地下鉄サリン事件まとめ!オウム真理教の目的&被害者遺族の現在!

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地下鉄サリン事件【日本を震撼させた事件】

 

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皆さんは、平成7年(1995年)に起こったオウム真理教による地下鉄サリン事件についてご存知でしょうか?30代半ばくらいの方から、記憶があるという方も多いでしょう。

オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こるまでは、日本はテロとは無縁で、テロが起こるのは海外の治安が悪い国だと思っていたところがあります。

オウム真理教による地下鉄サリン事件は、そんなある意味平和ボケをしていた我々日本人を震撼させ、その後地下鉄サリン事件の影響で各都道府県の駅も異物などに関する警戒心を強めさせる結果となりました。

もちろん、オウム真理教による地下鉄サリン事件で震撼させたのは日本だけではありません。オウム真理教による地下鉄サリン事件は、世界も震撼させ、英語で「Tokyo Attack」と言われる事件となっています。
オウム真理教による地下鉄サリン事件が世界さえをも震撼させているのには理由があります。

確かに世界中にテロは色々とあります。しかし、多くの場合は自爆テロなどが多いです。
世界のテロとオウム真理教による地下鉄サリン事件の違いの一つ目としては化学兵器を使っているところにあります。

化学兵器を作る事は容易ではありませんが、オウム真理教は高学歴で化学兵器を作ることが出来るような専門知識がある人物が信者だったので、独自に化学兵器を作ることが出来た一面があります。

二つ目としては、オウム真理教による地下鉄サリン事件が都市圏で無差別的に行われたテロであったという点です。東京は進学や就職のために上京する人も多く、日本で一番人口の多い都道府県である一面があります。さらには地下鉄を使って通勤通学をする方も多いことから、地下鉄サリン事件の犠牲者は多くなるのは必然でした。

結果的に、地下鉄に乗っていた方、駅員、救助に当たった人を含めて多大な犠牲が出ました。亡くなられた方もいますが、今もなお後遺症に苦しんでいらっしゃる方もいます。いろいろとオウム真理教による地下鉄サリン事件についてのまとめはありますが、当初乗っていた方が書かれているまとめもあり、事件当初の恐怖感を感じさせるまとめも多くあります。

このようなまとめを読むと改めてテロは怖いと思いますね。リアルタイムで生まれていなかった方も、様々なまとめを含む情報を見て、地下鉄に乗る時の教訓にしましょう。

そんな恐怖のどん底に陥れた、オウム真理教による地下鉄サリン事件について、掘り下げてまとめましたので、見ていきましょう。

 

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地下鉄サリン事件の概要

引用: Pixabay

まとめられているサイトも多いですが、地下鉄サリン事件は発生する二日前から色々と準備がなされていたことが取り上げられています。いろいろなまとめサイトでその時の様子が書かれていますね。

地下鉄サリン事件の概要についてまとめてみました。このようにまとめてみると、地下鉄サリン事件も用意周到であったことがうかがえます。では、地下鉄サリン事件のまとめについて見ていきましょう。

 

【1】公証人役場事務長の逮捕監禁致死事件で疑惑の目が


引用: Pixabay

オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こる前から、オウム真理教には不穏な動きがあり、公安部などからは疑いの目が向けられていました。

諸説があると言われているものの、オウム真理教はサリンの他にも、ボツリヌストキシンやジフロ(正式名称、メチルホスホン酸ジフロライドCH3P(O)F2)の生成を研究していたのです。

実際に研究途中から、異臭騒ぎや土壌が汚染されているとの事で、ニュースになった事もあります。

さらには公証人役場事務長逮捕監禁致死事件などで疑いの目を向けられていることから、どうにか目線をそらせたいと考えたのか、ボツリヌストキシンを営団地下鉄霞ケ関駅に巻きますが、こちらは未遂に終わりました。

 

【2】事件二日前に、「リムジン謀議」が行われる

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引用: Pixabay

オウム真理教に強制捜査の噂がまことしやかに流れており、強制捜査をどうにかしようと懐疑が行われました。麻原彰晃を初めとした幹部がリムジンに乗って行っている集まりであることから、「リムジン謀議」と呼ばれています。

未遂に終わったボツリヌストキシンを撒くテロも失敗に終わり、強制捜査を免れることが出来なかったと麻原は考えていたようですが、強制捜査を免れるために今度はサリンを撒く事を提案されて同意している一面があったと言われています。

この謀議でオウム真理教による地下鉄サリン事件の指揮をする担当、実行犯の担当が決まります。
地下鉄サリン事件の総指揮が村井、現場指揮が井上となり、実行犯が林泰男たち5人となりました。

井上の証言で「リムジン謀議」が行われたと証言されていますが、他のリムジンに乗っていたとされる人は否定していると、麻原の三女の方は答えています。

 

【3】事件前日、サリン生成を命じられる

引用: Pixabay

地下鉄サリン事件の二日前にオウム真理教の代表麻原彰晃と幹部たちの謀議の後、すぐにサリンを生成するようにと麻原が遠藤に対して命じました。

正式に命令があったのは午後11時ごろでしたが、夕方にはジフロを基にサリンの生成方法を探っていました。このサリンを生成していたのは、遠藤や土谷などでした。

 

【4】井上が麻原から叱責される

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引用: Pixabay

オウム真理教による地下鉄サリン事件は、エリート集団によってスムーズに行ったかと思いきや、意外とそうでもありませんでした。地下鉄サリン事件当日、井上がサリンが届くのが遅いと独断で上九一色村に戻ってしまった事で、少々まごつく場面が出てきます。

さらには連絡がうまくつかない状態になってしまった事で、麻原の怒りを買い叱責される結果となります。この時にサリンの到着が遅くなったりして地下鉄サリン事件がスムーズにいかなかったらどれだけよかったかと思ってしまいますが、そうはいかないところがあります。

 

