土浦連続殺傷事件の概要!死刑判決受けた金川真大の生い立ち&経歴まとめ

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土浦連続殺傷事件とは?

平成20年に起きた事件で犯行は3月19日と23日の2日間にわたって起こされた連続通り魔事件なのです。

犯人の男が、所持していた刃物を使って相次いで周囲の人を刺した結果、被害者となって凶行に倒れた人のうち2人が亡くなり7人が重傷を負ったという連続殺傷事件です。この事件の犯人として逮捕され死刑が確定し、執行された狂気的な犯人は金川真大といいます。

この事件はその生い立ちから死刑になりたいという事を動機に殺人事件を起こしたという信じられない動機の元に起きた事件なのです。

ここでは、土浦連続殺傷事件とその犯人の金川真大の人物像と犯行動機について紹介していきたい思います。

 

土浦連続殺傷事件の概要

引用: Pixabay

土浦連続殺傷事件とはどういう事件だったのでしょうか?

土浦連続殺傷事件の概要について紹介していきます。

 

【1】最初の殺人


引用: Pixabay

平成20年3月19日、朝起きた金川真大はまずは家族に対してその殺意が向けられました。

最初の殺人として妹の殺害を考えていたが肝心な妹はすでに出かけており家にいなかった。そののち小学校を襲撃しようと決めてマウンテンバイクで向かったのだが、その日は学校の終業式の日にあたり大人が周囲に多く襲撃に失敗することを恐れて襲撃をあきらめたのです。

襲撃をする相手を探して住宅街を彷徨っているうちに適当な家にターゲットを決めます。インターホンを押し、出てきた72際の男性に自転車の空気入れを借りたのです。空気入れを借りた後、男性が後ろを向いた隙に背後から襲いかかり首筋に包丁を突き立てのです。

包丁で襲撃した金川真大はその場から逃走します。服に返り血が着いていたため自宅へと逃げ帰ることにしたのだが、その際マウンテンバイクを置いて来てしまったのに気づき、回収しに戻ろうかと考えたのですが救急車のサイレンが聞こえてきた事であきらめます。

当初の計画では、連続殺人だと周囲に示すために「OZ]というマークを犯人の犯行メッセージとして残そうと考えていたが、実際は犯行によって気分が高まってしまい忘れてしまいます。

逃走しながらまだ殺人によって被害者を増やす事を考えていたため、姿を変え隠れる事をかんがえます。土浦から東京へ向かい、秋葉原で髪型を丸坊主にするとビジネスホテルにチェックインして姿を隠したのです。

 

【2】姿を消した犯人


引用: Pixabay

金川真大によって刺された被害者男性側では、娘がすぐに通報をしたことで事件はすぐに明らかになったおり、現場に残された遺留品から金川真大が容疑者として浮かび上がったのです。

警察は自宅にすぐに急行し確保に向かいましたが、その時にはすでに姿を消しており、部屋に残されていたのは、犯行によって返り血を浴びた血染めの服、犯行声明として残されていた「OZ」の文字、携帯電話からの犯行声明などの状況証拠によって金川真大を犯人だと断定したのです。

自宅で警察の対応を行った家族から犯人である金川真大に電話をかけたが、逆探知を避けるべく電源を切った状態で逃走しており通じなかったのです。警察は家族に顔写真の提供を求めたのだが、金川真大の映っている写真が一枚も見つからず、顔写真が映っていた写真は高校の卒業アルバムのみであった

 

【3】逃走する犯人

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引用: Pixabay

秋葉原へ逃走した金川真大はスーツ姿で電気街に行き、この日発売だった新作ゲームを購入。一日中殺害による疲れを癒すためゲームをして過ごしていあといいます。

21日になると、安否を心配した家族からのメールを確認した後、警察に向けて挑発するメールを送り付けるのです。このメールが容疑者を決定する上で決め手となり、警察から指名手配されることになるのです。

22日には次の襲撃相手を探して常磐線の沿線を歩き回りますが、襲撃できそうな適当な通行人を見つける事ができず断念。また、警察に電話ルにチェックインする際に偽名を使うのを忘れ、本名を書いてしまいます。

