林真須美の現在!犯行動機や死刑執行時期&夫や息子の末路まとめ

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林真須美とは?

 

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1998年7月に発生した、「和歌山毒物カレー事件」を知っていますか?

若い世代の人たちの中には、知らない人もいるかもしれません。当時、和歌山県園部地区では夏祭りにが開催されていて、そこではカレーも提供されていました。

その時にカレーの担当をしていたのが保険会社で外交員として働いていた主婦・林真須美さんだったのです。林真須美さんが提供したカレーには毒物が混入していて、67人の人が吐き気・腹痛を感じて病院に搬送されました。

そして、4人の人が命を落としたのです。和歌山毒物カレー事件を起こした林真須美さんはどんな人物なのでしょうか?

また、林真須美の家族はどうなったのでしょうか?

 

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林真須美の生い立ちを解説

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林真須美さんの生い立ちはどんなもので、どんな人生を歩んできたのでしょうか?

 

【1】出身と育った環境


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林真須美さんは、1961年7月22日に小さな漁村で3人兄妹の末っ子として生まれました。

出身は和歌山県有田市だと言われていますが、中には実際は韓国人で日本に帰化したという説もあります。林真須美さんが育った家庭は普通の一般家庭で、お父さんの人柄は地味だったようですが、お母さんは外交的で、保険会社の外交員として働いていたようです。

林真須美さん自身も保険会社の営業の仕事をしていたので、お母さんの影響があったのかもしれません。

 

【2】子供・小学生時代

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林真須美さんは、子供の頃は買ってもらったピアノの練習や家の手伝いをしていたそうです。

当時周りからは、「明るい性格ではあったが、それと同時に負けず嫌いな一面があった。」と言われていました。思春期を迎えた林真須美さんは、和歌山毒物カレー事件で流れたテレビの映像よりも、内気で清純そうな雰囲気があり、瘦せていたそうです。

しかし、負けず嫌いな一面は相変わらずで、時にはそれが強く出てしまうこともあったんだとか。学校でおこなわれたテストの点数が悪いと、悔しさが爆発してヒステリーを起こすこともあたようです。

穏やかな一面もありましたが、怒るとブレーキが効かない性格でもあったのです。過去の目撃情報では、園部地区の住民の方々と怒鳴り合いのケンカをしていたという情報もあります。

 

【3】高校・大学時代・出会い

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林真須美さんは、高校を卒業して大学附属の看護学校に入学しました。

そして林真須美さんが19才の時に、夫となる健治さんと出会います。健治さんが林真須美さんと出会った時の年齢は35才、シロアリを駆除する会社の経営をしていて、すでに結婚していました。

二人はいわゆる不倫関係だったのです。健治さんは林真須美さんを高級車で迎えにきたり高級なプレゼントをしたりして、関係を続けていました。

 

【4】結婚

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1983年に、健治さんは前妻と離婚して林真須美さんと結婚します。

林真須美さんは化粧品販売やウェイトレスの仕事をしながら長女を出産し、その後夫婦は3人の子供に恵まれました。新築一戸建てである3500万円の自宅をローンで購入し、そこで生活を送っていました。

 

【5】林真須美さんの生活の疑問

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林真須美さんの周囲では、少しずつ不可解な出来事が出始めていました。

いきなり園部地区にある120坪の家を7000万円で購入(1995年。)。その後、林真須美さんの母親が67才の時に「急性白血病による脳出血」で他界します。

そして林真須美さんは1億4000万円の保険金を手にしました。和歌山毒物カレー事件で逮捕されたことを受け、この時から保険金詐欺をしていたのではないかと言われています。

和歌山毒物カレー事件が起きた時、林真須美さんの長男は10才でした。

その後のインタビューで「当時は大きな金庫があって、そこには億単位くらいの大量の札束があった。」と話しています。夫である健治さんはギャンブル好きで、それが原因で廃業してしまいます。

保険金詐欺で手に入れたお金が家族の支えだったのかもしれません。

 

林真須美の経歴を解説

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続いては、林真須美さんの経歴についてを紹介していきます。

 

【1】健治さんとの出会ってから結婚に至るまで

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林真須美さんが、夫・健治さんと出会ったのは19才、当時は看護学校の2年生でした。