【5】犯行で用いられるコンビニでビニール傘を調達

引用: Pixabay

サリンを運ぶときに少しまごついたものの、ここからは着々と地下鉄サリン事件の準備を整えていくところがあります。

オウム真理教による地下鉄サリン事件は、サリンを運んでから傘の先でつついてサリンを出すという形で行っていました。

ですので、傘はオウム真理教による地下鉄サリン事件で重要な凶器であったとも言えます。

 

【6】水を用いてサリンの撒き方をレクチャー

引用: Pixabay

危険物を取り扱う事から、オウム真理教の幹部たちも扱いには慎重でした。危険物から自らを守るのはもちろんですが、それと同時に犯行を成功させるという意味合いにおいても、サリンの撒き方のレクチャーを行っていました。

ここで失敗してくれたら、オウム真理教による地下鉄サリン事件が未遂に終わって良かったかと思いますが、そうはいかず、さらに着々と準備が進んでしまいます。

 

【7】実行犯らが、渋谷のアジトに移動

引用: Pixabay

午前5時になると、オウム真理教の渋谷のアジトに地下鉄サリン事件の実行犯や杉本たちが移動をします。

この3時間後にあの、日本のみならず世界を震撼させたオウム真理教による地下鉄サリン事件が発生してしまいます。

 

【8】千代田線にてサリンがまかれる

引用: Pixabay

千代田線のサリン散布役を林郁夫が担当し、送迎役を新実智光が担当する形で、地下鉄サリン事件が発生します。

林郁夫はマスクをして千駄木駅に入って時間をつぶしたのち、8時2分頃に新御茶ノ水駅に停車する前に傘の先でサリンが入っている袋を壊して、サリンが空中に出るようにして下車していきました。

まさかサリンが電車に撒かれる等とは思いもしない方がほとんどですので、林郁夫が下車した後も通常運転で電車は動いていました。しかし、猛毒のサリンが空中に舞っている状態ですので、乗客が次々と倒れて騒ぎに気が付きました。

その時は駅員の方もサリンとは気が付いていませんでしたが、異物がある事を発見した駅員の方がサリンを除去しています。

地下鉄サリン事件発生当初は、駅にサリンがあるとは思いもよらない時代でしたので、サリンとは気が付かないでサリンを処理した駅員の方や助役の方が亡くなったり、重症を負っています。

後に法廷で駅員の方がサリンを片付けて重症を負ったり、亡くなられている話を聞いた林郁夫は、自分の医師という立場と比較して、何と情けないのかと泣き崩れています。当初はサリンは猛毒ではあるけれど、一般的に流通するとは考えにくいものですので、駅員の方も猛毒と分からずに片づけていたところはあります。

しかし、乗客の変調の原因と分かったらいち早く処分をする事を考えるのは、駅員の方の勇気を感じされる一面があります。今も殉職された駅員の方の勇気をたたえる声は後を絶ちません。

 

【9】丸ノ内線の車両にてサリンがまかれる

引用: Pixabay

丸の内線の池袋発荻窪行においては、散布役を広瀬健一が担当し、送迎役を北村浩一が担当しました。散布役の広瀬は7時47分発の電車に池袋駅から乗りました。そして、御茶ノ水駅に到着したときにサリンを散布したのです。

丸ノ内線、池袋発荻窪行の車両は、重症者は搬出してサリン自体は排除したものの、中身がサリンであることに気が付いておらず、運行は続いて結果的にサリンの被害者を増やす結果となってしまいました。

新高円寺駅で異変に気が付いて停止するまで、運行が続いてしまったのです。この時にサリン散布役の広瀬も同時にサリンにより体調を崩しています。

 

【10】丸ノ内線、荻窪発池袋行の車両にてサリンがまかれる

引用: Pixabay

先程の池袋発荻窪とは反対車線となる、丸の内線の荻窪発池袋行では、散布役が横山真人が担当し、送迎役が外崎清隆でした。

こちらの車両においては、普段駅員の方によって行われる落とし物などのチェックが行われず、サリンに気が付くことなく池袋についてから、また荻窪に向けて電車を動かしています。

サリンがあるとは気が付いていないので、通常通りモップで掃除をされたものの、異物があるとは気付かれておらずそのまま電車を動かしています。異変に気が付いて電車を停止させたのは、サリンがまかれて1時間40分も後であったと言われています。

それだけ長く運行していたら、重大な被害が出たのではないかと推測されますが、こちらの車両では亡くなられた方が出なかったのです。しかし、200人近くの重症者が出た事を鑑みると、決して小さな被害ではなかったと言えます。

 

【11】日比谷線、東武動物公園行の車両にてサリンがまかれる

引用: Pixabay

中目黒発東武動物公園行では、散布役は豊田亨で、送迎役が高橋克也でした。実行犯役の豊田は7時59分発の電車に乗って、恵比寿駅進入する際に傘でサリンが入っている袋に穴をあけました。

こちらの車両では、当初は特に健康上の問題がなかったのですが、後に心筋梗塞で亡くなられた方も居ました。直後ではなかったのでサリンとの関係性に疑問があった所がありましたが、サリン中毒が原因と認められました。

さらには、こちらの車両には映画プロデューサーで有名なさかはらあつしさんも乗っていました。今も後遺症に苦しんでいらっしゃることから、サリンがいかに猛毒かがうかがい知ることが出来ます。

日比谷線に乗っていた方も、うずくまったり倒れる人を目撃したり、駅員の方が「ホームは危険です!離れて!」と叫ぶ姿も目撃されています。駅員の方の声で、逃げる方も多く、危険を察知して乗客を安全に誘導する役割を果たしていらっしゃいました。

この車両では、1人の方が亡くなられ、532人が重症を負ってしまいました。

 

【12】日比谷線、中目黒行の車両にてサリンがまかれる

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北千住発中目黒行の車両は、散布役が林泰男、送迎役が杉本繁郎でした。この車両は最も多くの犠牲者を出し、亡くなられた方が8人、重症者が2,475人でした。

