福岡一家4人殺害事件の真相!中国人による卑劣な犯行まとめ!

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福岡一家4人殺害事件とは?

引用: Pixabay

2003年6月20日、福岡県福岡市の博多港で一家4人の無残な遺体が発見される事となった「福岡一家4人殺害事件」。

福岡県警により、この4遺体は福岡市在住の「松本さん一家」と判明する事となりました。この「福岡一家4人殺害事件」は、文字通りの惨殺事件だったのです。

その犯行内容については、あまりにも「残酷極まりない状態」だったため、全ての報道がなされていないのが実情でした。

その後の調べで「福岡一家4人殺害事件」を引き起こした犯人は、3名の中国人留学生である事が判明。

同時に、全員「優秀」な中国人留学生であった事もわかったのでした。

そのような優秀な留学生ら3名がなぜ「福岡一家4人殺害事件」という凄惨な事件を起こさなければならなかったのか?

これから、驚愕する犯行内容と共に「福岡一家4人殺害事件」の全貌を紐解いていきたいと思います。

是非、最後までお付き合いいただければ幸いでございます。

 

福岡一家4人殺害事件の概要

 

【1】2003年6月20日未明「福岡一家4人殺害事件」発生


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「福岡一家4人殺害事件」は、福岡市東区馬出在住の衣料品販売業・松本真二郎さん(当時41歳)宅で発生しました。

6月20日未明に松本さん一家は「面識のなかった3名の中国人留学生」に自宅を襲撃されるという不幸に見舞われる事となりました。

その結果、「妻・千加さん」「愛息子・海くん」「愛娘・ひなちゃん」「主・真二郎さん」の一家4人が命を落とす事となってしまいます。

 

【2】事件当日「入浴中だった妻の千加さん」をレイプ


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「福岡一家4人殺害事件」の最初の犠牲者は、松本真二郎さんの妻の千加さん(当時40歳)でした。入浴中だった千加さんは、松本さん宅へ押し入った犯人の中国人留学生ら3名により「レイプ」されてしまいました。

中国人留学生ら3名は、必死に抵抗していた千加さんの顔や上半身を殴打したうえ、千加さんの髪をわし掴みにし、何度も何度も浴室の壁や床に叩きつけたそうです。

気を失い、ぐったりと座り込む事となった千加さんは、中国人留学生ら3名により、さらに地獄の責めを受ける事となってしまいました。

その後、千加さんは中国人留学生ら3名によってビニール紐で首を絞められたうえ、浴槽に顔を沈められて死に至る事となったのです。

遺体発見時、千加さんの顔は歪んでいて「後頭部が陥没するほど強打された痕跡」があり上半身はアザだらけだったそうです。

 

【3】物色中の犯人に見つかってしまった愛息の海くん

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引用: Pixabay

「福岡一家4人殺害事件」の2人目の犠牲者は、松本真二郎さんの愛息子の海くん(当時11歳)でした。

松本家を物色中に、海くんがいる事に気が付いた犯人の中国人留学生ら3名は、次に海くん殺害を決行する事となります。

中国人留学生ら3名は、大声をあげながら抵抗してくる海くんの顔や頭部を殴打した揚句、頸椎を折って殺害してしまったというのですから「鬼畜」以外の何者でもなかったのでしょう。

 

【4】次に愛娘のひなちゃんに襲い掛かる

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「福岡一家4人殺害事件」の3人目の犠牲者は、松本真二郎さんの愛娘のひなちゃん(当時8歳)でした。

ひなちゃんに襲い掛かった犯人の中国人留学生ら3名は、ひなちゃんの顔面を数発殴り、その後、軽く首を絞め失神させてしまいました。この時点では息のあったひなちゃんでした。

しかし、最終的にひなちゃんは殺害される事となってしまったのです。

ひなちゃんが殺害される前に中国人留学生ら3名に、悲痛な声で「娘だけは助けてくれ!」と土下座までしていた父・真ニ郎さんだった事が明らかになりました。

でも「願い虚しく」ひなちゃんは父・真ニ郎さんの前で絶命する事となってしまったのです。

殺害される前、ひなちゃんは真二郎さんの前で中国人留学生ら3名に散々いたぶられ、殴打等の壮絶なリンチを受けていたのでした。

そのリンチ行為は、中国人留学生ら3名が真二郎さんに「金のありか」を聞き出すための上等手段だったのです。

しかし、中国人留学生ら3名が、どんなにひなちゃんをいたぶっても「金のありか」を口にしなかった真二郎さんだったため、「もう用はない」と結論付けられる事となったのでした。

その事により、愛娘のひなちゃんは中国人留学生ら3名に殺害される事となったのです。

 

【5】最後に真二郎さんが餌食となった

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「福岡一家4人殺害事件」の最後の犠牲者となってしまった父・真二郎さんは、日付けが変わった20日午前1時40分頃帰宅の途に着いたそうです。

そして、車内で友人と携帯電話で話していた真二郎さんでしたが、車庫入れするため一旦電話を切ることに。それが友人との最後の電話になってしまったのでした。

家に入ろうとした真二郎さんを玄関で待ち伏せしていた「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生ら3名に鉄パイプで後頭部を殴り付けられた真二郎さん。

