足利事件の概要まとめ!菅家利和の冤罪証明&真犯人の謎に迫る!

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足利事件とは?

引用: Pixabay

足利事件ってご存知でしょうか?幼い女の子の誘拐殺人事件なのです。

幼い女の子を被害者としたこの足利事件の概要は真犯人を断定する過程において、警察の都合導入初期で確実な検証方法ではなかったDNA鑑定による不確かな検証や強引な思い込みによる捜査によって自供を強要され犯人として逮捕された菅家利和さん(実名)が裁判により有罪判決がなされ、その後、新たな証拠やDNA鑑定のミスなどが明らかになり、再審がなされた結果、逮捕して有罪判決がなされた菅家利和さんが実は無罪で長きに渡って無実の罪で刑に服させてしまったという警察のずさんな事件捜査による誤認逮捕が招いた冤罪事件だったのです。

そして足利事件は裁判をまつだけの解決した事件として扱われました。当然の事ながら捜査本部は解散することとなり以降の捜査は行われなかったのです。そして真犯人が横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件を起こしたのです。負の連鎖を止められなかった事件でもあるのです。

ここでは冤罪事件として世間の注目の的になった足利事件について事件の概要と冤罪で有罪判決を受けてしまった菅家利和さん(実名)についての概要を詳しく見ていきたいと思います。

 

足利事件の概要

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足利事件の概要とはどんな事件でどんな風に事件が進んでいったいったのでしょうか、まずは足利事件全体の概要について述べていきたいと思います。

足利事件は1990年5月12日夕方に発生しました。栃木県足利市内にあるパチンコ店で両親とともに来店していた4歳の少女が母親に目が届かない所で行方不明になったのです。

その後少女の捜索が行われていたのですが、捜査の回も虚しく足利市内を流れる渡良瀬川の河川敷で遺体となって発見された事件なのです。捜査の過程で、当時足利市内の幼稚園で送迎バスの運転手として働いていた菅家利和さん(実名)が容疑者として浮かび上がったのです。

栃木県警の捜査方針の転換や当時導入されたばかりの試験運用であったDNA検査を捜査に導入するといった警察サイドの不可解な動きがあったものの、DNA鑑定を証拠として用いた事が決め手になり菅家利和さんには有罪判決が下され服役することになったのです。

その後事件の証拠となった菅家利和さん(実名)のDNAの型が被害者の衣服に残されていた犯人のものとされるDNAとは一致していないことが明らかになり、再審のうえ無罪となった冤罪事件になります。

それでは冤罪事件となってしまった足利事件の概要を詳細に見ていきましょう。

 

【1】足利事件の発生から有罪まで至る事件の概要



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足利市内では1979年と1984年にも足利事件と同様の概要をもつ女児が行方不明後に遺体で発見されるという事件が起きており、いずれの事件も真犯人を捕まえることが出来ずに未解決事件となっていたのです。

そんな状況の中、1990年5月12日新たに概要の類似した事件である足利事件が発生したのです。それまで誘拐殺人事件が連続して発生するも解決できていなかった、栃木県警は未解決事件に対する警察の面子を優先し、足利警察署に大規模な捜査本部をたて捜査本部の威信をかけた捜査へと踏み出しのです。

大規模な捜査を行った結果、当時足利市内の幼稚園で送迎バスの運転手をしていた菅家利和さん(実名)が捜査線上に浮かび上がったのでした。

そして、菅家利和さん(実名)のDNA型と血液型が現場に残されていた犯人のDNA型と一致しとして、12月1日に菅家利和さん(実名)を任意同行し取り調べを行いました。その取り調べでは強引な追い込みが行われ、菅家利和さん(実名)を自白に追い込み翌2日に逮捕に至りました。

警察の捜査を受けて、宇都宮地検はわいせつ目的、誘拐殺人死体遺棄容疑で菅家利和さん(実名)を起訴。

同時に栃木県警は足利事件前に起きていた2件の概要の類似する未解決事件についても犯行を行ったのが菅家利和さん(実名)と断定して、この概要の類似した2件の事件についても強引に自白され犯行を認めさせたのですが、宇都宮地検はその警察の捜査を嫌疑不十分と判断し、不起訴処分としています。