こんなに地下鉄サリン事件によって犠牲者が増えてしまった事にも理由があります。
先ず1つは散布役の林が他の散布役が2パックしか持っていなかったサリンパックを3パック持っていたことです。他の散布役が1パックしか開けていなかった事に対し、林は他の誰よりも多くのサリンパックを傘で開封しました。

さらには、まだサリンだと気が付いていなかった乗客の方が何とかしてサリンパックを電車から出そうと、ホームに蹴りだしてしまった事が結果的に被害拡大につながってしまった一面があります。
しかし、平和な日本においてサリンが撒かれるなんて夢にも思わない現状で異物に気が付いたら出そうと思うのは当然の心理です。また、サリン被害は判断力が低くなってしまう事を鑑みても、こちらの乗客の方の判断は責められるものではありません。

しかも、この乗客の方が蹴りだした異物について話したことがサリン発見を早める結果になった一面もあります。

 

【13】事件発生後の実行犯や麻原の反応

 

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甚大な被害が出た、オウム真理教による地下鉄サリン事件。この様子を見て大変な事をしてしまったと思ってほしいものです。しかし、当の麻原や実行犯たちの反応はどうだったのでしょうか?

麻原は、地下鉄サリン事件については犯罪と考えておらずただ「ポアに成功した」と言っていたにとどまっています。当時オウム真理教による地下鉄サリン事件で、オウム真理教について取り上げられていた事もあり、この「ポア」という言葉も非常に流行りました。

このポアとはオウム真理教独特の思考と思われがちですが、殺害をした上で極楽浄土に行かせるという思考のある宗教も存在しています。チベット語である事から、チベットでの宗教なのでしょう。

そうしたいと思ったわけでもないのに、勝手に極楽浄土に連れていかれたら溜まったものではありません。その点においては、麻原の思想は迷惑そのものであったと言えます。

さらには、新実智光においては地下鉄サリン事件で亡くなられた方がいたにも関わらず、その事に大喜びをしていたとの事でした。亡くなられた方はもちろんの事、後遺症に苦しんでいらっしゃる方もいるのに、許しがたい事です。逮捕されてた時も口角を上げている様子を見せていたりと、まるで地下鉄サリン事件を起こして喜んでいるかのように感じられる場面は多くありました。

 

当時の地下鉄サリン事件への反応

引用: Pixabay

事件当初当時は、今普及しているようなインターネット上のまとめのようなものはありませんでしたし、SNSもありませんでした。

当時はインターネットもそこまで普及しておらず、地下鉄サリン事件のまとめというと専ら和ワイドショーやニュースでした。当時は大混乱を起こしていたので、急に番組変更がなされ、ワイドナショーなどで地下鉄サリン事件のまとめなどをしていました。

当時のSNSは見ることが出来ませんが、地下鉄サリン事件当時を回想するまとめやSNSは多くあります。

 

【1】サリン事件とは分からず

引用: Pixabay

1995年当時は今のようにSNSはない時代でした。故にリアルタイムでの情報はありませんが、当時を回想しているSNSでの発言は多くあります。そしてそれをまとめているようなサイトもあります。

今、問題なく書き込んでいらっしゃる方は、オウム真理教による地下鉄サリン事件に巻き込まれずに助かった側の方が多いです。だからこそ、1本乗り遅れた、とか1本早い電車に乗った事でオウム真理教による地下鉄サリン事件に巻き込まれず助かっている人が多かったです。

何か騒ぎが起こっているという事は思っていても、オウム真理教による地下鉄サリン事件と気が付かなくて、後になって知った方も多かった模様です。

 

【2】地下鉄サリン事件まで気が付かなかった人も多数

引用: Pixabay

多くの方はオウム真理教による地下鉄サリン事件について気付いていなかった方が多いです。

当事者なのにと思われるかもしれませんが、災害においてもテロにおいても、当事者こそが一番情報を得るのが遅い事は十分にありえます。

災害については、停電などでテレビもつかない状況であるケースも多く、ニュースを見ることが出来ない事が多いです。オウム真理教による地下鉄サリン事件でも、同じような現象が起きたと推測されます。

 

【3】中には、すぐにオウムを連想した人もいたとか

引用: Pixabay

オウム真理教は地下鉄サリン事件を起こす前にも、松本サリン事件を起こしていたりとサリンを使った犯罪を犯しています。その点においても、すぐに地下鉄サリン事件がオウム真理教の仕業だと気が付いた方もいたと言われています。

当時ジャーナリストでもオウム真理教を追いかけている人もいて、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きた後は、頻繁にテレビに出ていたジャーナリストの方もいました。

 

地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教とは?

 

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そもそもオウム真理教はどのような団体だったのでしょうか?

オウム真理教に関しては様々なまとめがあります。色々な観点からまとめられているので、オウムが起こした地下鉄サリン事件も様々な観点から見ることが出来ます。

そして、オウム真理教は1980年代から活動をしているところがあるので、時系列も長いことが特徴です。まとめてみると初めは普通だったにも関わらず、だんだんと狂暴化していく様子が分かります。

では、オウム真理教とはどのような存在なのでしょうか?オウムのあゆみから地下鉄サリン事件を起こすくらいまでをまとめてみました。

 

【1】明るいムードのヨガ教室だったが不思議な行動も

 

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オウム真理教は、当初から「オウム真理教」だったわけではなく、当初は「オウムの会」というヨガ教室でした。その後「オウム神仙の会」に名前を改めますが、ヨガ教室としてスタートしています。

超能力を身に着けるという非現実的な目的があったとはいえ、ヨガ教室自体は明るい雰囲気で楽しいヨガ教室だったと言われています。

この時はまさか、地下鉄サリン事件を起こすような狂暴な事件を起こすとは想像しがたいところがあります。
その当初からオカルト雑誌でオウムの会について取り上げられています。よくワイドショーで麻原が座禅を組んでいる状態で浮いている画像が取り上げられていましたが、空中浮遊について取り上げられたのは、この頃からです