この行為により居場所がばれるのが近いと考え翌日には絶対に犯行を行い多くの人を殺さなければならないと決め、犯行計画を再度考え直したのです。

 

【4】大量殺人を企てる

引用: Pixabay

3月23日、土浦連続殺傷事件の犯人である金川真大は連続殺傷事件を起こせる候補地として、「人が多すぎず、かといって少なすぎない場所でかつ知っている場所」を探し、荒川沖駅を選択したのです。

目立たないように黒い上着に黒いニット帽姿で駅に到着すると、駅の西口から東口に向かいながら手当たり次第に、目についた通行人を襲撃し、首にナイフを突き立て続けたのです。その場には警察官が張り込んでいたのですが、警察官も気づくことが出来ずに襲撃され被害者になってしまい、怪我を負ったことにより取り押さえる事が出来なかったのです。

騒動に気づいた他の警察官2人も現場に駆け付けたのですが、犯人の確保に失敗し、逃走を許してしまったのです。

第2の凶行では警察官も含めた8人の人間が標的にされ被害者になってしまったのです。

 

被害者まとめ【土浦連続殺傷事件】

 

【1】土浦連続殺傷事件の被害者は9名

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引用: Pixabay

土浦連続殺傷事件においては9名もの人間が被害者になっています。そのうち2名が亡くなるという悲惨な事件だったのです。

土浦連続殺傷事件の犯にである金川真大は最初の被害者を襲撃した後も連続して殺害を考えていましたが、疲労もあり一旦あきらめております。その間も警察に対して挑発メールや挑発電話を行っていました。金川真大は非常に身勝手で異常な思考で行動していたのです。

最初の被害者が発生してから4日後、再度犯行に及びます。JR線の荒川沖駅で両手に刃物を持ち、振り回しながら周囲に居合わせた人々を次々と襲撃し、切り付けて回ったのです。その結果、8人が大怪我を負い、1人が亡くなってしまったのです。

最終的には行動を起こした2日間で9名の人間が被害者になり、その内2名の何の罪の無い命が失われる事となってしまったのです。金川自らの出頭により、土浦連続殺傷事件はその幕を閉じたのです。身勝手で残虐なひどい事件だったと言えるでしょう。

 

【2】土浦連続殺傷事件最初の被害者は

引用: Pixabay

土浦連続殺傷事件の最初の被害者は、たまたまインターホンに出た男性でした。自転車のパンクを装った金川に対して親切にも空気入れを貸そうとしてくれた男性に遅いかかったのです。

空気入れを貸そうと持って来てくれた男性が後ろを向いて目が離れた瞬間に、金川真大は首元めがけて包丁を振り下ろしたのです。首を切りつけられた男性は叫び声を上げ倒れたのです。結果、亡くなってしまし土浦連続殺傷事件の最初の被害者となってしまったのです。

 

【3】土浦連続殺傷事件2日目の大量殺傷

引用: Pixabay

3月23日、土浦連続殺傷事件の第2の襲撃が行われました。人の通行もそこそこあり、自分の土地勘もあった荒川沖駅を犯行の舞台に選びます。

駅につくと、両手に持った刃物を振り回しながら、目についた人々を次々と襲撃し始めました。土浦連続殺傷事件の第2幕が幕を開けたのです。現場は恐怖の叫び声によって包まれます、昼間の犯行だったため、その惨状は人々の目に壮絶なものとして焼き付けられたのです。

現場には複数の警察官が巡回して警戒していましたが、身柄を拘束どころか逆に襲われてしまっています。被害者は8人にも及びその内の1人は亡くなってしまったのです。

 

金川真大の生い立ち【土浦連続殺傷事件】

 

【1】土浦連続殺傷事件の犯人金川真大の幼少期

引用: Pixabay

土浦連続殺傷事件の犯人の金川真大は幼少期の生い立ちは日本ではありませんでした。父親が外務省の官僚で海外を転勤で渡り歩いており、家族も父親とともに世界中を渡り歩いていたようです。