裁判が始まった後、菅家利和さ(実名)んは一審の公判の場で一転し容疑を否認したが、宇都宮地裁は1903年7月7日に無期懲役の判決を下しました。

その後控訴するも東京高裁にて控訴棄却となり、2000年7月17日には最高裁においても上告棄却となり7月27日に菅家利和さんの有罪判決が決心され、拘置所より身柄が移送され千葉刑務所に服役することとなったのです。

 

【2】足利事件の有罪の根拠となったDNA鑑定の概要

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足利事件の根拠となったDNA鑑定がどのようなものであったか概要を紹介します。

足利事件が発生した当時は、DNA鑑定が犯罪捜査に有用とされ導入され実用化が進められようとしていたばかりの時期でした。警察庁科学捜査研究所で実施されているMCT118型と呼ばれる鑑定方法では、当時、同じ型の人は1000人に1.2人であると公表されており、新聞紙面においては「指紋なみ」の高い個人識別法として報じられていました。

今、この精度について考えると1000人に1.2人の精度って同じ型の人って結構いるんじゃない?って感覚になってしまいますが、1979年当時においてはすごい精度の高い鑑定方法だと思ったんでしょう。

後の実証研究において、このMCT118型と呼ばれる鑑定方法の精度が指紋なみというのは大嘘で信頼できる精度での鑑定ができないという事が判明します。

さらには最高裁での裁判の際に、弁護人からの依頼を受けた別の法医学者が菅家利和さんの髪の毛のDNAを用いてMCT118型鑑定の再鑑定を行ったところ、犯人のものとされるDNAとは一致せず、別のDNA型であることが示されました。別の論理的証拠がしめされたにも関わらず、最高裁は科学捜査研究所の鑑定を盲目的に信頼できるとし、上告を棄却し刑を確定させたのです。

本来公正な立場であるはずの最高裁が検察よりの判断を行ったのには問題があります。普通に考えるのであれば検察と弁護側両者の科学的に導かれた証拠が矛盾したものとなっているのならば、片方を信用するのではなく第三者の機関によって再鑑定して判断するべきであったのだと思います。

最高裁の判断を不服とする弁護団は、DNA型の食い違いという点を理由に2002年に再審請求を行います。この再審請求に対して宇都宮地裁は2008年2月に棄却判断をしますが、東京高裁の判断にてDNAの再鑑定が認められます。

再鑑定では検察側、弁護側それぞれから推薦された法医学者2名によって新たに鑑定が行われました。その結果はどちらの鑑定においても菅家利和さんと犯人のDNA型は一致しないという結論でした。菅家利和さんが冤罪であったと証明されたのです。

2009年6月4日、東京高検は菅家利和さん(実名)への刑の執行を停止し、釈放しました。再審が開始される前に釈放したのは異例の事であったのです。冤罪を作ってしまった事に対する対応を素早くして検察自らへの批判を少しでも和らげようとしたのかもしれません。

 

【3】冤罪が確定した後の各機関の対応

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足利事件の犯人として冤罪で受刑者となった菅家利和さん(実名)に対して、捜査を行った栃木県警は本部長が菅家利和さん(実名)に対して謝罪、足利事件を解決によって受賞していた警察長官賞など4つの賞を返納することとなりました。宇都宮地検も検事正が菅家利和さん(実名)に謝罪を行ったのです。

2009年10月に足利事件の再審が開始されました。その再審において検察側を無罪の論告を実施しました。2010年3月26日宇都宮地裁において「足利事件の犯人として菅家利和さんは違うという事が誰の目にも明白となった」として無罪の判決がだされたのです。

判決文を読み上げた裁判長は菅家利和さん(実名)に対して「菅家利和さんの真実の声に耳を傾けられず、17年半もの長きに渡り自由を奪ったことを誠に申し訳なく思います」と謝罪の意を示し、同席していた3人の裁判官ともども頭を下げて謝罪したのです。

再審によって無罪判決が確定した後、冤罪を生み出してしまった事に対して警察庁、最高検察庁、日本弁護士連合会がそれぞれ足利事件の検証を行い、検証報告書を公表しました。