 

【2】オウム真理教と名を改め、合法的な宗教活動を

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1987年から、「オウム神仙の会」から今の「オウム真理教」に名を改めます。そもそも超能力について興味がある層が集まりやすい宗教法人ではありましたが、宗教化することでさらにその勢いは拡大していきました。

当初はオウム真理教はアットホームで楽しいヨガ教室だったのですが、麻原が自らが破壊神シヴァ神やマハーカーラという怒りの神の化身だと言い始めたあたりから、オウム真理教はあの地下鉄サリン事件を起こすような問題ある集団の予兆が起こり始めます。

なぜかというと、暴力を肯定するかのような教えをオウム真理教が行うようになるからです。我々一般市民がオウム真理教について知る事になるのは、松本サリン事件などが起こったあたりからではあるものの、当時も問題のある宗教法人としてバッシングがあったと言われています。

 

【3】オウム真理教を広めようとする

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このころ、麻原は1987年や1988年にダライ・ラマ14世との面談をしました。面談をした際に写真やビデオを使った上で、ダライ・ラマ14世に日本の宗教を担ってほしいというような事を言われたと、麻原は主張していました。

ダライ・ラマ14世というと、著名人ですので麻原はその力を大きく利用する事を目的に、上記の事をしっかりとアピールしました。

もちろん、本当にダライ・ラマ14世が麻原と深い交流関係があったわけではなく、周辺の高僧たちも皆麻原と深い関係を持っているかについては、明確に否定しています。

さらにはダライ・ラマ14世は取材に対して、「麻原と会った事は確かだけれど、麻原は自分の弟子ではない。オウム真理教のような組織作りには否定的だ」という事を述べています。

ダライ・ラマ14世は、宗教関係では有名な方であるため、接見する人は多い事が特徴です。さらには、邪険にするわけにはいかず、インタビューにおいても「基本的に接見にくる方は友達だと思って接している」と答えています。

このような所を目的に麻原は利用したのではないかと推測されています。著名人は時に、そのような良からぬ目的で近づかれることもあるのです。

 

【4】正式な宗教として申請をし、申請をパスする

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オウム真理教は1989年3月1日に東京都で、宗教法人の認可申請を行っています。もちろんスムーズに行ったわけではありませんでした。信者が全員信者であれば複雑ではありませんでしたが、当時のオウム真理教には未成年の信者もいました。

基本的に未成年は親御さんの同意などが必要です。そして、被害者の会もあった事から、その方の反対などもあり、オウム真理教の宗教法人化はスムーズにはいきませんでした。

被害者の会や未成年の方の保護者の反対があったけれど、信者である元弁護士で元裁判官の方などの力を利用して、専門家によって力づくで宗教法人化を進めました。特に申請に漏れがなかったからか、「宗教法人化を却下する理由がない」との事で、オウム真理教は宗教法人になりました。

 

【5】信者殺害事件を起こす等犯罪に手を染め始める

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宗教法人になってからは、海外に進出をしたり、選挙に出るなど積極的な活動を始めます。
ただ、その時ぐらいから、オウム真理教の狂暴性が見えてくるようになってきました。

そもそもこの男性が結果的に殺害されてしまうのは、脱退の意志を伝えたことから始まってしまいます。その男性の上司は岡崎だったのですが、岡崎が麻原に男性の脱退の意志が硬いことを報告すると、富士山独房にその男性信者を監禁してしまいました。

その時に手足を縛るなどかなり、乱暴な方法で監禁をしていたと言われています。しかし、男性信者の意志は強く、乱暴に監禁された状態を経験しても、脱退の意志は揺るがず主張を曲げませんでした。

仮にオウム真理教から外に出たとしたら、その被害を世間にばらされることを恐れ、麻原は男性信者の殺害を提案します。そして、早川紀代秀、村井秀夫、新実智光、大内利裕などの5人に男性の殺害を実行させ、さらには遺体の隠ぺいも指示し、実行させます。

 

【6】坂本弁護士事件を起こす

オウム真理教の事件として最も大きな事件の1つとして、坂本弁護士事件があります。地下鉄サリン事件も含めて3大事件と言われる事もあります。

なぜ坂本弁護士が狙われたのかというと、オウム真理教は選挙活動を目的にしていたのですが、坂本弁護士がその目的の障害になると考えられていたからです。

当時坂本弁護士はオウム真理教に対して、否定的な発言をしていました。オウムの被害を訴える人の相談にのる事もあり、テレビでもオウム真理教の否定をする発言を繰り返していました。

当初は坂本弁護士だけを狙う予定で、仕事から帰っていく坂本弁護士を狙って殺害をする予定でした。しかし、その時は祝日で通勤をしていなかった事から、急遽予定変更をします。

そこで実行犯たちが向かったのは坂本弁護士の自宅でした。施錠をしていなかったことで実行犯たちが自宅に押し入り、暴力と塩化カリウムを注射され、結果的に坂本弁護士と奥様、お子さんは窒息死してしまいます。

 

【7】無差別テロを計画

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選挙戦に惨敗をし、そこから麻原は無差別テロを行うような狂暴性を見せるようになります。オウム真理教は国を転覆させたいという目的を持っていました。

もちろん、教団の信者たちも狂暴化している一面だけを見ていたら反応が違ったかもしれませんが、麻原がうまく言いくるめることで信者の方も、その狂気にまきこまれていきます。それは現代人が悪い転生をしないために救うという大義名分が目的でした。

さらには、日本転覆という不安を煽り立て、オウム真理教に居たら大丈夫だと説き伏せていた一面があります。
もちろん、何事もなく日本が転覆するというわけではなく、オウム真理教独自にボツリヌス菌・ボツリヌストキシンの生成をしていました。