父親の赴任地であった上海、ニューオリンズでの生活を経て、4歳の時に家族そろって日本に帰国したのです。

海外を渡り歩いていたという生い立ちが幼少期の人格形成に影響を与えていたのかもしれません。

 

【2】父親の教育方針に苦しむ

引用: Pixabay

父親は外務省の官僚というとても多忙な日々を送っていたため、家族のことは母親にほとんど任せていました。しかし、父親として子供の躾や学業についてはうるさく言ってきたそうです。当然、父親の真大に対する期待も大きく、将来に高い期待を持っていたのです。

真大は父親の期待するような成績を得る事ができず、父親の求める理想と現実のギャップに苦しむ事が増えていったのです。父親の期待が大きな劣等感を与える事になってしまったといえる生い立ちがあるのです。

父親の期待に答えられない真大に対して、やがて父親は見放してしまいます。父親は自分が期待した結果を得る事が出来ない家族に対して関心を無くしてしまい、徐々に家族を顧みなくなっていったのです。

父親からの厳しい教育方針によって育てられた生い立ちにより、徐々に歪んだ思考へと導いていったと思われます。また、父親が成長過程の途中で家族を顧みなくなってしまったという生い立ちも影響があったと言えます。

 

【3】中学の時に出会った哲学書にのめり込む

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中学生だった真大に父親が勉強のためにある本を買い与えます。

子供のための哲学対話」という本で、この本では世間一般の常識や疑問に感じるような出来事について、哲学的な見方で物事を見るという目的で書かれた哲学の入門編と言える本でした。

この本では死刑について書かれた文章が存在し、金川真大の思考に大きな影響を与えます。これまで生きてきた生い立ちより、独善的で身勝手な理解をするような思考が出来上がっており「死刑になるなら、人を殺してもかまわない」という歪んだ思考を持つようになったのです。

この思想を持った生い立ちこそが土浦連続殺傷事件へと金川真大を駆り立てたといえるのです。

 

【4】大学へはいかず就職へ

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高校生の金川真大は弓道部で実力を示し、全国大会に出場するほどの腕前になっていました。学校での胎動は至って真面目で問題を起こすような生徒ではなかったといいます。

しかし、その性格には問題があり、自分の考えに固執し周りの意見を聞こうとはしなかっそうです。

高校卒業後は私大の文系学部への進学を予定していましたが、受験前に突然「大学へ興味がなくなった」と言い出し、就職する方向に舵を切ったのです。

土浦連続殺傷事件後に開かれた学校側の会見では、高校3年に弓道部を引退してから、気力が亡くなったように無気力状態が続いていたと語られており、頑張っていた部活がなくなってしまい生き甲斐を失ってしまったのかもしれません。

その生い立ちにおいて弓道に続く目的が見つけられていたら事件は起きなかったのかもしれません。

 

金川真大の経歴は?【土浦連続殺傷事件】

 

【1】社会へ出た金川真大

引用: Pixabay

土浦連続殺傷事件を起こした金川真大は高校卒業後就職しようとしていました。

学校からの紹介で地元の和菓子会社へ応募して会社見学へと向かいました。当初、工場見学の後面接の予定でしたが、工場見学の段階で会社側から断られて家に帰されてしまいました。

本人は友達に「自分から面接を断ってやった」と強がっていたそうです。プライドの高さが伺える発言になります。

土浦連続殺傷事件における供述の中で、この和菓子会社から拒絶されたことが大きな挫折だったと語っていました。この事実が金川真大の心に大きな傷として残ることになったのです。

会社から断られたのは自分のせいであるはずなのですが、紹介した先生が悪いと人のせいにして、不満を抱き続けていたのです。本当に自分本位で身勝手な思考に凝り固まっていたのです。

 

【2】自分のプライドと現実の格差が広がる

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就職活動が思うように進まずいらだちを増してゆく日々の中で、さらに追い打ちをかけるような事態が発生します。