看護学校で林真須美さんは寮生活を送っていて、その厳しさから自由な生活を望んでいたようです。出会った当時、健治さんはシロアリを駆除する会社を経営していて、35才と若い年齢でありながら羽振りが良く、林真須美さんを派手な車で送迎したり、ネックレスなどの高級プレゼントをしてアタックしていたようです。

当時はバブルの時代で、ギャンブラーでもあった健治さんは一回に百万円単位のお金を獲得していたようです。その時に19才と若かった林真須美さんには、健治さんのお金の使い方に魅力を感じたのかもしれません。そして、2人は結婚します。

 

【2】子供の出産

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林真須美さんは看護学校を卒業したのちに結婚しますが(1983年)、健治さんにとってそれ3回目の結婚でした。

2人はすぐに結婚式をしましたが、林真須美さんが披露宴中に行き違いをおこしたことで健治さんは激昂しました。健治さんは恥をかかされたことに対して林真須美さんを怒り、平手打ちで顔を殴ったと言われています。

2人の結婚生活は波乱の幕開けになりましたが、その後夫である健治さんはギャンブルの影響で会社が倒産し破産状態になってしまいます。その後健治さんは働こうとはしなかったみたいです。

お金がなくなったことを受けて、林真須美さんは健治さんと安いアパートで生活をしていました。この時には健治さんも働いていたようですが、林真須美さんは生活費のために化粧品販売やウェイトレスの仕事をしていました。

1984年には新築一戸建て・3500万円の住宅をローンで購入します。同年に長女が生まれ、1985年には次女も生れています。

そんな中でも健治さんのギャンブル好きは収まらず、次第に林真須美さんも不満を募らせます。林真須美自身は保険会社の外交員として働いていたため、保険の知識がありました。そこから、保険金詐欺の疑惑が出てきます。

 

【3】疑惑の保険金詐欺

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実際に林真須美さんと健治さんは、さまざまな保険金詐欺をしていたと言われています。

1993年5月18日、健治さんは右ひざを転んで骨折しましたが、バイク事故であると主張して後遺障害保険金として2052万円を手に入れています。1996年2月13日には、両足に林真須美さんがやけどを負い、バーベキューの炭火の中に車で突っ込んだと主張しました。

そこから入院給付金として459万円を手にし、1997年2月6日には健治さんが亜ヒ酸入りの葛湯を飲んで保険金を得ようとしましたが、これは失敗しています。

そして、このころに林真須美さんの母親が急性白血病の脳出血で亡くなっており、保険金として1億4000万円を手にしていますが、亜ヒ酸を飲ませて白血球を増加させたのでは、と言われています。

1997年9月22日には知人の男性に亜ヒ酸が入った牛丼を食べさせ、保険金として1億2910万円を手に入れようとします。しかし、男性は命をとりとめたため、入院給付金として539万円を手にします。

199711月~12月にかけては亜ヒ酸を飲んで後遺障害で入院している健治さんの症状を重く見て、高度障害保険金として1億3768万円を手に入れています。そして1998年3月28日には保険金1億2910万円を手にするために知人の男性に亜ヒ酸が入ったうどんを食べさせますが、これも失敗に終わっています。

これよりも以前の1998年2月、林真須美さんは高級マンションの最上階を買うことを決めていました。その後林真須美さんと夫の健治さんは1998年10月4日に詐欺の容疑で逮捕されました。

 

保険金詐欺とは?

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保険金詐欺は、保険の対象になる人(被保険者)が病気やケガを負った、死亡させたと見せかけて保険会社から保険金を不正に受け取る行為のことを言います。主な保険金詐欺の手口として、

・ケガや病気をしたように見せかける。または必要以上に入院して、保険金を受け取る。

・交通事故にあったと見せかけて保険金を受け取る。

・保険の対象になる人(被保険者)を殺害して自殺に見せかける保険金殺人。

保険金は高額です。

死亡保険金となると1000万円を超えることもあり、保険会社がしっかりと調査をするので安易な保険金詐欺はバレます。また、保険金詐欺をした場合は最大で10年以下の罰則があります。

殺人の罰則(死刑または無期懲役、5年以上の懲役)を上回る可能性もあるので、保険金詐欺は重い罪だと認識してください。

 

和歌山毒物カレー事件概要

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和歌山毒物カレー事件の概要とは、一体どのようなものであったのでしょうか?

