坂本堤弁護士一家殺害事件の真相まとめ!TBSビデオ問題が発端?

  •  
  •  
  •  
  •  
  •  

坂本堤弁護士一家殺害事件とは?

坂本堤弁護士一家殺害事件とは、1989年(平成元年)11月4日に起きた、オウム真理教の幹部信者6人が、横浜法律事務所に所属する弁護士の坂本堤(33歳)さん、妻の都子さん(29歳)、長男の龍彦ちゃん(1歳)の一家を殺害した事件のことです。

なぜこのような事件が起こったのか。事件の真相は何だったのでしょうか。オウム真理教が起こした三大事件の一つと言われるのが、坂本堤弁護士一家殺害事件です。今回は坂本堤弁護士一家殺害事件の概要や真相をまとめました。

 

坂本堤弁護士一家殺害事件の概要

引用: Pixabay

当時オウム真理教は、度々ニュースや週刊誌に取り上げられる、とても話題になっていたカルト教団でした。

そしてオウム真理教と対峙して、テレビや週刊誌でオウム真理教批判をしていたのが坂本弁護士だったのです。その坂本弁護士一家が突如、姿を消し行方不明となった出来事は、テレビや新聞でも取り上げられ話題になりました。

ここからは坂本堤弁護士一家殺害事件の概要をまとめです。それでは、このまとめから真相を見てみましょう。

 

もともとは坂本弁護士一人を狙った計画だった


引用: Pixabay

オウム真理教の計画は、出勤途中の坂本弁護士を車で連れ去り、塩化カリウムで殺害し、遺体を運ぶというものでした。1989年11月4日坂本堤弁護士一家殺害事件の実行犯は、朝から坂本弁護士の出勤を最寄りの駅近くで待っていました。しかし坂本弁護士は現れませんでした。この日は祝日だったのです。

あらかじめ熊本在住のオウム真理教信者の弁護士に、坂本弁護士の住所を聞いていたので、実行犯は坂本弁護士の自宅へ向かうこととなるのです。

 

教祖の指示で一家が殺害された


坂本弁護士の家へ向かった実行犯は、坂本弁護士の家のドアに鍵がかかっていなかったので、教祖・麻原に電話連絡しました。麻原は、家族を含めて殺害することを示唆したため、犯行に及ぶことになったのです。

坂本弁護士は塩化カリウムを打たれて窒息死しました。妻の都子さんも暴行を受け塩化カリウムを打たれて窒息死しました。長男の龍彦ちゃんは、一連の犯行途中に泣き出したので、鼻と口を押さえつけられ窒息死しました。

3人の遺体は車で、教団施設のあった上九一色村へ運ばれ、その後3人はそれぞれ別の山に埋められました。

 

一家の遺体は隠蔽され「失踪事件」とされた

Array

引用: Pixabay

1989年11月3日、前日まで普通に電話で連絡を取り合っていた坂本弁護士の母親が、この日も坂本弁護士の家に電話をしました。ところが、この日は誰も出ませんでした。その後6日の朝にも電話をしましたが誰も出ず、不思議に思った母親は横浜法律事務所に電話で知らせました。

夜になっても連絡が付かないことを不審に思った坂本弁護士の父親が、坂本弁護士の家を訪ねると、坂本弁護士一家は居なくなっていました。突然姿を消した坂本弁護士一家でしたが、その現場を訪れた坂本弁護士の母親は、何かの事件に巻き込まれたと直感的に思ったそうです。そして、坂本弁護士の家からオウム真理教のバッジが発見されたのでした。

長らく事件の真相は解明されることなく、失踪事件として捜査をされていましたが、坂本堤弁護士一家殺害事件から6年後、オウム真理教の地下鉄サリン事件をきっかけに、数々の事件が暴かれる中で、坂本堤弁護士一家殺害事件の真相も解明されたのでした。

 

坂本堤弁護士の経歴&活動まとめ

引用: Pixabay

坂本堤弁護士一家殺害事件の被害者・坂本弁護士の経歴と活動をまとめました。

坂本弁護士は、なぜ事件に巻き込まれたのか。このまとめを読めば、その真相も見えてきます。

 