高校の卒業単位が足りなくなる可能性が出てきてしまったのです。先生がレポートで単位の補足をしようと助け舟をだしますが、「卒業しなくてもいい」と自暴自棄になり出された手をつかもうとしませんでした。

家族からの説得もうまくいかず、友達がなんとか説得しようやくレポートの提出にこぎつけました。金川真大はプライドだけが高く、自分の思い通りにいかない現実を認められなくなってきていたのです。

こんなはずじゃなかったという思いが強くなり、さらに現実の状況は厳しくなっていくという悪循環に陥っていたのだと言う事でしょう。

 

【3】自殺を考えるように

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周りの説得によってなんとか高校を卒業しましたが、就職はしなかったのです。

普通の学校では卒業後の進路が決まっていないという人はほぼいません。この金川真大の選択がいかにねじ曲がった選択で道をどんどん踏み外して行っている事がわかります。

自分の先の見えない日々に悲観した真大は、この当時、友達に死にたいとこぼしています。この頃から自殺願望が生まれ、徐々にその気持ちが強くなって行き、土浦連続殺傷事件へと繋がっていったのです。

土浦連続殺傷事件の裁判の中で「つまらない世界で生きていくくらいなら、死んだほうがましだ」と語っており、現実に対して悲観的な思いだけが膨らんでいったのだと言えるでしょう。

 

【4】高校卒業後は

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高校卒業後は何をするでもなく日々ゲーム三昧の毎日を送っていたそうです。

対戦ゲームで自分が負けると周囲の物に当り散らして感情を爆発させていたのです。自分の思い通りにいかないと逆切れするという自己中心的な感覚が見え隠れしています。

この時期、真大の妹や弟も不登校になりかけており、金川家の家族全体の雰囲気が悪くなっていったことが考えられます。父親の教育方針によるプライドの高さが家族全体に蔓延しており、現実とのギャップに家族全体が押しつぶされていったと想像されるのです。

 

金川真大への判決は?【土浦連続殺傷事件】

 

【1】裁判の前段階では

土浦連続殺傷事件の犯人金川真大は警察の撮り調べにおいて事件の犯行動機を「死刑になるために人を殺した」と語っています。取り調べを行った警察、検察ともにこの供述を信じられず刑事責任能力があるか精神鑑定で確認を行った。

精神鑑定の結果、犯人Kの精神状態は、自己愛性人格障害であると診断が下されたのです。この結果により責任能力があると判断され、水戸地方検察局は土浦連続殺傷事件における殺人などの罪で刑事起訴したのです

金川真大は死刑になることを望んで土浦連続殺傷事件を起こしました。ゆえに、一刻も早く死刑になりたいと望んでいたのですが、担当弁護士は死刑を回避しようと努力していたため、弁護士に対しても不審感を連ねていったのです。

 

【2】土浦連続殺傷事件の裁判内容

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土浦連続殺傷事件の初公判において検察側は犯行動機を「ゲームの世界と没頭したことで、現実がつまらない世界だという認識に至り、耐えられなくなったことによる犯行」と主張し、弁護側は金川は血が苦手で見ることも出来なかったのに、犯行時は返り血を浴びても大丈夫だった、ゆえに当時の精神状態を確認する必要があると主張するとともに、死刑はご褒美であって極刑の役目を果たさないとし、死刑に反対の主張をしたのです。

 

【3】初公判後の弁護士の発言

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初公判後、弁護士は会見を開いて人格について語っています。「反抗期の子供みたいなつたない人格をもっている」「周りに弱みを見せる事を良しとせず、たとえ後悔していても絶対にそれを口にしない印象がある」と語ったのです。

また、自分の裁判の進行度合いや弁護人、報道記者からの面会を断らない事もあり、「死刑判決以外の事に対しても関心を失っておらず、まだ更生の道が残されているのではないか」とも語っていたのです。

 

【4】土浦連続殺傷事件の判決は

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土浦連続殺傷事件の裁判では金川の責任能力が問われたが、数度にわたる精神鑑定の結果、責任能力ありとの判断が下された。