 

【1】事件発生

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1998年7月25日、当時夏祭りが園部地区で開催されていて、カレーと共にさまざまなものが提供されていました。

しかし、そのカレーを食べた67人が異変を感じて訴え、病院に搬送されます。小学生4年の男子児童・高校1年生の女子生徒・園部第14回自治会の会長と副会長の4人が亡くなりました。

被害者の人たちは夏祭りの場で食事をとったり持ち帰ったりしたりと様々で、嘔吐した場所もそれぞれ異なりました。その異変に気づいた参加者がカレーの提供をやめさせるように指示し、嘔吐の原因がカレーであることが発覚します。

事件当時保健所は食中毒が原因だと見ていましたが、和歌山県警察は祭りのカレーを食べた人の嘔吐物を調べ、そこから青酸中毒だと考えました。しかし、出ている症状が青酸中毒と合っていないことを受け、警察庁の科学警察研究所が再度詳しい検査を行います。

そこから亜ヒ酸が混入していることが分かったのです。そうしたことを受け、地元の自治会や学校では臨時の会議が開かれました。

 

ヒ素の有害性は?

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農林水産省の「食品中のヒ素に関する基礎知識」によると、ヒ素は自然環境の中に存在している元素の1つです。地殻の中に分布していて、森林火災・火山活動・鉱物の風化などの自然現象によって環境の中に放出されます。そのため、農地を含め全国の水や土の中に存在しているのです。

食品を食べたり水を飲んだりすると、身体の中にヒ素が入ります。その時、人の体にはどんな影響が出るのでしょうか。それは身体の中に入ったヒ素化合物の種類と量に変わってきます。

有機ヒ素が人の身体の中に入った時にどんな影響が出るのかは、今のところわかっていません。EFSAやFDAの評価では有機ヒ素は無機ヒ素に比べると悪影響のは小さいと言われています。

しかし、無機ヒ素が短い期間または一度に人の身体の中に入ると、下痢・嘔吐・発熱・脱毛・興奮などの症状がでると言われています。さらに、無機ヒ素が長期間にわたり大量に身体の中に入ると、がんの発生や皮膚組織の変化につながると言われています。

 

【2】逮捕

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1998年10月4日に保険金詐欺と知人の男性に対する殺人未遂容疑で林真須美さんが逮捕されます。それと同時に、夫の健治さんも和歌山県警捜査一課・和歌山県東警察署に連行されます。

そして12月9日に、カレーへの亜ヒ酸を入れたとして殺人・殺人未遂容疑で再逮捕されました。12月29日に林真須美さんは和歌山県地方検察庁によって和歌山地方裁判所に殺人・殺人未遂容疑で起訴されます。

和歌山毒物カレー事件のニュースやカメラで撮られた映像とともに、林真須美さんの自宅や住所は大々的に報じられたのです。

 

【3】刑事裁判

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林真須美さんはかけられた容疑を全て否認して裁判に出席します。

第一審・初公判は1999年5月13日に和歌山地方裁判所によって開かれ、傍聴券抽選会場の和歌山城砂には5220人の傍聴希望者が集まりました。裁判の中で検察側が提出した証拠は1700点にものぼり、1審の開廷数は95回・3年7か月におよぶ長い裁判でした。

2審では結審が出るまで12回もかかったのです。直接的な証拠・動機の解明がわからないまま、上告審で検察側は「地域の人々に対して無差別殺人を行う理由はない。」と主張します。それに対し最高裁は動機を明らかにする必要性がないことを述べました。

 

【4】裁判での判決

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第一審判決公判は2002年12月11日に和歌山地方裁判所開かれ、そこで被告人・林真須美さんのヒ素混入と殺意があったことが認められます。

「4人もの命が奪われたことはとても重大で、遺族の悲痛な叫びを胸に刻むべき。」と断罪した上で被告人・林真須美さんに死刑を言い渡します。その判決に不服申し立てた林真須美さんは、その日のうちに大阪高等裁判所に控訴します。

大阪高等裁判所で控訴審初公判が開かれ(2004年4月20日)、大阪高等裁判所は2005年6月28日に「カレー事件の犯人であることに疑う必要性はない。」と判断して第一審である死刑判決を支持し、林真須美さんの控訴を棄却します。