中国人留学生ら3名は、さらに真二郎さんの額を殴ったり、左目周辺や頬を殴ったり、全身に蹴りを入れたりと壮絶な暴行を繰り返していく事となりました。

その後、2階で失神していたひなちゃんを担ぎ下ろしてきた中国人留学生は、真二郎さんから「金のありか」を聞き出すために真二郎さんの前でひなちゃんをいたぶり続けたそうです。

その後、土下座をして中国人留学生ら3名に「ひなちゃんの命乞い」をしていた父・真二郎さんでしたが、ひなちゃんはとうとう中国人留学生らによって絞殺されてしまいました。

次に、中国人留学生ら3名は躊躇う事もなく白いビニール紐で真二郎さんの首を絞め、最後に気を失った真二郎さんを風呂場の浴槽に浸けて「溺死」させてしまったのです。

真二郎さんが帰宅した時には、すでに妻・千加さんや愛息子の海くんは中国人留学生ら3名の手にかかっていたわけでした。そのような中、唯一生かされていたのが愛娘のひなちゃんだったのです。

でも、そのひなちゃんも真二郎さんの目前で殺害される事になったのですから、その「無念」は一言では語る事など出来るはずはなかったのでしょう。

 

【6】その後一家は「博多・箱崎埠頭」の海底に沈む事となった

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20日午後、博多港箱崎埠頭付近で「福岡一家4人殺害事件」の被害者4名の遺体が発見される事となります。

中国人留学生ら3名は犯行後、松本真二郎さん所有のベンツに「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本さん一家4人の遺体を乗せ移動する事となりました。

場所は、博多港箱崎埠頭でした。

非常に残忍な方法で、松本さん一家は遺棄される事となりましたが、その事については後ほど解説させていただきます。

 

【7】犯人にとって想定外の事態発生!「遺棄当日に遺体発見」

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これは、犯人の中国人留学生ら3名にとって完全に想定外な事だったのです。

それは、遺棄したその日の午後に「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本さん一家の遺体が次々と発見される事となったからでした。

中国人留学生ら3名にとって、それは誤算以外の何物でもなかったのでしょう。

博多港箱崎埠頭付近で「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本さん一家の遺体遺棄後、中国人留学生ら3名は松本さんのベンツで久留米市に向かっていた事がわかりました。

久留米市内でベンツを乗り捨てた中国人留学生ら3名は、その足でJR久留米駅から電車に乗り福岡に戻っていた事が判明する事となりました。

 

【8】事件発覚後〜中国人留学生3名がとった行動

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「福岡一家4人殺害事件」発覚後、犯人の中国人留学生3名のうち、2名が中国・上海に出国していた事が判明。日本に残っていた中国人留学生は、空港に向かう途中の路上で「暴行事件」を起こし日本国内で身柄拘束される事となったのです。

でも結局、上海に逃亡を図っていた中国人留学生ら2名は、中国の公安当局により身柄拘束される事に。「福岡一家4人殺害事件」の容疑者として逮捕された中国人留学生ら3名は、互いに責任のなすりつけ合いをする状態だったそうでした。

また、供述そのものをコロコロ変えるなど、不明な点が非常に多かったそうなのです。

 

【9】徐々に浮上する事となった「黒幕の存在」

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実はこの「福岡一家4人殺害事件」、逮捕された犯人の中国人留学生ら3名以外にも「犯行に関わっていた人物がいたのではないか?」と警察が躍起になっていた事がわかりました。

つまりは「黒幕の存在」の存在でした。

日本で拘束されていた中国人留学生の証言により「黒幕」がいた可能性が浮上する事となったわけです。

日本で身柄拘束されていた中国人留学生が「誰かに依頼されていたようだ(中国で拘束された同級生ひとりを指し)」という驚きの証言をしていたからでした。

この「福岡一家4人殺害事件」の「黒幕疑惑」については後ほど、じっくりと解説させていただきます。

 

犯人は中国人留学生!

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これから、「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生ら3名について軽く触れていきたいと思います。

経歴と犯人のその後については別途解説とさせていただきます。

 

【1】残忍かつ冷酷な所業~3名の中国人留学生

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「福岡一家4人殺害事件」を起こした中国人留学生は・・・・

  • 王亮(ワンリャン)当時21歳
  • 楊寧(ヤンニン)当時23歳
  • 魏巍(ウェイウェイ)当時23歳

でした。「福岡一家4人殺害事件」発覚後、国外脱出をしていた「王と楊」は中国で身柄拘束される事となり「魏」については国内で拘束される事となりました。

 

【2】「日本に夢をかけた」~中国人留学生の挫折

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「福岡一家4人殺害事件」の犯行は、侵入後30分の間に妻の千加さんと愛息子の海くんが中国人留学生「王・楊・魏」の3名に殺害されるというものでした。

その後、夫・松本真二郎と愛娘のひなちゃんが殺害される事となりましたが、その動機が「黒幕から依頼された松本さん一家殺害計画が発端になっていたのではないか?」と捜査本部は示唆。

学費捻出や、生活費捻出・・・中国人留学生の「王・楊・魏」に、そのような金銭の調達は実質困難でありました。

つまり、殺害報酬を得るために「黒幕の話に乗ってしまったのではないか?」と考えられたわけでした。

日本行を夢見て、渡航費用を親戚や身内から借金してまで、やって来る中国人留学生が多かったのでなおさらです。

でも、実際には学業もうまくいかず、夢とはほど遠い日本での生活に八方塞がりという学生は珍しくなく「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊 ・魏 」も例外ではなかったのかもしれません。

