のぞみ265号新幹線殺傷事件の真相!小島一朗の経歴や判決まとめ!

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のぞみ265号新幹線殺傷事件とは?

引用: Pixabay

のぞみ265号新幹線殺傷事件とは、2018年6月に東海道新幹線「のぞみ265号」の車内で起きた殺傷事件です。

乗客のうち女性2名が軽傷、男性1名が死亡しています。

のぞみ265号新幹線殺傷事件を受け、新幹線を運行している各社は、安全対策の強化に取り組んでおり、今回の事件が起きた東海道新幹線を運行しているJR東海は、車内・駅構内の巡回を強化、緊急時に備え防護用具や、救急用品を車内に配備するとしています。

また、2019年3月には全列車へ警備員を同乗させる体制が整ったことが明らかにしました。

JR西日本でも、のぞみ265号新幹線殺傷事件を受けて、東海道新幹線を運行しているJR東海と同様の対策に取り組んでいます。

のぞみ265号新幹線殺傷事件の犯人は、小島一朗(当時・22歳)。小島一朗容疑者は逮捕後、攻撃対象について「だれでもよかった」との供述をしています。

小島一朗容疑者は何故、「のぞみ265号新幹線殺傷事件」という悲惨な事件を起こしてしまったのでしょうか。今回は、気になる小島一朗の経歴から、動機、判決の内容まで見ていこうと思います。

そして偶然居合わせてしまっただけの、小島一朗容疑者とは面識のなかった被害者の3人。

被害者のうち、亡くなってしまった梅田耕太郎さんは事件当時、被害者の女性2人を小島一朗容疑者から守るという勇敢な行動をとっていたといいます。

多くの乗客が小島一朗容疑者の凶行を見て別車両へと逃げて行ってしまった中、梅田耕太郎さんは一人で最後まで、小島一朗容疑者と闘っていたのです。

梅田耕太郎さんの勇気ある行動により、被害女性2名は軽傷で済んだと言っても過言ではないかもしれません。

今回は、亡くなってしまった梅田耕太郎さんの勇気ある行動についても迫っていきたいと思います。

 

のぞみ265号新幹線殺傷事件の概要!

引用: Pixabay

2018年6月に起きた、「のぞみ265号新幹線殺傷事件」。

公共交通機関である東海道新幹線「のぞみ265号」で起こった、忘れてはならない非常に痛ましい事件です。

ここからは、「のぞみ265号新幹線殺傷事件」の詳しい概要についてお話していきたいと思います。

 

【1】事件はいつどこで発生した?


引用: Pixabay

のぞみ265号新幹線殺傷事件が発生したのは、2018年6月9日夜9時45分頃です。

神奈川県の新横浜~小田原駅間を走行していた東海道新幹線「のぞみ265号」の12号車で、その凶行は行われました。

事件当時、東海道新幹線「のぞみ265号」はダイヤ通りに新横浜駅を21時42分に出発。出発前に特にトラブルなどの報告は上がっていなかったとのことです。

出発は21時42分、犯行が開始された時刻は21時45分となっています。

一体、数分の間になにがあったのでしょうか。また、犯人の小島一朗は何を思って「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こしてしまったのでしょうか。

ここからは、事件の詳しい内容について迫っていきたいと思います。

 

【2】のぞみ265号新幹線殺傷事件の内容


引用: Pixabay

2018年6月9日21時42分、東海道新幹線「のぞみ265号」はダイヤ通りに、新横浜駅を大阪方面に向かって発車。

小島一朗容疑者は、同列車の12両目後方2列シートの左側に座っていました。

そして、21時45分事件は起こります。

小島一朗容疑者が急に立ち上がり、右隣に座っていた女性を鉈で切りつけたのです。それを見ていた男性客(梅田耕太郎さん)が、小島容疑者を止めに入りましたがうまく止めることが出来ず、通路を挟んで左隣にいた女性客も切りつけられてしまいます。

男性客(梅田耕太郎さん)は、切りつけられた女性客二人を後方に避難させると、小島一朗容疑者と対峙。しかし、梅田耕太郎さんは、小島容疑者に馬乗りになられて何度も繰り返し切りつけられてしまいました。