林真須美さんは、またも判決を不服としてその日のうちに最高裁判所に上告しています。

最高裁第三小法廷はに「状況証拠や鑑定結果から、被告が犯人であることは間違いない。」と話し(2009年4月21日)、林真須美さんの上告を棄却します。その後林真須美さんは2009年4月30日付けで最高裁第三小法廷に死刑判決の破棄を申し立てますが2009年5月18日に棄却。林真須美さんの死刑が確定しました。

林真須美さんは11人目の女性死刑囚となります。

 

【5】死刑に関して

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この記事を書くにあたって林真須美さんのことを調べていると、「林真須美さんの死刑はいつ執行されるのか」という言葉もあります。

過去には再審を請求している時に刑が執行されたケースもあります。再審の請求は刑が執行されるのを引き延ばしにする目的でされることが多いので、死刑囚の約7割が再審の請求をしているようです。

林真須美さんの和歌山毒物カレー事件からかなりの年数が立っていますが、直接的な証拠はなく状況証拠のみの判決なので、少数ではありますが「冤罪の可能性は?」という人もいるようです。万が一無罪でありながら刑が執行されることは国に責任があると言われる可能性があるので、刑が執行されない可能性も考えられます。

また、刑が執行されるよりも前に獄中で亡くなる人もいます。その可能性も捨てきれないのです。

 

林真須美の犯行動機は?

 

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なぜ、林真須美はこの犯行をしようと思ったのでしょうか?

 

【1】周りの主婦たちに疎外にされた?

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林真須美さんが事件をおこした動機として有力視されているのが、当時カレーを作っていたガレージの中で他の主婦たちに疎外にされたことだと言われています。

それに腹を立てて、犯行に及んだと噂されています。

 

【2】保険金詐欺と無差別殺人。

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犯罪心理学的に見ると、林真須美さんがおこなってきた保険金詐欺は知能犯罪で、無差別殺人である和歌山毒物カレー事件は粗暴な犯罪であることから、同じ犯人がすることは珍しいことだと言われています。

 

【3】正確な動機は分かっていない。

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林真須美さんは保険金詐欺については認めていますが、和歌山毒物カレー事件に関しては犯行を認めていません。

さまざまな裁判が行われましたが、しっかりとした犯行の動機はわかっていないのです。

 

林真須美の夫の末路は?

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林真須美の夫は、現在どうなっているのでしょうか?

 

【1】林真須美の夫の経歴は?

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林真須美さんの夫である健治さんは、出会った当初はシロアリを駆除する会社を経営していました。

派手な車で林真須美さんを送迎したり、高級なプレゼントをしていた羽振りのいい生活をしていたことはたくさんの記事に載せられています。健治さんが林真須美さんと出会う以前の情報はありませんでした。

裁判で注目されたのはほとんどが林真須美さんで、健治さんがあまり注目されていなかったのが理由かもしれません。

 

【2】保険金詐欺容疑での逮捕

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逮捕された時、夫の健治さんには保険金詐欺などの疑いがありましたが、殺人に関しての情報はありません。

また、以前におこなわれた保険金詐欺の時にヒ素を飲まされたという情報もありますが、健治さん自身は「ヒ素は自分で飲んだ。」と林真須美さんをかばうような発言をしています。

 

【3】林真須美の夫は現在どうしている?

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夫である健治さんは今どうしているのでしょうか。

ある記事に、事件について取材を受けたことが書かれていました。和歌山毒物カレー事件が発覚した時、健治さんは無職で林真須美さんを含め4人の子供と事件現場に近い自宅に暮らしていました。

健治さんは林真須美さんの裁判では被害者として認定されましたが、保険金詐欺(1億6000万円)を共謀したことで懲役6年の判決を受けます。出所後は脳内出血で倒れ、左半身が麻痺してしまったため現在はデイサービスを受けながら一人暮らしをしています。(「」はインタビュアーで『』は健治さんはの解答です。)

「裁判の判決を受けて林真須美さんは再審を求めています。それが退けられたことについてどう思いますか?」

『裁判所は、どうしても林真須美を犯人とさせたいんだろうか。少なくとも『葛湯事件』に関しては、『ヒ素はお金をとるために自分で飲んだ。』と再審請求の時に陳述書を提出している。これは無罪に繋がる明らかな証拠だと。』