 

【3】「黒幕からの依頼だった?」~王・楊・魏を奮い立たせたものとは・・

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犯人の中国人留学生ら3名の逮捕後「松本さん一家の殺害」について「王が誰かに頼まれていたようだ」と共犯者の「魏」により警察に証言される事となりました。

しかし、その証言の信ぴょう性を高めるもう一つの証言があったのです。それは「王から一部の報酬を受け取っただけで、残りはまだもらっていない」という証言でした。

また、証言していた「魏」が受け取った報酬額とは「僅か一万円」だった事が判明する事となったのです。

「王」から2003年5月下旬に「おまえは格闘技ができるだろう。ちょっと荒っぽいが金になる仕事があるけどどうだ?」と投げかけられていた「魏」。

そして「王」から成功報酬得の確約を得る事となった「魏」は、その後「福岡一家4人殺害事件」を「王・楊」と共に実行に移す事となったのです。

いずれにせよ、結果として「私利私欲のための短絡的犯行」だった事には間違いなかったのでしょうか。

 

【4】「金銭欲が勝った!」すでに強奪事件を起こしていた中国人留学生たち

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2003年1月に「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊」が過去に勤めていた福岡市中央区にあるファーストフード店に侵入していた事が明らかになりました。

そのファーストフード店で強奪した金は「現金230万円」でした。中国人留学生ら3名はこれを機に悪行を重ねていく事となったのです。

2003年4月15日の夜には、福岡市中央区にあった日本語学校の職員室に忍び込んだ「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」らの3名は、現金五万円を盗むという犯行に及んでいました。

実は、その翌月の5月上旬に「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊」のアルバイト先だった福岡市博多区のラーメン店店主を襲撃する計画も立てられていた事が判明。

しかし、この襲撃計画については、元アルバイト店員だった「楊」が「面識があると発覚の可能性が高く非常に危険」と判断したため決行されずに済んだようでした。

恐ろしい事に「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」ら3名は、この時点から「殺害して金を強奪する」事を念頭に掲げていたというのですから本当に驚きだったのです。

 

殺害された松本一家への残虐な犯行内容【閲覧注意】

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これから、「福岡一家4人殺害事件」の犯人・中国人留学生「王・楊・魏」の3名が行った残虐極まりない犯行内容について解説させていただきます。

 

【1】松本一家に下された~凌遅刑(りょうちけい)

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この「凌遅刑」とは、清の時代まで中国で行われていた処刑法のひとつになります。

生身の人間の肉を少しずつ切り落とし、長時間の苦痛に晒したうえで死に至らしめるという恐ろしい処刑法だった「凌遅刑」でした。

歴史中国王朝が科した刑の中で最も重かった処刑法で、明代の中国で書かれた伝奇時代小説の大作「水滸伝」にも、この「凌遅刑」の記述が記載されていたそうです。

また「凌遅刑」に処せられた人間の人肉は、漢方として売られていた事も記されていたのでした。信じられない事に、この「凌遅刑」は、李氏朝鮮(朝鮮王朝)でも実際に実施されていた処刑法だったのです。

「福岡一家4人殺害事件」の被害者だった松本さん一家は「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」という中国人留学生ら3名のもとで、この「凌遅刑」により命を奪われる事となってしまったわけでした。

 

【2】「凌遅刑」という名の罰ゲーム

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実は「王・楊・魏」ら3名は「福岡一家4人殺害事件」の実行にあたって役割を決めていたそうでした。殺害にあたって・・・。

「愛娘のひなちゃん(8歳)を殺す役」の者がいれば「最終的に妻の千加さんに致命傷を負わせた者」がひなちゃんを殺す事になっていたそうなのです。

それらは、まさに中国人留学生ら3名にとり「凌遅刑」という陰惨な処刑ゲームに値するものだったのでしょう。

松本さん一家に「拷問」繰り返しながら、一家4人を死に至らしめた中国人留学生ら3名はその後、「王・楊」ら2名は中国で、「魏」は日本で厳しいお咎めを受ける事となったのでした。

 

【3】夫・真二郎さん帰宅まで妻に与えられた拷問は「ひまつぶし」

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「生きたまま苦痛を与えながら、刃物で順番に肉を切り取っていく」中国の凌遅刑でしたが、まさに妻・千加さんに与えられたのがその拷問方法だったのです。

夫の真二郎さんが帰宅するまでの「帰宅待ち中」に「王・楊・魏」の中国人留学生ら3名は「ひまつぶし」と称してカードの暗証番号を聞き出しつつ、千加さんをいたぶり続けたのでした。

強姦までされた千加さんは、衣類をまとわず全裸だった事が容易に想像できました。そのような惨劇に見舞われている我が家とは知らずに帰宅した真二郎さんを待ちうけていたものは・・・。

「地獄絵巻」のような惨状を見て、真二郎さんは何を思ったのでしょうか。

 

中国人留学生の犯行内容&理由まとめ

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では、これから「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本さん一家がその後、どのようにして博多箱崎埠頭に遺棄される事となったのか。

松本さん一家4人の遺体を遺棄した中国人留学生「王・楊・魏」ら3名の足取りについても併せて解説させていただきますのでご覧ください。

 

【1】博多箱崎埠頭で遺棄される事となった松本さん一家

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松本さん一家殺害後、「王・楊・魏」らは遺体を運びやすくするために、松本真二郎さんの両手に手錠をかけて、真二郎さんの背に愛娘のひなちゃんを背負わせる格好で、工事現場で盗んできた太い電線で縛って固定させたそうです。