しかし、当時はボツリヌス菌・ボツリヌストキシンの生成は成功せず、テロは行われずに済みました。失敗続きですが、この時には地下鉄サリン事件の下地があったのですね。

 

【8】波野村にて住民と争う

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波野村は熊本県阿蘇郡にあるのですが、オウム真理教はそこに進出を果たします。上九一色村のように長閑なところを拠点にすることがありますが、熊本の波野村も「村」というだけあって、長閑なところでした。

しかし、オウム真理教の進出によって、村と大きく争うようになります。さらには村長派と非村長派との争いや右翼団体までもが入り混じり、争いは激化します。

こちらの土地を手に入れる時の事に関する、国土利用計画法違反事件で強制捜査が入ることで解決の糸口が見えそうでしたが、熊本県警内にもオウム真理教の信者がおり、その方から強制捜査の情報を事前に入手していました。強制捜査の連絡があって1週間も時間があったので、証拠隠滅等には困らなかったと言われています。

ここで決め手になる事はなく、結果的に波野村は和解金として、オウム真理教が手に入れていた土地を9億2000万円で買い戻すことで争いは終わりを迎えます。
当初オウム真理教は5000万円で土地を手に入れていたので、オウム真理教は大金を手に入れる事になりました。

初めから大金を手にすることが目的ではなかったと推測されますが、棚から牡丹餅のように大きな資金を得ることとなったのです。

 

【9】サリンや科学兵器など、危険物の生成などに着手

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以前から化学兵器の着手は行っていましたが、この時になるとさらサリンを含めた強い毒を持つ化学兵器に着手をしていくことになり、結果的にサリンを作り出すことに成功をします。サリン生成に成功してしまった事により、松本サリン事件や地下鉄サリン事件を引き起こすきっかけになってしまう一面があります。

この成功により、敵対している弁護士などにサリンの効能を試しました。2件の事件を起こしていますが、いずれも未遂に終わっています。

サリンの他にもAK-74という銃の生成にも力を入れるようになり、さらにオウム真理教は武装を図る事になります。

 

【10】信者に対する洗脳を強化し、組織がさらに狂暴化する

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御布施の強要もあり、だんだんとオウム真理教の問題も表に出てくるようになりました。

そこで、麻原は常に信者の行動については不安を覚えることも多かったと言われています。だからこそ、信者同士でお互いを監視させて、様子がおかしいと思ったら密告をするように言われています。

救いを求めて入信した方がほとんどだったにも関わらず、実態は御布施の強要や暴力などがあった事から、脱会したい信者も多かったのでしょう。それが麻原がスパイがいる可能性があるという不安を募らせる結果となります。

その結果、リンチ殺人事件などを複数起こすなど、暴力的な一面が垣間見れるようになります。また、動きがおかしい信者の方の真意を問いただすべく、麻酔薬を用いて意識がもうろうとしたところで、麻原に対して本当に忠誠があるかどうかを尋ねるという行為にも出ています。

信者たちにも、漏れては困る教団の秘密をばらされる事、脱会をしたりして信者が逃げることを恐れており、「殺害する」と脅しをかけるようになっていきました。

 

【11】松本サリン事件を起こし、ついに死者を出す事態に

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サリン生成が成功し、オウム真理教による事件の主なものになってしまう、松本サリン事件が起こります。化学兵器等を使った殺害計画も、未遂に終わることが多かったのですが、ここで成功をしてしまい、亡くなられた方もいました。

地下鉄サリン事件の前に松本サリン事件があり、世界でも類を見ない化学兵器での無差別テロであると日本のみならず世界を震撼させました。住宅街にサリンを散布したことで、7人の方が亡くなり、約600人の方が負傷されたと言われています。

オウム真理教はそこからさらにVXガス生成に成功をするなど、狂暴化をしていき、結果的にオウム真理教による地下鉄サリン事件が起こってしまいます。
また、オウム真理教に良からぬ感情を持っている方からと思しき怪文書が出回る事態にもなっています。

その怪文書の内容はサリン事件とオウム真理教を結びつけるものでした。結果的にこれがオウム真理教がサリンとかかわりがあるという疑念を世間に植え付けることとなります。

 

オウム真理教の目的は?【地下鉄サリン事件】

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地下鉄サリン事件、松本サリン事件などを起こしても、オウム真理教が成し得たかった目的は、世界の転覆が目的であったと言われています。

オウム真理教の代表の麻原は、盲学校に通っていた時から「ロボット帝国を作る」事に夢を抱いている等、自分が世界に君臨することを望んで目的にしているような発言が目立っていた一面があったようです。

当初は選挙に出るなど、表向きは合法的に世界を動かすという目的を果たそうとしていましたが、選挙も惨敗し、目的達成のためにテロによって支配することを思いつくようになってきて、地下鉄サリン事件のような狂気に満ちた事件を起こすようになってしまいます。

一見狂気じみている目的ですが、だんだんとオウムもその目的を果たすべく、どんどんとおかしな方向性に進んでしまう一面があります。

しかし、結論から言うと、その目的は果たすことが出来ず最終的には死刑囚になり、死刑になってしまいます。世界転覆の目的を叶えることはまず難しいと言っても良いでしょう。

世界転覆を目的にすること自体が現実的ではありませんが、オウムのように非合法的な手段で目的を強行するのは特に無理があります。

 

オウム真理教メンバーの現在【地下鉄サリン事件】

 

【麻原彰晃】死刑

 

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オウム真理教の代表ですので、死刑を免れることはできませんでした。

様々な殺人事件で有罪になり、地下鉄サリン事件についても首謀者であることで、死刑囚となりました。オウム真理教による地下鉄サリン事件の時に生まれていなかった方においても、度々オウム真理教の代表だった麻原元死刑囚については、ニュースで取り上げられることからご存知の方も多いでしょう。

