井の頭公園バラバラ殺人事件の真相!犯人は捕まらず時効成立

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井の頭公園バラバラ殺人事件とは?

「井の頭公園バラバラ殺人事件」とは、1994年4月23日に東京都三鷹市の井の頭公園で、切断された遺体が複数発見されたことにより発覚した殺人事件である。

未解決のまま、2009年4月23日をもって時効が成立している。

 

井の頭公園バラバラ殺人事件の概要

 

【1】事件の端緒:井の頭公園バラバラ殺人事件


引用: Pixabay

1994年4月23日㈯の午前11時頃、東京都三鷹市の「井の頭公園」(以下「公園」)の野外ステージ脇のゴミ集積所で、ある女性の清掃員がうっすらとピンク色が透けて見える半透明のビニール袋を見つける。

魚や肉等の生ごみであれば猫の餌になるだろうとポリ袋を開けると、中に入っていたのは人間の左足だった。

騒ぎに駆け付けた公園の売店員により直ちに警察へ通報され、三鷹署と警視庁捜査一課が捜査員を現場に派遣。駆け付けた警察官により、池の周囲にある複数のごみ箱から、同様の遺体の断片が合計27個発見された。

 

【2】被害者:井の頭公園バラバラ殺人事件


事件発覚から三日後、発見された遺体の断片のDNA鑑定より、被害者は、家族により行方不明の捜索願いが出されていた、公園の近くに住む一級建築士の男性・川村誠一さん(当時35歳)であると判明した。

また、司法解剖した結果、死亡時刻及び死因は不明であった。

 

【3】事件当日の被害者の足取り:井の頭公園バラバラ殺人事件

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引用: Pixabay

2009年4月21日㈭、川村誠一さんは17時30分頃に港区の勤務先を退社後、以前勤めていた新宿区の設計事務所の同僚らと共に高田馬場で酒やカラオケを楽しんだ。

その後23時30分頃に新宿駅で同僚らと別れてから、行方不明となっていた。

普段外泊をすることなどない川村さんを心配した妻が、翌22日㈮夕方に妻が捜索願いを出していたのである。

 

【4】捜査の経緯:井の頭公園バラバラ殺人事件

引用: Pixabay

井の頭公園バラバラ殺人事件の特別捜査本部は三鷹署に置かれ、警視庁捜査一課と三鷹署の合同捜査となった。

川村誠一さんの親族、同僚、友人、知人、参加していたボーイスカウト関係者、学生時代の同窓生までもを含む数百人が捜査の対象となった。しかしながら、被害者は周囲からの評判も良く、交友関係からは全く犯人像が浮かぶことはなかった。

 

【5】暗礁に乗り上げる捜査:井の頭公園バラバラ殺人事件

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引用: Pixabay

難航する【井の頭公園バラバラ殺人事件】捜査の中、捜査陣をさらに向かい風が襲う。

事件から約11か月後の1995年3月20日、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起きたのである。

このことにより、特別捜査本部は解散、捜査は三鷹署に単独で引き継がれ、

捜査一課が本事件を再度【井の頭公園バラバラ殺人事件】担当することはなかった。

【井の頭公園バラバラ殺人事件】が未解決のまま時効を迎える結果に終わってしまったのは、

オウム真理教による前例を見ない凶悪犯罪が同時期に起きてしまったという不幸なタイミングも一因といえる。

引用:【衝撃事件『未解決』の核心】異常さ際立つ猟奇的犯行 なぜ捜査は暗礁に…井の頭公園バラバラ殺人(上)

 

犯行内容がヤバい【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

バラバラ殺人事件というと、それだけで異常・稀な事件と思われがちだ。

しかし、日本の犯罪史を振り返ると、遺体をバラバラにして遺棄するという事件は決して少なくない。例えば、1991年~1995年までに明らかになったバラバラ殺人・死体遺棄事件は合計28件もあるのだ。

引用:平成8年 警察白書 新しい組織犯罪への対応 ~オウム真理教関連事件を回顧して~

ではなぜ、【井の頭公園バラバラ殺人事件】は特異なものとして時効を迎えた現在もなお、注目され続けているのか?

その理由は、遺体処理方法の猟奇性なぜそのような処理方法をとったのかというにある。

猟奇的な遺体解体・遺棄方法とそのなぞ【井の頭公園バラバラ殺人事件】

公園内で発見された遺体は24袋・パーツは全部で27個。それらのほとんどは手足であり、あとは胸の一部が見つかったでけの合計約20㎏。頭部と胴体に至っては、現在もなお発見されていない。

特殊な梱包方法:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

遺体はまず黒い穴の開いた水切り用の袋に入れられていた。次にそれを東京都推奨の炭酸カルシウム混入半透明ゴミ袋に入れて結び、それを結び目でひっくり返して、同じ袋で二重に包むという方法で梱包されていた。さらに結び目も、何度も結び団子状に重ねるという念の入れようであった。