その際、玄関先にあった血の付いていなかったマットを遺体を覆い隠すために持ち出し、久留米市内で車を乗り捨てる時に草むらに放置。

また、博多港箱崎ふ頭到着後「王・楊・魏」ら3名は、松本さん一家を海に沈めるために事前に用意していた重りを1個ずつ遺体に付けたそうです。

松本真二郎さんの腕と、愛娘のひなちゃんの足を手錠でつなぎ、その手錠の部分に別の手錠をつないで鉄アレイを付けるなど、非常に残忍な遺棄状況だったようでした。

さらに妻の千加さんと愛息子の海くんは、それぞれ両手に手錠をかけられて鉄アレイを付けられる事となりました。

入浴中に襲われた千加さんは、やはり全裸だったようで、服を着ていなかった千加さんが浮き上がる事を懸念した犯人らは、千加さんにはさらに重量のあった鉄製の重りを付け針金でグルグル巻きにしていたそうなのです。

準備が整った中国人留学生ら3名により松本さん一家は海の中に消える事となりました。

 

【2】遺棄後~久留米に向かったベンツ

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「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」ら3名は、松本さん一家の遺体を遺棄した後、松本真二郎さん所有だったベンツで久留米市に向かったそうでした。

その車両は、Nシステムで確認される事となります。

乗り捨てられる事となった松本真二郎さん所有のベンツは、「ブリジストン久留米工場」内のクラブハウス専用駐車場で発見される事となったのです。

犯人の「王・楊 ・魏」ら3名は、JR久留米駅から乗車し福岡に戻る事となります。

しかし、後に大きな矛盾が浮上する事となったのです。それは「王・楊・魏」らが、自動車免許を所持していなかった事でした。だったら「一体誰がそのベンツを運転していたのか?」、謎は深まるばかりでした。

 

【3】「運転免許がなかった3名の中国人留学生」~運転手は一体誰?

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「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」3名は、来日前も中国で運転免許証を習得していなかった事がわかったのです。また、日本での自動車免許習得の形跡も見当たらなかったそうでした。

中国人留学生の「王・楊・魏」ら3名が、久留米の地理などに詳しいはずがなかった事からますます「黒幕」説に拍車がかかる事に。

結局のところ、運転免許なし、地理に詳しくない・・「だったら松本真二郎さんのベンツを運転していたのは誰ですか?」という話に辿りついてしまうのでしょう。

 

【4】「アウディ」と「女」と「オールバックの男」

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実は、福岡県警が入管難民法違反容疑で逮捕していた中国・陝西省出身の女性(21歳)と、松本さん一家の遺体が発見された前日の6月19日午後10時半ごろに、松本さん宅の前をうろついていた女性が非常に酷似していた事がわかったのです。

また、「福岡一家4人殺害事件」捜査本部の調べで、この女性が中国人留学生と同級生であった可能性が浮上する事となっていきます。

この女性「入管難民法に違反」し、福岡市内の中国式エステ店で勤務していた事から6月25日に警察から逮捕されていた事がわかったのでした。

捜査本部は、この女性が事件当夜に「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」ら3名と共に行動していた可能性を指摘する事となったのです。

理由は、女性が高級外車「アウディ」を降り「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」らと急ぎ足で松本さん一家の自宅に入る姿が住人によって目撃されていたからでした。

また、その高級外車「アウディ」の運転席には、50代くらいのオールバックにした長髪男が乗っていた事も近所の男性により目撃される事となったのです。

この男性は、松本さん所有の「ベンツC200」以外に停車していたこのアウディを克明に記憶していたのでした。

 

【5】タクシー運転手が目撃していた!~「猛スピードで走る2台の高級車」

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「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本さん一家の遺体を遺棄しに博多港へ向かって走っていたベンツとアウディに遭遇する事となったタクシー運転手。

「アウディに続いてベンツが猛スピードで右折したんです。でも、車のバランスがおかしいなと思ったんです。トランクになにかすごく重たいものを積んでいたように見えたんです。また、運転に慣れない者がハンドルを握っていた感じに見えたんです。」

と、証言していたタクシー運転手だったのです。アウディがベンツを先導するかのように走っていたそうなのです。

運転免許がなかった「福岡一家4人殺害」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」3名らがベンツを運転していたという事になれば、やはり先導していたアウディの運転主が拘束後に「魏」が証言していた「黒幕」という事になるのでしょうか?

だとすれば「魏」自身が「王が誰かに頼まれていたようだ」などと曖昧な証言をするのも不可解な事だったのでしょう。

 

【6】「手錠販売店設置のビデオ」~中国人留学生ついに捕まる

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事件発生から2カ月後の8月、捜査本部は「福岡一家4人殺害事件」の容疑者として、市内の日本語学校に通う中国人留学生の「王・楊・魏」ら3名の逮捕に至る事となります。

きつかけは、松本さん一家を博多港で遺棄する際に用いていた「量販店で買った手錠」でした。量販店のビデオ映像から、犯人割り出しへとつながる事となったのです。

そして、「福岡一家4人殺害事件」後、中国に帰国していた「王・楊」の2名も、8月下旬に中国側によって身柄拘束される事に。国外逃亡を図っていなかった「魏」については日本で拘束されるに至ったのでした。