東京大学法学部卒業

引用: Pixabay

東京大学法学部を卒業後、法律事務所へ事務職員として勤務を経て、27歳で司法試験に合格し、司法修習を経て1987年より横浜法律事務所で弁護士業務を始めます。

 

横浜法律事務所での弁護士業務

Array

引用: Pixabay

横浜法律事務所では、労働組合活動を理由に不利益な扱いを受けた労働組合や、組合員のための弁護士活動に励んでいました。

 

「オウム真理教被害者の会」の設立

引用: Pixabay

当時フリーライターであった江川紹子から、オウム真理教から息子を脱会させたい母親を紹介されたことをきっかけに、オウム真理教の反社会性を批判・追求し「オウム真理教被害者の会」を立ち上げました。

坂本弁護士は法的手段でオウム真理教に立ち向かい、民事訴訟の準備に入っていましたが、その矢先に坂本堤弁護士一家殺害事件は起こってしまったのです。

 

発端となったTBSビデオ問題とは?

坂本堤弁護士一家殺害事件の発端はTBSビデオ問題と言われています。

ではそのTBSビデオ問題とは何のことなのでしょうか。このTBSビデオ問題が無ければ坂本堤弁護士一家殺害事件は起こらなかったのでしょうか?TBSビデオ問題には何が映っていたのでしょう。そしてTBSビデオ問題はその後どうなったのでしょう。

ここからのまとめを見て、TBSビデオ問題の真相を探りましょう。

 

TBSワイドショー番組「3時にあいましょう」が発端!

坂本堤弁護士一家殺害事件の発端と言われる、TBSビデオ問題とは、当時のTBS人気ワイドショー番組「3時にあいましょう」の中で使われるはずだったビデオのことだったのです。

凶悪事件やスキャンダルなどを多く扱っていた「3時にあいましょう」では、当時カルト教団として話題になっていたオウム真理教へインタビューを行っていたのです。このインタビューがTBSビデオ問題の発端になるのです。

 

番組プロデューサーが教団幹部に坂本弁護士のビデオを見せる!

引用: Pixabay

TBS取材班とオウム真理教はインタビューの途中で紛糾し、オウム真理教側が「どんな放送をするつもりなのか」と詰め寄ったのです。

事態の沈静化を図るため、同番組のプロデューサーが事前に収録していた、教団を批判する坂本弁護士のビデオを見せることを提案しました。オウム真理教の早川紀代秀らに坂本弁護士のビデオを視聴させ、結局は企画自体の放送を取りやめることを約束したのでした。

 

TBSビデオ問題のその後!

引用: Pixabay

坂本弁護士のビデオを視聴したオウム真理教の早川らはその後、抗議のために坂本弁護士が所属する横浜法律事務所を訪れたが、坂本弁護士からは「教団を告訴する」旨を告げられ、事態はさらに険悪なものとなります。

この頃、オウム真理教は数々の事件を企てていました。そのような状況の成り行きの中で教祖・麻原が坂本弁護士に「ポアのサイン」(殺害指令)を出したのでした。

TBSビデオ問題が発端と言われている坂本堤弁護士一家殺害事件ですが、このTBSビデオ問題が無ければ坂本堤弁護士一家殺害事件は起きなかったのか、その真相は分かりません。

TBSビデオ問題は、TBSがジャーナリズムの鉄則である「情報源の秘匿」および報道倫理を遵守しなかったため、坂本堤弁護士一家殺害事件が起こったと言われているのです。TBSビデオ問題は、その後のワイドショー番組や報道番組に、大きな影響を残しました。

このTBSビデオ問題は、後のオウム真理教関連事件の捜査で、神奈川県警から捜査協力を求められることになり、その後は衆議院法務委員会に参考人招致されることになります。そしてその参考人招致で誤った証言をしてしまい問題はさらに大きくなってしまうのです。