「林真須美さんの控訴審でも同じように証言していますが、これは妻をかばうための噓だと言われて信用されませんでしたが。」

『そんなことはない、と思った。いくら妻であっても、自分にヒ素を飲ませた人間をかばうようなことはしない。もしも何か目的があって本当にヒ素を飲まされていたのなら、私もきちんとした刑を願うはず。』

「ヒ素を気づかぬうちに飲まされていた可能性はありませんか?」

『私は今までに20回以上、ヒ素中毒で入院している。だとしたら気づかないわけがない。ヒ素を飲んだら下痢も嘔吐もひどくなる。そもそもヒ素は耳かき一杯の量で人が死ぬ猛毒だから、林真須美が私を殺そうと思ってヒ素を混入していたとすれば、何回も殺しをするはずがない。私はヒ素を飲むときは自分で調整して飲んでいた、だから今も生きている。

『葛湯事件』は私が食べ物に自分がヒ素を入れて飲んだことで起こった事件。林真須美の裁判では私以外にも、死亡保険金狙いで同じようにヒ素の被害にあった男性がいるが、その男も本当は私の真似で保険金詐欺をしようとして、私と同じような方法をとっていた。』

また、健治さんはぞれぞれの事件についての詳しい内容、林真須美さんとの生活についてもはなしていました。

「どうして、ヒ素を使った保険金詐欺をしようと考えたのですか。」

『私は和歌山毒物カレー事件が起きるよりも前にシロアリを駆除する会社を経営していた。それは10年くらい前のこと。仕事の関係上ヒ素を所有していたので、ちょっと舐めて試したのがきっかけ。それよりも前にある人物から『ヒ素は猛毒だが、毎日少しずつ飲むと免疫が強化されて健康になる。』と聞かされていたから試してみたくなった。そうしたら嘔吐や下痢がひどくなって入院した。手足のしびれもあって、握力が20くらいしかなかった。そんな時に、林真須美のお母さんから『保険には、死亡保険と同じ額がもらえる高度障害保険金がある。』というのを聞いて、それを狙おうと考えた。』

「高度障害保険金はどうやってだまし取ったのですか。」

『医者に、『両手足が一切動かないので、終身介護が必要。』と診断書に書いてもらった。そして保険所に保険金の請求をするためには、入院中は手足が一切動かないようにしておくことが必要だった。そこで入院しているときは林真須美に付き添わせて、私が寝返りを打ったのに看護婦が気づいた時には『主人が態勢が苦しいと言うので、私が身体の向きを調整しました。』と言わせた。看護婦の前で私のオムツを変えさせたこともあった。そこから2億円の高度障害保険金を手にし、ヒ素を舐めては保険金を得る保険金詐欺を繰り返した。被害額は1億6000万円をになっているが、実際には8億円くらいいってるはず。』

「ヒ素を飲まずに、仮病で病気のフリをするだけではだめだったのですか?」

『病院では、血圧測定・筋電図・MRI・血漿交換など、あらゆる検査や治療を受ける。仮病のフリだけでお金をだまし取るのは無理。ヒ素を飲んでおくと、病院の検査ではどれだけ調べても私の不調の原因が分からず、結果は急性腸炎ということにされた。』

「夫婦で保険金詐欺をする時の林真須美さんの役割はなんですか?」

『林真須美は保険会社の外交員として働いていて、保険料の支払いや保険の契約、保険金の請求なんかをやっていた。保険金詐欺の主犯は私。だまし取ったお金はほとんど私が使っていた。林真須美もお金を使っていたけど、私は競馬に1回で1000万とか2000万くらい使っていた。最初の2億円は半年でなくなった。』

「事件が起きた時は林真須美さんが報道陣に対してホースで水をかける映像が流れていましたが、林真須美さんは注目されていましたか?」

『私が亭主関白ということもあって、女に出しゃばられるのが大嫌いだった。林真須美にもそういうことさせないようにしていた。林真須美がホースで記者の人達に水をかけたのは、私がそうするように頼んだ。』

「健治さんは林真須美さんの一審に出た時、ヒ素を自分で飲んだか飲まされたかに関しての証言していませんでした。それが本当であるならば、最初に証言するべきではないですか?」