さらには裁判においても、拘置所においても地下鉄サリン事件を起こした麻原元死刑囚は奇行を見せるようになり、精神的な問題が注視されるようになりました。

しかし、死刑は精神的に疾患を抱えていると死刑が延期になる事から、麻原元死刑囚の詐病なのではないかという疑いが持たれるようになり、詐病か否かが論点になる事もありました。

詐病を疑う声としては、責任逃れが目的なのではないかと推測されるところがありました。しかし責任逃れを目的とするには、あまりにも高い代償を払う事になります。それは、幹部と言っても良いメンバーが、麻原の詐病を責任逃れを目的にしていると幻滅し、脱退を決意する方が増えたのです。

しかし、仮に責任逃れを目的に詐病をしていたとしても、この詐病は責任逃れの目的を果たせませんでした。皆様もご存知のように地下鉄サリン事件など多数の事件を起こしたオウム真理教の代表の麻原彰晃元死刑囚は2018年7月6日に死刑が執行されました。

 

【井上嘉浩】死刑

地下鉄サリン事件の担当をしたわけではありませんが、調整役を行ったという事で罪に問われ、結果的に死刑囚となりました。しかし、罪を逃れるためか、自分は地下鉄サリン事件においても重役ではなかったことを主張する場面もありました。

確かに井上は、麻原に虐待をされるなど信心深いにも関わらず、酷い扱いを受けることがありました。交際女性に手を出されたり、罰として8月の暑い日に独房に閉じ込められたうえで、断水断食などを命じられたりしていました。さらには暴言も受けていたと言われています。

しかし、地下鉄サリン事件においても重役ではないという主張についても、証言を疑われるだけになってしまい、死刑囚となる事を免れることはできませんでした。

現在は麻原と同じく、2018年7月6日に死刑が執行され、この世には存在していない状態です。

 

【遠藤誠一】死刑

松本サリン事件では実行犯となり、地下鉄サリン事件においてはサリンを作るという、地下鉄サリン事件において重要な役割を担った事で死刑判決が出て死刑囚になりました。

帯広畜産大学畜産学部獣医学科に進学しますが、分子生物学の講義を受けて感銘を受けたことから、大学とは関係なく独自で遺伝子工学を学び始めます。これが、地下鉄サリン事件の凶器となりうるサリン生成のきっかけになってしまうところがあります。

遠藤は、地下鉄サリン事件などで多くの方の命を奪ったり重症を負わせたりしたことに対し、後悔をしていた様子を見せましたが、地下鉄サリン事件の後でも麻原への帰依心を手放すことが出来なかったと言われています。
それは、許嫁と言われていた麻原の四女の方への文通でもうかがえるところがあります。

2018年7月6日に死刑が執行されて命を落としており、今は元死刑囚となっています。

 

【横山真人】死刑

地下鉄サリン事件において、サリン散布役を担当する事となりましたが、横山がサリンを散布した車両は、唯一亡くなられた方はいませんでした。しかし、テロの共犯という事で裁かれ、死刑が確定し、死刑囚となっています。

死刑囚となった理由としては、地下鉄サリン事件の実行犯であった事はもちろんですが、麻原への帰依心を表していることから、反省の色なしと判断されて死刑判決となりました。横山は地下鉄サリン事件などで死刑囚となった理由を粛々と受け入れていたと言われています。

横山は、麻原たちとは違い、2018年7月26日に死刑が執行されています。

 

【広瀬健一】死刑

広瀬健一もまた、地下鉄サリン事件のおいてサリンを散布する役割を担った事で、死刑判決を受け死刑囚となりました。

広瀬はマインドコントロールを受けやすい気質であったと言われており、供述を引き出すのに苦労したというエピソードがありました。それは、麻原から教団の事を話すと恐ろしいことが起こると言われていたからです。
そこで、マインドコントロールを脱するプロセスを実行して、供述を引き出していったと言われています。

マインドコントロールが解けた後は、地下鉄サリン事件を起こしたことを激しく後悔しており、死刑囚になった事も受け入れていたのでしょう。

広瀬もまた、2018年7月26日に死刑が執行されていて、今は死亡している状態です。

 

【土谷正実】死刑

土谷は地下鉄サリン事件において実行犯ではなかったものの、積極的にサリン生成に携わっていることから、大量殺人の罪に問われて死刑囚となっています。当初は裁判においても、検察官を怒鳴りつけたり、傍聴人にすごむ等攻撃的な様子を見せていました。

しかし、時間が経つにつれて麻原の洗脳が解けていったあたりから態度が一変しました。「麻原が詐病を使ってでも真実を話す事から逃げている、ついてきた弟子たちをほっといて自分だけ詐病に逃げている」と麻原を否定する発言をしています。

土谷の知識が地下鉄サリン事件の凶器となるサリン生成の助けになってしまった一面がある事から、洗脳が解けた後は罪の意識にさいなまれる事も多かったと言われています。

その一方で2014年11月以降あたりから土谷は精神的な変調を起こすようになり、保護房に移動する事も多かったと言われています。

2018年7月6日に死刑が執行されていますが、死刑執行当日も保護房にいたと言われています。

 

【豊田亨】死刑

地下鉄サリン事件において日比谷線・中目黒発のサリン散布役をしており、死刑囚となりました。

裁判に掛けられているときから、罪の意識を感じられている場面が多くあり、常に自己責任があるという観点での証言が多かったことが特徴でした。

地下鉄サリン事件等に関しても特に罪を軽くすることを望むことなく、そのまま死刑判決が出ました。
結果的に2018年7月26日に死刑の執行となりました。

 

【中川智正】死刑

地下鉄サリン事件においてサリンパックを持って傘で刺してサリンを撒いた人たちの多くは死刑になり、実行犯たちの送迎を行っている人は無期懲役であるケースが多いですが、中川は運転役だったにも関わらず死刑判決を受けて死刑囚となっています。