この結果を踏まえ、水戸地裁は判決公判において、土浦連続殺傷事件の罪状として金川に死刑判決を言い渡したのです。判決理由の主な主旨は次の通りです。

・「人を殺すのは悪ではない」という思想は被告人が独自に構築した考え方であり、責任能力に影響しない。

・「生きがいがない」というのは被告人自身のプライドのせいで、人間関係を作ることが出来なかったせいであり、生きがいそのものを見つけるという努力を自ら放棄したけっかであるといえる。

・被告人と同じ環境で育って来た被告人の妹や弟はそれぞれ自分の生きがいを見つけており、犯行に至った原因が家族には無く、被告人本人にある。

・高校卒業後、就職もせず自堕落な日々を送って生きがいを見つけられないのは自業自得なのである。

・土浦連続殺傷事件では、犯行動機が非常にまれなケースであるが、その犯行動機は刑を減軽する要因たりえない。また、被告人に対して、絞首刑は苦痛を与えるものではないため、死刑の早期執行はありえないとした。

裁判の最後に、裁判長は金川に対して「他人の気持ちを理解しようとする努力は基本的なことなのに、なぜあなたは周りの人のことの気持ちを考えようとする事ができないのか。よく考えてほしい」と締めくくった

 

【5】土浦連続殺傷事件の死刑判決を受けて

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土浦連続殺傷事件で死刑判決を受けた金川は、判決後のメディアの取材に対して「完全勝利といった所でしょうか」と満足そうに語っていたといいます。自ら死刑を望む姿勢は終始変わらず続いていたのです。

その生い立ちから人格が歪んでしまい狂った思考に陥っていた金川が更生する手段はなかったのでしょうか?人格が歪む前になんとかできていたらとの思いが尽きる事はありません。

 

金川真大の犯行動機は?【土浦連続殺傷事件】

土浦連続殺傷事件の犯行に至った動機はどこにあったのでしょうか?事件の犯行動機について見てみましょう。

 

【1】自殺願望を持つように

引用: Pixabay

その生い立ちから高校卒業後自堕落な生活を続けていた金川ですが、次第に生きる事にあきらめ始め、自らの死を求めるような思考になっていきます。

死にたいという気持ちが強くなっていったものの、不確実な自殺という手段を選べず、確実に死を選べる手段として死刑を熱望するという歪んだ思考になります。

 

【2】死刑になるには?

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死にたいという自らの願望を叶えるために、死刑を求めるという歪んだ思考が金川の頭の中を占めていきます。そして多くの人を殺せば確実に死刑になれる考え始めたのです。これが土浦連続殺傷事件の犯行動機に繋がったのです。

 

【3】犯行動機を現実のものに

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死刑になるために殺人を行うという身勝手な動機とともに、土浦連続殺傷事件の計画を考え始めました。凶器の購入や具体的な行動計画など、動機の元に準備を進めていったのです。

そして、死刑になりたいというという動機によって、土浦連続殺傷事件を起こして多くの人が被害者になったのです。

 

金川真大の現在【土浦連続殺傷事件】

土浦連続殺傷事件の犯人である金川真大の死刑執行は2013年2月21日に執行されました。

幼い頃からの生い立ちにより、プライドだけが高く歪んだ思想の持主になってしまった金川真大ですが、その望み通りに死刑になりこの世を去ったのです。

エリートの父親によって過大な期待をかけられる生い立ちを持つ人はそれなりにいると思います。でも多くの人はその生い立ちの中で挫折を経験してもそこから立ち直って生きていくのです。

金川はその生い立ちと家族環境があったとはいえ、立ち直る機会はたくさんあったのだと思います。周りの声から耳を閉ざし自分の殻の中に閉じこもってしまったからこそ、土浦連続殺傷事件のような卑劣は犯行をおこしてしまったのではないでしょうか。

人は一人では生きていくことはできません。周りとのコミュニケーションを撮ろうとする事が出来ていれば生きる事をあきらめる事は無かったはずです。

この土浦連続殺傷事件の犯人である金川真大のようにならないように、この事件を教訓と出来たら良いと考えます。

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