『事件の取り調べの時から担当の検事さんが、ヒ素を私が林真須美に飲まされたと決めこんでいた。話す機会もあまりなかったということもある。特に追及もされていないのに、自分から保険金詐欺のためにヒ素を飲んでいたとは言わないだろう。本当のことを打ち明けたのは、当時服役していた滋賀刑務所まで林真須美を担当している弁護士が来て『本当のことを証言しないと、林真須美さんが死刑になってしまう。』と言われたことだった。林真須美は一審では黙秘を貫いていたが、控訴審では本当のことを話していると聞いたので、私も本当のことを話すことにした。』

「今の林真須美さんとの関係はどうですか?」

『私は今身体が不自由になったから林真須美のいる大阪の拘置所までは中々行けていない。林真須美からは時々手紙が来る。そこには面会に来てほしいという内容が書かれている。それでも面会に行かないと、今度は離婚届が届く。そんな繰り返しで離婚届はもう7回来ている。逮捕されてから19年がたつので、林真須美自身も色々と大変なんだろうと考える。世間の人たちはあまりにも事件の真相を知らないから、私はこれからも本当のことを訴えていこと思う。』

 

林真須美の息子の末路は?

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また、林真須美には息子がいました。

息子の現在はどうなっているのでしょうか?

 

【1】息子の経歴

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林真須美さんの息子さんの自宅には、数億円はあると思われる札束・腕時計・アクセサリー・複数のゲーム器がありました。林真須美さんの逮捕を受けて、息子さんがどんな心境にあったのかについてのインタビューがあります。

『ほしいものがあれば、百貨店の外商で買ってもらうことができた。昔はふざけて札束を積み木のようにして遊ぶこともあった。』

その収入は両親の繰り返す保険金詐欺で得たものでした。自宅の金庫には多い時で5億円が保管されていて、

『今思うと、両親はお金に取りつかれていたのかもしれない。』と話しています。

 

【2】アルバイトを解雇

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和歌山毒物カレー事件が発生し、たくさんの報道陣が自宅を取り囲んだことを受け、

『不謹慎だが、お祭り騒ぎのように感じていて、幼いながらに自宅が疑われていることが分かった。』

息子さんは林真須美さんに『本当にやったのか。』と聞いたこともあったが、「やっていない。」と否定されたそうです。

林真須美さんが逮捕されたのは息子さんの運動会当日で、運動会に来てくれるのかたずねたところ林真須美さんは「絶対に行く。」と答えたそうです。これが、親子で交わした最後の会話になりました。

林真須美さんと健治さんが逮捕されたことで、息子さんは養護施設に入ることになります。しかし、そこで待っていたのはいじめでした。

同じ施設にいた少年たちから日常的に暴力を受けたのです。顔に傷ができると職員にいじめがあったことが疑われるので、身体を狙われることが多く生傷がたえませんでした。「ポイズン(毒)」というあだ名で呼ばれることもあったようです。

事件の十字架は、施設を出てからも重くのしかかります。息子さんは生計をたてるために飲食店でアルバイトをしていましたが、林真須美さんの家族だと分かった途端、「衛生的によくない。」と言われてその日のうちに解雇されました。

 

【3】息子の現在

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息子さんは現在、運送会社に勤務しています。

健治さんが脳出血で倒れて車椅子生活になったことを受けて、父の自宅にも頻繫に足を運んでいるそうです。林真須美さんと面会をするのは年に1回ほどで、最後に会った時には林真須美さんの歯は抜け落ちていました。

それでも強気な性格は変わらず、林真須美さんは「早めに老人ホームに入ろうと思っている。」と話しているようですが、それは子どもたちの前だけで健治さんに対しては「死刑台に連れていかれる夢を見る。」と話したこともあるようです。

林真須美さんも息子さんからすると子煩悩でやさしいお母さんでした。さまざまな観光地に連れていってくれたり、子どもたちの成長する姿をアルバムにしてくれていたそうです。

そして息子さんは「家族だから母親を信じたい気持ちもある。何度も葛藤を繰り返している。」と話しました。

 

和歌山毒物カレー事件の犯人、林真須美。

 

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和歌山毒物カレー事件は、67人の人が被害に遭い、4人が亡くなった事件です。

林真須美さんが犯人であるという話がほとんどですが、中には真犯人は別にいるんじゃないかという記事や、健治さんが真実を訴え続けているという部分もあります。

また、林真須美さんの息子さんの複雑な心境も伺えます。和歌山毒物カレー事件の真実はいったいどこにあるのか、まだ分かっていない部分が多いのかもしれません。

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