その後、事件をきいて駆け付けた車掌が小島一朗容疑者を説得します。

東海道新幹線「のぞみ265号」は22時3分頃に小田原駅に緊急停車。そして小島一朗容疑者は、待機していた警察官に取り押さえられ現行犯逮捕となりました。

被害者のうち、女性客2名は軽傷、男性客は病院に搬送された際、既に心肺停止状態となっており、その後死亡が確認されました。

 

【3】事件後の安全対策への取り組み

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引用: Pixabay

今回の「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を受けて、新幹線の安全対策強化が行われています。

東海道新幹線を運行しているJR東海は、警備員の増員・車内、駅構内の見回りの強化・緊急時に備え、防護用具や救急用品の配備の徹底に取り組んでいます。

またJR東日本・JR西日本でも、「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を受けて、JR東海と同様の対策に取り組んでいます。

利用者からは、手荷物検査まですべきだという声も上がっていたとのことですが、利便性を考え現時点での導入は難しいとしています。

国土交通省は、のぞみ265号新幹線殺傷事件をうけ、鉄道運輸規定の改正に踏み出しました。

列車内への梱包されていない刃物の持ち込みを禁止するという項目を新たに追加することを決定し、2019年4月1日より施行。

また、旅客自動車運送事業運輸規則にも改正がなされ、バスやタクシー内への梱包されていない刃物類の持ち込みを禁止する条項を追加し、こちらも同様に4月1日から施行となっています。

 

梅田耕太郎さんの勇敢な行動まとめ!

ここまで、「のぞみ265号新幹線殺傷事件」の概要についてお伝えしてきました。

小島一朗容疑者の非道な犯行により、2人の女性が軽傷、1人の男性が死亡に至ったこの事件。被害者のうち、死亡してしまった男性は、梅田耕太郎さん(享年38歳)。

事件当時、梅田耕太郎さんは被害女性の2名を守るため、小島一朗容疑者に立ち向かっていたといいます。

多くの乗客が小島一朗容疑者の凶行をみて別車両へと逃げていく中、見知らぬ女性2名のために命を懸けて立ち向かった、梅田耕太郎さん。

助けるということが大切な事であるとわかってはいても、命を懸けてまでできる人はきっとそう多くないはず。では、梅田耕太郎さんは何故このような勇敢な行動をとることができたのでしょうか。勇敢な行動について詳しくお話していくとともに、梅田耕太郎さんの生前の様子などにも迫っていきたいと思います。

 

【1】梅田耕太郎さんは犯人に一人で立ち向かった!その勇敢な行動とは?

引用: Pixabay

のぞみ265号新幹線殺傷事件で、惜しくも命を落とすことになってしまった梅田耕太郎さん。

梅田耕太郎さんは、事件当時被害女性2名を守るために、犯人へ一人で立ち向かったといいます。ここからは、そんな梅田耕太郎さんの勇敢な行動について詳しくお話していきたいと思います。

外資系化学メーカーBASFジャパンに勤務している梅田耕太郎さんは事件当日、横浜での2日間の研修を終え、兵庫県尼崎市にある自宅へ帰宅しようとしていました。

午後9時42分発の東海道新幹線「のぞみ265号」へ乗車すると、12両目最後列の通路側の席へ。

程なくして事件はおこります。午後9時45分、突然女性の「逃げて!」という叫び声が響き渡りました。

見ると梅田耕太郎さんの2列前に座っていた男性(小島一朗容疑者)が立ち上がり隣の女性を鉈で切りつけていました。

車内は大パニック。恐怖にかられた乗客らは次々に別車両へと逃げていきます。そんな中、被害にあっている女性を助けようと犯人に立ち向かったのが、梅田耕太郎さんでした。

犯人に気づかれないよう背後から近づき、小島容疑者を後ろから抑えつけます。その隙に被害女性は肩にケガを負いながらも、後方に逃げることが出来ました。

ですが、その後小島容疑者が激しく動き、梅田さんの抑えは振り切られてしまいます。そしてその少しの隙に、小島容疑者は通路を挟んで左隣にいた女性客にも切りつけてしまいます。

