えた・ひにん(穢多・非人)とは?意味や職務内容、怖い話をまとめて紹介!

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えた・ひにん(穢多・非人)とは?

引用: Pixabay

皆さんは、えた・ひにん(穢多・非人)という言葉をご存知ですか?

元々は江戸時代の身分差別から生まれた言葉であり、当時の身分の低い人たちを指しています。

えた・ひにん(穢多・非人)の人々は、特別な職務内容を仕事とし、差別を受けていたが故の怖い話も随所に存在しています。

現在は差別用語として知られているえた・ひにん(穢多・非人)。言葉を聞いたことはあるけれど、その意味やなぜ差別用語となるのか、詳しい理由を説明できる方は少ないでしょう。

えた・ひにん(穢多・非人)を、日常会話で耳にしたことがあるけど、

「具体的にどんな意味があるのかわからない!」

「遠い昔に教科書で見たことがあるけど思い出せない!」

「何気ない会話の中で、意味を知らずにうっかりえた・ひにん(穢多・非人)という言葉を使って相手に不快な思いをさせたらどうしよう…」

と思われるのではないでしょうか?

そこで今回はえた・ひにん(穢多・非人)の言葉の意味、実際の職務内容や国の対応、えた・ひにん(穢多・非人)にまつわる怖い話などを、詳しく紹介していきます。

 

えた・ひにん(穢多・非人)の意味を解説

引用: Pixabay

最初にえた・ひにん(穢多・非人)の言葉の意味を詳しく説明していきます。

えた・ひにん(穢多・非人)の由来は、もともと社会の構成要素を表す『士農工商』という言葉に起因しています。

これは儒教の概念で、奈良時代に日本に入ってきたと言われています。そして、戦国時代後期にそれまで曖昧であった武士と農民の違いを明確にするため、士農工商の考え方が用いられます。

当時の政府が、刀狩りや太閤検地などにより武士と百姓の立場を分離し、武士が頂点に立ってその他の農・工・商の3つの立場を統治するよう仕組みを作ったのです。

江戸時代にはさらにこれが明確になり、士農工商により武士・農民・職人・商人として職業や家柄によって身分を分ける制度が作られました。

ここでも武士が『士』として最も高い身分とされ、それ以外は『平人』として職業に関わらず同等の身分として扱われていました。

そんな中で平人よりも下の身分である、『えた・ひにん(穢多・非人)』と呼ばれる身分の人々が誕生します。

えた・ひにん(穢多・非人)と呼ばれた人々は、士や平人とは別物として区別され、「人間ではない存在」という意味で扱われていました。

えた(穢多)には、「穢れ(けがれ)が多い仕事」や、「穢れ(けがれ)た者が行う生業」といった意味があります。

明確にえた(穢多)という言葉が誕生した起点はわかっておらず、もともと逃亡農民を指していた言葉であったという推測や、皮細工などを行う人々という意味があるなど諸説が存在します。

また非人(ひにん)は元々は「罪によって位を奪われた人」という意味があり、上の代から非人(ひにん)として生活する人いる一方で、罪を犯して非人(ひにん)へと身分を変えられる人などを指しています。

ここでも様々な説があり、もともとは特定の職務内容を担っていたり、少し風貌の変わった人を指していたとされていますが、次第に差別的な意味を含むようになったと言われています。

 

えた・ひにん(穢多・非人)の概念の開始はいつ?

引用: Pixabay

えた・ひにん(穢多・非人という概念はいつから始まったのでしょう?

えた(穢多)はもともと一つの仕事としての意味を持ち、中世以降からその意味が形成されていきました。

ひにん(非人)は、中世で特定の職務内容をする民といった意味や、芸能民などを指すこともありました。

それぞれの言葉は、死体の処理など日本人が宗教上忌み嫌っていた職務内容を指していたことなどの理由から、時代の流れと共に徐々に差別的な意味合いを含んでいきます。

えた・ひにん(穢多・非人)としての身分制度が明確に設けられるようになったのは江戸時代であると言われています。

江戸時代に、地方知行制から俸禄制へと移行するにあたり、天災やそれぞれの事情などにより各自治体の根帳(人別帳)から外れてしまう人が多く存在しました。

そういった人々をえた・ひにん(穢多・非人)の身分とし、特定の職務内容を与えて一つの地域に集めることで、平人たちの統制を図っていました。

元々、日本では牛や豚などの肉を食べる習慣がありませんでした。そもそも人間の遺体も含めて死体に触れるという行為自体を汚らわしいものとして嫌っていたのです。

そこで、階級の位が高い人々は死体の処理など忌み嫌われる職務内容を、農民でも職人でもない身分の低いえた・ひにん(穢多・非人)たちに任せることを決めました。

これが、えた・ひにん(穢多・非人)が身分として明確に概念化された背景です。

 

えた・ひにん(穢多・非人)はどこにいる?

引用: Pixabay

えた・ひにん(穢多・非人)と呼ばれる人々はどこで暮らしていたのでしょう?