警察による報告書では、DNA鑑定を過大評価したこと、菅家利和さ(実名)んに対して虚偽の自白をさせた事、自白の裏付け捜査が不十分であったことなどが反省点として述べられていたが、菅家利和さん(実名)の取り調べにおいて捜査員から暴力行為があったことなどについては否定していた。検察の報告書でも、鑑定の過大評価や自白の吟味、検討が不十分であったとされたのです。

最近も、警察による冤罪事件が報道され話題になることがあります、警察の捜査において思い込みによる捜査をやめて明確な証拠を積み上げたうえでの的確な捜査が望まれます。また、密室の中での取り調べについても改善しなければ冤罪事件はなくならないのではないかと考えます。取り調べ時の可視化が急がれますね。

一方、弁護士連合の作成した足利事件の報告書では、捜査段階と一審段階での弁護人の弁護活動について検証が行われていました。その検証によると、捜査段階で弁護人は接見行為を3回行っただけで、必要な助言も弁護活動も行っておらず、菅家利和さんと弁護人の間に信頼関係を築くことができなかった。

さらには一審の裁判においても、十分な打ち合わせすら行わず、菅家利和さんの確認を取らないまま、捜査段階の自白調書などを証拠採用することに同意していたのです。弁護人は菅家利和さ(実名)んをはなから犯人だと思い込み、弁護人として必要な仕事を行っていなかったのです。菅家利和さんが否認後も弁護活動などの適切な対応を取らなかったと報告書で結論付けられていました。

自分の味方でいてくれるはずの弁護人が仕事をしていないとかありえない事ですよね。その弁護人には深い反省をしていただくべき事だと思います。弁護人としての資格ないですよね。控訴審段階で別の弁護人へと変わり、ようやくまともな弁護活動が行われるようになったそうです。

この足利事件裁判においては裁判所の対応も批判の対象になっています。特に、弁護側から提出された新たなDNA鑑定の証拠を無視し検察有利な判断を行い有罪判決を確定させた最高裁に対して、弁護士連合会の報告書では「終審としての任務を放棄した」と最高裁の対応を厳しく非難しています。

冤罪によってまったく無実の人間が、足利事件を含む3件の殺人事件の自白に追い込んだ事が明白な事実となって、警察の取り調べの全過程を録音、録画する可視化を求める声が加速しました。菅家利和さん(実名)自身も取り調べの可視化を要求する様々な集会へ参加して発言を行っていました。

また、冤罪により真犯人が野放しになっていたことで別の事件である横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件が発生する要因ともなってしまったのです。

そして、2005年この足利事件については時効が成立し、真犯人は今後逮捕されることはない未解決事件になってしまったのです。捜査段階でもう少しきちんと捜査されていたら冤罪事件は生まれなかったし、真犯人も逮捕されていたのかもしれません。

そして、真犯人による次なる犯行である横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件は発生せず、今の横山ゆかりちゃんは生きていたのかもしれません。

 

犯人として逮捕された菅家利和さん【足利事件】

ここでは、犯人として誤認逮捕されてしまった菅家利和さん(実名)について調べていきたいと思います。

 

【1】菅家利和さんの経歴の概要


菅家利和さん(実名)は、1946年生まれで足利事件発生当時40代半ばの年齢で、足利市内の幼稚園の送迎バスの運転手をしていました。一度の離婚歴があり、足利事件当時は独身者で借家住まいの生活を行っていました。

足利事件発生当時はバブル経済のまっさかりの時期で、多くの国民が裕福な生活を楽しんでいる時期でしたが、幼稚園のバスの運転手という立場で独身の中年男性という状況は決して恵まれた環境ではありませんでした。

平日は実家で暮らし、土日だけ借家に帰るという生活を繰り返したいた菅家利和さん(実名)は、逮捕されると新聞報道で良からぬレッテル、イメージをマスコミによって植え付けられてしまいました。その内容は、休日過ごす借家を休日アジトと呼称し、バブル経済の恩恵にあずかっていない不遇な独身男性が休日アジトで次なる犯行計画というものでした。

冤罪を生み出した背景にはこうしたイメージを世間に流布していたマスコミにも責任があるのかもしれません。報道の在り方についても考えてもらいたいものです。

 

【2】足利事件の犯人として逮捕されるまでの概要

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足利事件の発生から7か月たった1990年12月、栃木県警は突如として捜査方針を変更、目撃者情報に基づく捜査を打ち切り、「子供好きの独身男性」という根拠の薄いプロファイリングに基づく捜査方針に切り替えます。