 

【7】結局は「黒幕」に該当する者がいなかったという結論に至る

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その後の調べに対し、日本で逮捕された「福岡一家4人殺害」の犯人の「魏」は「(中国で拘束されている王と楊)ふたりから金になると誘われて3人でやりました」と供述する事となったのです。

中国で拘束されていた「福岡一家4人殺害」の共犯者「王・楊」の両名は、中国当局に対し「自分たちだけでやった」と「黒幕」の存在を否定していたようでした。

しかし、「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」の3名が、松本さん一家との接点が全くなかった事が明らかになりました。

その事から、捜査本部は「別人物によって、中国人留学生に殺害依頼が行われていたのではないか?」という疑念を持ち、交友関係を幅広く捜査する事となったのです。

ですが、「それらに該当する人物特定に至る事ができなかった」という結果に。

その後、福岡市で行われた中国当局との協議でも「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」ら3名の動機や犯行状況について、その「供述に矛盾点がない」という結論に至る事となったのです。

 

【8】「福岡一家4人殺害事件の黒幕」として疑われることになった千加さんの兄

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その後、2003年10月10日号の「フライデー」に「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本千加さんの兄が「黒幕」として匿名で載る事となりました。

松本千加さんの兄は、講談社を相手取り訴訟を起こす事に。

2005年7月27日に東京地裁・長秀之裁判長は「極めて不十分な取材で容易に記事を作成して犯人という印象を与えており重い過失がある」として、講談社に880万の支払いを命じると共に、フライデーに判決結果の広告を載せるよう命じたのでした。

次に、「週刊文春」に6回にわたって行われた「福岡一家4人殺害」の掲載記事の中に、千加さんの兄が松本真二郎さんと金銭トラブルになり殺害を「中国人」に指示したというものでした。

この事により、千加さんの兄は文芸春秋に1億1000万の賠償を求める起訴を起こす事となったのです。

2006年9月28日、東京地裁・金子順一裁判長は「原告らが事件の真犯人であるかのように記載した記事はいずれも真実とは認められず、取材も不十分」と述べ、文芸春秋に1100万円の支払いをいい渡される事となりました。

 

「福岡一家4人殺害事件」~被害者・松本さん一家の詳細に迫る!

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【1】松本真二郎さんはやり手経営者だった

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1962年・福岡市に生誕した「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本真二郎さんは、私立博多高校中退後、中州のクラブに勤務する事となりました。

その後、上京し、東京麻布十番にある焼き肉店で修業する事となった松本真二郎さん。修行後、地元福岡に戻った松本真二郎さんは、1988年に福岡市中央区に「韓国料理店」オープンする事となります。

松本真二郎さん経営のこの「韓国料理店」は、大繁盛し、有名人らの通う「知る人ぞ知る超有名店」に成長。テレビに紹介されるほどの大人気「韓国料理店」へと成長を遂げる事となったのです。

その後、福岡市東区にも別の焼肉屋さんを開店し、敏腕経営者として順調な売り上げを誇る事となります。

 

【2】松本千加さんは化粧品会社の美容部員だった

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「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本千加さんは、夫の真二郎さんと同じく、福岡県の出身でした。

千加さんは、九州女子高校を卒業後、化粧品会社に就職。1994年頃まで化粧品会社の「福岡空港・ターミナル店」で美容部員として働いていたそうです。

夫・真二郎さんとは高校時代から交際していたそうで、1990年・5月にご結婚。愛息子の海くん出産後、愛娘のひなちゃん誕生で、順風満帆な人生を歩んでおられた千加さんだったのです。

 

【3】その後~経営不振に陥った松本真二郎さん

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その後、2001年9月に起こった狂牛病(BSE)問題で、人気店だった「韓国料理店」と「焼き肉店」に陰を落とす事とに。

そして、両店はついに廃業へと追い込まれる事となってしまいました。その後、松本真二郎さんは親族と共に「婦人服販売会社」を設立するもそこでも低迷の一途を辿るばかり。

それに追い打ちをかけたのが、廃業してしまった焼き肉店開店時に借り入れしていた4000万だったのです。2003年3月、松本さん夫婦は「婦人服販売」の業績低迷に伴い、千加さんの親族から独立する事となりました。

デパートに衣料品を卸す仕事も開始し、その2ヶ月後には松本真二郎さんの知人から休眠中だった会社を継承する事となり見事、復活させた松本さん夫妻だったのです。

夫・真二郎さんは、妻・千加さんを社長に就任させ「衣料品販売業」に本格的に乗りだす事となります。しかし、またもやビジネスに失敗する事となった松本真二郎さんは、金策のために取った行動がこれでした!