武士はもちろんのこと平人とも居住できる地域が明確に分かれており、多くのえた・ひにん(穢多・非人)は河原や村のはずれなどの土地に集団で生活していました。

各所に非人小屋と呼ばれる小屋が存在し、小屋主が小屋にすむ人々を統括していました。小屋主の上には、非人頭(穢多頭)と呼ばれる人々が存在し、各地域の非人小屋を管轄していたと言われています。

ひにん(非人)の中には野非人と呼ばれる人々もいました。特定の非人小屋に居住せずに野山で生活していた、と言われています。

これらの人は取り締まりの対象となり、役人に見つかると非人小屋に戻され、罪を重ねると死罪になることもあったと言われています。

主に駆け落ちや罪を犯して身分を下げられた平人たちが、この野非人となっていました。

非人小屋は、日本の各地に存在しています。関東以外にも京都や大阪、福岡などに多く存在したと言われており、このような非人小屋が後に部落差別の対象となる地域にへと変わっていくのです。

 

えた・ひにん(穢多・非人)の職務内容とは?

引用: Pixabay

忌み嫌われる職務内容を仕事して与えられていたえた・ひにん(穢多・非人)。実際にその職務内容とはどのような者だったのでしょうか?

えた(穢多)の主な職務内容は、死んだ牛や馬の皮を剥ぎそれを革細工の原料として納めることでした。

元々、日本では死体は汚らわしいものとされ、それを捌いたり処理する仕事もまた人々から忌み嫌われるものとして蔑まれてきていました。

そのため、当時の政府は身分の低い者を集めてこの仕事をさせ「卑しい仕事をする人」として、えた(穢多)と呼んでいました。

ひにん(非人)の職務内容は、主に物乞いでした。江戸時代になって身分が明確に分けられるようになると、村民や町民の暮らす集落の清掃や、罪人の世話、死罪となった者の死体の埋葬なども行なっています。

またひにん(非人)は、障害のある人や病気になった罪人の世話なども任されていました。

えた・ひにん(穢多・非人)は、農業や工業など一般の仕事に就くことが許されず、その職務内容はごく限られたものでした。

えた・ひにん(穢多・非人)から平人への身分の変換が許されないのはもちろん、世襲が義務付けられたため、えた・ひにん(穢多・非人)の子供として生まれた人は死ぬまでその身分で生きるよう強制されました。

そのため、えた・ひにん(穢多・非人)という言葉に対しての差別的な意味合いは、時代と共に強まっていきました。

 

えた・ひにん(穢多・非人)にまつわる怖い話

引用: Pixabay

忌み嫌わる仕事を専門とし、武家や庶民から切り離された暮らしを余儀なくされたえた・ひにん(穢多・非人)。

えた・ひにん(穢多・非人)や彼らが暮らす部落にまつわる怖い話が、至るところに存在しています。

怖い話の中でも特にネットで話題なのが、「霊感のある人が多く生まれる」「ある家に生まれた女の子の恨みを買うとその子についた“何か”から復讐される」など、都市伝説のような怖い話です。

「部落差別のある地域にうっかりと足を踏み入れてしまった少年が、ひょんなことから霊たちの攻撃を受ける」怖い話は有名で、真意は不明であるものの多くの話題を集めました。

また、「差別地域出身の友達が自殺し、その親戚から霊がついたと不思議なお経を唱えられる」怖い話は瞬く間に広まり、再現ドラマを自作するユーチューバーも出現するなど、怖い話のバリエーションも様々です。

えた・ひにん(穢多・非人)が生活していた部落は、身分の低い者たちの住処として長く差別されており、明治時代に身分制度が廃止となった以降も、人々の中の共通認識としてその差別意識は根づいていました。

多くの武士や平人たちから、“人間として扱われていなかった”と言われています。

えた・ひにん(穢多・非人)にまつわる怖い話に共通しているのは、「部落に近い地域に住んでいる人が、えた・ひにん(穢多・非人)の多い部落の人や怨霊から、呪いや復讐などの被害を被る」という点です。

自分ではどうしようもない理由で差別を受け、環境の悪い地域で生活することを余儀なくされたえた・ひにん(穢多・非人)の人々。

えた・ひにん(穢多・非人)の人々は、差別を受けた経験からやるせない気持ちや、差別をした人々への恨みつらみがあったことでしょう。

これらの怖い話のベースには、そういった歴史的な背景がしばしば顔を覗かせます。

また、差別を受ける側だけでなく、ごく近い地域に「身分が低い」と差別の対象となる者が生活するという環境が、人々の間に自然と怖い話を生んでしまったことも原因の一つと言えるでしょう。

これらの怖い話のほとんどはネットに書き込まれたものであり、その真意は不明です。

しかし、怖い話に限らず多くの昔話や昭和時代の小説においても、明らかな記述はされずともえた・ひにん(穢多・非人)の人々に関して言及したであろう作品は多く存在します。

