小林一茶は性欲強い?夜の営みで妻を過労死させた有名作家の真相を解説!

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小林一茶は性欲が強かった?

 

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日本を代表する俳人・小林一茶。

様々な作品を世に残しており、今もなお語り継がれている有名な俳人・小林一茶。その正体はなんと、性欲がとてつもなく強く、夜の営みで小林一茶の妻を過労死させていたこともあるとの噂もあるほどなのです。

一体、小林一茶の性欲はどれほど強いものであったのでしょうか?

今回の記事では、俳人・小林一茶についてまとめていくとともに、小林一茶の性欲の強さの真相・妻の過労死の真相をまとめていきます。

あなたもきっと、小林一茶の性欲の強さに驚くことでしょう。それでは、見ていきましょう。

 

小林一茶とは?

 

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まずは、小林一茶という人物について紹介していきます。

小林一茶とは俳句をつくる際の名前であり、本名は小林弥太郎といいます。

小林一茶は、1753年(宝暦13年)に信濃国柏原(現在の長野県上水内郡信濃町)で誕生しました。幼い頃に母親を失ってしまったり、義理の母との関係がよくなかった小林一茶は、大変な少年時代を過ごしたのです。

様々な困難を経た小林一茶は、自身が40代に入ってから俳諧行脚をして生計を維持するようになったのです。『一茶調』と言われる作風を確立した小林一茶は徐々に名を広めていったのです。

そして小林一茶が50代の時には、俳人として全国的に名前が知られるようになり、やっと安定した生活を得ることになったのです。50代に入った小林一茶は結婚することとなったのですが、小林一茶の結婚生活については、後ほど詳しくまとめていきます。

そんな小林一茶は、生涯のうちに約2万2000句もの作品をつくったとされているのです。小林一茶は、亡くなった現在も松尾芭蕉・与野蕪村と並び『江戸三大俳人』と言われている俳人にまで成長しました。

 

小林一茶の代表作は?


小林一茶の代表作として『おらが春』が挙げられます。

小林一茶が57歳の時に、自身の俳句や俳文をまとめた本が『おらが春』です。有名な俳諧俳文集ですので、知っている方も多いのではないでしょうか?

その中の第一句目が『めでたさも中位なりおらが春』という俳句になっています。『おらが春』は小学校の教科書にも載っているほど有名な俳句になります。

他にも小林一茶の読んだ俳諧・俳句はたくさんありますので、気になる方は読んでみてください。

 

小林一茶の性欲の真相とは?

 

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さて、それでは小林一茶の性欲がどれほど強いものであったのかをまとめていきます。

小林一茶の俳句は庶民的な目線で素朴なものが多く、枯れたイメージが強いでしょう。しかし、小林一茶はそんなイメージとは逆に性欲の強さが半端なかったのです。

そんな小林一茶の性欲の強さの真相を見ていきましょう。

 

小林一茶はどれくらい性欲が強かった?


引用: Pixabay

小林一茶が残した日記には、妻との夜の営みの回数が詳しく記録されていました。

そこに書かれていた、妻との夜の営みの回数がとても多いと話題になったことから『小林一茶は性欲が強い』と言われ始めたのです。

小林一茶の日記に書かれていた妻との夜の営みの回数は、

  • 8月8日 5回
  • 8月12日 夜3回
  • 8月15日 夜3回
  • 8月16日 3回
  • 8月17日 夜3回
  • 8月18日 夜3回
  • 8月19日 3回
  • 8月20日 3回
  • 8月21日 4回

でした。他にも、

  • 夜雷雨。夜三交
  • 墓詣。夜三交
  • 通夜大雷。四交
  • 晴、夜交
  • 隣旦飯 四交

と、その時の天気や何をしていたかとともに、妻との夜の営みの回数が書かれている時もあったそうなのです。墓参りのあとなどの厳粛な場に行った日の夜は、特に背欲が強く出たとも言われています。

日記に書かれていたことを見ればわかるように、一晩で5回夜の営みをされている時もあった小林一茶。

これだけでも小林一茶の性欲の強さが伺えるでしょう。

しかし、驚くべきは小林一茶の夜の営みの回数だけではなかったのです。

 

小林一茶の年齢が話題に!

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引用: Pixabay

性欲が強いと言われている小林一茶ですが、実は小林一茶の性欲の強さは若い時だけではなかったのです。

小林一茶が初めて結婚したのは52歳の時でした。妻となったのは当時28歳の菊という女性でした。先ほど小林一茶の日記に書かれていたとまとめた夜の営みの回数というのは、この菊とのものであるとされています。

当時の平均寿命が4.50歳の中で、小林一茶は52歳を過ぎていながら一晩に何度も性交を行えるというのは、よほど小林一茶の性欲が強かったことがわかるでしょう。

 

妻を過労死させた真相は?

引用: Pixabay

小林一茶の妻・菊はなんと37歳の時に亡くなってしまったのです。

小林一茶の妻・菊の詳しい死因はわかっていません。しかし、小林一茶の性欲が強いあまり連日繰り返される夜の営みのせいで過労死してしまったのではないかと言われているのです。

毎晩3-5回は当たり前に性交を行なっていた小林一茶。妻・菊は、その性欲の強さについていけなかったのでしょうか?

妻・菊が小林一茶の性欲が強すぎるあまり過労死してしまったというのはあくまで言い伝えではあります。しかしながら、小林一茶の性欲は尋常ではなかったため、そう言われるのも納得です。

 

再婚を繰り返した小林一茶!

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引用: Pixabay

妻・菊が亡くなっても、小林一茶の性欲の強さは留まるところを知らず、小林一茶が62歳の時には雪という女性と2度目の結婚をしました。

2度目の妻・雪の間でも小林一茶の性欲の強さが原因となり、わずか3ヶ月で不仲となってしまい離婚することとなってしまったのです。

さらに小林一茶は64歳の時、自身3度目となる結婚をしたのです。相手はヤオという当時32歳の女性であったと言われています。小林一茶は65歳で亡くなってしまうのですが、自身の日記には亡くなる直前まで夜の営みを行なっていたことが書かれていました。

 

小林一茶の性欲は尋常ではなかった!

 

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いかがでしたか?

小林一茶について・小林一茶の性欲の強さの真相について・妻の過労死の真相についてなどまとめてきました。

ここまで読んでいただくと、小林一茶は単に性欲が強いという言葉だけでは収まらなかったことがお分りいただけたのではないでしょうか?それゆえ小林一茶は、『歴史上最強の性豪』とも言われているのです。

小林一茶のように、性欲の強さが原因で妻が過労死したり妻と離婚することがないよう、みなさんもお気をつけください。

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