 

【4】「闇ビジネス」~大麻売買に手を出した松本真二郎さん

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ことごとく不発に終わった松本真二郎さんのビジネス。やがて、金策に負われる事となった松本真二郎さんは「闇ビジネス」へ手を広げるようになってしまったのです。

その闇ビジネスとは「大麻」でした。

「福岡一家4人殺害事件」後、松本真二郎さん所有だった福岡市中央区のマンションを警察が家宅捜査した際に、マンション内から大麻草が発見される事となったのです。

「福岡一家4人殺害事件」を機に、松本真二郎さんが大麻草を栽培しながら「乾燥大麻」売買を行っていた事も発覚する事となってしまったのでした。

信じたくはありませんが、大麻草を栽培していたことは事実だったようです。でも、大麻栽培でもしないと生活が出来ない状態にあれば、松本真二郎さんにとって苦肉の策だったのかもしれませんね。

 

【5】生命保険に多額の出資をしていた松本さん一家

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また、松本さん一家は、毎月の保険料支払いが14万近くになるほど多額な保険を掛けていたことがわかりました。

1994年から1996年にかけて「外資系生保」、1999年には「国内生保」の契約を締結。その内訳は、松本真二郎さんが「1億2000万」、妻・千加さんが「2500万」、長男・海くんと長女・ひなちゃんが各「2100万」でした。

松本さん一家の保険受け取り金額は、総額1億8700万という巨額な保険金額だったのです。かといって「福岡一家4人殺害事件」とは一切関係のない話でしたが、兎にも角にも普通ではあり得ない掛け金だったのでしょう。

 

中国人留学生①楊寧(ヤンニン)の経歴と現在

 

【1】楊寧のプロフィール

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  • 名前:楊寧(ヤンニン)
  • 年齢:当時23歳
  • 出身:中国・吉林省
  • 家族:(父)長春市・建設会社社員/(母)長春市・製紙工場勤務

2001年10月に就学ビザで来日した「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊寧」でした。そして福岡市内の日本語学校を卒業後、大学に進学しアジアの貿易経済について学んでいたそうです。

しかし「楊寧」は、2002年には1科目を履修しただけでサボってばかりいたようでした。その後、大学側に「病気」と偽って休学する事となります。

「福岡一家4人殺害事件」の犯人の中国人留学生「王・楊・魏」らが襲撃する事となった福岡市内のハンバーガーショップは、楊がアルバイトをしていた店でもあったのです。

 

【2】「泥沼に足を突っ込む」~楊の挫折

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翌年、2003年4月に復学をするも、年間50万余りの学費納入が困難となり、納入期限だった6月末前に「親から学費をもらうため一旦帰国します」という言葉を残し日本を後にした「楊」でした。

しかし、実際には実家などには帰っていなかった「楊」だったのです。

「福岡一家4人殺害事件」後、「楊」の父親はこのように語っていたそうでした。

「まずは中国人として日本の被害者のご家族に対して非常に申し訳なく思っております。息子が起こした事件については、記者からの連絡で知りました。それはもう大変驚きました。ただ、いま息子が行方不明なため真実がどうであるかがわからず、ちゃんとお話できていない事が残念でなりません。」と。

実はこの時点で、既に中国の公安当局に拘束されていた「楊」だったのです。

でも、その段階では実家にも知らされておらず、世間にも公表されていなかった事が判明。その後、息子が身柄拘束されている事を知った父親は「現実」を受け止めざるおえなかったのでした。

 

【3】息子を信じ日本に送り出した父の涙

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「息子が留学したのは日本の技術を勉強するためでした。それが息子にとって試練になると思っていました。

中国に帰ってきてからいい仕事をしてほしいと期待していたんです。私は月収1000元(約1万6000円)しかもらっていない建設会社の社員です。

でも、日本への留学には10数万元(160万以上)必要でした。私は息子のために親戚から多額の借金をし、私の一生を賭ける想いで日本に送りだしたんです。」

そう言いながら楊の父親は大きなため息をついたのでした。父親によると楊は、子どものころから素直で優しい息子だったそうです。

美味しいがあれば、自分は食べずに母親に分け与えるという優しい面も持ち合わせていた「楊」。

無駄遣いも一切なく、帰国した際は家族や親せきに必ずお土産を持ち帰り、皆を喜ばせる孝行息子だったそうです。

そのような息子・楊のため家族も必死に息子に仕送りをしていたのでしたが、このような結果となってしまったわけでした。

「こんなに一生懸命な思いで借金してまで勉強させて・・あんなに優しかった息子がそんな悪い事をするはずがないと信じていたいんです・・・」そう口にした父親の目には、溢れんばかりの涙が浮かんでいたのでした。

 

【4】2005年7月17日~楊寧の死刑執行

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また「楊」の日本留学にあたり、父親は以下の「3つの約束事」を告げていたとの事でした。

  • どんなに生活が大変でも辛抱する
  • しっかり勉強をする
  • 日本を法律を守る

父親が提示してきた3つの約束に、素直にうなずいた「楊」だったそうでした。

そんな息子「楊」に対して父親は「本当に事件に関っていたとすれば、厳しい処分も納得しますし、死刑になっても仕方がないと思っている」と淡々と語っていたそうです。

そして、2005年1月24日、遼寧省の遼陽市中級人民法院(地裁)は、「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊」に死刑が言い渡される事となりました。

その半年後の7月17日、楊は死刑執行されこの世を去る事となったのです。楊寧(享年25歳)。

 

中国人留学生②王亮(ワンリャン)の経歴と現在

 

【1】王亮(ワンリャン)のプロフィール

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  • 名前:王亮(ワンリャン)
  • 年齢:当時21歳
  • 出身:中国・吉林省
  • 家族:(父)土木会社経営

 

【2】優秀な王だったのに・・・

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「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王亮」は、非常に裕福な家庭に生まれ育ちました。

2002年春に日本の大学進学を目指して、福岡市内の日本語学校に入学。同級生らと共に寮生活を開始した「王」でした。

「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王亮」の授業の出席率は、96%と非常にまじめな生徒だったようです。