すぐに梅田さんが止めに入り、女性はなんとか後方に逃げることが出来ましたが、二人の被害女性を後方へ避難させたことで、小島容疑者の矛先は完全に梅田さんへとシフト。

小島容疑者は梅田耕太郎さんに思い切り襲い掛かります。初めは何とか応戦することができていた梅田さんでしたが最終的に、小島容疑者に馬乗りになられてしまい、何度も繰り返し鉈で切りつけられていたそうです。

その後、警察が駆け付け小島容疑者は現行犯逮捕。梅田耕太郎さんは、病院に運ばれる際、すでに心肺停止状態となっており、間もなく死亡が確認されました。

 

【2】梅田さんは子供の時から勇敢だった!?気になる生い立ちに迫る!

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引用: Pixabay

のぞみ265号新幹線殺傷事件で、自分の命を投げうってまで他人を助けるという勇敢な行動をとった梅田さん。

知人によると、梅田さんは子供の頃から正義感が強く、子供同士で仲間外れなどが起こると「そういうのやめよう」と止めることができていたのだそう。

真似したくてもなかなかできない梅田さんの行動。さて、そんな梅田さんは、どのように育ってきたのでしょうか?その気になる生い立ちに迫っていきたいと思います。

梅田さんは、神奈川県横浜市で育ちました。子供の頃から、正義感が強かったという梅田さん。頭も良く、小学生の頃には秀才と言われていたそうです。

また、頭が良いだけでなく社交的で明るい子であったといいます。

梅林小学校を卒業後、元首相の細川氏も通った名門校である、私立栄光学園へ入学。勉強だけでなく、スポーツにも精を出し、活発だったそう。

高校卒業後は、東京大学の工学部へ入学。大学に入ってからも持ち前の正義感と優しさを発揮し、困っている人には手をさし伸べて、誰とでも分け隔てなく仲良くしていたとのことです。

東京大学を卒業後は、東京大学大学院新領域創成科学研究科へと進学し、特別研究員として卒業まで活躍していたといいます。

大学院卒業後は、京セラ、SABIC、BASFジャパンと転職を重ね、キャリアアップを図っていたとのことです。

 

【3】梅田さんは遠距離離婚。「一緒に暮らしたいな」とこぼしていたことも…?

引用: Pixabay

梅田さんは結婚していましたが、自宅は関西、職場は東京のため毎日自宅へ帰るということはできていなかったといいます。

そのため週末は必ず帰宅するようにしていたそうです。当時の同僚には「奥さんと一緒に暮らしたい」という言葉をよく漏らしていたといいます。

子供はいませんが、「一緒に暮らしたい」という言葉が漏れるのは、二人の仲が良かったという事なのではないでしょうか。そのため、週末のひとときは本当に大切な時間であったのでしょう。

「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こし、梅田さんの妻から大切なパートナーを奪った小島容疑者。奥さんは今何を思っているのでしょうか。奥さんの悲しみは計り知れません…。

 

小島一朗の経歴は?【東海道新幹線無差別殺傷事件】

のぞみ265号新幹線殺傷事件の犯人、小島一朗。

被害者全員、小島容疑者とは面識すらありませんでした。小島容疑者はなぜ「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こすことになってしまったのでしょうか。

ここからは、小島一朗の気になる経歴についてみていきたいと思います。

 

【1】小島一朗の生い立ちとは?

引用: Pixabay

さて、ここからは「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こした小島一朗容疑者の生い立ちについて迫っていきます。

小島一朗は1995年に愛知県の一ノ宮市で生まれました。幼少期から両親とは良好な関係を築くことができなかったそうです。

中学でいじめを受け不登校になってから、父親と進路のことなどでのトラブルが多くなっていきました。そのため、生活の場を自立支援施設に変更し生活していたそうです。

中学卒業後は、愛知県内の定時制高校へ進学、その後職業訓練校を経て機械修理会社へ就職。ですが、人間関係の構築が下手だったためかトラブルが多く、1年程で会社を辞めてしまっています。

2016年秋頃から愛知県にある祖母宅に祖母や叔父夫婦と同居しています。

 

【2】小島一朗は自閉症で入院歴あり!?引きこもり生活も!