この捜査方針の急な変更の背景に何があったのかはわかりませんが、この時、すでに聞き込み捜査により、幼稚園バスの運転手だった菅家利和さん(実名)が容疑者として浮上していたそうです。

さらには、同年10月に入り、警察庁科学捜査研究所がまだ試用段階であったDNA鑑定を本格的に実用化を決定したのです。実用化がされていなかったDNA検査の無理な実用化といい、捜査方針の急な転換といい、捜査において不自然な点が多く見られるのです。

これらの警察の動きを見る限り、一向に捜査が進まず、進展の見られなかった栃木県警と警視庁の間で何らかのやり取りが行われた結果、「DNA鑑定」を捜査で実施し導入するための実績を上げるために、犯人逮捕の期限が切られていた可能性すらあるのです。

急な捜査方針の転換はDNA鑑定の実績を上げるため、「菅家利和さん真犯人説」ありきで捜査を決め打ちし進められていた可能性が高いのです。

警視庁そして栃木県警の捜査のあり方には真犯人を上げつ目的からDNA鑑定の実績を上げるということに目的が変わっていたと言えるのではないでしょうか。このことは警察の存在意義にすら抵触する可能性のある大問題になりうる可能性を秘めているのです。

 

【3】菅家利和さんが容疑を認めるまでの概要

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1990年年末に入ると足利事件の捜査の一環で菅家利和さん(実名)の身辺調査を開始した栃木県警は勤務先の幼稚園に聞き込みを実施。

この聞き込みが原因で翌年3月に菅家利和さん(実名)は幼稚園から解雇されてしまいます。この時点ではまだ容疑者であり、真犯人として確定したわけではありません。解雇は当然違法解雇に当たりますし、そうさせてしまう捜査の方法についても問題があるとしか言いようがありません。

1991年12月1日、栃木県警はDNA鑑定によって真犯人の精液と菅家利和さん(実名)の精液が一致したという理由で任意同行を求め取り調べを開始します。ここでも捜査に問題がありました、DNA鑑定に利用した菅家利和さん(実名)の精液は生活ごみから無断で採取した証拠能力のない証拠を用いたDNA鑑定を行っていたのです。

そして深夜にまでおよぶ強引な取り調べを行って自白の供述を引き出したのです。証拠能力のない証拠品の利用、深夜にまで渡る強引な取り調べによる心理的圧迫等、栃木県警による捜査については問題点だらけなのです。

ここでの取り調べの自白が決め手となり、菅家利和さん(実名)はわいせつ目的の誘拐、殺人の疑いで逮捕されることとなったのです。

栃木県警による取り調べの内容は渡良瀬川周辺で起きた過去の未解決事件についても追及が行われ、犯行を認めさせられたものでしたが、この2件の未解決事件については検察の判断で嫌疑不十分として不起訴処分となり、足利事件のに自白とDNA鑑定を根拠として起訴されたのです。

 

菅家利和さんの冤罪との戦い【足利事件】

ここでは菅家利和さん(実名)冤罪との戦いの概要を紹介したいと思います。

 

【1】菅家利和さんの冤罪との戦い:足利事件再審請求概要

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足利事件の犯人として有罪判決を言い渡された菅家利和さん(実名)は冤罪との訴えを続けており、冤罪を証明するための長い戦いがまっていました。

始まりは菅家利和さん(実名)が収監された後2002年12月25日に宇都宮地裁への再審請求の申し立てからスタートしました。

2008年1月になると足利事件について調査を続けていた日本テレビがニュース内の特集として足利事件のキャンペーン報道を開始し、当時の栃木県警の足利事件における、自供を導いた手段と供述の矛盾する部分やDNA鑑定が持っていた欠点ともいうべき問題点を指摘し、捜査方法のあり方とDNA鑑定のやり直しの必要性についての報道を繰り返し行い始めました。

報道により足利事件の裁判に対するあり方について疑問の声が上がる中、宇都宮地裁の池本寿美子裁判長(実名)は再審請求を棄却するも東京高裁田中康郎裁判長(実名)による判断でDNAの再鑑定が決まりました。ここまでたどり着くのに逮捕より17年物年月がかかってしまっています。