TBSは危機管理の危うさや、遺族に対する不誠実な対応などから、TBSビデオ問題よりTBSテレビ自体が批判を受けることになるのです。TBSビデオ問題とは、TBSテレビが関わった一連の問題をまとめた総称だったのです。

 

オウム真理教の犯行内容まとめ【坂本堤弁護士一家殺害事件】

引用: Pixabay

坂本堤弁護士一家殺害事件は、オウム信教が企てていた数々の計画の中で起こった事件の一つでした。

ここからのまとめでは、坂本堤弁護士一家殺害事件と同じ時期にオウム真理教が計画していた事件と、坂本堤弁護士一家殺害事件に至るまでの経緯をまとめました。このまとめを読めば、事件の真相がより明白になります。

 

元々は毎日新聞社を爆破する計画だった

引用: Pixabay

1989年5月からサンデー毎日で「オウム信教の狂気」という特集がスタートしました。

これを快く思わなかった教団は、出版を差し止めるためサンデー毎日の出版元である、毎日新聞本社の爆破を計画していました。2トントラックに爆弾を搭載し、毎日新聞本社のあるパレスサイドビルディング地下階に突っ込み爆発させれば、サンデー毎日の出版を停止できると考えていたのです。

しかし、トラックが地下へ入れないことと、サンデー毎日が毎日新聞本社で印刷されているか不明だったことで、計画は暗礁に乗り上げたのでした。代替案として、直接爆弾を設置する計画がありましたが、早川紀代秀が証拠となってしまうオウム真理教のビラを、毎日新聞社に置いて来ていた為、こちらの計画も頓挫しました。

 

「サンデー毎日」の編集長も殺害する計画だった

引用: Pixabay

オウム真理教の教祖・麻原は、サンデー毎日の掲載を中止させる為に、編集長の牧太郎を殺害する計画を立てていました。

帰宅途中に抑え込み、牧太郎を殺害する計画でしたが、編集長の牧太郎は多忙で、いつ帰宅するか予測が付かず襲いにくいため、計画は立ち消えになったそうです。

 

最終的に坂本弁護士の殺害となった

引用: Pixabay

そうした中で教祖・麻原は「牧太郎ではない。坂本弁護士だ。」と言って、突然標的を坂本弁護士に変更したのでした。

坂本弁護士はサンデー毎日に掲載されていた「オウム真理教の狂気」のネタ元とされていました。なお、後の供述で早川紀代秀は「いきなり坂本弁護士の名前が出た」と証言しています。教祖・麻原の一言で、坂本堤弁護士一家殺害事件は起こったのです。

 

坂本堤弁護士一家殺害事件の警察の調査まとめ

引用: Pixabay

じつは坂本堤弁護士一家殺害事件の警察の調査は、当初はあまり進展がありませんでした。

そのため、後に警察の初動捜査問題が挙げられるほどでした。ではなぜ、坂本堤弁護士一家殺害事件の調査が進まなかったのか、警察の調査の真相をまとめてみました。

このまとめを読めば、事件の真相が解明します。

 

横浜法律事務所は「自由法曹団」に所属していた

引用: Pixabay

坂本堤弁護士一家殺害事件の被害者である、坂本弁護士が所属していた横浜法律事務所は、リベラル色が強く日本共産党系とされる「自由法曹団」に所属していました。

横浜法律事務所は、労働問題や日本共産党幹部宅盗聴事件において、警察側と対立していました。坂本弁護士も労働運動弁護を行っていたことから、神奈川県警は反共主義な意識から、坂本弁護士を快く思っていなかったのです。

 

神奈川県警の嘘情報

引用: Pixabay

特に日本共産党系とされる弁護士らは、警察と対立する立場にあったため、坂本堤弁護士一家殺害事件の被害者の坂本弁護士が失踪した当初、神奈川県警は「坂本弁護士は借金を抱えて失踪した」「仕事で得た大金を持って逃げた」「学生時代から関わりのある、共産主義過激派の内ゲバに巻き込まれた」など事実無根の噂を新聞社数社に流していました。

しかも、それと同時に神奈川県警は「任意の失踪の可能性は五分五分」とリークしていたのです。

 