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東海道新幹線「のぞみ265号」の車内で殺傷事件をおこした小島容疑者。

祖母宅での生活を始めてから4カ月後、小島容疑者は心療内科を訪れます。その心療内科で「自閉症」との診断を受け、2カ月間の入院生活を強いられました。

2カ月程で退院となりましたが、その後は祖母宅へ戻るとパソコンを開いてネットにふけり、引きこもる生活が始まりました。

祖母から勧められ、就労支援施設で勤務したりもしましたが、「こんな簡単な仕事は俺の仕事じゃない」と話し、すぐにやめてしまったそうです。

その後、徐々に横柄な態度をとることが増え、ある日突然「旅に出る」と言って家を出て行ってしまい、今回の事件を引き起こしてしまったようです。

 

【3】小島一朗容疑者は思い悩んでいた?その心の内とは?

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のぞみ265号新幹線殺傷事件という非常に痛ましい事件を起こしてしまった小島容疑者ですが、自閉症という精神疾患も持ち合わせていたとのこと。

仕事をしないといけないと思い、仕事をしますが結局長続きしないことで自分への嫌悪感が募ったり、周囲の目や声が気になったり、共感してくれる人もいなくて孤独感を感じていたこともあったかもしれません。

そのせいか、周囲の人に「自分は価値のない人間だから、死んでもいい」と話すこともあったそうです。

プライドが高い一面もあり、「こういう生き方はまねしたくない、もっと過酷な生活がしたい」などと話していることもあったようですが、その一方で「また仕事で挫折するのは嫌だ、怖い」と訴えることもあり、小島容疑者の心は不安定であったことがわかります。

小島容疑者にも辛い過去などがあることは分かりましたが、だからといって今回の「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こしていいという事にはつながりません。

「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こす前に、周囲の人が小島容疑者の事を少しでも理解してあげたり、小島容疑者が誰かに相談したりすれば事件は防げた可能性もあるのではないかと思います。

 

小島一朗の犯行動機は?【東海道新幹線無差別殺傷事件】

引用: Pixabay

さて、ここまで「のぞみ265号新幹線殺傷事件」の概要から小島一朗の経歴まで見てきました。

ここからは一番気になる、小島一朗はなぜ「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こしてしまったのか。その気になる犯行動機についてみていきたいと思います。

 

【動機➀】「刑務所に入りたかった」

引用: Pixabay

「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こし、男性1名殺害、女性2名に軽傷を負わせた犯人、小島容疑者。

逮捕後、動機について「刑務所に入りたかった」「自分で考えて生きていくのが面倒。他人が決めたルールで生きているほうが楽だから、無期懲役になりかった」との供述をしています。

小島容疑者は、対人関係の構築が困難であったために仕事が続かなかったり、相談できる相手などもおらず、常に生きづらさを感じて生活をしていたと思われます。そのため、現在の生活をしているのならいっそ刑務所に入ってしまったほうが楽と思った可能性があります。

 

【動機➁】内に秘めていた‟生きづらさ”が引き金となった?

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以前から対人関係の構築が難しいと感じていた小島容疑者。

何度か就職したこともあったそうですが、どこも1カ月経たないうちに、辞職するに至っています。

ですが、そんな小島容疑者の辛さを理解してくれる人は一人もいなかったようです。両親はもちろん、祖母宅に住んでいる時も、祖母らに社会復帰のため就職を勧められたりしていたとのこと。

社会で生きていくことへの生きづらさを、ずっと内に秘めて生活していたのだと思われます。

そして、ついに生きづらさを誰にも理解してもらないという不満、何もうまくいかない現状に嫌気がさしたことが、今回の「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こす引き金となったといっても過言ではありません。

 

【動機➂】家族関係の歪みが関係している可能性も!