DNAの再鑑定は公正を期すため、検察側と弁護側の両方からそれぞれ推薦された法医学者の鑑定人2名によっておこなわれました。

再鑑定を行った結果、弁護人側の判定は「DNAの不一致部分が多いため同一人物のものではない」と判断、検察側の判定は「一致部分が非常に少ないため、同一人物のものではありえないといっても過言ではない」という鑑定結果をそれぞれ導き出した。東京高裁の委託鑑定により「菅家利和さんと真犯人のものとされる体液のDNA型が一致しない」という結論が出たのです。

検察はこの結果を素直に受け入れることが出来ずに、「捜査中に誤って汗などが証拠品に付着した可能性」があると言い訳し、当時足利事件の捜査に当たった捜査関係者との比較も行ったのだが、全て不一致となり言い訳も立たず、証拠品として提出されていた証拠が間違いなく真犯人のものであるということも明らかになったのです。

そもそも捜査中に証拠品を汚染したとかあってはならない事を疑っている時点で捜査の在り方に問題があると言っているような物だと思うのです。

この証拠品が真犯人のものであると確定するも、この冤罪が証明された時点で足利事件発生から17年半もの時間が経過しており、既に時効が成立。真犯人を逮捕、起訴できる機械は永遠に失われており、真犯人はのうのうと逃げ延びて生活を送っているという事になるのです。

この時真犯人は横山ゆかりちゃん殺人事件という別の事件も起こしていたのですが足利事件の影響を受けて逮捕されることはなかったのです。

思い込みとずさんな捜査、裁判により冤罪が生まれ、真犯人が逃げ延びるという結果を招いてしまった上に横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件という事件を防ぐことが出来ず横山ゆかりちゃんの命まで失う結果となってしまったと言えます。

 

【2】菅家利和さんの冤罪との戦い:釈放までの概要

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2009年6月DNAの再鑑定結果により足利事件の裁判が冤罪と証明されたが、菅家利和さん(実名)の刑の執行を停止しない検察に対して弁護団が異議申し立てを宇都宮地裁に起こしたのです。

しぶしぶという形で東京高検は「新たな鑑定結果は再審開始の要件であり、無罪を言い渡すべき明らかな証拠たりえる」とする意見書を提出するとともに、刑の執行停止の手続きを実施しました。これにより、菅家利和さん(実名)は千葉敬武者から釈放されたのです。

刑事訴訟法において、再審の開始前であっても検察が刑の執行を停止出来ると定められており、極めて異例な処理となるのですが東京高検は再審開始前に刑の執行を停止した例はこの足利事件以外なかったのです。

釈放後、菅家利和さん(実名)は「検察と栃木県警に謝罪してほしい」と涙ながらに語ったのです。

足利事件の真犯人として冤罪で逮捕したという証拠が示されたというのに、捜査にあたっていた栃木県警元幹部は「事件の捜査は妥当だった」、「足利事件については思い出したくない」と自らの非を認め謝罪しようとしませんでした。

また、当時捜査の陣頭指揮にあたっていた元刑事部長である森下昭雄(実名)は逮捕の根拠となったDNA鑑定が否定されたにも関わらず「まだ無罪が確定したわけでなく、自供も得ているし、真犯人だと信じている」と自らの主張を報道陣に語り、本人のブログが炎上する事態と陥っている。

まさに自業自得と言わんばかりの結果です。

暴行や自白の強要があったとされ批判の対象となった捜査方法について、栃木県警は当初「裁判の過程において暴行や自白の強要はなかったと明白になっている」とし、法務大臣も一般市民からの取り調べの可視化を求める声に対して「捜査に支障をきたす」としていた。

この足利事件の顛末に対して毎日新聞は足利事件の上告審の際に弁護団より求められていたにも関わらず意見を無視してDNAの再鑑定を実施しなかった裁判賞の判断の是非や、冤罪被害者に対して謝罪する気持ちがあるのかどうかの確認、また足利事件の公訴時効を延長手続きせずに裁判所が成立させた件についての判断基準についての質問状を裁判に関わっていた最高裁判事5名、亀山継夫(実名)、北川弘治(実名)、河合伸一(実名)、梶谷玄(実名)、福田博(実名)と再審請求を棄却した宇都宮地裁判事3名に送付し、足利事件の判断に対する見解を示してもらうように求めたが、判事たちは「退官した今は関係ない」「回答することは判決理由を後から変更するに等しい」と言い訳まがいの回答をし、自らの判断に対する回答を拒否したのです。