これは調理人、釣り人、漁師など魚を扱う職業の人が内容物の水やにおいを外に漏らさないためや、病院の汚物処理などで使われる手法と同様ともいわれる。

以下では、【井の頭公園バラバラ殺人事件】で解剖を担当した杏林大の佐藤喜宣教授(以下「佐藤教授」)にの証言に基づき、さらに詳細な遺体の解体方法について解説する。

引用:井の頭バラバラ殺人事件―迷宮の深淵から・オカルトクロニクル

引用:井の頭公園バラバラ殺人事件・雑感

サイズが揃えられていた:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

遺体の各断片は、どれも定規で計ったように長さ22㎝、太さは20㎝以下に切りそろえられていた。

通常バラバラ殺人では、切断しやすい関節の部分で切るのが一般的である。しかしこの【井の頭公園バラバラ殺人事件】では関節を無視してまで、寸法を重視したことが見て取れる。また、長さだけにとどまらず太さをも揃えるためか、筋肉をそぎ取ることさえした形跡があるという。

さらには、24の袋に分けて遺棄された各断片は、重さもほぼ均一だった。それほどまでに、サイズにこだわっているのである。

→ なぜ?

サイズを整えたのは、公園内のごみ箱の入り口の大きさ(20㎝×30㎝)に合わせたためではないか、とも推察される。しかし、入り口の大きさに合わせるためだけならば、ここまで厳密にサイズを合わせる必要はあったのだろうか?

ノコギリ使用:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

使用されたのは普通のノコギリ(手ノコ)であるということが、切断面に残る刃型を分析した結果判明している。このように遺体を解体するのはどれほど手のかかることであるかは想像に難くないが、電動ノコギリは使用されていないのである。

→ なぜ?

明らかに電動ノコギリの方が楽に解体ができたであろうが、手ノコを使った理由はなんなのか?発生する音の問題とも考えられるが、それだけで説明のつくことだろうか?

指紋・掌紋の工作:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

両手の指紋は鋭利な刃物で削ぎ落とされ、掌紋にも傷がつけられていた。

→ なぜ?

一般的に指紋・掌紋を隠すのは、遺体の身元を隠すためと考えられる。しかし、DNA鑑定の発達した時代に(1995年にも既にDNA鑑定は一般にも十分に知れ渡っていた)、この理由は説得力に欠けるであろう。とするならば、いったいなぜ?

血抜き処理:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

見付かった遺体の断片はすべて血抜きされ、血は一滴も残っていなかった。おそらくは搾り上げるか、もみ洗いをするような方法がとられたようだ。さらに、入念に洗われた形跡もあり、遺体はとてもきれいな状態だったという。

また、血抜きには大量の水が必要であるらしく、一般家庭では難しいという。したがって、医療施設や精肉施設、町工場など特殊な設備のある施設の関係者が事件に関与していることも考えられる。

→ なぜ?

佐藤教授はこの血抜き処理も身元隠ぺいの為だったのではないか、としている。

しかしながら上記の通りDNA鑑定がある現代で、いくら素人考えとはいえ、血を抜いたことで身元を隠せると思うものだろうか。運搬のし易さや腐敗を防ぐため、という事は考えられるかもしれないが、やはり推測の域はでない。

 

犯人はだれ?【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

不可解なことがあまりにも多すぎる【井の頭公園バラバラ殺人事件】。

以下では、主な仮説を紹介する。

 

仮説 1:交通事故隠ぺい説:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

川村誠一さんは不幸にも交通事故に巻き込まれ、その加害者が事故の発覚を恐れて隠蔽工作を行ったとするのが、この事故隠蔽説である。

公園近くの住民が「ドーン」という衝撃音を聞いたというのがその根拠とされている。

しかしながら、単に事故を隠ぺいするために、この【井の頭公園バラバラ殺人事件】のよう手の込んだ遺体の捨て方をするかどうか、大いに疑問の残るところだ。

 

仮説 2:カルト宗教儀式説:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

能力 引用: Pixabay

これは【井の頭公園バラバラ殺人事件】の遺体解剖をした佐藤教授が示唆している。

遺体の切断方法は少なくとも3パターンあり、複数犯の可能性が高いこと。血抜きや死体解体を可能にする、大型の台所や厨房、浴室などがあり十分な広さを持った施設が必要であること。

普通の人間であれば、遺体を切断し、処理するような作業をするとき、吐き気や頭痛が起こり、逃げ出したくなるような衝動に駆られるはずであること。

このような理由から佐藤教授は、この【井の頭公園バラバラ殺人事件】を起こしたのは、強いマインドコントロールを受けた過激なカルト教団に属した人間たちであり、複数で粛々とやった行為ではないか、というのである。曰く「少なくとも四人の人間が並んで、冷静に作業を進めている映像が想像できる。」

しかし、教授が協力を仰いだ警察庁の科学警察研究所にいるプロファイラーの反応は「いや、先生、あそこはそこまではやらんでしょう」というものだったという。

【井の頭公園バラバラ殺人事件】の被害者の川村誠一さん及びその家族も、宗教団体との関係は見つかっていない。

しかしながら、一つの可能性として、川村誠一さんは何らかの理由で偶発的に、

生贄なり犠牲者なりに選ばれてしまった善意の第三者である、という推論は成り立つことになる。

以下の仮説3~5に関しては、【井の頭公園バラバラ殺人事件】を都市伝説的に解釈したものといえる。

 

