府中の心霊スポット最恐5選!多磨霊園や東京競馬場のヤバイ話まとめ!

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心霊スポットといえば府中!

引用: Pixabay

日本には心霊スポットと呼ばれる場所がたくさん存在します。その中でも東京都府中には多くの有名な心霊スポットが集中しています。

一般的に府中の心霊スポットとして有名なのは多磨霊園や東京競馬場などの心霊スポットですが、その他も含め今回はその中で最恐心霊スポットの5選を選ばせていただきました。

 

府中の心霊スポットが有名な理由とは?

引用: Pixabay

府中の心霊スポットが有名な理由はいくつかありますが、その一つとして、まず東京に心霊スポットが集中していて、その中でも府中は面積の割合に対して、心霊スポットが比較的に多く存在している場所だから話題になりやすいというのが挙げられると思います。

では、なぜ府中に心霊スポットが集中しているのかというと、諸説あるのですが、そもそも府中は律令時代、大化元年(645年)大化の改新の際に武蔵国の中心地となる国府が置かれたりと、非常に長い歴史を持っており、歴史的建造物や遺跡などが多く存在しています。

近現代になり、開発が進められ、そういった歴史的建造物や遺跡等を撤去したりして工事を行った場所が多く存在しているのでその祟りによって心霊スポットと呼ばれる場所が増えたのではないかということが一説に挙げられるようです。

また、撤去や工事をしていなくとも、歴史的建造物、神社、山、霊園、古戦場など心霊スポットになりやすい施設等も府中には数多く存在しているため自ずと心霊スポットと呼ばれる場所が増えていったのではないでしょうか。

 

府中の心霊スポット最恐5選を紹介!

引用: Pixabay

それでは、いよいよ本題の心霊スポット紹介に入っていきたいと思います。ここからは覚悟して見てください!

 

【1】多磨霊園


引用: Pixabay

場所:〒183-0002 府中市多磨町4-62

アクセス:西武多摩川線多磨駅から徒歩5分

1つ目は府中の心霊スポットとして東京競馬場と並ぶ有名な場所である多磨霊園の紹介から参ります。

最初の心霊スポットとして紹介する多磨霊園は、都内で最大の土地の広さを誇っており、そのため多磨霊園内には各所バス停があるのですが、そのバス停というのが問題で、多磨霊園の中でも特にここが心霊スポットとして語られる場合が多いです。

よく報告されている現象として、バスの運行がとっくに終わっってしまった深夜に心霊スポットであるバス停の一つにボヤっとバスを待って佇んでいる女性が現れることがあるようです。しかし、近寄っていくと煙のようにスッと跡形もなく消え失せてしまうそうです。

この女性の話は非常に多磨霊園を府中で最も有名な心霊スポットのうちの1つとして語る上では非常に有名な話で、多磨霊園には、多くの著名人なども眠っておられるのですが、その他にも無縁仏などが相当数多磨霊園内には存在しており、いつまでも成仏することができない霊の仕業ではないかと言われています。

他には有名な都市伝説の中に、タクシーの運転手がある女性を乗せた。その女性は真っ白な装束をまとっていて不気味だと思ったが乗せることにした。

しばらくして指定された場所に着いたのでバックミラーをふっと見てみると乗せていたはずの女性がいなくなっている。

女性が座っていたシートに手をやるとびしょびしょに濡れていて、あれは何だったんだろう。という不気味なお話がありますが、この話も多磨霊園が発祥の話であるとされていて、多磨霊園が心霊スポットとして名を馳せている一つの要因です。

一説にはバス停の女性とタクシーの女性は同一人物である。そうではなく別だという議論もありますが、両者ともにこの世のものではないということは確かだろうと思います。

その他にも多磨霊園バス停付近の道路でも、「霊を見た」という証言が多数あがっており、定期的に目撃されているようです。

度胸のある人は心霊スポット多磨霊園までバス停の女性に会いに行ってみてはどうでしょうか?

 

【2】東京競馬場


引用: Pixabay

場所:〒183-0024 東京都府中市日吉町1-1

アクセス:京王線「府中競馬正門前駅」から専用歩道橋にて正門まで徒歩約2分

2つ目に紹介するのは、先ほどの多磨霊園と双璧を成す府中の有名な最恐心霊スポットである東京競馬場です。

そもそも東京競馬場は前身の目黒競馬場が1933(昭和8)年に移転されてできた東京の代表的な競馬場であり、年間ではフェブラリーステークスや、NHKマイルカップ、日本ダービーなどの数多くのGIレースが実施される日本で最も有名な競馬場の一つとなっています。