刑を判断する裁判官が自らの判断を明らかにできないとは、裁判官としてどうかと思います。司法としての信用を失いかねない対応だと思います。

2009年10月5日菅家利和さん(実名)が宇都宮地検を訪れた事で、検察側が初めて正式に謝罪を行いました。「無実の菅家利和さんを起訴し、長きに渡って服役させてしまい、苦痛を与えたことについて大変申し訳なく思います」と口頭で謝罪の弁を述べたのです。この謝罪に対して菅家利和さんの回答は「これ以上、私と同じように冤罪に苦しむ人が絶対にあってはならない」と答えたそうです。

釈放された後、記者会見の場にて菅家利和さん(実名)は取り調べを受けた際の栃木県警の捜査員の行動について、「お前がやったんだろう」「早く吐いて楽になれ」と終始繰り返し追及された挙句、殴るけるの暴行行為や頭髪をつかみ引きずり回す等、拷問に近い取り調べが15時間にも渡ったと語っていました。

菅家利和さん(実名)は取り調べにあたっていた刑事たちについて「私は刑事たちを許す気になれません。それは地検や裁判官も同じです。全員の実名を挙げて、土下座させてやりたい」と訴えていました。

 

【3】菅家利和さんの冤罪との戦い:足利事件再審までの概要

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2009年10月21日足利事件の再審が宇都宮地裁にて開始されました。

再審では、事件当時に足利事件を担当していた担当検事森川大司(実名)が承認として出廷。「現在も真犯人は菅家利和さんだと思うか」という弁護団からの質問に対して黙秘を貫き、自らの非を認めず、菅家利和さん(実名)に対する謝罪の言葉もありませんでした。

自らの過ちを認めて素直に謝罪することがなぜ出来ないのでしょうか?人の罪を追及する立場にある人ならばきちんと自らの非は認めて謝罪するべきだと思う事象です。

2010年3月26日宇都宮地裁における再審判決公判において裁判長は菅家利和さんに対して「足利事件発生当時のDNA鑑定は不確かなもので証拠能力はなく、自白も強要された虚偽の証言であり、犯人ではないことは明らか」と判決文を読み無罪を言い渡したのです。

その後裁判長は「真実の声に十分に耳を傾けられず、刑に服していた17年半の長きに渡り身柄を拘束することになり自由を奪うことになりました。誠に申し訳なく思います。」と謝罪の言葉を口にしました。

 

菅家利和さんの無罪が確定【足利事件】

ここでは無罪が確定するまでの概要について紹介します。

足利事件は菅家利和さん(実名)の逮捕で解決が見込まれましたが実際は冤罪を訴え続けた菅家利和さん(実名)により証拠とされたDNA鑑定の再鑑定が行われる運びとなりました。

足利事件において冤罪の証明となった決めては有罪の根拠とされた「DNA鑑定」の不確実差でした。足利事件当時のDNA鑑定の精度は高いものではなく、さらには鑑定手法もずさんなものであった疑いがもたれていました。

足利事件当時のDNA鑑定法は「MCT118法」と呼ばれています。その判定方法は人の目による確認、目視による判定が必要になり、機械的に公正な判定を下すことが出来ないものでした。また、鑑定する資料が古くなるほど正確な鑑定ができなくなるという欠点を抱えていたのです。;

その精度についても1000人に1人の割合で別人のDNAと一致してしまうという、裁判の証拠として犯人の確定に運用するには低すぎる精度でした。このDNA鑑定法を重視し、犯人特定の根拠としていれば冤罪事件を量産しかねないレベルの問題の多い鑑定方法でした。

2009年6月足利事件のDNA再鑑定の結果をもって、菅家利和さん(実名)の釈放と再審開始が確定。翌年3月無罪が確定。

足利事件が冤罪事件となってしまったのです。足利事件の真犯人として菅家利和さん(実名)が逮捕されてから17年半の出来事でした。

裁判所は過去4度に渡って、誤った判断をし、冤罪被害をより大きなものとしただけでなく、司法の在り方について一般市民に不安を抱かせる大失態を犯してしまったと言えるでしょう。当然、警察、検察に有利な偏った判断を下した当時の裁判官たちには、厳しい批判が集まったのです。

