabay

逮捕されてから、重信房子さんの裁判が始まりました。

数々の事件を引き起こした重信房子さんの判決はいったいどのような判決結果となったのでしょうか。

 

【1】 バーグ事件裁判

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裁判では、検察側がバーグ事件の関与を示唆し、ほかにも海外で武器調達を担ったり解放された仲間を受け入れることができる国を調整していたことを指摘し、無期懲役を言い渡しました。

これに対して、実際にバーグ事件には何の関与もないことを主張していたため、無罪を要求します。

 

【2】 判決内容

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裁判では、検察側の訴えを退け、懲役20年の判決が下されています。

関与への証拠が不十分だったことで、事実を断言できないことが無期懲役からの減刑となった可能性があります。実際に重信房子さんはバーグ事件の実行犯ではありませんでした。

しかし事件を起こした組織こそ日本赤軍であったことから、日本赤軍のトップとして君臨している重信房子さんが間接的に指示をするなどして関与したという疑いがあります。

 

【3】 告訴

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判決を受け、重信房子さんの弁護士は控訴を行いました。そして裁判では、東京高等裁判所での判決が再び行われ、そこでも懲役20年の判決が降りました。

判決後、控訴を棄却し、刑に従い服役をします。出所予定は2027年であることがわかりました。

 

重信房子(日本赤軍)の現在

引用: Pixabay

現在もご存命の重信房子さんは、どのような生活を送っているのでしょうか。

 

【1】 現在も服役生活を送っている

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重道房子さんは、現在も服役中です。収容所での生活も懲役20年という判決からまだ先ではないかと言われています。

刑期が終了する予定年数は、2027年までとなっています。

 

【2】 八王子医療刑務所に収容されている

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現在は八王子医療刑務所は閉鎖されています。

以前は八王子医療刑務所にいらっしゃったそうなのですが、現在は東日本成人強制医療センターにいるといわれています。

 

【3】 治療を受けながら服役生活を送っている

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重道信子さんは、医療刑務所内で抗がん剤治療を受けているといわれています。転移も見られるという噂で、がん治療で3度ほど手術を受けたといわれています。

2重信房子(日本赤軍)と重信メイの関係は?

ここで重道房子さんと深い関係がある方が、重信メイさんです、この方はいったいどのような方なのでしょうか。

 

【1】 重信メイさんは、重信房子さんの娘

重信メイさんは、重信房子さんの娘で長女にあたります。

重信メイさんの父親はパレスチナ人の活動家の方ですが、イスラエルとの抗争中に暗殺されてしまったようで、すでに亡くなられています。偽装結婚をしていた奥平さんとの子どものではなく、現在はパレスチナ系の日本人として生活をしているそうです。

 

【2】 ジャーナリスト

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現在はジャーナリストとして活動されています。

重信メイさんは、アメリカのベイルート・アメリカン大学を卒業後、レバノン大学でジャーナリズムを学んだそうです。

 

【3】 日本国籍を取得

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数十年もの間、重信メイさんは無国籍だったといわれていますが、2001年に日本国籍を取得しています

 

重信メイのコメントが話題に!

現在ジャーナリストとして活動をしている重信メイさんですが、様々な観点から社会情勢についての意見やコメントについてを公表しています。

 

【1】 親子関係について

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自分の母親が革命家であるという印象よりも、重信メイさんにとっては重信房子さんが「母親」であったというコメントをインタビューで報じています。

重信メイさんが、重信房子さんと会えない日々が続いたこともあったそうですが、あったときには母親として一生懸命好きな料理を作ってくれたりと努力する一面も見られたといいます。

こうした親子関係について、革命家である母親のイメージとは違う印象を、重信メイさんは抱いていたということです。

 

【2】 日本の平和主義

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重信メイさんは、現在の日本の平和主義についても疑問を呈しています。

それは、原発の稼働の疑問と、憲法の法改正についてです。日本が平和主義をうたっている国であるにもかかわらず、こうした変革がないことは自己中心性が見えてくるという発言をしています。

これらを「平和主義としての財産を売り払おうとしている日本」と表記し、平和である日本に対しての疑問を呈しています。

 

【3】 戦争について

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そして、戦争についてもコメントを出しています。

現状自衛隊しかいない日本が集団的自衛権の行使を容認することで戦争に積極的に踏み込もうとする姿勢から、平和そのもののイメージが崩れてしまうのではないかと懸念しています。

その上で、戦争は人が大いに傷つくだけで、戦争をしても必ず自分たちのところに戻ってくるのだといいます。

 

重信房子(日本赤軍)まとめ

ここまで重信房子さんについてご紹介してきましたがいかがでしたでしょうか。

現在もご存命で服役中の重信房子さんですが、革命と称して様々な事件を巻き起こしました。
日本赤軍という組織のトップでであった重信房子さんですが、ここまで話題沸騰になった理由は事件性以外にもあります。

 

【1】 若い頃の写真が美人

革命家として活動していた重信房子さんですが、若い頃の写真が美人であると話題になっています。

実際に写真を見てみると、とても美しい方だという印象が強く、革命家として活動をされているような人物には見えません。

 

【2】 「革命の子どもたち」

引用: Pixabay

日本赤軍の活動は有名な事件が多く、映画「革命の子どもたち」というタイトルの作品があります。

革命家の子供たちの生のインタビューが放送され、革命家の家族がどのような生活を送ってきたかなど、リアルな状況が描かれています。その中で、様々な子どもが革命家である両親をどのような目で見ているのかなども掲載されているため、なかなか理解しがたい世界観を味わうことができます。

 

【3】 現在も存命だということ

引用: Pixabay

何より、重信房子さんが存命であること、そして娘の重信メイさんがジャーナリストとして活動していることも、事件の注目を大きく集める理由の一つではないかと考えられます。

服役中といえど、服役が終了してからはどのような行動を起こすのかも注目を集めています。

また、ジャーナリストそして活動している重信メイさんの革命家の家族としての生の声というのもなかなか聴くことは難しいため、事件についてや社会情勢などについても赤裸々に聞くことができます。

しかし、革命を起こすといっても人を傷つける行為は決して賛成できるものではありません。数々の事件の波形には人が亡くなってしまっている悲惨な事故もあります。

こうした事件を引き起こしてほしくないというのが、現代の国民が誰しも思うことなのかもしれません。

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