それは、地下鉄サリン事件の凶器となるサリンの生成に携わっていたからと言われています。

他の死刑囚の方たちとは違って上告をしましたが、棄却されています。
結果的に麻原と同じく2018年7月6日に死刑が執行されました。

 

【新実智光】死刑

リアルタイムで見ていた方でしたら、逮捕された際も口角を吊り上げともすればニヤニヤしているように見える表情で連行されていく様子を見て違和感を感じた方も多いでしょう。

新実智光元死刑囚もまた地下鉄サリン事件では送迎役で実行犯ではなかったものの、坂本弁護士の殺害の実行犯として関与したり、未だにオウムの考え方に帰依すると一貫して主張をしたことで死刑判決が出て、死刑囚となりました。

新実も同じく2018年7月6日に死刑が執行され、既に亡くなっています。

 

【林郁夫】無期懲役

同じ「林」でも林郁夫のほうは、地下鉄サリン事件の時にサリンを散布した実行犯であるにも関わらず、唯一死刑を免れ無期懲役となった人物です。

それはなぜかというと、特に聞かれたわけでもないのに、自分が実行犯であると自分に不利な事も積極的に証言をすることで自首はしていないけれど、実質自首と認められたところにありました。

実行犯でもあるのに死刑を免れている点においては、まとめサイトにおいてもそのテーマがあるくらいですので、かなりのレアケースと言ってもいいでしょう。

公判中においても、サリンが撒かれた時に自らの身を犠牲にした駅員の方の話を聞くと、「(本来は医者の)自分が助けるべきなのに、それに比べて…」と号泣したと言われており、地下鉄サリン事件の被告の中でも一番人間らしい一面を見せていたところもあります。

医師は本来は命を助けるために活動をしていますが、医者である自分が人を殺め、駅員の方が自らの犠牲を鑑みずに乗客を守った様子を聞いて自分が情けなくなったのでしょう。

確かに当時は駅員の方はもちろん、皆がサリンについての知識は皆無に等しかった一面がありますので、サリンの事について分からなかったから、駅員の方が危険を顧みずに処理をした一面もあったのでしょう。しかし、何か分からないものを処分するというのは、駅員の方はかなりの勇気を要したのではないでしょうか。

林郁夫は仮に死刑を免れる事を目的に積極的に証言をしたのではない事は明らかでした。仮に死刑を免れる事を目的にしているとしたら、実行犯である事は伏せますし、自分に不利な事の証言はしません。心から被害者の方に申し訳ないと思い、せめてもの償いに全てを話すことを目的に証言したのでしょう。

さらにはサリンの被害にあって亡くなられた駅員の方の奥様が、林郁夫を許しても良いと発言したことが大きく判決に作用したと言われています。反省し、泣き崩れる林郁夫に、更生の余地があると駅員の奥様や被害者の方は判断したようです。

駅員の奥様からの「許しても良い」という発言もあってか、結果的に死刑囚になる事なく、今現在も服役していると言われています。

 

【林泰男】死刑

林泰男のほうは地下鉄サリン事件においても日比谷線・北千住発の車両にてサリンを散布したことで、死刑判決を受け死刑囚となりました。一見サリンパックを3つ持参したりして、多くの犠牲者を出したことから積極的にテロに参加しているかと思われる一面がありますが、必ずしもそうではありませんでした。

当時のオウム真理教は「断る」という選択肢が難しい状態に追い込まれており、致し方なく指示に従った面があったと言われています。そして、多くの方が嫌がったサリンパックを多く持つという役割を担ったと言われているのです。

人間的で優しい人間であると言われていたところがありましたが、悪い方向性に出てしまったと言わざるを得ないでしょう。

裁判時に信仰心がない事は発言していましたが、死刑が確定し、死刑囚となります。
2018年7月26日に死刑が執行され、死亡しています。

 

【外崎清隆】無期懲役

地下鉄サリン事件においては、運転手役になった事から死刑囚になる事は免れ、無期懲役となっています。

どちらかというと、最後の話し合いには行ったもののサリンを扱う危険があるようなテロである事に関する理解もあまりしておらず、地下鉄サリン事件の時もただ横山のいう事を聞こうと深く考えていない一面があったと言われています。

ただ、地下鉄サリン事件などの裁判において麻原元死刑囚の法廷での様子や教団の代表にも関わらず責任を押し付けている様子を見て、麻原に対する怒りをあらわにしています。

2015年に高橋克也の法廷に承認として出廷していますが、その後から現在の状況は詳しくはわかっていません。おそらく今も服役中だと推測されます。

 

【高橋克也】無期懲役

 

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高橋勝也は地下鉄サリン事件において運転手の役割を担っていました。

潜伏期間が長く、逮捕されたのは、2012年6月15日でした。オウム真理教の逃走犯として長く潜伏生活を送っていましたが、高橋の逮捕によって全てのオウム真理教の犯罪者が逮捕されたのです。

一番最後に逮捕されたオウム真理教の関係者であったことから、まとめサイトで高橋の事についてまとめられているまとめサイトもあります。

重要な犯罪にかかわっていたと言われている一面がありますが、ただの監視役であった事から、積極的に関わったとは言い難い一面があると不起訴になったものもありました。

高橋本人は判決を不服として控訴をしようとしていましたが、棄却されています。それに対する異議申し立てまでしましたが、それも棄却され、無期懲役が確定しました。

さらには、控訴をしようとする点で反省していないのではという怒りのツイートなどもまとめサイトで取り上げられていました。

高橋の現在も良く分かっていないところがありますが、おそらく今も服役していることでしょう。

 

【北村浩一】無期懲役

地下鉄サリン事件において、運転手役を担ったからか、オウム真理教の麻原死刑囚に帰依すると発言してもなお、無期懲役となっています。一・二審ともありましたが、どちらも無期懲役となっており、確定しています。

現在の状況においては分かっていませんが、今も服役中なのでしょう。

 