 

菅家利和さんに対しての国の対応は?【足利事件】

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冤罪事件となってしまった足利事件に対する国の対応の概要になります。

2011年3月8日の参議院予算委員会において、当時の内閣総理大臣であった菅直人総理は「同種事件を防ぐ意味からも、警察などのしっかりとした対応が必要」と再捜査の必要性を見解として示しました。

「時効を盾に言い逃れするのは、住民の不安に解消する対策にはならない」との主張に対して菅総理は「捜査には一般的なルールはあるか足利事件は冤罪事件であり、その後も類似の事件が続いている」という現状を前置きした上で、検察に対し「必要な対応」を求めたのです。

足利事件の冤罪が確定したのち、宇都宮地裁は菅家利和さんに対して、刑事補償法に基づき、国から約8千万円の損害賠償命令を決定しました。

 

菅家利和さんの現在は?【足利事件】

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足利事件で冤罪被害にあった菅家利和さん(実名)は現在どうなっているのでしょうか。

足利事件で冤罪被害を受けた菅家利和さん(実名)は逮捕された当時45歳でした。それから29年たった現在、70代半ばに差し掛かった菅家利和さん(実名)は冤罪被害者の支援を行うために、「社会運動家」として活動を行っています。

いまでは笑顔も見られるようになった菅家利和さん(実名)ですが、刑務所への収監当時はつらい毎日を送っていたとのことです。警察の乱暴な聞き込み捜査によって幼稚園を解雇になった記憶や暴力にさらされた過酷な取り調べの記憶、一人残してしまった母の事なとたくさんのトラウマとなってしまっています。

この足利事件で起きた事が冤罪であるということを誰よりもわかっていたのに、何を言っても誰も信じてくれなかった当時の状況は深い孤独と悲しみの感情を感じさせていたのだと思います。

 

足利事件の真犯人は?

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足利事件の概要と菅家利和さん(実名)の概要については紹介してきましたが、野放しとなっていた真犯人はどうなっていたのでしょうか。真犯人を追い詰めた流れの概要を紹介します。

足利事件において犯人とされて逮捕されていた菅家利和さん(実名)が冤罪であったことは証明されました。ではこの足利事件の真犯人とはどうなったのでしょうか?足利事件の真犯人について考えていきたいと思います。

かつて、「桶川ストーカー殺人事件」で警察よりも早く真犯人の割り出しに成功し、警察が被害者の告訴をもみ消した失態までスクープした実績のある清水潔記者は「調査報道」のエキスパートと呼べる存在でした。

清水潔記者は足利事件の捜査について疑問を持ち、冤罪事件である可能性を追求して調査を行ってきたのです。その調査の過程において足利事件と横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件の真犯人について疑わしい男の特定に成功していました。

 

【1】足利事件の犯人の条件に一致する「ルパン」の特定

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渡良瀬川流域で断続的に発生した足利事件を含む、複数の幼女誘拐殺人事件と、群馬県太田市で起こった横山ゆかりちゃん誘拐事件はまとめて「北関東連続幼女誘拐殺人事件」とよばれています。これらの事件は全て未解決事件となっており、横山ゆかりちゃんの事件の概要は足利事件とその概要、発生状況が告示しているという特徴があるのです。

清水記者は横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件までの一連の事件の犯人を同一犯であると仮定した場合の犯人像として以下のような犯人像をリサーチしていたのです。

1足利氏、太田市に土地勘がある。

2残された証拠から真犯人の血液型はB型

3パチンコ好きである

4幼女に対して警戒心なく会話を成立させられる。

5推定身長160cmぐらいの男性

 

【2】真犯人「ルパン」は似の男は実在していた。

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足利事件において、真犯人が「ルパン三世」に似ているという目撃情報があったことを知った清水記者は、横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件において目撃された犯人の目撃情報とも重なる事から、調査を続け、上がってきた真犯人と思しき人物の若いころの写真を入手することに成功。