しかし、「福岡一家4人殺害」の犯人「王亮」は、この年の9月同級生とトラブルを起こす事となりました。

そして、次第に学校側の対応に不満を募らせていくようになったのです。

以後、学校にも姿を見せなくなり、この頃から徐々に「福岡一家4人殺害」の犯人「王亮」の様子に変化が見え始めたと同級生により証言される事となりました。

「福岡一家4人殺害」の犯人「王亮・楊寧」の2名は、2003年4月時点で「福岡一家4人殺害事件」の被害者・松本さん宅から700m離れた家賃2万円のアパートで同居していた事が明らかになったのです。

 

【3】「王亮」日本語学校除籍処分

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翌月の5月15日に日本語学校から「このままでは除籍処分になる」との通達を受け、慌てる事となった「福岡一家4人殺害」の犯人「王亮・楊寧」の両名でした。

実際に就学ビザが取り消されれば不法滞在となるため、慌てた「福岡一家4人殺害」の犯人「王亮」は、親の援護を求め帰国。

しかし「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王亮」は、両親から授業料の金を受け取っていたのにも関らず、その金を学校に納めていなかった事が判明したのでした。

授業料を納入していなかった「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王亮」は、その後日本語学校除籍処分を受ける事となってしまったのです。この頃、出入りしていたインターネットカフェで「福岡一家4人殺害事件」の共犯者「魏巍」と知りあう事となったわけでした。

 

【4】2005年1月24日~無期懲役決定

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インターネットカフェで知り合いになった「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」の3名は、金欲しさに「松本さん一家襲撃」を企むようになっていきます。

そもそもは、福岡で犯罪行為を繰り返していた「福岡一家4人殺害事件」の犯人「魏」でしたが、松本さん一家襲撃については「王・楊」の両名に持ちかけられた話であったようでした。

その後、2005年1月24日に遼寧省の遼陽市中級人民法院(地裁)にて「王亮」は、無期懲役を言い渡される事となったのです。

 

中国人留学生③魏巍(ウェイウェイ)の経歴と現在

 

【1】魏巍(ウェイウェイ)のプロフィール

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  • 名前:魏巍(ウェイウェイ)
  • 年齢:当時23歳
  • 出身:中国・河南省
  • 家族:(父)宝石加工工場経営

 

【2】楊・王に続いて優秀だった魏巍「夢は貿易商」

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「福岡一家4人殺人事件」の犯人「魏」は、父親が工場を経営するなど大変な資産家の息子でした。

「魏」は高校卒業後、3年間民軍で班長を務めていた経歴の持ち主でもあったのです。その後、「福岡一家4人殺害事件」の犯人「魏」は、大連にある外国語学院で日本語を学ぶ事となったのです。

何故、「魏」が日本語を学んだのかというと、日本に留学して先端技術を学ぶ夢があったからでした。その事から「魏」は、2001年4月に福岡の日本語学校へ入学する事となりました。

2002年4月には、念願だったコンピューター専門学校に入学、ここでも「魏」は奨学生候補にあがるほど優秀な生徒だった事がわかったのです。

 

【3】「2003年を境に一転」~突如犯罪行為を繰り返すようになった魏巍

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故郷の中国・河南省に恋人の存在もあった「福岡一家4人殺害事件」の犯人「魏」でした。

本当にごく普通な中国人留学生だったのに、2003年を機にコンピューター学校の出席率に陰を落とす事となっていきました。

欠席ばかりするようになった「福岡一家4人殺害」の犯人「魏」は、次第に自身のアパートに中国人女性らを招き入れ、盛んに交流するようになっていったのです。

そして2003年・4月には、同じ留学生仲間と共に中国人宅に押し入って「26万円を強奪」するなどの悪行を行うまでに落ちぶれてしまった「魏」だったのです。

その後、かつて「福岡一家4人殺害」の犯人「魏」が住まいとしていたアパートにも強盗目的で押し入っていた事が判明する事となったのでした。

また、その2カ月後には知人女性に暴力を振るうなどして傷害容疑で逮捕されていた「福岡一家4人殺害」の犯人「魏」だったのです。

さらには、他人名義で携帯電話契約を結ぶなどの詐欺を働いていた事もわかり、来日時の「魏」の中に掲げられていた人生への希望は、見事、自身の手により打ち砕かれる事となってしまったのでした。

 

【4】楊と同様の死刑を言い渡された魏巍

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「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊」は、一審で死刑判決を受ける事となり、2005年7月17日に中国で死刑執行される事となりました。

日本で起訴されていた「魏」は一審の福岡地裁の判決で事実を認めた後、一貫して沈黙。

その後死刑判決を受ける事となったのでした。しかし、二審では「魏」は一転して動機や犯行家庭・3人の役割・遺族への謝罪など述べていましたが、起訴は棄却。

その後上告する事となった「魏」でしたが、2011年10月20日に最高裁で「魏」の上告は棄却され死刑判決確定となったのです。

2019年現在「福岡一家4人殺害事件」の犯人「魏」は、福岡拘置所に収監されていて死刑執行はなされておりません。

 

「福岡一家殺害事件」~遺族の叫び

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これから「福岡一家4人殺害事件」の遺族の心に迫っていきたいと思います。

愛する者をこのような形で失う事となってしまった遺族らの心の叫びとは一体どのようなものだったのでしょうか。

 

【1】「松本真二郎さんの叔父」~松本等さんコメント

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「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」ら3名の逮捕に至っても「心が晴れる事がなかったという叔父の松本等さんでした。