横浜地方検察庁はオウム真理教の関与を断定していた

引用: Pixabay

神奈川県警とは違い、横浜地方検察庁は初めから「オウム関与は間違いないだろう」と判断していました。

しかし、事の性質上、捜査の方向や進捗状況を明らかにするわけにはいきませんでした。相手が宗教団体というのが大きな壁だったのです。

 

オウム真理教への対応は?【坂本堤弁護士一家殺害事件】

引用: Pixabay

坂本堤弁護士一家殺害事件の事件現場に、オウム真理教がバッジを落としていた為、マスコミでは当初からオウム真理教の犯行説が上がっていました。

しかし神奈川県警の初動捜査問題もあり、オウム真理教がすぐに逮捕されることもなく、真相は謎でした。ここからはオウム真理教への対応をまとめました。このまとめを読んで、事件の真相について考えましょう。

 

オウム真理教が記者会見をした

引用: Pixabay

マスコミでのオウム真理教犯行説を受けて、11月19日に教団側が記者会見をしました。

教団側の言い分では、「現場に落ちていたバッジは、坂本弁護士が被害者の会の親から預かったものか、第三者が故意に置いたと考えるのが自然」「警察からは事情聴取も受けていない」と発表しました。

そして教団は集中修行に入るのでこれ以上は対応できないとのことでした。

 

神奈川県警は…

引用: Pixabay

11月19日の会見を受けてた神奈川県警は教団幹部に事情聴取を申し入れたが、教団側は修業を理由に事情聴取を拒否しました。

そのため、捜査本部では「集中修行が終わるのを待って、改めて事情聴取を求める方針」となったのです。

 

オウム真理教幹部は国外へ逃亡

引用: Pixabay

修業が終わると事情聴取を受けると言っていたにも関わらず、オウム真理教幹部たちは修業中であるのに11月21日にオランダ・アムステルダムに出国してしまいます。

あきらかに逃亡といえる行為でした。教団の言い分では、もともとボンとニューヨーク支部に行く予定であったということでしたが、後の供述で「警察やマスコミから逃れることが目的であった」と述べていました。

 

オウム真理教の逮捕者は誰?【坂本堤弁護士一家殺害事件】

引用: Pixabay

坂本堤弁護士一家殺害事件は、教団幹部の逃亡などで捜査も進まず、坂本堤弁護士一家殺害事件の真相は謎のまま時は過ぎていきました。

しかしその間も、オウム真理教は選挙に出馬したり、メディア進出を行ったりと活動は盛んになるばかりでした。そして1995年3月、日本中が震撼する地下鉄サリン事件へと続いていくのです。

地下鉄サリン事件をきっかけに多くのオウム真理教関連事件が暴かれる中、坂本堤弁護士一家殺害事件の真相も明らかになるのでした。

それでは坂本堤弁護士一家殺害事件のオウム真理教の逮捕者をまとめました。

 

麻原彰晃

 

この投稿をInstagramで見る

 

bebeさん(@abeshi1122)がシェアした投稿

オウム真理教の教祖。本名:松本智津夫

 

村井秀夫・岡崎一明

村井は教団ナンバー2。岡崎は古参幹部で、坂本堤弁護士一家殺害事件の自供をした。

 

中川智正・新実智光・早川紀代秀・端本悟

中川、新実はオウム真理教が犯した事件のほとんどに加担している。端本は事情をよくしらないまま犯行に駆り出され、実行犯の中で最も従属的な立場だった。

 

坂本堤弁護士一家殺害事件まとめ

引用: Pixabay

坂本堤弁護士一家殺害事件は、オウム真理教の犯した多くの犯罪の序章となるものでした。

カルト宗教団体が犯した日本を震撼させる事件の数々は、その後の法律や捜査の在り方も変える出来事でした。

オウム真理教に立ち向かっていた、勇気ある優秀な弁護士である坂本堤さんとそのご家族のことを、どうか忘れることなく、このような事件が二度と起こらないように、この坂本堤弁護士一家殺害事件を語り継いでいきましょう。

人気の記事