横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の両方の目撃者に確認を行い、その男こそ横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の真犯人との確信を得るに至ります。

清水記者は当事者へ直接取材を敢行し、その男のDNAを入手し鑑定を行った所、最新の鑑定方法である「STR法」でも足利事件当時の「MCT118法」でもDNA型が完全一致し、この男こそが横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の真犯人であると確定したのです。

 

【3】真犯人が逮捕されなかったのはなぜか

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横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の真犯人として、清水記者の調査により、真犯人の特定がなされました。

しかし、横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の真犯人は逮捕されることはなかったのです。それは、横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件ともに時効を迎えており、逮捕起訴が出来ない状況になっていたのです。

時効の精度には、共犯者がいた場合に共犯者の裁判が停止している間や、海外に渡航している期間は時効の執行もその分延長されるといった柔軟に運用されている制度なのです。

今回の横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件においては警察の誤認逮捕という理由が存在していたので、冤罪事項を理由とし時効の期間も延長することが可能になるはずでした。

 

【4】足利事件の時効が延長されなかった理由

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足利事件の真犯人の逮捕に向けて、時効の延長手続きが検討されなかった理由は主に以下の2点であると言えます。

1足利事件後に酷似した事件として横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件が発生。この横山ゆかりちゃん事件の犯人を真犯人として逮捕してしまうと、足利事件が誤認逮捕をした冤罪事件であり、その誤認逮捕によって真犯人を野放しにし、横山ゆかりちゃん事件が起きてしまった事が明らかになり、警察の失態となってしまうため。

2足利事件と同じ科捜研チームのDNA鑑定により「飯塚事件」の犯人が確定し、死刑囚であった実名久間三千年に対して死刑が執行されてしまったため。足利事件と同様に飯塚事件も冤罪の可能性が疑われていたことから、足利事件の真犯人の逮捕が行われると飯塚事件によって執行された死刑が冤罪による国家殺人とみなされ、科捜研の信用が地に落ちる可能性が高いため。

という、くだらない内容により足利事件の時効は延長されず、横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の真犯人は逮捕されなかったのです。

警察の言い訳としては、「もう時効を過ぎているのだから」このまま真犯人を逮捕せず、自らの過去の触れられたくない過去の失点を突かれたくないという警察の思惑が透けて見えてくるのです。

警察は人を逮捕し、人生を捻じ曲げてしまう事が簡単にできる交的権力です。自らの非がきちんと認め公正な判断をしてもらえるように強く願います。

 

冤罪で人生が狂う。【足利事件】

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ここまでに足利事件の概要、菅家利和さん(実名)についての概要、真犯人を追及していく流れの概要を紹介してきました。それぞれの事件の概要は理解していただけたと思います。

では、足利事件によって人生が狂わされた人がどれだけいるでしょうか?

冤罪で罪を負わされて17年半もの自由な時期を奪われてしまった菅家利和さんはもちろんのこと、足利事件で真犯人を追い詰めてきちんと逮捕していれば発生することのなかった横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件によって、未来を奪われてしまった横山ゆかりちゃん、そして横山ゆかりちゃんの成長とともに一緒に楽しい時間を過ごすはずではった横山ゆかりちゃんの家族のみなさま。

間接的には横山ゆかりちゃん誘拐殺人事件と足利事件の取材を通して真犯人にたどり着いた清水潔記者、菅家利和さんの弁護団をはじめ支援者のみなさん。

足利事件にかかわった多くの人の人生に大きな影響を与えてしまっているのです。警察や検察などの交的機関はこれだけの人の人生を狂わすような事を起こしてしまったのです。人は間違いを犯す生き物です、間違ったことは残念な事ですがこの間違った事を素直に認める事が必要なのです。

自らの非を認めず隠蔽することを選んだがために横山ゆかりちゃんの命は失われてしまいました。冤罪を生みそれを認めようとしなかった事が別の事件を生みだす連鎖を起こしてしまっていました。失われてしまった横山ゆかりちゃんの命に対する責任の一端は警察にあることを自覚してもらいたいものです。

冤罪事件を起こしてしまった警察、検察、裁判所については権力におごることなく、自らの行為により人の人生を簡単に狂わせてしまうのだということを肝に銘じて民衆のためにその力をふるっていただきたいと思います。

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