「悲しみを通り越して怒りでいっぱいだ。なぜ真二郎の家が狙われたのか。なぜ全員殺害してしまったのか。疑問ばかりだ。真二郎には何も報告が出来ない」

そのように言いながら叔父の松本等さんは、グッと唇を噛みしめたのだそうです。

 

【2】「松本千加さんの父」~梅津亮七さんのコメント

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「福岡一家4人殺害事件」の犯人「王・楊・魏」の3名逮捕の報告しに、福岡市博多区の自宅を訪れた福岡東署長・那須照弘ら警察関係者の前で泣き崩れた千加さんの父・梅津亮七さんでした。

千加さんが生前好きだったという白いカサブランカを、家族4人の仏前に献花した福岡東署長の那須氏だったそうです。

最愛の孫をなくし、生きる望みがなくなった」と憔悴しきっていた千加さんの父・梅津亮七さんだったのです。親族らは一同に「福岡一家4人殺害事件」の犯人の動機究明など徹底調査を要望していたそうです。

中級人民法院で開かれた初公判に臨んだ梅津亮七さんら遺族は、初めて犯人の「王・楊」を目の前にした時、激しい怒りが込み上げてきたそうです。

その後、犯行現場だった松本さん宅の子ども部屋・浴室・廊下に残されていた血痕等が写った写真がスクリーンに映し出されると「王」は終始目をそらし「楊」は顔を上に上げようとしなかったそうでした。

その後、傍聴席の最前列に座っていた千加さんの父・梅津亮七さんに向かって「王」は、土下座をし、日本語で「すいません」と3回繰り返しながら頭を下げたのだそうです。

「頭を下げて済むものではない。それ以上にひどい目に遭わされたんです」と怒り心頭だったのでした。

しかし「楊・魏」の死刑判決が決定した後、安堵するであろうはずだった千加さんの父・梅津亮七さんは、犯人たちを激しく肉親でいたのにもかかわらず、次のような言葉を漏らしたのだそうです。

「死刑判決で肩の荷が下ろせたんだけど悲しみは死ぬまで消えません。・・・まだ若いのに(王・楊)。どうせ4人は帰ってこないんだから無罪にしてあげてもいいかと思ったんです。矛盾な事でしょうが、彼らにも親兄弟がいます。親が子を想う気持ちは同じなんです。」

このように静かに語っていた父・梅津亮七さんだったのです。

 

福岡一家4人殺害事件のまとめ!

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福岡市で起きた「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊・魏」に死刑判決。中国における裁判で事件解明について、捜査協力を行ったとして減刑された「王」には無期懲役がいい渡される事となりました。

松本さん一家が高級車を乗っていて、お金を持っていそうだ」という理由だけで、松本さん一家に押し入り皆殺しに至ってしまった凄惨な「福岡一家4人殺害事件」だったのです。

近くに住む自営業者の男性は「一軒家に住んでいるというだけで狙われたら怖くてどこにも住めない」と不安げに語っていたそうでした。

松本海くんが通っていた「私立福岡海星女子学院付属小学校」の教頭は、「ショックで心が重たく長い長い日々でした。海くんたちの心が生き続けるよう、みんなでお祈りを続けたいと思います」と語っておられたそうです。

同学校、保護者は「窃盗目的で子どもが殺されたなんて今も信じられません」と現実を受け入れることに躊躇っておられたのでした。

また、ひなちゃんが通っていた福岡市の「私立福岡雙葉(ふたば)小学校」校長は、「容疑者逮捕でも、ひなさんが戻って来るわけではありません」と言葉少なげに語っていたそうです。

転落した中国人留学生によって起こされた「福岡一家4人殺害事件」。理想と現実が乖離されてしまった挙句の果ての一家惨殺という凶悪犯罪。

この事により「福岡一家4人殺害事件」の犯人「楊」は命を持って罪を償う事となりました。同じく死刑囚の「魏」は現在も福岡拘置所の中。捜査協力により死刑を免れ無期懲役になった「王」。

この者たちが行った悪により、尊い命とその者の未来が全て奪われてしまったのでした。そのうえ「加害者・被害者遺族」の双方に深い悲しみを残す事となった「福岡一家4人殺害事件」だったのです。

また、「福岡一家4人殺害事件」発覚後、事件に伴い留学生向けの求人等が激減したという報告がなされていたようで、当然、留学生にとって死活問題だったのです。

事件の影響から、アルバイト中の中国人が突如クビにされるという報告もあがっていたそうでした。

日本と中国は「永遠の隣国」と位置付けられており、地理的に離れる事の出来ない隣国同士なのです。歴史問題を抱えながらも関係悪化しないよう、日本側は継続して協力を求めている現状であります。

そのような関係にある両国から、このような被害者や加害者が生れる事は非常に哀しい事だったのでした。

連日のように事件事故の報道が後を絶たないのも現状ですが、異国間でこのような事態が起これば健全な異国間交流も閉ざされる事になりかねないのです。

「福岡一家4人殺害事件」発生において、犠牲者だった松本さん家族のご冥福をお祈りしながら、二度とこのような哀しい事件が繰り返されない世の中であるよう、ただただ切に願うしかないのかもしれません。

夢や希望を持って日本にやって来る留学生のためにも、平和な社会であるよう、みんなで祈り続けるしかないのでしょう。

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