生まれた地域や家など、当人自身では如何しようもないことに対して、差別的な発言をしたり付き合いを控えるなどの風習が未だに根付いている方が、よほど怖い話であると言えるでしょう。

 

えた・ひにん(穢多・非人)に対する現在の解釈

引用: Pixabay

先日の通り、身分制度が廃止になってからも、えた・ひにん(穢多・非人)に対する差別や偏見がなくなることはありませんでした。

同じ学校に通っていても一部の地域に住んでいる子は、えた・ひにん(穢多・非人)の家の生まれという理由だけで、差別やイジメを受けていたとも言われています。

好きになった相手が部落差別を受けている地域の家柄であることから、結婚を断念したという話も実際にあるほどです。

しかし、2019年となった現在では、えた・ひにん(穢多・非人)に対する差別の傾向はだいぶ薄れてきています。

えた・ひにん(穢多・非人)は、当時は動物の死体処理や、死刑となった罪人の埋葬など宗教上忌み嫌われる職務内容を担っていました。

そのために、それ以上の身分の人々から“汚らわしい存在”として非人道的な扱いを受けています。

しかし、現代においても、当時のえた・ひにん(穢多・非人)が行なっていた仕事は立派な職業の一つとして存在しており、人間が生活するためには無くてはならない役割であったことも理解されてきています。

そのため、職務内容による差別的な意識は薄れており、表立ってえた・ひにん(穢多・非人)という言葉を口にすることで、明らかな差別を意味すると認識されているのも事実です。

家柄や出身について敏感になる人も減っており、結婚や交友関係に部落の出身であることが影響するのは、ほとんど僅かな人々の中で起こると言われています。

これに関して印象的なエピソードとしては、2012年に元大阪府知事の橋下徹氏が、週刊誌にえた・ひにん(穢多・非人)の家の生まれであるといった内容が掲載されました。

しかしこの時、橋下氏本人ではなく『部落差別』をテーマに私人を誹謗中傷している週刊誌のモラルの低さに対して批判が集中し、出版社が謝罪文を発表するといった騒動にまで至りました。

このエピソードからも、えた・ひにん(穢多・非人)という言葉の意味に対する現代の人々の認識が大きく変わっていることが伺えます。

ただ、言葉の意味が変わることで、表立ってその歴史に触れる人々が減ってきていることも事実です。

えた・ひにん(穢多・非人)に対する正しい知識やその歴史を、次の世代にきちんと教育していく必要性が叫ばれているとも言われています。

 

えた・ひにん(穢多・非人)に対する国の対応は?

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えた・ひにん(穢多・非人)に対する差別に関して、国としての対策も執り行われてきました。

1941年より、差別を受けていた部落を『同和地区』と命名し各所で取り組みが行われています。

同和地区には、「歴史的・社会的な理由から生活環境の安定や向上が阻害されている地域」という意味があります。

昭和36年には、同和地区に対して社会的・経済的に問題を解決するための政策が発案され、国会においてその方針が話し合われました。

これは、それまで地区ごとに“空気”として存在していた差別意識を、顕在化する取り組みでもあったため、一部の住民からは「寝た子を起こすな」という批判も上がりました。

この対策は2002年に終了しており、現在は国が具体的に取り組んでいることはありません。

しかし、時代の発展と共に、部落と呼ばれた地域の生活環境も改善しているものの、未だに差別的な意識が根底に眠っている地域や人も多くいると言われています。

そのため、この問題を『同和問題』として、行政や民間の法人が若い世代に語り継ぎ、差別のない社会を目指すよう呼びかける活動も幅広く行われています。

 

えた・ひにん(穢多・非人)の現在!

引用: Pixabay

いかがでしたか?

長い歴史の中で、不当な扱いを受けてきたえた・ひにん(穢多・非人)。今回はその言葉の意味や職務内容、えた・ひにん(穢多・非人)にまつわる怖い話などについてご紹介してきました。

えた・ひにん(穢多・非人)という制度が生まれた背景には、武士が平人に対して抱くのと同様に、平人もまたえた・ひにん(穢多・非人)に対して「自分たちは位が高い」と思わせることにあったとも言われています。

そういった思いから、農業や商業、工業など自身の仕事に精を出させ、積極的に年貢を納めるよう叱咤激励する役割もあったのです。

現在、えた・ひにん(穢多・非人)に対する差別の意識はほとんど薄れており、えた・ひにん(穢多・非人)という言葉の持つ意味合いも変わってきている風潮があります。

最近の日本社会では、身分や生まれた地域に対する差別だけでなく、人種や性別・障害のあるなしなど様々な面で多様性が叫ばれており、「差別自体を無くしていくべきである」という意見が主流です。

えた・ひにん(穢多・非人)に関する差別だけでなく、生まれた環境や身体・性別のことなど、自分ではどうしようもないことが原因で、差別を受けたり蔑まれたりする人のいない社会を目指していきましょう!

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