【杉本繁郎】無期懲役

男性リンチ殺人事件に関わる事もあった一面はありますが、地下鉄サリン事件においては送迎役を担当します。

地下鉄サリン事件などを含めた裁判においても無期懲役となります。不服を感じて控訴をするものの一・二審ともに無期懲役で、最高裁まで持ち込もうとしましたが棄却されて、無期懲役が確定しています。

2018年現在の情報で服役中との事ですので、2019年の今も服役中である事が推測されます。

 

【村井秀夫】刺殺

村井もまた重大な犯罪に関わっており、仮に裁判に掛けられていたら死刑囚となる事は免れることはできなかったでしょう。地下鉄サリン事件においても、指揮者役という重要な役割を担っていました。

しかし、指定暴力団である山口組系、羽根組の構成員に刺殺されてしまう事で、亡くなってしまいます。亡くなってしまったので裁判で裁かれることなく、死刑囚になる事もないまま刺殺されてしまったのです。

 

【田下聖児】懲役7年

引用: Pixabay

地下鉄サリン事件においてサリン生成に関わったが製造補助という事で、懲役7年を言い渡されています。

当時のニュースにおいても麻原を初めとした幹部について大きく取り上げられることが多く、田下について詳しく知っている方は、当時においてもあまり多くなかったと推測されます。

そのせいもあるのか、近況がどうなっているかも良く分からないところがあります。既に刑期も終わっているので、一般人として生きていらっしゃるのでしょう。

 

【佐々木香世子】懲役1年6ヶ月

引用: Pixabay

佐々木香世子もまた、地下鉄サリン事件ではサリンの生成補助を行っていると認められ、懲役1年6ヶ月と決まりました。

中川元死刑囚の彼女だったと言われていますが、現在の状況については、分かっていません。

 

【森脇佳子】懲役3年6ヶ月

引用: Pixabay

村井と恋人関係であったと言われていますが、地下鉄サリン事件においてもサリン生成の製造補助をしているという点から、懲役3年6ヶ月となりました。

彼女に関しても、現在はどうしているのは分かっていません。

 

被害者遺族の現在【地下鉄サリン事件】

引用: Pixabay

軽度であっても視力低下など目に影響が出やすい一面があります。

さらに軽度の場合は、倦怠感や発熱などが発生する可能性もあるとされています。しかしサリンは液体一滴が人体に付くだけで致死量に達してしまうくらいだと言われているくらいに猛毒ですので、寝たきりになるほどの重度の後遺症が残ることもあります。

例え軽度であっても、地下鉄サリン事件はもう24年以上前の事ではあるものの、未だにサリンの後遺症に苦しんでいる方は多いです。

地下鉄サリン事件の被害者の方の声もニュースで取り上げられたり、まとめサイトで撮り上がられています。まとめサイトなどを見ると、死刑に関して「当然だ」という声と、「麻原一人で十分だった」という声もありました。

まとめサイトなどで取り上げられている被害者の方の意見として、「麻原を死刑にした上で、他の元信者の反応を見たかった」との声もありました。
被害者の方もたくさんいらっしゃるので、ニュースやまとめサイトなどでも、意見は別れる傾向にあります。

ニュースやまとめサイトで取り上げられている意見の中で最も多かったのは、「例え加害者が死刑になっても以前の身内(自分)は戻らない」という意見でした。

 

日本に深い爪痕を残した地下鉄サリン事件

 

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今も被害者の方は後遺症に苦しんでいるという点では、例えオウム真理教の主要人物が死刑になったからといって、終わりではありません。例え犯罪を犯した加害者の命が亡くなってもなお、地下鉄サリン事件は深い爪痕を残したままです。

サリンが原因かどうかが分からないうちから、サリンが入ったビニール袋をいち早く処分した駅員の方の勇気により、被害拡大を防ぐことが出来ました。何やら乗客の方が体調不良を訴えている原因と思しき物を処理した駅員の方の勇気はすごいものです。
殉職された二人の駅員の方に対して、今現在もその勇気をたたえている声が多いです。

オウム真理教による地下鉄サリン事件は確かに恐ろしく、多大な被害が出た点からして起こってほしくはない事件であった事は確かです。しかし、オウム真理教による地下鉄サリン事件をきっかけに、駅の警備体制がしっかりとしてきた一面は否定できません。

オウム真理教による地下鉄サリン事件が起こってしばらくの間は、駅員の方も電車の車両にある不審物や不審人物に最大限に警戒をし、もし発見したらすぐに駅員に報告をするようにという注意書きを見る機会が増えたと言われています。それは、オウム真理教による地下鉄サリン事件とは全く無縁であった駅であってもそうでした。

そして、駅員の方も地下鉄サリン事件があった事から、仮に原因不明な遺留物に関しても自衛隊を呼ぶなどもできます。サリンぐらいの有害物質になったら駅員の方の対応では限界があります。オウム真理教による地下鉄サリン事件で、原因物質が分からずに混乱している現場の中、すぐにサリンだと断定したのは自衛隊だったと言われています。

地下鉄サリン事件では駅員の方も犠牲になってしまいましたが、過去のケースがあるので無事に駅員の方が異物に対する対処がうまくできる可能性があります。駅員の方や乗客の方の犠牲もあり、起こってほしくない事件であった事は確かですが、危険物に対する教訓を知ることが出来たという点では、駅員の方も乗客の方も参考にできる点が多いのではないでしょうか。

多くの人が震撼したオウム真理教による地下鉄サリン事件だからこそ、教訓にできる所は教訓にし、同じ事件が発生しないように、発生したとしても適切な対応ができるようにする事で被害を軽減できる可能性が高くなります。

オウム真理教による地下鉄サリン事件は世界転覆の目的達成とはならず、麻原たちを含む実行犯たちは死刑になって亡くなってしまいました。サリンの生成が難しいのはもちろんですが、世界転覆の目的達成が果たせなかったことから、地下鉄サリン事件のような事件を起こそうとする方も皆無であると信じたいものです。

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