では、なぜ東京競馬場が心霊スポットとして挙げられ東京競馬場には一体どんな心霊現象が起こるのかを説明していこうと思います。

その中で最も有名なのが第3コーナーの大ケヤキというものです。競馬にあまり詳しくない人のために第3コーナーについて説明します。競馬場というのは通常楕円形にコースが造営されています。

その楕円形のコースのスタートから数えて3つ目のコーナーを第3コーナーと呼び、レース終盤の位置取りにおいて非常に重要な役割を果たします。もちろん東京競馬場もそういう構造になっています。

そして、東京競馬場の第3コーナー付近にはこんもりとした大きなケヤキ、実際には過去に落雷で燃えてしまったため、エノキを含む数種類の樹木で構成されている、第3コーナーの大ケヤキと呼ばれている木があります。

興味のある人は東京競馬場で実施されるレースのTV中継などご覧になられればはっきりと映りますのでご確認いただければと思います。かなり存在感があり、似つかわしくない場所に生えています。

では、東京競馬場第3コーナーの大ケヤキにはどんな話があるかというと、この大ケヤキは上述の通り、似つかわしくない場所、はっきり言って競馬中継の邪魔になる場所に生えています。

ですので、過去に何度も伐採や、移植が試みられたのですが、その度に不幸が起こっているのです。これが東京競馬場を心霊スポットたらしめる大きな理由だと思います。

例えば、東京競馬場の関係者が突然死したり、作業員が大けがをしたりという事象に留まらず、競馬ファンならだれでも知っている名馬サイレンススズカの予後不良(競走馬として復帰不可能と判断し、安楽死させること)なども起こりました。

また、落馬等のレース中の事故も多いようです。このように人に対してではなく、競走馬に対しても不幸が数々発生しています。

一体なぜ東京競馬場第3コーナーの大ケヤキを伐採、移転しようとするたびにこういったことが起こるのでしょうか。

その原因としてよく言われているのが、大ケヤキの下には戦国武将だった井田摂津守是政の墓があるそうで、大ケヤキ伐採、移転の度に不幸が起こるのは彼の祟りではないかという内容です。

ちなみにですが、井田摂津守是政という武将は北条氏につかえており、このケヤキは君主北条氏のおひざ元小田原城から移植したとの話もささやかれており、大事な君主の木を伐採したり、移転するようなことを彼は望んでないのかもしれません。

もし、そういうことならば井田氏は武将として忠君心のある立派な人のようにも思えます。

興味のある人は競馬観戦などもかねて現地まで、心霊スポット東京競馬場に大ケヤキを見に行ってみてはいかがでしょうか。

 

【3】三千人塚

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引用: Pixabay

場所:〒183-0025 東京都府中市矢崎町2丁目22-11

アクセス:JR府中本町駅より徒歩9分

3つ目に紹介するのは、三千人塚という心霊スポットです。上記の多磨霊園、東京競馬場に比べるとそこまで心霊スポットとしては有名ではないかもしれませんが、この場所も知る人ぞ知る最恐の心霊スポットの一つです。

では、この三千人塚についてまず、歴史的背景からご説明します。

三千人塚はもともと鎌倉時代末期である1333(元弘3)年に新田義貞軍と鎌倉幕府軍との間で勃発した分倍河原の合戦まで遡ります。双方多数の討死者を出し、その数は3000人に達したと言われ、その亡骸を葬るために作られたものと言われました。

しかし、1955(昭和30)年に地元の郷土史家を中心に有識者達が発掘作業を実施すると、鎌倉時代から南北朝時代にかけての蔵骨器4個が出土し、1256年に造営されたことが発覚しました。

さらに2005年(平成17)の調査によって、塚そのものは江戸時代に作られていたことも新たに分かりました。

そういった歴史背景の元、この三千人塚という心霊スポットには奇妙な噂があるのです。どういった内容かというと三千人塚の周辺はアパートやマンションがほとんどで、公園などもあるのですが、そこに、甲冑を着た武将の霊がその公園や、居住区周辺に出現するというものです。

また、その他にアパートやマンション内で寝ている時に、甲冑を着た武将の霊の夢を見たりする人が多数発生したりと、そういったいわくつきの噂が多数存在するようです。

さらに、その近隣の道路で多数の交通事故が起こるなどという現象が起きており、偶然で片づけるにはやや難しいような状況になっているようです。そういったことが三千人塚を心霊スポットと呼ばせるのに一役買っています。

昼間は史跡として、歴史マニアの方々が訪れたりするような歴史的建造物らしいのですが、夜になると周辺の空気が昼間とは一変してしまうほどの何か禍々しい雰囲気を醸しだす心霊スポットになってしまうという情報もあります。