仮説 3:臓器移植説:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

移植の為の臓器を盗むために川村誠一さんは犠牲になったのではないか、というのがこの説である。

しかし、臓器を盗むにしても、誘拐するにしても、殺害して遺体を処理するにしても、成人した35才の男性を標的にするには無理があるだろう。

また、ここでもやはり、【井の頭公園バラバラ殺人事件】のように、猟奇的な死体遺棄方法をとる理由はない。

 

仮説 4:耐震偽装事件関連説:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

これは被害者の川村誠一さんが一級建築士であったため、2005年に起きた「耐震偽装問題」との関係から囁かれている説である。

現段階でこれを否定する根拠も肯定する根拠も上げることはできない。しかし、ひとつ確かなことは時効を迎えるまでの間、この説は捜査に進展を与えるものではなかったという事である。

また、川村誠一さんが何かしらの不都合な真実を知ってしまった為に口封じをされた、などと空想してみても、やはり今回の【井の頭公園バラバラ殺人事件】のように手の込んだ遺体処理方法をとった説明をするのは難しいといえる。

 

仮説 5:見せしめ説:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

これはあまりに曖昧模糊と言える説ではあるが、【井の頭公園バラバラ殺人事件】発覚後からまことしやかにささやかれた説である。つまり、被害者の遺体が自宅近くの公園で遺棄されるという陰惨さをして、「これは何かしらの見せしめだったのではないか」というのである。

しかしながら、この【井の頭公園バラバラ殺人事件】が発覚したのは偶然の産物である。つまり、たまたまある清掃員がネコの餌などを探していたから、遺体が発見され、その陰惨さが明るみに出たわけである。

仮に遺体事態が発見されなければ、被害者の川村誠一さんは行方不明者として、この事件自体が闇に葬られてしまっただろう。したがって、この説はかなり弱いといえる。そしてまた、被害者の川村誠一さんには、見せしめに殺されるような事実関係は確認できていない。

 

仮説6:人違い殺人説:【井の頭公園バラバラ殺人事件】

引用: Pixabay

ひと際毛色の違った説が、ライターの猪俣進次郎氏が2015年に記事を公開した【井の頭公園バラバラ殺人事件】の「人違い説」である。

引用:時効から6年「井の頭公園バラバラ殺人」の驚くべき真相

猪俣氏は【井の頭公園バラバラ殺人事件】の「衝撃の真実」として、以下の用の述べている。

『殺害された川村誠一さんの自宅近くに、彼と瓜二つの容姿をした露店商・A氏がいたのだ。

そのA氏が、某国の諜報機関の活動を“はからずも”妨害してしまったことにより、殺害の標的とされていたという事実があったというのだ。

つまり、【井の頭公園バラバラ殺人事件】は、いわゆる「人違い殺人」である可能性があるということだ。』

【井の頭公園バラバラ殺人事件】当時、ヒッピー風のツーリストを装った外国人の露天商が激増していた。しかし外国人がいきなり商売敵として現れれば、縄張り争いが起きる。

そこで地元の露天商界隈では顔役であったA氏が、外国人露店グループを排除するための徹底抗戦を試みたのである。

ところが、そのヒッピー風を装っていた露天商は、実は某国の特務工作員たちだったというのだ。つまり、A氏は、意図せず、最も相手にしてはいけない人たちを、敵に回してしまたった。

その結果、A氏が命を狙われたのであるが、あろうことかA氏と瓜二つ、生活圏も同じであったK氏が、人違いの為に殺されてしまったー。

三文小説のような話、と言ってしまえばそれまでだが、事実は小説より奇なり。

信じるも信じないも・・・。

 

井の頭公園バラバラ殺人事件の時効が成立

引用: Pixabay

これだけのショッキングな重大事件にもかかわらず、一所轄に過ぎない三鷹署による単独捜査は続いた。

しかし結局、その捜査員の努力が実ることはなかった。

遺族の願いもむなしく、「公訴時効撤廃」の法案が施行されるのを待たず、

【井の頭公園バラバラ殺人事件】は2009年4月23日午前0時、公訴時効が成立した。

 

井の頭公園バラバラ殺人事件の真相は闇の中

【井の頭公園バラバラ殺人事件】の全容を振り返り、いくつかの仮説を紹介したが、いまだ真相は藪の中である。

最後に、川村誠一さんの家族について触れておく。

事件当時、被害者の川村誠一さんは、両親、身重の妻と3歳の子供の二世帯住宅で暮らしていた。

川村誠一さんの父親は「風化させたくない」との思いから、他の遺族の反対を押し切り、事件の約10か月後に手記を自費出版している。その後、時効成立を待たずに無念のうちに亡くなった。

また、川村誠一さんの母親は今も同じ家に住み、妻は現在は公園の見えない場所に引っ越しているという。

被害者遺族の思いは、推し量るべくもない。

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