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小島容疑者が、以前から家族との折り合いが悪かったというのは、すでにお伝えしていますね。

中学2年生からは自立支援施設で生活、その後は祖母宅にて過ごしています。人間の人格形成は幼児期に形成されますが、小島容疑者はその大切な幼児期の頃から家族との関係が悪かったため、小島容疑者自身の人格形成に支障が出た可能性があります。

家族関係の歪みが、小島容疑者の人格形成に大きな影響を与え、それが生きづらさに繋がり、今回の「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を招くことになってしまったのかもしれません。

 

小島一朗への判決は?【東海道新幹線無差別殺傷事件】

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東海道新幹線「のぞみ265号」での殺傷事件を起こした、小島容疑者。

「のぞみ265号新幹線殺傷事件」から1年経過しましたが、小島容疑者の裁判はどうなっているのでしょうか。ここからは気になる判決の内容についてお話していきたいと思います。

 

【➀】判決の内容は?

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「のぞみ265号新幹線殺傷事件」で男性1名殺害、女性2名に軽傷を負わせた小島一朗容疑者。

今回の事件を起こした理由について小島容疑者は「自分で生きていくのが面倒くさくなった。刑務所に入りたかった」と供述しています。

2018年7月13日横浜地検は、小島容疑者の精神鑑定を行うための留置を開始しました。鑑定の結果、「刑事責任能力あり」と診断をうけ、2018年11月9日に殺人罪で起訴されています。

ですが、その後裁判が進んでいる様子はなく、判決も下されていないようです。

今後の裁判で、小島容疑者は何を語り、どのような判決が言い渡されるのか。気になる所です。

 

【➁】小島容疑者は、全く反省していない?

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現在、裁判が始まるのを待っている段階の小島容疑者。

「のぞみ265号新幹線殺傷事件」を起こしてから約1年がたちますが、小島容疑者からは反省している様子が見られず、警察に対して、「出所したらまた犯罪を起こす」との供述をしているといいます。

小島容疑者は、自分の犯した罪の重さを理解できていないのかもしれません。今後も、反省の色が見えないのであれば、それ相応の判決をくだしてほしいと思います。

 

のぞみ265号新幹線殺傷事件の真相

引用: Pixabay

今回は、2018年6月9日に起こった「のぞみ265号新幹線殺傷事件」について詳しくお話させていただきました。

誰もが当たり前のように利用する「東海道新幹線」で起こった今回の事件。犯人の小島一朗は、攻撃対象は誰でもよかったと供述していました。

被害状況は、男性1名が死亡、女性2名が軽傷となっています。そして被害者全員、偶然そこに居合わせてしまっただけで、小島容疑者とは面識がなかったのだそうです。そこにいなければ、命を失う事も、ケガを負う事もなかったのかと思うと無念でなりません。

死亡した男性に関しては、被害女性2名を守るために、小島容疑者に一人で立ち向かった英雄ともいえる存在でした。見ず知らずの人を、自らも窮地に立たされている時に、命を張って守ろうとすることができる人はなかなかいないと思います。

改めて、死亡した男性・梅田耕太郎さんの勇敢な行動に敬意を表するとともに、ご冥福をお祈りいたします。

また、犯人の小島容疑者は現在、殺人罪などで起訴されていますが、未だ裁判は進展しておらず判決も下されていません。

今後の裁判で、小島容疑者はいったい何を語り、どのような判決を言い渡されるのでしょうか。今回の「のぞみ265号新幹線殺傷事件」では偶然居合わせただけの乗客らが次々と被害に遭いました。

事件後、東海道新幹線を運行しているJR東海はもちろんのこと、JR東日本、JR西日本でも安全対策強化に取り組んでいます。また、鉄道運輸規定の改正も行われており、同様の事件が二度と起こらないような仕組みづくりがなされているところです。

今回、東海道新幹線「のぞみ265号」で起こった「のぞみ265号新幹線殺傷事件」により、安全対策強化がなされ、事件前よりも、安全になったことは言うまでもありません。

今後も、多くの方が利用する公共交通機関であるため、今回のような事件が二度と起こらないようにしてほしいと思います。

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