やはり、無念のまま亡くなってしまった数多の武士たちの霊が成仏しきれなかったのでしょうか。そういったいわくつきの心霊スポットのようです。

間違いなく府中最恐心霊スポットと呼ぶにふさわしい場所ではありますが、非常に歴史的価値のある建造物でもあるようなので、歴史探訪を兼ねていくのもありかもしれないです。

 

【4】掩体壕大沢1号2号

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場所:府中市朝日町三丁目

アクセス:西武多摩川線「多磨」から徒歩5分

4つ目に紹介したいのは、武蔵野の森公園東側に存在する心霊スポットである掩体壕大沢1号、2号です。

そもそも掩体壕とは装備や物資、人員などを敵の攻撃から守るための施設のことを指します。主に太平洋戦争期に作られ、今もその残りが日本各地に存在します。

そして、今回心霊スポットとして紹介する掩体壕大沢1号、2号もその中の一つとなります。

ここで、掩体壕大沢1号、2号の歴史的背景についても説明いたします。そもそもこの掩体壕は陸軍調布飛行場遺構の一つで、航空機を格納する設備として設営されました。

調布飛行場自体は1938(昭和13)年に計画、1939(昭和14)年に着工、1941(昭和16)年4月に南北方向1000mと東西方向700mの2本の滑走路が完成し、帝都防衛のため戦闘機「飛燕(ひえん)」を中心とした陸軍飛行部隊が配置されました。

しかし、戦況の悪化に伴い、1944(昭和19)年頃より、設営されたのがこの掩体壕大沢1号、2号になります。

では、なぜこの掩体壕が心霊スポットとして名を馳せているかというと、まず一つ挙げられるのが、長い時を経て廃墟になっているという視覚的な問題があります。戦後70年以上経った今その風化、劣化は激しく、おどろおどろしい雰囲気を醸し出しているのです。

場所自体が武蔵の森公園にあるので、人も多く見る人にとってはそうでもないのかもしれませんが、心霊スポットとして語られる上でその見た目は十分な役割を果たしていると言えます。

また、もう一つ心霊スポットとして認知されている理由として大きいのが、やはり実際に霊を見た人が多数存在するからです。具体的には、軍服を着た特攻隊の霊がボーっとうつろな目で佇んでいたであるとか、真夜中に旧日本兵の行軍があったなど、やはり、戦争絡みの霊が多数いるようです。

戦争など争いの多かった場所は心霊スポットになりやすいと言いますが、ここもまさにその一つであると言えます。

もうすぐ終戦記念日がやってきます。心霊スポットとして訪れるだけでなく、命を懸けて国を守ってくれた英霊に弔いの気持ちをもって会いに行ってみてはどうでしょうか。

 

【5】浅間山公園

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場所:府中市浅間町4丁目、若松町5丁目

アクセス:JR中央線「武蔵小金井」から京王バス 東府中行き「浅間山公園」下車すぐ

最後、5つ目に心霊スポットとして挙げたいのが、1つ目の多磨霊園に近い浅間山公園です。こちらも、昼間は自然豊かで非常に良い場所なのですが、心霊スポットとして挙げられることがあります。

ここで、浅間山公園に関する詳細も紹介しておきます。浅間山には、浅間神社、水手洗(みたらし)神社、人見四郎の墓跡があり、昔は、近隣農家の農用林としての役割も担っていました。

戦時中は、一時陸軍に接収され、火薬庫代わりに使われていましたが、戦後、地元に払い下げられ、昭和45年に公園として開放しました。

この公園では夜になると近くの多磨霊園から霊が集まってくるようで、林道に少女が立ってこちらを見ていた。人間とも思えない速さで老婆が走ってきたなど、数々の怪奇現象のような目撃証言があるようです。そんなことから一部の人に心霊スポットとして認知されているようです。

やはり、霊というのは山や、神社に出やすいという話をよく聞きますが、ここも例外ではなく心霊スポットと呼ぶにふさわしい場所であると言えるのではないでしょうか。

勇気のある方はこちらの心霊スポット浅間山公園で是非肝試ししてみてはいかがでしょうか。

 

夏の肝試しには府中がおすすめ?

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今回府中の最恐心霊スポットについて調べてみましたが、心霊スポットとして有名な多磨霊園、東京競馬場以外にもたくさんあることが分かりました。

その中で最恐の5つを選んでみたのですが、調べれば調べるほどたくさん出てきて、やはり府中は大化の改新以降長い歴史の中で数多の人が府中で様々な思いを馳せて葬られているので自ずと心霊スポットも多くなるのかなと思いました。

皆さまも是非、この夏は府中の心霊スポットで肝試しをしてみてはいかがでしょうか?

今回紹介させていただいた心霊スポットには土地の所有者がおられますので節度を守り、不法侵入などは絶対におやめくださいませ。

また、上記心霊スポットには何が起こっても自己責任でお願いいたします。

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